学位論文要旨



No 123256
著者(漢字) 末原,大幹
著者(英字)
著者(カナ) スエハラ,タイカン
標題(和) ILC/ATF2におけるナノメートルビームサイズモニターの開発研究
標題(洋) Development of a Nanometer Beam Size Monitor for ILC/ATF2
報告番号 123256
報告番号 甲23256
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5137号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横谷,馨
 東京大学 教授 坂本,宏
 東京大学 准教授 川本,辰男
 東京大学 准教授 松本,浩
 東京大学 教授 川崎,雅裕
内容要旨 要旨を表示する

国際リニアコライダーILCでは,ビッグス粒子の特性の精密測定,超対称性粒子の探索と特性の測定等のため,高い統計量が求められる.統計量を得るためには,電子・陽電子ビームを衝突点で極限まで絞り込み,衝突頻度を上げることが必要である,ILCの設計ビームサイズは640nm(水平方向)×5.7nm(垂直方向)であり,特に垂直方向の5.7nmは過去に例がなく,ビーム収束および衝突に高い技術が要求される.

これらの技術確立のため,ILCの最終収束試験設備としてAccelerator Test Facihty 2(ATF2)が建設される.ATF2では,既に運転が行われているダンピングリングの試験設備ATFの下流に最終収束系を設置し,1.3GeVの電子ビームを2.8μm(水平方向)×37nm(垂直方向)に収束させる.この最終収束系の性能評価を行うためには,収束点で電子ビームの広がりを直接測定するビームサイズモニタが欠かせない.ただしこのような極小電子ビームサイズは未だ達成されたことがなく,それを測定するモニタも現存していない.このATF2で使用する37nmビームサイズモニタの開発と性能評価が本研究の主題である.

本研究ではレーザ光と電子ビームとの逆コンプトン散乱を用いてビームサイズを測定する,水平方向の2.8μmのビームサイズ測定については,レーザ光軸をスキャンし散乱光子を測定するレーザワイヤ法を用いる.垂直方向の37nmビームサイズについては、レーザワイヤでは分解能が足りないため,レーザ光を二つの光軸に分け,電子ビーム軸上で干渉縞を形成し干渉縞と電子ビームを散乱させる方法を用いる.電子ビームが干渉縞と比べて十分細く絞られている場合,干渉縞の谷部分を通れば散乱光子は少なく,干渉縞の山部分を通れば多くなる現象が見られる。よって,干渉縞を走査させながら散乱光子をモニタすれば,干渉縞の位相に応じた変調を観測できる.一方,電子ビームが干渉縞より広く分布していると,電子ビームが通過する部分が干渉縞をまたいでしまい,変調は小さくなる.この変調度と電子ビームサイズは

△N/N0=exp{-(2koσy)2/2}

(△N/N0:変調度,K0:レーザ光の波数σy:電子ビームサイズ)

の関係があり,ビームサイズをこの方法により求めることができる.この方法は理化学研究所の新竹氏が考案したもので,新竹モニタと呼ばれている.

新竹モニタは干渉縞ピッチの1/4程度のビームサイズに最大の感度を持ち,極小ビームサイズ測定に優れているが,測定できるビームサイズの範囲が狭い.本モニタでは37nmから数μmまでのビームサイズをカバーする必要がある.新竹モニタでは,二つのレーザ光軸の入射角度を変えると,干渉縞のピッチを変えることが可能であるため,本モニタでは,2度,8度,30度,174度の4つの入射角を切り替えられる光学系を設計することにより,532nmのYAG2倍波レーザを用いて,25nm~6脚までのビームサイズ領域をカバーすることができる.角度切り替えは回転ステージによりミラーを回転することにより自動で行える.水平方向のレーザワイヤ測定モードもこの回転ステージにより切り替えられる.

本モニタではコンプトン散乱光子数の統計を得るため,高いピーク強度を持つパルスレーザが必要である.今回用いるレーザは8,1ns(FWHM)幅で40MWのピークパワーを出すことができる.このレーザビームをレンズを用いてをビーム軸上で21.0μmまたは25.2μmまで収束し高い光子密度を得る.ATF2のバンチ当たり電子数0.5×10(10)を用いると,得られる光子数は4000程度となり,十分な統計が得られる。レーザワイヤモードでは分解能を上げるためさらにビームを収束する必要があり,レーザビームを収束前にレンズで拡大することで7.0μmのスポットサイズを得る.

新竹モニタの分解能・誤差を最小化する際に特に問題となるのが,ビーム軸位置の振動およびドリフト・干渉縞の電子ビームに対する安定度・干渉縞のコントラスト・検出器のバックグラウンドである.ビーム軸位置の振動およびドリフトはレーザの角度安定度およびレーザを新竹モニタ定盤へ輸送するラインの物理的な振動および位置のずれ等に起因する.このうち振動はレーザの特性による部分が大きいが,ビームサイズ測定に対して致命的な影響はない.長時間のドリフトに関しては,ビーム位置モニタを随所に配置し,ビーム輸送ミラーの角度を微少に自動調整して安定化を行う.また,レーザの角度ゆらぎに対して光軸が同じ方向にずれるよう工夫した光学配置となっており,レーザの角度揺らぎが干渉縞のコントラストにほぼ影響しない.この調整および安定化に使うビーム位置モニタは,レーザ1パルス当たりの分解能は8μm程度だが,統計の蓄積により必要な分解能が得られる.

干渉縞の安定化については,対物レンズと1次元イメージセンサを用いた干渉縞位相モニタを2箇所設置し,干渉縞の位相の測定,安定化,スキャンを行う.干渉縞の位相調整には,02nmの分解能を持っ電歪(ピェゾ)ステージを用いて片方の光軸の光路長を微少に変動させることにより行う.位相モニタはレーザ1パルスごとに測定を行い,フーリエ変換を用いて高精度に位相を測定できる.連続波のテストレーザを用いた試験では,ビームスプリッタにより分割した1対のレーザ光軸を2つに分けて2つの位相モニタを設置し,片方のデータを元に位相安定化を行いもう片方の位相モニタの位相安定度を調べ,73.6mrad.(RMS)の安定度を得た.これは,新竹モニタのセットアップでは1.2nmの安定度に相当する.実際に用いるパルスレーザを使った試験では,レーザの角度揺らぎの影響で安定度は239mrad.(RMS)にとどまったが,ビームサイズ測定に必要な安定度は得られた,また,新竹モニタの本運用では,位相モニタの配置がよりレーザの角度揺らぎが少ないようになっており,さらに高い安定度が期待できる.

また,干渉縞の安定度には,電子ビーム自体の振動および新竹モニタの物理的な振動も影響を及ぼす.これらは位相モニタで補正することはできないが,新竹モニタに取り付けられた高精度ビーム位置モニタ(IP-BPM)により補正することができる.IP-BPMの位置精度は7.7nmが既に実証されており,位相安定度の結果と併せて,12.7nm(300mrad.)の安定度が得られる.

ビーム軸上での干渉縞のコントラストの悪化は,ビームサイズモニタの測定ビームサイズのずれを生じる.干渉縞のコントラストは,2つの光軸の光量比,光軸位置のずれ,ビーム軸上の通過時間のずれ,偏光の不完全性,およびレーザの空間・時間コヒーレンスにより影響される.光量比,位置ずれ,通過時間のずれに関しては本セットアップでは大きな影響はない.レーザのコヒーレンス・偏光も,個別には十分コントラストへの影響がないことが保証されている.実際のコントラスト測定には,精度を上げる面で困難があり,パルスレーザの測定では仕様を満たす結果は得られていないが,実際の運用初期においてビーム軸上のレーザ交差角を変えながら変調度を測ることで,必要な精度のコントラストを見積もることができる.

検出器は収束点を含む電子ビーム軸の下流に設置する.電子ビームを偏向電磁石によりビーム軸からずらし,残ったコンプトン散乱光子をCsI(T1)結晶を用いたカロリメータにより検出する.バックグラウンドとしては,最終収束の四極磁石付近および収束点下流の偏向電磁石付近で電子ビームの一部が壁と衝突して生じるエネルギーの高い光子が最大となると推測される.このバックグラウンドの大部分は,円錐状の開口を持つコリメータを検出器前方に設置することで除去できる.シミュレーションにより開口角の最適化を行い,収束点から1.3mrad.以内の角度で飛来する粒子を通過させるコリメータを設置することにより,推定されるバックグラウンド量をコンプトン散乱光子の半分程度以下に減らせることがわかった。このバックグラウンド量は,レーザを入射せずに検出器での入射量を調べることで確認でき,変調度の計算から差し引くことができる.コンプトン散乱光子の半分程度のバックグラウンドに対しては,その揺らぎが統計的なものであれば,必要な精度で見積もり。差し引くことができることを確認した.

これらの誤差要因を勘案し,ビームサイズ測定の精度見積もりを行った.ビームサイズ測定に関しては,1回の測定が1分程度(加速器が1.56Hzのため,約90パルス)で終わることが期待されており,干渉縞のスキャン方法に関しては,最初に1周のスキャンを行ったあと,求められた変調の最大,最小部分を集中的に測定し,測定誤差を減らす方法が最も高い分解能を得られることがわかった.最終的に,37nmのATF2設計ビームサイズに対して,1.65nmの分解能が得られた.また,25nm~6mmの測定域に対して,10%の分解能が得られることがわかった。

本モニタは,2008年10月のATF2運転開始に備え,現在光学定盤およびマウントの製作が行われている.3月からは,光学系を実際の定盤に設置し,現在得られている各コンポーネントの単体性能評価を確認するため,総合試験が行われる.ATF2で37nmのビームサイズを得るには半年から一年程度の調整期間が必要と予測されているが,調整中盤以降では,本モニタのデータを活用して37nmのビームサイズを得るための調整が行われる.

本研究で用いたビームサイズ測定技術は,今後のILCを含めた極小ビームサイズが不可欠な加速器実験にとってなくてはならないものである.本研究で得られた知見は,今後の新たな加速器実験の展開に重要な役割を果たすと考えられる.

図1:新竹モニタ光学定盤レイアウト図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなる。第1章はイントロダクションであり、本論文の背景となるリニアーコライダー計画の概要、その試験施設としての高エネルギー加速器研究機構に建設中のATF2を説明し、本研究の必要性について述べる。第2章は新竹モニターと呼ばれる装置の概要を述べ、その改良が必須であることを説明する。第3章4章は本研究で製作したレーザー装置および光学テーブルの詳細を記述する。第5章はレーザー光の位相の制御、第6章は干渉縞のコントラストの測定と悪化の原因、第7章は逆コンプトン散乱によって発生するガンマ線の検出装置、について説明する。第8章は製作したモニターのパフォーマンスのまとめ、第9章は結論である。

新竹モニターは約15年以前に発明されたもので、2つのレーザー光の干渉縞中を電子(陽電子)が通過する際のコンプトン散乱によってビームサイズを測定するものである。これはSLACのFFTB (Final Focus Test Beam)において、約70nmのビームサイズの測定に既に成功している。これを将来のリニアーコライダー収束系のひな形であるATF2(ビームサイズ最小目標35nm)に応用するには多くの点で改良が必要である。主な改良点は

・2つのレーザー光の位相制御を加えたこと。(交差後のレーザー光を拡大して再び合成し、イメージセンサーで位相差を測定する。位相制御はピエゾを使って光路長を変える。)

・最小目標サイズが小さいため、レーザーの波長を半分にしたこと。

・広いダイナミックレンジに対応させるために、レーザー光の交差角を4種類選べるようにしたこと。

・ミクロン以上のサイズ(ビームラインの調整中に必要)の測定のためレーザーワイヤーモードを取り入れたこと(干渉を使わず、レーザー光をワイヤーとして用いる)。以上により鉛直方向ビームサイズ最小25nmから最大6μm、水平方向最小2.8μm、最大100μmのダイナミックレンジがとれるようになった。

等である。特に位相制御はもっとも重要な改良であり、これによって1分程度の時間内での位相の揺れは約0.3ラジアン以内に抑えられることが実証された。これはATF2での実用に十分な値である。装置全体の総合的な誤差評価により、最小サイズ付近において統計誤差約2.6%、系統誤差約3.5%以内で鉛直方向ビームサイズが測定できることを示している。ダイナミックレンジ全体についても1分間の測定による誤差は10%以内に抑えられる。

最終試験はビームを使った実際の運転に俟たねばならないが、多くの項目についてはすでに実証されている。

この他に、実際のATFビームのビームハローの測定を行って、ビームライン上の磁石・位置モニター等の必要口径を算出して、ATF2設計に寄与した。焦点での位置モニターおよびガンマ線の検出装置以外はすべて論文提出者自身の設計・製作研究によるものである。根本原理そのものは既知のものであるが、それに加えられた各種の改良はATF2にとって極めて重要なものであり、これによって本年秋以降に予定されているATF2の運転に十分適用可能であると考える。これらの成果により、論文提出者は博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと判断する。

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