No | 123237 | |
著者(漢字) | 礒野,裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イソノ,ヒロシ | |
標題(和) | 開弦セクターにおける境界状態 | |
標題(洋) | Boundary states in the open string sector | |
報告番号 | 123237 | |
報告番号 | 甲23237 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5118号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 要旨 Dブレインは、その上に開弦が載ることができるような物体である。さらに超弦理論においてはRRチャージと結合する非摂動論的な物体である。非摂動論的物体であるにも関わらず、その上に開弦が載っているという性質によって、Dブレイン自体の性質を、Dブレイン上の開弦の摂動論によって解析することができる。 一方弦理論には、元々知られていた5つの理論だけでなく、さまざまな「双対性」といわれる性質により、はるかに膨大な数の真空が存在することがわかっており、往々にしてそれらの理論の中にはRRチャージを持つ物体が存在することが双対性により予想されている。よく知られている5つの弦理論やそれらにDブレインを導入したような理論は、10次元のミンコフスキー時空において定義されており、そのような場合Dブレインは時空内の超平面として幾何学的に定義できる場合もあれば、明確な時空描像ではとらえられないものが存在したりもする。こういう理論においてはもはや、Dブレインを超平面ととらえることは不可能である。 上記のような抽象的な弦理論においてもDブレインが弦理論の枠内で記述できるような強力な方法として、「境界状態」を用いる方法が知られている。これは一般にどの真空にあらわれる弦理論も、弦が作る世界面上の共形場の理論により記述されると考えられている。Dブレインが存在しない閉弦のみからなる理論の世界面は、一般に2次元閉曲面で表されるが、Dブレインはその閉曲面に境界としての「穴」を導入する役割を果たす。この穴という見方から、Dブレインは閉弦を吸収する物体と定義することもできる。この穴に対応する2次元世界面上の共形場理論に存在する状態を「境界状態」と呼び、これがDブレインを表す状態とする。境界状態は閉曲面に導入された穴に対応するので、閉弦の理論の状態空間に属している。 この博士論文では、このような閉弦の理論の状態空間に存在する境界状態が、Dブレイン上の開弦の理論の状態空間にも定義できる、ということを示す。以下この開弦における境界状態をOBS(OpenBoundaryState)と略すことにする。 一般にDブレインはRRチャージを持つ時空内のソリトン的な非摂動論的物体と見なすことができ、上記の通常の境界状態は時空内のソリトン的な励起を表す、世界面上の理論における状態ということもできる。このアナロジーとして、OBSはDブレイン上にあらわれるゲージ理論の非摂動論的な励起を表す状態と考えられる。そして閉弦での境界状態が閉弦の吸収放出を記述するのに対して、OBSは開弦の吸収放出を記述する、と特徴づけることが可能である(図1)。 まずボソニックな弦理論においてOBSを、ボソン弦、共形ゴースト両方においてあらわに構成する。OBSを定義するには、まず2種類のブレインが必要である。それは、開弦を放出するブレインと、放出された開弦が載っているブレインである。そして3つの境界条件を用意する。開弦の両端に課される境界条件が2つあり、そして開弦放出に対応する境界条件が1つである。この3っの境界条件を組み合わせてOBSは定義される。この状態を用いてさまざまな特徴を明らかにする。まずOBSのもっとも基本的な特徴は、世界面の境界においてにおいて必ず「角」が存在する、ということである(図2)。そしてDブレイン間を開弦が伝播する過程に対応する世界面が長方形となる。この長方形振幅は、プロパゲータをはさんで2つのOBSの内積をとることで計算できる。 この角の存在により、この長方形振幅は、角に何の演算子を挿入していなくとも、固有の次元を持つ。これは通常の閉弦での境界状態にはない特徴であり、より一般に世界面の角のまわりに共形場の理論を解析することで由来が明らかになる。さらにOBSのひとつの傍証として、長方形世界面上のポリャコフ経路積分を直接実行した結果と、あらわに構成したOBSを直接用いた長方形振幅の計算が一致することを示す。以上はボソニックな弦理論におけるOBSの構成とその性質の解明であったが、つぎにOBSを超弦理論においても、フェルミオン弦、超共形ゴースト両方においてあらわに構成する。基本的にはボソンのときと同様に、3つの境界条件を組み合わせればよい。しかし超弦理論の場合は、ボソン弦のときにはあらわにならなかった問題がいくつか登場する。ひとつは振動子表示 をする際にあらわれる無限次元行列の取り扱いに関する技術的問題であり、もうひとつは3つの境界条件を与えるだけではじつはOBSは一意に決定できない、という問題である。この博士論文では、ボソン弦のときのように直接境界条件を組み合わせて解くのではなく、いったん角を持たない別の座標系に座標変換して(図3)、そこでOBSを含む相関関数を一般的に定義し、もとの角をもつ座標系における対応する相関関数と比較することで、OBSの解析的表示を得る。そのさい、場合によっては、新しい座標系において、もとの3つの境界条件を再現するために、角に対応する点に適切に演算子を挿入する必要がある。上記でふれたOBSの不定性は、この演算子の選択の仕方に対応するものである。この2つの座標を用いる方法では、新しい座標系においてこの演算子をあらわにひとつ指定する必要があるため、上記の不定性の問題は解消される。さらにこの方法を用いると、弦の振動子表示を用いずにOBSの解析的表示を厳密にもとめられるので、無限次元行列の問題も解消され、逆に解析的表示から対応する振動子表示にあらわれる無限次元行列を厳密にもとめることができる。 最後に以上のように構成されるOBSが実際にDブレイン上のゲージ理論にあらわれるインスタントン配位に対応していることや、弦の場の理論との関係等について議論する。 Figure1:DブレインA上の開弦が別のDブレインΣにより放出吸収される過程 Figure2:左図は図1においてブレインΣがない場合のブレインA上の開弦の伝播を表し、右図は図1におけるブレインΣからの開弦の放出を表す。このブレインΣを表す状態がOBSであり、ブレインA上の開弦の状態空間に属しており、OBSには必ず角が伴うことがわかる。 Figure3:ω座標は図2に対応する。β座標は振動子表示を用いない計算に適している。ζ座標は角を持たず、ζ=土1がω座標における2つの角に対応している。 | |
審査要旨 | 礒野氏の論文は、これまで閉弦理論で有用であった境界状態の概念を広げて、開弦の境界状態を構成し、その性質を調べたものである。 従来、閉弦理論で定義された境界状態は、弦理論や境界のある共形場理論等で重要な役割を果たしてきた。例えば弦理論では、開弦のループ振幅を世界面の時間と空間を入れ替える変換によって、閉弦のトリー振幅に関係づけることができるが、そのとき世界面の境界における閉弦の状態を記述しているのが境界状態である。開弦の境界はD-brane上に束縛されており、閉弦の立場からはD-braneが閉弦のソースになっている。従って、D-braneの張力やRR電荷などをこの関係から決定することができる。また、D-braneの揺らぎモードに対する有効作用の情報も境界状態から引き出すことができる。 礒野氏の論文は、この境界状態を開弦に拡張したもので、この場合は境界条件の違う開弦理論の振幅を結びつける役割を果たす。例えば、二つの開弦境界状態を開弦の伝播関数でつないだものは、4辺形の世界面で表せるが、その伝播方向を二組の対辺の間で入れ替えた振幅同士を結びっけることができる。この4辺形の世界面は角の位置で、特異性を持っが、ディスクへ写像することができ、そのときboundary condition changing operatorの4点相関関数を与える。そのoperatorの共形次元と角の特異性とが関係ついていることがわかる。礒野氏は、開弦境界状態をbosonicstringとsuperstring(RNSform)で具体的に構成した上で、4辺形振幅のモデュラー変換の下での性質を、先に述べた角の特異性を考慮に入れて詳細に調べた。その結果、望ましい共変性をもっていることを示すことができた。 これらの研究によって、礒野氏は、開弦境界状態の構成とその基本的性質を明らかにしたが、今後交差するD-brane系や境界のある共形場理論等に対して、有用な解析手段を提供することが期待される。また、開弦の場の理論へも有用な示唆が得られる可能性も指摘しており、単に既存の結果の新しい見方を与えるだけでなく、この道具立てによって初めて得られる新たな知見も十分に期待される。 以上をふまえ、審査委員一同は、本論文によって顕著な結果が得られたと判断する。なお、本論文第2・3章は、指導教員の松尾泰准教授、および今村洋介助教との共同研究にもとつくものであるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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