学位論文要旨



No 123328
著者(漢字) 工藤,大輔
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ダイスケ
標題(和) 多孔質アルミナ固定化触媒の開発と精密有機合成反応への応用
標題(洋) Development of Porous Alumina-Immobilized Catalysts and Their Application to Fine Chemicals Synthesis
報告番号 123328
報告番号 甲23328
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5209号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 准教授 辻,勇人
内容要旨 要旨を表示する

近年、地球環境に配慮した持続可能な科学技術に対する要求の高まりから、従来の均一系錯体触媒に比べ分離、回収が容易で、廃棄物の削減につながる、不均一系金属担持触媒の利用が注目されている。触媒の不均一化には、大別して二つの方法がある。一つは、担体骨格内の配位子成分により金属錯体を固定化する研究であり、もう一方は、金属微粒子を担体上へ高分散化し、反応物との接触の増大ばかりでなく、担体と金属微粒子との特異的相互作用による触媒作用の向上を狙った研究である。このうち、後者は触媒の調製が簡便なことが多く、反応規模の拡大が容易であるが、適用される反応は、低分子量の反応物の酸化・還元などの基本的な反応が主であり、種々の官能基を伴う、より複雑な有機合成反応への適用は、十分に検討されていない。

アルミナ(Al2O3)は、自動車排ガス浄化触媒など、金属触媒の支持担体として用いられる一方、、それ自身が酸、あるいは塩基触媒活性を示す機能性材料でもある。またアルミナは、地球上に豊富に存在し、将来にわたって永続的に供給可能であることから、さらなる有効利用が望まれている。私は、シリカ担体に比べて検討例が少ない、表面積の大きな多孔性アルミナ担体上で調製したパラジウム触媒の作用機構の解明、及び、多孔性アルミナを担持試薬とした精密有機合成反応の開発について研究を行なった。

1. 鈴木-宮浦カップリング反応のためのγ-アルミナ担持パラジウム触媒の開発と、その触媒活性発現の機構

最も利用されているクロスカップリング反応の一つである、鈴木-宮浦カップリング反応のための新規な固体パラジウム触媒の開発を試みた。酢酸パラジウムのみを空気流通下、300℃で焼成すると、還元が進行し0価のパラジウム黒が生成する。一方、トルエン溶媒中、酢酸パラジウムをγ-アルミナに含浸担持した後に焼成したPd /γ-Al2O3触媒では、橙色は維持され、2価のパラジウム成分が安定化を受けていることが示唆された(図 1)。窒素吸着法による担体の細孔構造の評価を行なった結果、得られたPd /γ-Al2O3触媒は、未担持のγ-アルミナ担体とほぼ同じ細孔容積、表面積を有し、その細孔構造も保持されていた(図 2)。

三種類の γ-アルミナ(ALO-2, ALO-3, ALO-7) より調製したPd /γ-Al2O3、及び、市販品のPd /C、および酢酸パラジウムを用いて、反応性が比較的低い4-ブロモアニソールとフェニルホウ酸のカップリング反応に対する活性を比較したところ、Pd /γ-Al2O3はいずれも高い活性を示し、Pd /ALO-2が最高の収率を与えた(式 1)。

この触媒は、フッ化カリウムを塩基とした場合に最も高い活性を示した。そこで、60 ℃、エタノール中という温和な条件の下、Pd /ALO-2触媒 (Pd = 0.25 mol%) を用いて種々反応を試みた結果、CN,Ac,CF3などの電子吸引基を含み、反応性が高い電子不足の臭化アリールに対しても、また、Me,OMeなどの電子供与基を含み、反応性が低い電子豊富な臭化アリールに対しても、生成物が定量的に得られ、高い官能基許容性を示した。また、パラジウム触媒量を減らした場合も、触媒の活性は長時間維持され、触媒回転数(TON)は48,000に達した(式 2)。この値は、従来の高活性な固体担持パラジウム触媒に匹敵する。

X線回折及び電子顕微鏡による観察の結果、Pd/ALO-2触媒中に結晶粒子構造は確認されず、パラジウム成分は微小なクラスター状であることが示唆された。また、ALO-2は硫酸イオン成分を多く含んでおり、酸性を示す。XPSによる Pd3d5/2の結合エネルギー測定の結果、Pd /ALO-2中のパラジウムは338.2 eVにピークを与え、2価の酸化パラジウムやALO-3、ALO-7に担持したパラジウムに比べて電子不足な状態にあることが窺われた(図 3)。

アルミナの酸-塩基性質の影響を詳しく調べるために、アルミニウムアルコキシドを原料とし、硫酸イオンあるいはナトリウムイオン導入メソポーラスアルミナを調製した。パラジウム担持後にそれらの触媒性能を比べたところ、ALO-2と同様に、硫酸イオンを含んだメソポーラスアルミナが担体として優れた結果を与えた(式 3)。すなわち、ALO-2はパラジウム成分を安定に高分散化するとともに、酸素原子を介した強い相互作用により、パラジウムを電子不足な状態にすることで、凝集による触媒の失活を抑制する効果があると考えられる。

不均一系パラジウム触媒を用いたカップリング反応では、溶液中に溶け出したパラジウム成分が触媒活性種となる例も知られる。しかし、Pd /ALO-2触媒の場合は、ICP分析により、パラジウム成分の反応後の溶出量は、元の使用量の3%以下であったこと、及び反応中に固体触媒成分を濾別すると、反応の進行はほぼ停止したことから、パラジウム成分は溶媒エタノールによる還元の後も、アルミナ表面に留まり、反応に関与していることが確認された。Pd /ALO-2触媒のカップリング反応への再使用時には、初回の80%程度の活性が得られた。

2. フッ化カリウム担持メソポーラスアルミナ触媒KF /mesoAl2O3の開発

10年ほど前に発明されたメソポーラスアルミナ(mesoAl2O3)は、非常に狭い分布のメソ細孔構造を有する機能性アルミナである。このものを触媒として用いると、γ-アルミナの2倍以上の大きな表面積と、均質な表面Al-O-Alネットワーク構造により、特異的な触媒活性の発現が期待される。一般にアルミナはそれ自身でも塩基性を示すが、フッ化物塩を担持することにより、塩基性が増大することが知られている。そこで、mesoAl2O3にフッ化カリウムを担持し、その塩基触媒作用を調べた。

含浸時に水を添加すると、メソ細孔構造の破壊が見られた。一方、メタノール溶媒中、室温で含浸することで、広い表面積と規則的な細孔構造を維持したメソポーラス塩基触媒フッ化カリウム担持メソポーラスアルミナ(KF /mesoAl2O3)が得られた。この触媒を真空下加熱した後に、ニトロメタンと3-ブテン-2-オンとのMichael反応に用いたところ、γ-Al2O3に担持したものと比べ、重量あたりの触媒活性は優れていた(図 4)。

また、KF /mesoAl2O3の活性は、前処理の加熱温度に大きく依存していた。これは、表面の塩基点に吸着したCO2等の分子が除去された結果であると考えている。KF /mesoAl2O3を用いることで、種々のMichael受容体に対するMichael反応が進行した。

3. KF /Al2O3を用いた4,5-ジヒドロイソオキサゾールの新規合成法の開発

炭素-窒素二重結合を有するオキシムは、含窒素化合物の合成原料として有用であり、これまでに数多くの含窒素環状化合物の合成に用いられてきた。固体塩基であるKF /Al2O3は、表面の反応点が協奏的に作用することで、分子内環化反応に有用であると考えられる。そこで、置換オキシムを原料とした、4,5-ジヒドロイソオキサゾール構造の合成を試みた。分子内に脱離基(アセタート基)を有するβ-アセトキシ-O-アセチルオキシムに対し、トルエン還流条件でKF /Al2O3を作用させたところ、短時間で環化が進行し、良好な収率で3-フェニル-4,5-ジヒドロイソオキサゾール類が得られてきた(式 4)。反応の進行には少量の水の存在が不可欠であり、また、β-ヒドロキシオキシムからは全く反応が進行しなかったことから、この反応は分子内のアセトキシ基の一方が加水分解し、その後、生じた水酸基の分子内求核攻撃で環化が進行したと考えられる。

以上、筆者は博士課程において、アルミナ表面上で進行する有機反応の検討を行い、(1)鈴木-宮浦クロスカップリング反応のためのPd /Al2O3触媒の新規開発とその作用機構の解明、(2)新規メソポーラス塩基触媒KF /mesoAl2O3の開発、(3)KF /Al2O3を用いた4,5-ジヒドロイソオキサゾールの合成法の開発を行なった。これらの研究を通じて、アルミナの触媒および触媒担体としての新たな可能性を示した。

図 1. Pd /γ-Al2O3 (ALO-2)の調製と外観

図 2. Pd /γ-Al2O3 (ALO-2)の細孔構造

図 3. Pd /ALO-2 のXPS (Pd3d5/2)

図 4. 塩基触媒活性の前処理温度依存性

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,多孔質アルミナ表面へのパラジウム化合物およびフッ化カリウムを固定化あるいは化学修飾することによって生じる化学種を解明するとともに,それらの触媒作用を精密有機合成反応に適用して,不均一系触媒としての有用性を実証・評価したものである.

本論文は,五章から構成されている.

第1章は,研究課題の背景や研究目的が示されている.まず,多孔質アルミナの一般的調製法,構造,酸-塩基触媒作用を述べた後,多孔質構造に特徴のあるメソポーラスアルミナの合成法,触媒作用,そして申請者の所属研究室で見出されてきたメソポーラスアルミナを基盤とする新規触媒の開発について概観している.最後に,本論文の目的が示されている.

第2章では,γ-アルミナに酢酸パラジウムを含浸担持後,空気中で焼成することで,アルミナ担持酸化パラジウム触媒を新規に調製したことが述べられている.この不均一系パラジウム触媒を臭化アリールとアリールホウ酸との鈴木-宮浦カップリング反応に適用したところ,エタノール中60℃という温和な条件下でありながら,わずか0.25 mol%のパラジウム量でカップリング生成物を定量的に与えることを見出した.また,種々のアリール化合物の組み合わせに対応できることも示した.従来の均一系パラジウム触媒を使用する手法においては,ホスフィン化合物などの有機配位子の共存が必須であったが,本触媒系はすべて無機化合物のみで構成されることに特徴をもつ.アルミナ担持酸化パラジウム触媒の電子顕微鏡観察やX線光電子分光分析から,アルミナ担体は,パラジウム成分を安定に高分散化するとともに,アルミナ表面酸素格子がパラジウム種に強く相互作用し,パラジウムの電子状態に摂動を与え,その結果触媒活性の低下の大きな要因となるパラジウム金属の凝集化を抑えていることを明らかにした.本論文で開発されたアルミナ担持酸化パラジウム触媒は,その調製法が非常に簡便であり,調製時の廃液を全く生じないこと,市販の不均一系パラジウム触媒のように空気中で発火する恐れは無く,安定で取り扱いやすいこと,反応溶液へのパラジウム触媒成分の溶出がほとんどないことなど,多くの実用面での長所も持ち合わせている点が高く評価された.

第3章では,フッ化カリウム修飾メソポーラスアルミナ触媒の開発について述べられている.従来のγ-アルミナに比べ,メソポーラスアルミナは3 nm程度の均一な細孔をもち,大きな比表面積をもつことに特徴がある.その細孔表面をフッ化カリウムで均一に化学修飾した触媒が,γ-アルミナを化学修飾したものに比べ,活性メチレン化合物の不飽和カルボニル化合物へのマイケル付加反応に,高い触媒特性を示すことを明らかにした.また,フッ化カリウム修飾メソポーラスアルミナ触媒の粉末X線解析,および固体19F-MAS-NMR測定から,アルミナ表面にはフッ化カリウムは存在せず,新たにK3AlF6化合物が生成していることが明らかとなり,表面化学種に関してはγ-アルミナを化学修飾した場合と同様の結果であった.

第4章では,フッ化カリウム修飾アルミナ触媒による4,5-ジヒドロイソオキサゾールの新規合成法の開発について述べられている.オキシム化合物の分子内環化反応によって,位置選択的に4,5-ジヒドロイソオキサゾールを合成する反応は,従来強酸あるいは強塩基を用いて行われてきたが,フッ化カリウム修飾アルミナはその表面上の触媒点が協奏的に働くことによって効率的に進行することを見出した.この合成手法は,いろいろな置換基をもつ4,5-ジヒドロイソオキサゾールを合成できる点,触媒成分を濾過するだけで生成物を分離できる点に特徴がある.4,5-ジヒドロイソオキサゾールは様々な医薬品の合成中間体として有用であるので,本手法は新しい合成経路を提供するものとして高く評価された.

第5章は,論文を総括したものである.

本論文中の第2章の一部は,増井洋一氏との共同研究であるが,論文の提出者が主体となって実験,解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク