学位論文要旨



No 123279
著者(漢字) 八木,太
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,フトシ
標題(和) a-最大化法による超対称赤外固定点の解析
標題(洋) Analysis of superconformal infrared fixed point via a-maximization
報告番号 123279
報告番号 甲23279
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5160号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 濱口,幸一
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 准教授 久野,純治
 東京大学 准教授 松尾,泰
内容要旨 要旨を表示する

4次元 N = 1超対称ゲージ理論は、高エネルギーの物理を記述する有力な候補として重要であるばかりでなく、強結合の物理に対する示唆を得ることができるという点でも興味深い。一般に、漸近自由な理論では低エネルギーにおいて相互作用が強くなるため、摂動論による解析は近似が悪くしばしば解析が困難になる。しかし、超対称ゲージ理論は、その対称性が理論に強い制限を与えるため、たとえ強結合であってもしばしば厳密な解析をすることが可能になる。さらに、この理論はゲージ群や物質場の詳細によって、閉じ込め相やクーロン相などの様々な真空が実現することが知られ、N = 2やN = 4の超対称性を持つ理論と比べて複雑で豊かな真空の相構造を呈している。従って、4次元 N = 1超対称ゲージ理論は強結合のダイナミクスに対する一般的な示唆を得るのに適した理論であると考えられる。

漸近自由な理論の低エネルギーにおける性質は、繰り込み群に赤外固定点が存在するかどうかによって大きく異なってくる。もし、4次元 N = 1超対称ゲージ理論が非自明な赤外固定点(超対称赤外固定点)にフローする場合には、低エネルギーにおいて近似的に超対称共形場の理論が実現する。このような超対称赤外固定点の解析が本論文のテーマである。

このような超対称共形場の理論において重要な量のひとつに、ゲージ不変な演算子の共形次元がある。共形次元の重要性を示す例として、その演算子の2点相関関数が対称性の制限から共形次元だけで決定できることや、ある相互作用が繰り込みの意味でrelevantかirrelevantかを共形次元から判断できることなどが挙げられる。ところで、超対称共形場の理論においては、ゲージ不変なカイラルプライマリー演算子の共形次元は、対称性の代数に含まれているU(1)R対称性のチャージから求めることができることが知られている。従って、そのU(1)Rチャージを求めることは超対称性赤外固定点の性質を知る上で非常に重要なことであり、そこから4次元 N = 1超対称ゲージ理論の低エネルギーでの振る舞いに関する重要な情報を引き出すことができる。U(1)Rチャージから引き出せる情報のうち、特に今回注目したのは、ゲージ不変なカイラルプライマリー演算子のうちどの演算子が赤外固定点でデカップルしているかということである。これは、考えている超対称共形場の理論にどのようなゲージ不変な演算子が存在するかという、その理論について知る上で不可欠な情報に直接関係するため、非常に重要な情報である。

どの演算子が赤外固定点でデカップルするかは、ゲージ不変なカイラルプライマリー演算子のU(1)Rチャージに対するユニタリティからの制限の考察から知ることができる。U(1)Rチャージを計算する際に、赤外固定点での大域的対称性は紫外領域で古典的にみえているものと同じであると素朴に仮定した場合、しばしばこのユニタリティからの制限を破る結果が得られることがある。そのような場合には、制限を破ったように見える演算子が、実は自由場になって理論からデカップルしており、そのデカップルした場のみを変換するU(1)対称性が赤外固定点で現れることを考慮して前述の計算結果を修正すると、ユニタリティからの制限を満たすようになると考えられている。すなわち、U(1)Rチャージをきちんと計算する過程でどの演算子がデカップルするかを知ることができるのである。

ところが近年まで、理論にU(1)R対称性以外にアノマリーフリーなフレーバーU(1)対称性がある場合には、各々の場に対するU(1)Rチャージを決定するのが困難だと考えられてきた。これは、アノマリーフリーの条件だけからは、複数あるU(1)対称性のうちどの基底が超対称共形代数に含まれるU(1)R対称性かを決定できないためである。この問題を解決したのが2002年にIntriligator とWechtによって開発された「a-最大化法(a-maximization)」という方法である。これは、アノマリーフリーの条件が許すあらゆるU(1)Rチャージの候補のうち、U(1)R対称性に関するアノマリー係数を用いて定義される「試行a関数」を最大化(3次関数なので厳密には極大化)するものが真のU(1)Rチャージである、という形で定式化される。このa-最大化法によって、4次元N = 1超対称共形場の理論の研究が飛躍的に進み、それまで知られていなかった性質が次々と明らかになっていった。

その中でも特に顕著なのが、Kutasovらによって行われた、4次元 N = 1超対称QCDに随伴表現の場を加えた理論についての、a-最大化法を用いた解析である。彼らは、前述のユニタリティからの制限を考慮し、さらに演算子がデカップルした場合の計算の修正方法に関する体系的な方法を開発することにより、デカップルする演算子が基本表現の物質場の数によってどう変わるかを詳細に調べた。その結果、基本表現の物質場の数を減らすに従って、次々と演算子がデカップルしていくという興味深い性質があることが明らかになった。

この性質がこの理論特有のものなのか、もっと一般的な性質なのかを調べることは非常に意義深いことだと考えられる。そのためには、他の例でも同様の解析を試みることが必要である。また、演算子がデカップルした超対称赤外固定点で実現している理論というのがどのような理論なのかということについて、もっと詳しく考察することも非常に興味深いことである。

そこで、本論文では、Spin(10)のゲージ群にベクトル表現の場とスピノル表現の場を入れた4次元 N = 1超対称ゲージ理論についてa-最大化法を用いた解析を行った。この理論は、スピノル表現の場が1つだけしかない場合に全てのベクトル表現の場に質量を持たせてintegrate outするとダイナミカルに超対称性を破ることや、いくつかの場に真空期待値を与えてHiggs させるとカイラルな理論とノンカイラルな理論が電磁双対になっているようなSpin(8)の理論が得られることなど、豊かな性質を持つ興味深い理論であることが知られている。従って、この理論は、前述のデカップルに関する性質について調べるためのいくつかの例のうちの1つというだけにとどまらず、それ自身興味深い研究対象であると考えられる。

本論文で実際に行った解析および得られた結果は、主に次の2つである。

1、どの演算子がデカップルするかについて

a-最大化法を用いてカイラルプライマリー演算子のU(1)Rチャージを計算し、前述のようにユニタリティからの制限を考慮することによって、物質場の数ごとにどの演算子がデカップルするかを調べた。その結果、物質場の数が少ないところで、メソン演算子がデカップルしているという結果が得られた。これは、Kutasovらの結果が彼らの理論特有の現象ではなく、もっと一般的な性質であることを示唆している。ただし、そう結論付けるためには、さらに多くの例での解析や、超対称赤外固定点における演算子のデカップリングに関するさらなる考察が必要である。

2、演算子がデカップルしたとき、何が起こっているかについて

メソンがデカップルした理論というのがどのようなものであるかについて、電磁双対性を利用して考察を行った。メソンがデカップルしていることは、双対な理論側ではそのメソンに対応する基本場を含む相互作用がirrelevantになっていることに対応することに注目し、元のスーパーポテンシャルがない理論が、新たなシングレット場およびそれを含むスーパーポテンシャルが存在する別の理論と、低エネルギーにおいて等価になっていることを、電磁双対性を利用して示した。またその際に、元の理論の記述において高エネルギーでは見えなかった新たなmassless自由度が、低エネルギーで生じていることを明らかにした。さらに補助場の方法を用いることで、それが元の理論の枠内でもうまく説明できることを議論した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本論文の目的となっているN=1の超対称ゲージ理論とその赤固定点で実現される超対称共形理論について、歴史的背景およびそれを研究する動機について書かれている。第2章はN=1の超対称共形理論について基本的な事がまとめられた後、本論文で用いる計算手法「a-最大化法」について書かれている。第3章は本論文で扱うSpin(10)ゲージ理論についての相構造が詳しくまとめられている。特に、共形理論を扱う上で重要な電磁双対性について説明されている。

第4章は、本論文の主要部分である。この章では、第3章で説明されたSpin(10)ゲージ理論について、「a-最大化法」および電気磁気双対性を用いて解析している。ここではまず、Spin(10)ゲージ理論において、物質場の数を減らすに従って次々と演算子がデカップルしていく事が示され、これまでKutasovらの解析によってのみ知られていたこの性質がSpin(10)の場合にも当てはまり、一般的な性質であることを示唆していると指摘している。また演算子がデカップルしたときに何が起こっているかについて、電磁双対性を用いて考察が行われている。もとの双対な理論ペアと低エネルギーで等価な理論を与える別の双対ペアを考える事によって、元の理論では見えなかった新たなmassless自由度が低エネルギーで生じている事が明らかにされ、さらに補助場の方法を用いる事で、それが元の理論の枠内でもうまく説明出来る事が示されている。

このように、「a-最大化法」を用いてSpin(10)ゲージ理論を解析し、また演算子のデカップリングについて電磁双対性を用いて理解を深めたのは世界でも初めてのことである。上記の結果は、4次元N=1ゲージ理論の相構造を理解する上で重要な研究成果と考えられる。第5章は、結論と議論にあてられている。またAppendixにおいては、本論文で最も複雑な解析を要求されるカイラルリングの導出について詳しく述べられている。

なお、本論文第4章およびAppendix は、川野輝彦、大河内豊、立川裕二との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算を完成したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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