No | 123230 | |
著者(漢字) | 南野,彰宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミナミノ,アキヒロ | |
標題(和) | 一相式液体キセノン検出器による暗黒物質探索 | |
標題(洋) | Dark Matter Search by Single Phase Liquid Xe Detectors | |
報告番号 | 123230 | |
報告番号 | 甲23230 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5111号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 最近の宇宙観測の発展により、宇宙の全エネルギーの約30 %が物質のエネルギーで、その約80 %が暗黒物質であることが明らかになった。その暗黒物質の正体はいまだ謎であるが、超対称性理論で存在が予言されるニュートラリーノが有力視されている。ニュートラリーノは原子核と弱い相互作用を通じて弾性散乱すると理論で予言されており、この散乱された原子核を測定することによりニュートラリーノを直接探索することが可能である。 XMASSコラボレーションはこの暗黒物質としてのニュートラリーノの直接探索を目的に液体キセノン検出器の開発を行っており、現在神岡地下実験施設で800kgの液体キセノンを使った一相式液体キセノン検出器(800 kg液体キセノン検出器)の建設を進めている(図1参照)。(液体キセノンのシンチレーション光のみを測定する実験は一相(液相)のみを検出器として用いる為、一相式検出器と呼ぶ。)図1に800 kg液体キセノン検出器の概念図を示す。800 kg液体キセノン検出器は次のような暗黒物質探索に最適化された特徴を持つ。 ・大きな光電面被覆率(約70 %)と大きな光電子収率(約5 p.e./keV)。 ・厚い自己遮蔽体積(約20 cm)と大きな有効体積(約100 kg)。 ・低バックグランド光電子増倍管(後に述べるプロトタイプ液体キセノン検出器に使われている光電子増倍管に比べて放射性不純物含有量が約1/10倍)。 ・約4 mの厚さの超純水によるガンマ線と中性子の遮蔽。 この800 kg液体キセノン検出器を用いれば、図2に示されるように現在達成されている感度を約2桁程度向上させて暗黒物質としてのニュートラリーノ探索が行える。 我々は、一相式液体キセノン検出器の性能を確認することを目的に、一相式プロトタイプ液体キセノン検出器(プロトタイプ検出器)の開発を神岡地下実験室で行った。プロトタイプ検出器は約80 kgの液体キセノンを無酸素銅製のチェンバーに導入して測定を行い、シンチレーション光は、フッ化マグネシウム窓を通して54本の低バックグラウンド光電子増倍管で読みだす。図3に我々のプロトタイプ検出器の写真と断面図を示す。このプロトタイプ検出器を用いて液体キセノンの特性測定および一相型液体キセノン検出器の性能評価を行い、次のような結果を得た。 ・液体キセノンのガンマ線バックグラウンドに対する自己遮蔽能力はシミュレーションと一致し、期待通りであった(図4参照)。 ・液体キセノンシンチレータはdE/dx = ∞の時、80.6(±4.0) photons/keVと十分に大きな発光量を持つことを確認した。 ・液体キセノンはシンチレーション光に対して、66(±10) cmと十分に長い吸収長を持つことを確認した。 ・光電子増倍管の光量分布を用いたイベントの位置とエネルギー再構成の結果はシミュレーションと一致し、期待通りの性能を得た。 プロトタイプ検出器は、暗黒物質探索を目的に開発されたものではないので本来は暗黒物質探索に感度はないが、できる限りの改良を試み暗黒物質探索を行った。2006年11月からの約1カ月間の測定の結果、暗黒物質の信号を見つけることはできなかったが、図5に示されるニュートラリーノと陽子の散乱断面積に対する制限曲線を得た。我々の実験は、相互作用がスピンに依存しない場合は62 GeV/c2のニュートラリーノに対して1.70×10-5 pb、相互作用がスピンに依存する場合は60 GeV/c2のニュートラリーノに対して6.74 pbの制限をつけ、期待された感度に近い結果を得た。以上のプロトタイプ検出器を用いた測定により、一相式液体キセノン検出器は暗黒物質探索に優れた性能を有していることが明らかになり、800 kg液体キセノン検出器は期待される感度で暗黒物質探索が行えることが実証された。 図1. 800kg液体キセノン検出器の概念図。検出器の直径は約1 mで、約800本の低バックグラウンド光電子増倍管で液体キセノンを取り囲み測定を行う。 図2. スピンに依存しない場合(左)とスピンに依存する場合(右)のニュートラリーノと陽子の散乱断面積。実線の上側が実験により90 %の信頼度で排除されている。赤い点線が800kg 検出器で期待される探索感度で、既存の実験より約2桁よい感度で暗黒物質の発見を目指す。 図3. 一相式プロトタイプ検出器の写真(左)と断面図(右)。プロトタイプ検出器は一辺が30cmの無酸素銅製の立方体型チェンバーで、内部に約90 kgの液体キセノンを導入して測定を行う。液体キセノンのシンチレーション光は、MgF2窓を通して54本の低バックグラウンド光電子増倍管で検出する。 図4. ガンマ線入射軸に射影したイベントの位置(黒線が測定データ、赤線がシミュレーション)。2種類のガンマ線源、137Cs(左)と60Co(右)について調べたところ、測定データとシミュレーションの結果が一致した。この結果より、液体キセノンはガンマ線バックグラウンドに対して期待どおりの自己遮蔽能力を持つことを確認した。 図5. スピンに依存しない場合(左)とスピンに依存する場合(右)のニュートラリーノと陽子の散乱断面積。実線の上側が実験により90 %の信頼度で排除されている。赤線(This work)が一相型液体キセノンプロトタイプ検出器による制限曲線。 | |
審査要旨 | 本論文は、暗黒物質の直接探索をめざす一相式液体キセノン検出器の開発について記述したものである。最近の宇宙観測により、宇宙の全エネルギーの約23%が暗黒物質と推測されている。その暗黒物質の候補としてニュートラリーノが有力視されている。ニュートラリーノは超対称性理論で存在が予言される粒子で、原子核と弱い相互作用を通じて弾性散乱する。この散乱された原子核のシンチレーション光を測定することによりニュートラリーノを直接探索することが可能である。液体キセノンは、発光量が大きい、原子番号が大きい(Z=54)ので自己遮蔽能力が高い、発光波形弁別が可能である等の利点をもつため、暗黒物質探索に適している。ただし、その特性を把握することや低エネルギーのバックグランドを評価することが必須である。本研究では、将来の大型液体キセノン検出器に向けた技術的問題の洗い出しや特性評価を体系的に行い、さらに試験観測も実行してその結果を解析しているので、非常に意義が大きい。 本論文は11章からなる。第1章はイントロダクションであり、暗黒物質の存在、その候補となる素粒子およびその検出方法について解説している。銀河の回転曲線問題から示唆された、光を出さずに質量エネルギーのみを持つ未知の物質が暗黒物質と呼ばれるものである。その正体については、通常の観測にはかからない天体や素粒子が候補となるが、本研究では後者に属する超対称性粒子ニュートラリーノを有力候補としてとりあげている。第2章にはこれまでに世界で行われてきた暗黒物質の直接検出実験の紹介と得られた実験結果がまとめられている。 第3章では、ニュートラリーノの直接検出方法についての詳細な解析があり、検出器の応答が計算されている。つづく第4章では液体キセノンの発光特性、第5章では液体キセノンの暗黒物質検出への適性が記述され、第6章で一相式液体キセノンを用いたプロトタイプ検出器の全体像が示されている。プロトタイプ検出器は神岡地下実験室に設置された一辺が30cmの無酸素銅製の立方体型チェンバーで、内部に約90 kgの液体キセノンを導入して測定を行う。液体キセノンのシンチレーション光は、MgF2窓を通して、新たに開発された低バックグラウンド光電子増倍管54本により検出する。キセノンは、神岡地下で純化されたものが使われている。 本論文で特筆すべきは、第7章に記述されている一相式液体キセノン検出器の性能評価である。評価項目は大きく分けて4つあり、液体キセノンのガンマ線バックグラウンドに対する自己遮蔽能力、液体キセノンシンチレータの発光量、液体キセノンのシンチレーション光に対する吸収長、光電子増倍管の光量分布を用いたイベントの位置とエネルギー再構成であるが、そのすべてにおいて十分な性能を持つ、あるいはシミュレーションと一致するということが実証されている。さらにプロトタイプ検出器による暗黒物質探査が実行され、その結果が第8章に示されている。暗黒物質に対して得られた制限はこれまでの記録を更新するものではないが、期待された感度を実現しており、一相式液体キセノン検出器が優れた性能を有していることを明らかにした。もちろん問題点が全く無いわけではなく、低エネルギーバックグラウンドが残っているが、それについては将来解決できるという見通しを含めて第9章で議論されている。 プロトタイプ検出器の研究成果をつぎこんだ本格的な暗黒物質探査が第10章で紹介されているXMASS実験である。XMASSは神岡地下実験施設に設置される800kgの一相式液体キセノン検出器で、これまでの実験より約2桁良い感度で暗黒物質の発見を目指している。最終章となる第11章では、相互作用がスピンに依存しない場合は62 GeV/c2のニュートラリーノに対して1.70×10-5 pb、相互作用がスピンに依存する場合は60 GeV/c2のニュートラリーノに対して6.74 pbの制限を、プロトタイプ検出器による暗黒物質探査の結論としている。 以上のように、本研究により将来の暗黒物質探査実験XMASSに必要とされる一相式液体キセノン検出器の特性評価が得られたと考えられ、素粒子物理学の進展に貢献が大きいと認められる。なお、本論文はXMASS Collaborationとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び測定を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |