No | 123335 | |
著者(漢字) | 田中,隆嗣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,タカツグ | |
標題(和) | 化学修飾炭素クラスターの有機化学的研究 | |
標題(洋) | Studies on Organo-functionalized Carbon Clusters | |
報告番号 | 123335 | |
報告番号 | 甲23335 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5216号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [序論] 複数の原子が規則的に集合してできるクラスター分子は,化学修飾を施すことで形状,サイズを由来とする特異な物性を引き出すことができる.本研究ではクラスター分子の化学修飾に注目し,表面化学修飾による物性制御と毒性の評価,および形状を利用した標識分子の合成と観察を行った.炭素クラスターであるカーボンナノチューブはそのチューブ状の形状と歪んだ・曲面からなる表面を持ち数多くの研究がなされている一方,分子同士の強い相互作用のため凝集しやすく応用研究の大きな問題となっている.本研究では外側表面を化学修飾する手法を開発し,カーボンナノチューブ同士の強い凝集がとけることを見いだした.その結果詳細な構造決定が可能となり,形状由来の毒性を性格に評価することができた.また,ホウ素クラスターであるカルボランは球状の形状をもち,透過型電子顕微鏡でその形状がよい標識となることを見いだし,カーボンナノチューブに内包した単一有機小分子を初めて画像化できた. [水溶性カーボンナノチューブの合成,精製,構造決定と細胞毒性] 近年ナノメートル程度の大きさと針状の形状からカーボンナノチューブの持つ毒性が注目されている.すでに,カーボンナノチューブの毒性評価はいくつか報告されているが,有毒とする報告と無毒とする報告の両者がありはっきりとした結論が得られていない.ナノメートルサイズの物質は既存の物質とは異なる観点からの毒性評価が必要であり,最近毒物学を専門とする研究者グループはナノ物質の毒性に関与すると疑われる物性を以下の9項目提示し,すべての物性を決定することが望ましいとしているが,カーボンナノチューブでこれらすべてを決定することはその高い凝集力のために困難であった. 1) 粒径2) 凝集状態3) 形状4) 結晶構造5) 化学組成 6) 表面積7) 表面化学8) 表面電荷9) 多孔度 本研究ではカーボンナノチューブの会合体であるカーボンナノホーン会合体を用いて毒性評価を行った.カーボンナノホーン会合体は純粋な炭素をレーザー蒸発させることで単層カーボンナノチューブの会合体として得られる.一方,カーボンナノホーン会合体もカーボンナノチューブ同様,凝集力が強く種々の粒径を持つ塊となっている. 本研究ではまずカーボンナノホーン会合体を水へ可溶化させるために新しい化学修飾法を開発した.すなわちカーボンナノホーン会合体を液体アンモニア中分散させナトリウムアミドを作用させることで表面にアミノ基を導入したアミノナノホーン会合体を得た (式1).カーボンナノホーン会合体は水中へ分散することはないが,アミノナノホーン会合体は純水中へ1 mg/mLと高い濃度で分散した (Figure 1). 得られたアミノナノホーン会合体の構造決定を行った.まずTEM観察を行ったところカーボンナノホーン会合体は水溶化の過程で基本的な構造は変化しておらず,単層カーボンナノチューブのチューブ状のグラファイト構造を持っていることが明らかになった (Figure 2A, B). 次に原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて粒子の形状を観察した.HOPG上にアミノナノホーン会合体水溶液を滴下し,減圧下乾燥した後観察したところその粒子が楕円球であることを見いだした (Figure 2C, D).また高さ分布を求めたところ平均が95 nmであった. 基板上で孤立粒子が観察されたことから溶液中の粒度分布を測定した.0.02 mg/mLの濃度のアミノナノホーン会合体水溶液の粒度分布を動的光散乱法 (DLS) を用いて測定したところ平均粒径が134 nmであり,アミノナノホーン会合体のAFM観察から得られた高さ分布とアスペクト比を考慮するとよい一致を示したため溶液中でも単粒子分散していることを見いだした (Figure 3).同時に純水中での表面電位を測定し,-28 mVとわかった. アミノナノホーン会合体の表面にアミノ基が導入されていることはSangerのアミノ基の定量法を用いて確認した.すなわちアミノナノホーン会合体に2,4-ジニトロフルオロベンゼンを塩基性条件下作用させることでジニトロフェニル化されたアミノナノホーン会合体3を得た (式2).ジニトロフェニルアミノ基の生成は紫外光領域にある350 nmの特性吸収により確認し,アミノ基の量を0.22 mmol/gと見積もることができた (Figure 4).以上の検討とすでに報告されている表面積,多孔度の測定結果を用いると先に述べたナノ物質の毒性に関与する疑いのあるすべての物性を決定することができた.このことはアミノナノホーン会合体がカーボンナノチューブの毒性を評価する標準試料であるといえる.アミノナノホーン会合体は遷移金属微粒子を含まず,そろった粒径を持つカーボンナノチューブの会合体であることから毒性を評価するには望ましい物質である. 引き続きアミノナノホーン会合体を用いて細胞毒性試験を行った.細胞が生産する総タンパク量を指標として細胞活性をはかったところアミノナノホーン会合体は0.1 mg/mLの投与量までは細胞活性が低下しなかったが,1 mg/mLの投与量で75%程度まで低下した (Figure 5).この細胞活性値は有毒な対照粒子として用いられる石英粒子の10分の1の投与量に対する値とほぼ同等であり,アミノナノホーン会合体の毒性は石英粒子の10分の1程度といえる.石英粒子は毒性があるものの道路標識など身の回りで広く用いられている材料であるため,遷移金属を含まない単層カーボンナノチューブは利用法を工夫することで安全に使用することができると示唆された. [カルボランを標識とした有機小分子の画像化] 前節でカーボンナノチューブの外表面の化学修飾により新たな物性が見いだされたことを述べたが,その内部空孔も一次元の特有な形状から修飾による有用な物性の発現が期待でき,検討を行った.TEMはオングストローム程度の分解能を有することから,単一の有機小分子を観察する試みがなされていたが,以下の3つの理由によって達成されなかった.1) 有機分子を固定する入れ物がなかった.2) 有機分子は電子線照射下で分解すると信じられていた.3) 観察した分子が目的とする分子であるかどうかの判断が困難であった.本研究では球状の形状を持つホウ素クラスターであるカルボランが標識分子としてなりうると考えカルボラン分子の分子設計を行った.さらに単層カーボンナノチューブが炭素原子一層からなる薄い膜であり,かつ内部に空孔を持つことから,カルボラン分子を内包させることで標的分子の固定化ができると考えた. まず観察を行うにあたり目的とする分子を設計,合成した.カルボランを脱プロトンした後,臭化アルキルで補足し,アルキル鎖の長さ,数の異なる4つのアルキルカルボラン4-7を合成した (式3, 4).これらのアルキルカルボランは酸化開口処理したカーボンナノチューブ内に気相で導入し,TEM観察することで顕微鏡像を得た.その結果,顕微鏡像から球状のカルボランとアルキル鎖を見ることができシミュレーションとよく一致した (Figure 6).さらにアルキル鎖の数によるコントラストの違い,およびエネルギー損失分光分析によるホウ素原子のピークの検出を見ることでアルキルカルボランの観察が支持された.分子は1分程度分解することなく観察されたことから,カーボンナノチューブ内に孤立した有機分子は安定であるとわかった. さらにこの観察の中でアルキル鎖の構造変化を観察することができた.カーボンナノチューブは直径の異なるチューブの混合物であるため太いチューブの中に存在するアルキルカルボランは運動することができる.単一分子を連続して観察することで図7に示すようにアルキル鎖が上下に変位した二つの状態を交互にとる様子を捕らえることができた.この結果から分子は連続的に構造変化するのではなく状態から状態へと離散的に変化していることがわかった.さらに別の分子を観察することでチューブ内を並進運動する様子や,アルキル鎖がカーボンナノチューブと相互作用している様子を観察することができた. [まとめ] 本研究ではカーボンナノホーン会合体の新しい外表面の化学修飾法を開発することで水溶性カーボンナノホーン会合体を合成し詳細な構造決定を行った.得られた水溶性カーボンナノホーン会合体は標準試料ということができ,細胞毒性試験の結果カーボンナノチューブの針状の形状は強い毒性を示さないことを明らかとした.また,カルボランの球状の形状を標識に,カーボンナノチューブのチューブ状の空孔を利用することで単一有機小分子が画像化できることを初めて見いだした.以上の結果から化学修飾を行うことでクラスター分子の物性評価,標識化合物としての応用を達成した. [謝辞] 本研究は21世紀COEプログラム「フロンティア基礎化学」,日本学術振興会の支援のもと行われた. | |
審査要旨 | 本論文は七章から構成されており、炭素クラスターの化学修飾法の開発とその物性評価,および応用について論じている. 第一章では,これまでの炭素クラスターの物性,化学修飾法,化学修飾炭素クラスターの応用について概説しており,特異な物性を持つ炭素クラスターは化学修飾を施すことで応用の可能性が広がることを述べている.すなわち炭素クラスターの化学修飾法の開発と得られる化学修飾炭素クラスターの応用研究が重要な研究課題であることを示している. 第二章では、極性溶媒の添加を鍵としたテトラアミノフラーレンエポキシドの効率的合成法の開発について述べている.アミノフラーレンは有用な生理活性を持つもののその効率的合成法がないことから,応用研究が困難であった.本反応は反応溶媒中にジメチルスルホキシド (DMSO) を添加することで光照射することなく効率的にテトラアミノフラーレンエポキシドを与える.DMSOは大きなドナー数と誘電率から基底状態[60]フラーレンへの脂肪族アミンからの一電子移動を促進する効果があることが示されている.本反応は簡便な操作と光照射を必要としないことから大きなスケールでの合成も容易に達成されている. 第三章では,過酸化物を用いたテトラアミノフラーレンエポキシドの合成と,[70]フラーレンのアミノ化反応について述べられている.第二章で開発した反応を詳細に検討する中でアミンの付加反応で副生した過酸化物がさらに付加反応を促進していることを見いだしており,この知見をもとに酸素を脱気した反応混合物へ穏やかなクメンヒドロペルオキシドを添加することで目的とするテトラアミノフラーレンエポキシドが効率的に得ている.工業スケールでは有機溶媒は酸素と接触することで爆発を引き起こす可能性があることから,酸素を使わない本手法は化学修飾フラーレンの大量供給法の一つとなりうる.この手法を[70]フラーレンに適用したところ光照射下,モノオキシジアミノフラーレンを得ている.高次フラーレンを用いた本反応はフラーレンと同様の構造を末端に持つカーボンナノチューブへの適用が期待できる. 第四章では,水溶性カーボンナノチューブ会合体の合成,精製,構造決定,および細胞毒性について述べられている.本研究で用いられたカーボンナノチューブはカーボンナノホーン会合体と呼ばれる炭素クラスターで炭素微粒子の毒性試験を行うにふさわしい性質を持っている.フラーレンのアミノ化反応で得られた知見をもとにカーボンナノホーン会合体のアミノ化反応を開発し,水溶性のアミノナノホーン会合体を得ている.アミノナノホーン会合体は水に高い濃度で溶け,このことを利用してナノ粒子の毒性に関与する物性すべてを決定している.詳細に構造決定されたアミノナノホーン会合体を用いて哺乳動物細胞の細胞毒性試験を行った結果強い毒性は認められなかった.本研究で得られたアミノナノホーン会合体は炭素微粒子の毒性評価を行う際の標準物質と言うことができ,カーボンナノチューブの毒性を初めて決定したことは意義深い. 第五章では,カーボンナノチューブ内に内包された有機小分子の透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いた画像化について述べている.分子の三次元的構造や動的変化は分子科学の基礎であるが,これらの情報を単分子観察によって画像として実験的にとらえる手法はできなかった.本研究では,カルボランを標識分子として導入したアルキルカルボランを設計,合成した後,酸化開口した単層カーボンナノチューブへと内包させTEM観察している.得られたTEM像から形状,コントラスト,スペクトル分析を行うことで目的分子が画像化されていることを確認している.さらに分子の連続観察を行うことで構造変化,並進運動の様子を画像化している.本研究で示されている単分子観察は原子レベルで現象を分析でき,新たな分子の振る舞いの情報を与える重要な手法である. 第六章では,芳香族アミド化合物の画像化について述べている.フラーレンピレンアミドを液相で単層カーボンナノチューブへと導入した後TEM観察を行い単分子画像を得ている.構造変化も画像化しており,回転する結合を議論している.アミド結合が画像化できたことでペプチドやタンパク質の画像化が期待される. 第七章は本研究の総括である.フラーレンやカーボンナノチューブの新規化学修飾法の開発,得られた化学修飾カーボンナノチューブ会合体の構造決定および細胞毒性評価,酸化カーボンナノチューブ内に内包した有機小分子の画像化についてまとめている. なお、本論文第二~六章は中村栄一博士および磯部寛之博士などとの共同研究であるが,研究計画および検討の主体は論文提出者であり,論文提出者の寄与が十分であると認められる. 本研究は化学修飾炭素クラスターの合成法を開発することで,安定した供給を可能とした.さらに化学修飾炭素クラスターの特異な特徴を利用した研究を行うことで,化学修飾炭素クラスターの新たな応用の可能性を示している.したがって,本論文は博士(理学)を授与できる学位論文として価値のあるものと認める. | |
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