学位論文要旨



No 123310
著者(漢字) 桑野,修
著者(英字)
著者(カナ) クワノ,オサム
標題(和) 三宅島で捉えられた長周期地震にともなう地電位差変動の起源
標題(洋) Origin of geoelectrical signal associated with very long-period seismic pulses observed in Miyakejima
報告番号 123310
報告番号 甲23310
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5191号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上嶋,誠
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 吉田,真悟
 東京大学 准教授 大湊,隆雄
 産業技術総合研究所 主幹研究員 石戸,恒雄
内容要旨 要旨を表示する

三宅島2000 年活動において長周期地震波パルス(VLP パルス) と同時に地 電位差変動が捉えられた(笹井他2001)。笹井らは地電位差変動の振幅の空 間パターンと継続時間からに注目して、この地電位差変動は長周期地震波パ ルスの震源から水が周囲に押し出されることによる流動電流が原因であると 解釈した。しかし、水の流れを駆動する物理的実体の理解は未だ不十分であ り、従来の解釈では定量的な評価をすることが困難である。そこで本研究で は定量的に評価可能なモデルを考え、観測された地電位差変動を説明できる かを試みた。

研究では地電位差変動の原因が地震にともなう間隙弾性応答としての間隙 水圧変動による過渡的な流動電流であるというモデルを考える。地震に伴っ て地殻歪が再配分されることにより被圧帯水層では間隙圧が変化することは よく知られており(例えばRoeloffs,1996)、この間隙水圧変動の消散過程は、 界面動電現象により過渡的な電場を発生させると考えられる。モデルの評価 に先立って、本研究ではまず地電位差データの再解析をおこない地電位差変 動とVLP パルスの関係を調べた。その結果、三宅島内の8 観測点全てにおい て地電位差変動の振幅とVLP パルスの振幅との間に明瞭な相関が認められ た(図1 )。個々のイベントの地電位差変動波形では、ノイズにより波形の特 徴を捉えるのは困難である。VLP パルスをリファレンスにしてイベント間の スタッキングをおこない平均イベントを作成した(図2 )。変動はVLP パル スと同時に始まり継続時間は100 200 秒とVLP パルス50 秒に比べて長い。

平均イベントについて地電位差変動のみによる、力源の推定をおこなった。 このモデルで力源による電位は、[力源の位置、メカニズムによる体積歪み の空間パターンだけに依存する部分(P ) ] と[流動電流係数や比抵抗などの 媒質の物性量と力源の大きさに依存する部分( W ) ] の積で次のように表現 できる。

φ(x) = W ・ P(x), (1)

P(x) =∫VG(x, x0)∇2A(x0, x00)dV0, (2)

W = -Cc/σR MoBγ. (3)

したがって観測された電位の空間パターンから、力源の位置、メカニズム をグリッドサーチしP を決め、最小2乗により最適なW を決めることがで きる。観測された電位とモデルから合成された電位との残差のRMS を最小に する解を最適解とする。このモデルから推定された力源とVLP パルスの震源 が同じであれば、電位変動の原因が間隙弾性応答による流動電流である可能 性が高いと考える。平均イベントについてメカニズムを鉛直のtensile crack と仮定して力源を推定した結果、最適な力源の位置は観測点st#5(火口の南) の直下、深さ1200m、走向はN50E となった(図3, 4 )。この結果はVLP パ ルスのモーメントテンソルインバージョン(Kumagai et al., 2001) で得られ た震源位置、走向と調和的である。

最適な係数W はW = 108(Vm3) のオーダーであった。地電位差の観測値 と予測値を図3 に示す。VLP パルスの地震モーメントはMV LP o = 1017(Nm) のオーダーであるので-Cc/σR = 0.1(V/MPa) 程度であれば観測された地電 位差変動を説明できる。実験室で求められた三宅島の岩石の流動電流係数Cc の推定値はCc = -10(mA/m/MPa) 、電気伝導度をσR = 0.1(S/m) とする と、-Cc/σR = 0.1(V/MPa) となり、物性的に現実的な範囲で観測値が説明 可能である。

以上の結果により三宅島で観測された長周期地震にともなう地電位差変動 は、1) VLP パルスによる地殻の体積歪変化にともなう間隙弾性応答として の間隙水圧変動2) 間隙水圧変動の消散過程における間隙水流動3) 間隙水流 動による流動電流の発生(界面動電効果) によって発生した可能性が高いこと が定量的に示された。

図1: Relation between amplitude of geoelectrical signals and amplitude of VLP seismic pulses.

図2: Stacked time series of voltage difference (green). All the data used in stacking are plotted in gray line.

x:-100m, y:-300m, z:-1200mazm:150deg., zbtm-600m

図3: Synthetic amplitudes of optimum solution (red circle) and observed amplitudes (black dot).

図4: Map view of synthetic SP amplitudes. Red circles indicate observation stations.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は本論の5章と付論の3章からなり、三宅島2000年噴火活動中に観測された長周期地震波パルス(VLPパルス)にともなう地電位差変動の物理メカニズムを解明するため、地電位差データの再解析を行うことでその波形特性を明らかにし、VLPに伴う体積歪の不均質への地下水応答が界面動電現象を介して遍在する電流源を形成するという物理モデルを提唱して現象を記述する基礎方程式の定式化と数値計算法の開発を行い、それらの結果に基づいて地電位差変動を説明する力源の性質や位置を推定した。得られた力源は、地震波解析から推定されるものと調和的であることが示され、このことによって、地電位差変動観測がVLPパルスのような地殻変動の地下体積歪分布を推定する手段の一つたりえることを世界にさきがけて実データと物理モデルに基づいて実証したものである。第1章はイントロダクションであり、三宅島2000年活動の推移を概観し、その中でカルデラ形成期に繰り返し観測されたVLPパルスとそれに伴って観測された地電位差変動を紹介している。その地電位差変動は従来から界面動電現象を介した地下水流動による電流源の生成をソースに持つと考えられていたが、定常状態の記述に基づいた従来モデルではその地下水流動を駆動する物理的実体の理解が不十分で定量的なモデル構築が困難であったことを指摘し、VLPパルスに伴う応力分布を考慮した非定常モデルを構築する必要性を論じている。この章に関連して付論のA章では、本論文全体の基礎となる界面動電現象について従来の研究によって得られている知見を概観し、B章ではマクロな系に対する界面動電現象の定式化を行っている。

第2章では、地電位差データの再解析、すなわちVLPパルスに伴う地電位差変動を抽出する目的にとってはノイズとなる地球外部電磁場ソースによる誘導成分を除去するための独自の手法の開発と、その手法を適用することで得られたS/N比の高いVLPパルスに連動する地電位差変動の性質について述べている。S/N比をあげたことによって、島内8ヶ所の全観測点でVLPパルスに連動する地電位差変動が捉えられていたこと、その振幅とVLPパルス地震波形振幅との間で明瞭な正の線形関係が存在することが明らかとなり、すべてのVLPパルスイヴェントに対してスタッキングを行うことでさらにS/N比の高い地電位差波形データが得られた。第3章では、体積歪の空間不均質によって地下水が駆動され、界面動電現象を介して生じた遍在する電流源による地表での電位分布を計算するための基礎方程式の導出と、その数値計算法の開発について記述している。その数値計算法に基づき、幾種類かの点力源モデルによる電流源の分布を明らかにし、地表で観測されるべき地電位差分布の性質について議論した。その結果、地表の電位分布に強く寄与するのは地下浅部の地下水流による電流源であること、このことから従来考えられていた膨脹源ではソース直上が正の電位分布となり観測された地電位差分布を説明できないこと、波形の時定数から地下水流動の拡散定数が推定できるが、その値は通常地下深部で考えられている値にくらべてかなり大きく、地電位差変動をもたらすソースが透水率の良い地下浅所に存在する可能性が高いことを指摘した。

第4章では、第3章で開発した数値計算法を用いて、第2章で得られたS/N比の高い地電位差波形の振幅分布を再現する力源モデルパラメタをインヴァージョンによって推定した。力源メカニズムを点鉛直開口クラックと仮定してその力源パラメタを推定した結果、最適な力源の位置は火口の南に位置する観測点st#5の直下、深さ約1200m、走向N50Eと決定された。この結果はVLPパルスのモーメントテンソルインヴァージョンで得られていた震源位置、走向と調和的であった。また、ゼータ電位や比抵抗などの周辺物理パラメタの取りえる値の範囲を考察し、VLPパルスの地震モーメントが1017(Nm)のオーダーであれば物性的に現実的な範囲で観測値の振幅分布が説明できることを示した。なお、付論のC章の中で、三宅島の火山岩のゼータ電位を決定するために行った室内実験についての記述、議論を行っている。最後の第5章では、本論文の全成果をまとめている。

以上のように、本論文では、基礎となる室内実験、データ解析から物理モデルの提唱、数値計算手法の開発に至るまですべて本論文提出者が独自に研究を進め、VLPパルスに伴った地電位差変動を説明する有力な物理モデルを提唱することに成功した。そのことによって、体積歪変動分布を推定する新たな観測手法、解析手法が創出されたことになり、今後火山噴火、地震メカニズム解明の場において広く用いられることになると期待できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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