学位論文要旨



No 123333
著者(漢字) 田中,里佳
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,サトカ
標題(和) 有機官能基導入による固体表面の高選択触媒機能の創出
標題(洋) Design of Asymmetric and Selective Catalysis of Active Oxide Surfaces Functionalized with Organic Molecules
報告番号 123333
報告番号 甲23333
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5214号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

1.序

有機官能基はその性質・形状を容易に制御することができ、また近年、無機物質では実現が困難な触媒特性を有する有機分子触媒への展開としても注目されている。一方、不均一系触媒は活性種を表面に固定化することで、分離・回収・再使用が容易になるだけでなく、表面へ新たな機能を付与することで従来にない触媒設計が可能となる。即ち、固体表面という特異な反応場に分子形状と触媒作用を自在に制御できる有機官能基を導入することで、溶液中では形成することのできない新規活性種を表面上に構築し、反応特性を制御できると考えられる。本研究では、固体表面上へ導入した不斉金属錯体活性点と有機官能基による表面修飾を組み合わせ、表面を用いた不斉誘起効果を得ることに成功した。また、固体酸担体上に有機塩基を固定化することにより、種々の求核付加反応に高い活性を示す酸塩基両機能触媒の開発を行った。

2.表面修飾によるSiO2固定化Cu-BOX不斉錯体触媒の不斉Diels-Alder反応特性制御

固定化錯体触媒は担体表面の不規則性や、錯体と表面との無秩序な相互作用のため、最も高度な立体制御を必要とする不斉合成触媒への展開は困難であるとされてきた。均一系不斉錯体触媒で行われる立体的に嵩高い配位子を用いる方法は、表面上での錯体の活性を極端に低下させてしまうため、固定化触媒に応用できない。本研究では、表面への不斉金属錯体の固定化と、その表面での官能基修飾法により、表面を利用した高活性構造と不斉反応場空間を同時に構築することで、新規表面固定化不斉錯体触媒の設計を行った。即ち不斉Cu錯体を用い、天然物生合成や創薬の分野で重要な不斉Diels-Alder反応の触媒特性と表面での不斉誘起効果を検討した。

不斉配位子t-Bu-bis(oxazoline) (Scheme 1, 1) の側鎖を修飾し、末端に (C2H5O)3Si- を持つ配位子 3を合成した。これをtoluene中加熱還流によりSiO2に固定化し、固定化BOX配位子 (4) を調製した。更にCH2Cl2中、固定化BOX量と当量のCu(ClO4)2・6H2Oを加えて固定化Cu-BOX錯体 (5) を得た。また、種々の官能基を持つ8種類のシランカップリング剤 (Figure 1, a - j) を用いて4のSiO2表面を修飾し、同様にCu前駆体を配位させて、表面修飾Cu-BOX錯体 (6a - 6j) を調製した。触媒のキャラクタリゼーションは固体MAS NMR、FT-IR、UV/VIS、XRF、XPS、ESR、XAFSを用いて行った。

SiO2へのBOX配位子の固定化は固体29Si NMR (-49 ppm (-Si(OC2H5)2(OSi))、-59 ppm (-Si(OC2H5)(OSi)2)、-68 ppm (-Si(OSi)3)) 及びFT-IRにより確認した。BOX配位子の固定化量はδC-H (1370 cm-1) のピーク面積より、0.1 nm-2と見積もることができた。ESRスペクトルより、5 (g// = 2.286, A// = 13.4, g⊥ = 2.071) と6j (g// = 2.284, A// = 13.6, g⊥ = 2.070) は共に平面4配位構造を有していることが示唆された。またCu K-edge EXAFS測定結果より、5と6jは結合距離、配位数、共によく一致した値が得られた。これらの結果より、5と6jにおいて、表面修飾の有無に関わらず、Cu錯体の局所配位構造はほとんど同じであると結論した (Scheme 1)。

Cyclopentadiene (7) と3-acryloyl-2-oxazolidinone (8) の不斉Diels-Alder反応において、固定化Cu-BOX錯体 5 は均一系Cu-BOX錯体と比べて高い活性、不斉選択性を示した (Figure 1)。さらに表面修飾基としてstyryl基 (a) やvinyl基 (e) のような共役系を持つ官能基を用いた場合では、不斉選択性は大きく低下した。Octyl基 (h) やoctadecyl基 (i) などの長鎖炭化水素基では、わずかではあるが不斉選択性の増加が見られ、より長い炭素鎖を持つoctadecyl基 (6i, 25% ee) の方が、octyl基 (6h, 13% ee) よりも高い不斉選択性を示した。また、urea基 (d)、epoxy基 (f)、amino基 (b, c, g) は、固定化Cu錯体の触媒活性を著しく低下させ、かつ不斉選択性も0.7% ee - 11% eeと低かった。唯一methacryl基による修飾を行った6jのみが15% eeから65% eeへと高い不斉選択性の増幅を示した。Methacryl基とBOX配位子では、SiO2表面からの高さはほぼ同じであり、methacryl基中のC=Oが、不斉BOX配位子側鎖上のNH基と水素結合をしていると考えられる。アキラルなmethacryl修飾基は、キラルBOXとの水素結合によってBOX上の表面に近いt-Bu基近傍に集まり、錯体配位子の嵩高さを増すことで、より不斉選択的な新しい不斉会合体が形成され、不斉選択性が著しく増大する。表面修飾錯体6jにおける不斉選択性の向上は、CH2Cl2と同様に非極性溶媒であるtoluene中においても観察されたが、chloroformやethanolなどの極性溶媒では表面修飾による不斉誘起の効果は現れず、水素結合による相互作用が不斉誘起に影響していると考えられる。このように、表面固定化不斉Cu錯体に不斉を持たないアキラルな表面修飾を組み合わせ、不斉Diels-Alder反応に高い活性と不斉選択性を持つ、新規触媒の開発に成功した。

3.無機固体酸への有機塩基固定化による酸塩基両機能触媒の表面設計とMichael付加反応

求核付加反応においては、求核剤を塩基点で活性化すると同時にもう一方の基質分子である求電子剤を酸点に配位させることで、効率的な反応の進行が可能となる。この酸・塩基両機能を有する反応系は均一系触媒の分野で報告されているが、それらの触媒は反応系からの分離・再生が困難であり、なおかつ強力な酸、塩基を用いると活性種同士の中和により目的とする反応を進行させることができない。そこで本研究では、同一固体表面上に酸・塩基点を固定化し、互いを不活性化することなく共存させることで、表面を用いた新規酸塩基両機能触媒の開発を目指した。

触媒担体には適当な温度での前処理を行った無機固体酸シリカアルミナ (SA) を用い、3級アミノ基を有する 3-(diethylamino)propyltrimethoxysilane (DAPS) をシランカップリング反応により固定化することで、固体酸表面上への塩基点の導入を行った (Scheme 2)。調製したシリカアルミナ固定化有機アミン触媒 (SA-NEt2) は元素分析、固体13C、29Si MAS NMR、FT-IRによりキャラクタリゼーションを行った。

500 ℃で前処理を行ったSAにアミンを固定化した触媒 [SA(500)-NEt2] では、元素分析結果から0.56 mmol g-1のアミノ基が固定化されていることがわかった。また、29Si MAS NMRの結果より、-49、-56 ppmにTサイトのシグナルが確認され、DAPSは末端のmethoxy基と表面シラノール基との反応によりSi-O-Si共有結合を形成して固定化されていることがわかる。さらに13C MAS NMRより、アミノ基は構造を保ったまま表面に固定化されていることが確認できた。

NitroalkaneのMichael反応は有用な炭素-炭素結合形成反応の一つである。従来この反応は均一系強塩基を用いて行われてきたが、これらの試剤は取り扱いが煩雑であり、また副反応が進行するなどの問題がある。そこで、効率的なMichael反応系を達成するため、SA-NEt2を用いてnitroethane (9) とmethyl vinyl ketone (10) との反応を検討した (Table 1)。120℃で前処理を行ったSA(120)-NEt2では2置換体 (11) が74%の収率で生成した (entry 1)。SAの前処理温度を上昇させると共に活性は向上し、SA(500)-NEt2 では93%の高収率で11が得られた (entry 5)。担体のみや前駆体のDAPS、及び均一系塩基としてtriethylamineを用いた場合では反応はほとんど進行しない (entries 8-10)。SA(500) とtriethylamineとの混合では反応は進行したが、11の収率は28%と非常に低い (entry 11)。担体として弱い酸点しか持たないSiO2や逆に強酸点を持つゼオライトを用いた触媒も活性は低かった (entries 6-7)。強塩基であるNaOEtを用いると、11からの副反応が進行し、目的生成物の収率は著しく低下した (entry 12)。

基質を変化させて反応を行なった結果をTable 2に示す。Nitroalkane過剰の反応条件下では1置換体が選択的に生成し、9と10との反応では85%の収率で5-nitro-2-hexanoneが得られた (entry 1)。不均一系触媒SA-NEt2は反応後容易に反応系から分離・回収でき、ほぼ活性を維持したまま再使用可能である (entry 2)。1-nitropropane (entry 3)、1-nitrohexane (entry 4)、2-nitropropane (entry 5)、nitrocyclohexane (entry 6) を用いた場合にも反応が進行し、さらに本触媒系は種々の不飽和ケトン及びアルデヒドの反応にも適応可能であった (entries 7-10)。

13C NMRの測定によるアミノ基末端炭素のシグナルをFigure 2に示す。エチルアミノ基末端炭素のシグナルはアミノ基が酸点と相互作用することで高磁場側にシフトすることが知られており、フリーなアミンでは11.8 ppmに見られるシグナル (a) が、SA(500) と混合すると7.5 ppmへシフトする (d)。しかし固定化触媒SA(500)-NEt2では11.0 ppmに確認でき、この結果は固定化されたアミノ基と表面酸点との間にほとんど相互作用がないことを示している (b)。また、SAの前処理温度を低下させると相互作用が強まることがわかる (c)。IR測定において、SA(500) にtriethylamineを吸着させたものではN-H結合の伸縮振動領域 (2500 - 2800 cm-1) にシグナルが観測され、表面酸点とアミンとの強い相互作用が示唆される。一方、SA(500)-NEt2ではシグナルは観測されず、固体NMR測定結果と同様、ほとんど相互作用は存在しないことが示唆される。高温でSAを前処理することでシラノール基は減少、高分散となり、SA表面の強酸点からより遠い位置にDAPSが固定化されるため、酸点は求電子性を、アミノ基は求核性を損なわず存在できる。よって、酸・塩基点それぞれが触媒活性種として効率よく機能できると推察される。触媒反応機構としてはアミノ基がnitroalkaneのα水素を引き抜くと同時に、カルボニル基が酸点によって活性化され付加反応が進行すると予想しており、酸点と塩基点の協同効果により高い活性が実現していると考えられる。

このSA-NEt2触媒の酸塩基触媒作用はチオールの不飽和ケトンへの付加反応において顕著に現れる (Table 3)。1-Hexadecanethiolの2-cyclohexen-1-oneへの付加反応はSAの酸点で進行するが (entry 3)、この反応系にtriethylamineを加えると、塩基によるSA表面酸点の被毒によって反応性が低下する (entry 4)。しかしながら、固定化触媒SA(500)-NEt2はSA(500) よりも高い活性を示し、目的生成物をほぼ定量的に与えた (entry 1)。この結果から、固定化されたアミノ基はほとんど表面酸点を被毒せず、逆にチオールのプロトンを引き抜くことで、付加反応を促進していると考えられる。

このように、触媒担体の前処理温度をコントロールすることにより、固定化塩基点と表面酸点との相互作用を最適化し、高い活性をもつ新規酸塩基両機能触媒の開発に成功した。

4.結論

以上のように、有機官能基による表面修飾法を用いることで、表面活性種の不斉選択性、反応選択性を制御し、従来にはない高機能を有する新規触媒系の構築に成功した。

Scheme 1. Preparation for the SiO2-supported Cu-BOX complex (5) and the surface-functionalized SiO2-supported Cu-BOX complex (6j).

Figure 1. Catalytic performances of homogeneous and supported Cu-BOX complexes for asymmetric Diels-Alder reaction of cyclopentadiene (7) and 3-acryloyl-2-oxazolidinone (8).

Scheme 2. Preparation of SA-supported amine catalyst (SA-NEt2).

Table 1. Michael reaction of nitroethane with MVK catalyzed by various catalystsa

Table 2. Michael reactions of nitroalkane with olefins catalyzed by SA (500)-NEt2a

Table 3. Michael reaction of 1-hexa decanethiol with 2-cyclohexen-1-onea

Figure 2. 13C NMR spectra of terminal carbon of amine.

審査要旨 要旨を表示する

有機官能基はその性質・形状を容易に制御することができ、また近年、無機物質では実現が困難な触媒特性を有する有機分子触媒への展開も注目されている。一方、不均一系触媒は活性種を表面に固定化することで、分離・回収・再使用が容易になるだけでなく、表面へ新たな機能を付与することで従来にない触媒設計が可能となる。即ち、固体表面という特異な反応揚に分子形状と触媒作用を自在に制御できる有機官能基を導入することで、新規活性種を表面上に構築し、目的の触媒機能を創出できると考えちれる。本研究では、固体表面上へ導入した固定化不斉金属錯体の不斉触媒作用に対する有機官能基の不斉増幅効果の発見、および固体酸表面上での有機官能基化による優れた酸塩基機能触媒の開発に成功した。本論文は4章から成っている。

第1章では、本研究の目的と意義について述べている。

第2章では、固定化不斉金属錯体の不斉触媒作用が、不斉を持たないアキラルな有機官能基で表面を修飾することにより、不斉収率が著しく増大する新現象を述べている。固定化錯体触媒は担体表面の不規則性や、錯体と表面との無秩序な相互作用のため、最も高度な立体制御を必要とする不斉合成触媒への展開は困難であるとされてきた。均一系不斉錯体触媒で行われる立体的に嵩高い配位子を用いる方法は、表面上での錯体の活性を極端に低下させてしまうため、固定化触媒に応用できない。本研究では、表面への不斉金属錯体の固定化と、その表面での官能基修飾法により、表面を利用した高活性構造と不斉反応場空間を同時に構築することで、新規表面固定化不斉錯体触媒の設計に成功している。即ち不斉Cu錯体を用い、天然物生合成や創薬の分野で重要な不斉Diels-Alder反応を調べ、アキラルな有機修飾による不斉誘起効果を見出した。開発した触媒のキャラクタリゼーションは、固体MAS NMR、FT-IR、UV/VIS、XRF、XPS、ESR、XAFSを用いて行い、不斉誘起効果が金属錯体の配位子への糊効果によると結論している。

第3章では、シリカアルミナ表面への有機塩基固定化による酸塩基両機能触媒の表面設計とMichae1付加反応への応用を検討した結果を述べている。核付加反応においては、求核剤を塩基点で活性化すると同時にもう一方の基質分子である求電子剤を酸点に配位させることで、効率的な反応の進行が可能となる。この酸・塩基両機能を有する反応系は均一系触媒の分野で報告されているが、それらの触媒は反応系からの分離・再生が困難であり、なおかつ強力な酸、塩基を用いると活性種同士の中和により失活してしまい触媒として使用できない。そこで、酸点を持つシリカアルミナ表面を用いて、その表面に有機塩基を固定化することで、中和を防ぎ、新規酸塩基両機能触媒の開発に成功した。調製したシリカアルミナ固定化有機アミン触媒(SA-NEt2)は元素分析、固体(13)C、(29)Si MAS NMR、FT-IRによりキャラクタリゼーションを行って表面固定化構造および固定化中間体を推定している。成果の例として、炭素-炭素結合形成反応に有用なNitroal kaneのMichael反応があげられる。従来この反応は均一系強塩基を用いて行われてきたが、これらの試剤は取り扱いが煩雑であり、また副反応が進行するなどの問題がある。そこで、効率的なMichael反応系を達成するため、開発した有機触媒を用いてnitroethaneとmethyl vinyl ketoneとの反応を検討したところ、93%の高収率で目的の生成物を得た。担体のみや前駆体のDAPS、及び均一系塩基としてtriethylamineを用いた場合では反応はほとんど進行しない。また、強塩基であるNaOEtでは副反応が進行し、目的生成物の収率は著しく低下した。本触媒は反応後容易に反応系から分離・回収でき、ほぼ活性を維持したまま再使用可能である。

第4章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文では、有機官能基による表面修飾法を用いることで、表面活性種の不斉選択性、反応選択性を制御し、従来にはない高機能を有する新規触媒系の構築に成功した。これらの成果は物理化学、特に触媒化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本論文提出者が主体となって考え実験と計算を行い解析したもので、本論文提出者の寄与は極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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