学位論文要旨



No 123431
著者(漢字) 高橋,市弥
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,イチヤ
標題(和) 弾性波伝播挙動の変化を用いたCFRP構造の衝撃損傷検出に関する研究
標題(洋)
報告番号 123431
報告番号 甲23431
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6747号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 准教授 榎,学
 東京大学 准教授 岡部,洋二
 東京大学 講師 横関,智弘
内容要旨 要旨を表示する

構造の軽量化は,空を飛ぶ機械である航空機にとって永遠の課題であり,その誕生以来,軽量・高強度な材料の開発・適用が進められてきた.その中で優れた比強度を持つ炭素繊維強化複合材料が出現し,これを航空機構造へ適用する動きは徐々に拡大をしている.近年では,原油価格高騰による航空機の軽量化への要求はさらに高まり,航空機構造への複合材適用の動きは今後さらに加速されていくことが予想される.

この航空機を取り巻く状況の急速な変化は,航空機開発のみならず,それを使う側,すなわち航空機の整備や補修においても多大な影響を及ぼすことが予想される.複合材料は金属材料に比べ複雑な損傷形態を有している.また,その多くは材料内部に発生するため,損傷の検出は難しくなる.航空機整備において,損傷の診断には非破壊検査手法が利用されているが,それらの中には,複合材構造に対してそのまま適用することができないものや,大規模構造の検査を行う場合は設備や時間的コストを要するものも多い.したがって,複合材料中に発生した損傷を高精度・高速で探傷可能な検査手法の構築が必要とされている.

また,複合材適用の増加によって損傷部の補修に関する仕組みや補修方法そのものも変わっていく可能性がある.複合材適用部位の拡大に伴い,部品の一体化による複雑化や大型化が進んでいる.したがって,複合材構造に損傷が発生した場合は,部品交換が難しい場合も多く,そうした場合には,複合材構造の損傷部を補修し,またすぐフライトに戻るといった状況も増えていくと考えられる.複合材補修においては,金属のようなボルト結合は円孔部での損傷発生が懸念されるため,一般的には接着補修が行われる.故に,今後の複合材適用の増加に伴い,接着補修部の増加も予想される.そうした場合に,複合材補修部に突発的な衝撃荷重が加わることによって,新たな損傷の発生が懸念される.したがって,複合材構造補修部の健全性を保障するためには,複合材構造補修部に発生した損傷を定量的に検出する技術の開発が必要となる.

以上の観点から本研究では,今後増加が予想されるCFRP積層構造およびCFRPスカーフ補修構造(Fig. 1)に発生する衝撃損傷に注目し,材料中を伝播する弾性波の伝播挙動の変化を利用した損傷検出手法を提案した.本研究では,パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いて,CFRP複合材料中を伝播する弾性波を可視化し,その伝播挙動から,損傷の検出を試みた.また,弾性波の周波数やセンサ配置による伝播特性の違いについて実験と解析によって評価を行い,本手法による損傷検出の可能性について検証した.本研究で得られた結論を以下に示す.

第2章においては,本研究で用いるパルスレーザー励起弾性波可視化手法(Fig. 2)の原理の理論的導出とその検証試験を行った.まず,同一経路を伝播する波の双方向における同一性について,相反定理を動的振動問題に拡張可能であることを理論的に導出した.しかし,その導出の過程においては,材料特性や損傷部での界面の接触などの非線形効果は考慮されていない.そこで,そうした非線形効果が可視化結果に及ぼす影響を評価するために,点接触部および衝撃損傷を有する2種類のCFRP試験片を作成し,弾性波の可逆性検証試験を行った.その結果,非線形効果が及ぼす影響は十分に小さいことが確かめられた.この結果から,本手法を用いてCFRP構造の損傷検出を行う場合には,双方向の波の同一性が成り立つとして問題ないことが示された.これらの結果は,本研究で提案する損傷検出手法の基礎となるものである.

本研究で得られた全ての可視化結果において,表面繊維方向に伝播する弾性波の振幅が他の方向に伝播する弾性波の振幅に比べ小さくなる波形振幅の異方性が観察された.そこで,第3章においては,CFRP中を伝播するパルスレーザー励起弾性波の伝播特性評価を行った.まず,CFRP中を伝播するパルスレーザー励起弾性波測定試験を行い,各方向における弾性波の振幅異方性が現れることを確認し,その強さを定量的に評価した(Fig. 3).また,弾性波の周波数によって,異方性の強さが異なることを確認した.次に,有限要素法によるCFRP中の弾性波伝播特性解析を行った.その結果,解析においても,実験と同様の異方性が生じることを確認した.さらに,振幅の異方性は,材料表面層の熱膨張係数の異方性が原因であることを明らかにした.また,実際の航空機外板構造と同様の方法で表面にコーティングを施したCFRP積層板の弾性波測定試験を行い,コーティングの前後での振幅異方性の変化を測定した.その結果,コーティングによって,振幅の異方性は緩和されることが確認された.しかし,完全には消えず,コーティング後も異方性を示すことを明らかにした.

第4章においては,パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いたCFRP積層構造に発生する衝撃損傷の検出可能性について検証を行った.本研究では,代表的な積層構成である擬似等方積層板および直交積層板の2種類を対象とし,各積層構成の衝撃損傷の観察結果と弾性波の可視化結果の比較を行った.まず,衝撃荷重を加えた積層板に対し,パルスレーザー励起弾性波可視化手法を適用し,衝撃損傷部の可視化を行った.その結果,損傷部において,弾性波の散乱および剥離部での伝播速度変化が観察された(Fig. 4).可視化結果において弾性波の散乱が起きた領域の形状は超音波探傷によって得られた損傷形状とほぼ一致した.しかし,周波数が小さくなると波長が長くなってしまうため,損傷に対する感度が小さくなることがわかった.可視化結果で見られた伝播速度の変化は,剥離による板厚の局所的な減少が原因であることが明らかになった.さらに,伝播速度の変化は,分散性の大きい周波数領域で感度が大きくなることが示された.さらに,衝撃荷重を加えた直交積層板に対し,パルスレーザー励起弾性波可視化手法を適用し,衝撃損傷部の可視化を行ったところ,可視化結果において弾性波の伝播方向と表面の繊維方向が平行な場合には,層間剥離境界において弾性波の散乱および伝播速度の変化が観察された.一方,弾性波の伝播方向と表面の繊維方向が垂直な場合には,可視化結果において波の伝播挙動の変化はほとんど見られなかった.この結果は,センサ配置および弾性波の伝播方向によって,損傷検出が難しい領域が発生することを示している.したがって,損傷検出を行う場合には,複数のセンサ配置による結果から総合的に損傷の有無を診断する必要がある.以上の結果から,2種類のCFRP積層構造のみについての検討に限られているが,本手法を用いることによってCFRP積層構造に発生した衝撃損傷が検出可能であることが示された.

第5章においては,CFRPスカーフ補修複合材に発生する衝撃損傷形態の観察および進展挙動の評価を行った.まず,CFRPスカーフ補修複合材の落錘低速衝撃試験を行い,衝撃損傷の観察を行った.その結果,補修材と接着層の界面の剥がれが観察された(Fig. 5).また,スカーフ角および板厚が異なる試験片について比較を行った.その結果,全ての場合について,接着層の剥がれが観察されたが,スカーフ角によってその様相に違いが見られた.また,同じ仕様の複数の試験片に対して,異なる衝撃エネルギーを付与する落錘衝撃試験を行い,それらの損傷を比較することによって,CFRPスカーフ補修構造に発生する衝撃損傷の進展挙動の評価を行った.その結果,CFRPスカーフ補修複合材に衝撃荷重が加わった場合には,補修材と接着層の界面の剥がれが荷重点付近のせん断き裂から発生し,そこを起点に界面に沿って裏側方向へ進展していくことを明らかにした.さらに,スカーフ接着補修部の異なる位置に衝撃荷重を加える落錘衝撃試験を行い,衝撃位置による衝撃損傷形態の違いを比較した.その結果,円形スカーフ補修において,接着層中心よりも外側に衝撃荷重が加わる場合よりも,内側に衝撃荷重が加わる場合のほうが衝撃損傷が大きくなることを明らかにした.

第6章においては,パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いたCFRPスカーフ補修複合材の衝撃損傷検出可能性について検証を行った.まず,擬似欠陥を挿入したCFRPスカーフ補修試験片を作成し,パルスレーザー励起弾性波可視化試験を行った.その結果,剥離境界における弾性波の散乱および剥離部における弾性波伝播速度の変化の2種類の伝播挙動変化が観察された(Fig. 6).剥がれ境界における弾性波の反射特性は,剥離境界の板厚方向深さによって異なることがわかった.また,剥がれにおける弾性波伝播速度の変化は,弾性波の周波数および板厚による速度分散性が原因であることがわかった.この結果から,弾性波伝播速度の変化による接着層の剥がれ検出の可能性を示した.さらに,実際の円形スカーフ補修を模擬した供試体による損傷部の可視化試験を行い,本手法の実構造への適用可能性について検証した.また,その結果を基に,実際のスカーフ補修構造へ適用する場合の問題点について考察した.

本研究により得られた以上の結論から,弾性波伝播挙動の変化を用いたCFRP積層構造およびCFRPスカーフ補修構造における衝撃損傷検出手法の基礎を確立できたものと考える.本研究で得られた成果が,航空機複合材構造の損傷検出技術の構築の基礎となり,航空機の信頼性向上,複合材のさらなる普及のための一助となることを期待する.

審査要旨 要旨を表示する

本研究により得られた以上の結論から,弾性波伝播挙動の変化を用いたCFRP積層構造およびCFRPスカーフ補修構造における衝撃損傷検出手法の基礎を確立できたものと考える.本研究で得られた成果が,航空機複合材構造の損傷検出技術の構築の基礎となり,航空機の信頼性向上,複合材のさらなる普及のための一助となることを期待する.

複合材料は金属材料に比べ複雑な損傷形態を有している。また、その多くは材料内部に発生するため、損傷の検出は難しくなる。航空機整備での損傷診断には各種非破壊検査手法が利用されているが、それらの中には、複合材構造に対してそのまま適用することができないものや、大規模構造の検査を行う場合は設備や時間的コストを要するものも多い。よって、複合材料中に発生した損傷を高精度・高速で探傷可能な検査手法の構築が必要とされている。以上の観点から本研究では、今後増加が予想される航空機用の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)積層構造およびCFRPスカーフ補修構造に発生する衝撃損傷に注目し、材料中を伝播する弾性波の伝播挙動の変化を利用した損傷検出手法を提案している。パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いて、CFRP複合材料中を伝播する弾性波を可視化し、その伝播挙動から損傷の検出に成功している。また、弾性波の周波数やセンサ配置による伝播特性の違いについて実験と解析によって評価を行い、本手法による損傷検出の定量性について検証している。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

第2章は、「パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いた損傷検出」であり、本研究で用いるパルスレーザー励起弾性波可視化手法の原理の理論的導出とその検証試験を行っている。同一経路を伝播する波の双方向における同一性について、相反定理を動的振動問題に拡張して理論的に明らかにしている。また、材料特性や損傷部での界面の接触などの非線形効果が可視化結果に及ぼす影響を評価するために、点接触部および衝撃損傷を有する2種類のCFRP試験片を作成し,弾性波の可逆性検証試験を行い、非線形効果が及ぼす影響は十分に小さいことを確かめている。

第3章は、「CFRP中を伝播するパルスレーザー励起弾性波の振幅異方性評価」であり、CFRP中を伝播するパルスレーザー励起弾性波測定試験を行い、各方向における弾性波の振幅異方性が現れることを確認し、その強さを定量的に評価するとともに、弾性波の周波数によって異方性の強さが異なることを明らかにしている。また、有限要素法によるCFRP中の弾性波伝播特性解析を行い、振幅の異方性は、材料表面層の熱膨張係数の異方性が原因であることを明らかにしている。

第4章は「弾性波可視化手法によるCFRP積層板の衝撃損傷検出」であり、擬似等方積層板および直交積層板の2種類を対象として、衝撃損傷の検出を行っている。損傷部において、弾性波の散乱および剥離部での伝播速度変化を観察している。また、この伝播速度の変化は剥離による板厚の局所的な減少が原因であることを明らかにしている。

第5章は「CFRPスカーフ補修構造に発生する衝撃損傷の評価」であり、CFRPスカーフ補修複合材に発生する低速衝撃損傷形態の観察および進展挙動の評価を行っている。スカーフ角、板厚、衝撃エネルギーが衝撃損傷形態に与える影響を定量的に示している。その結果、補修材と接着層の界面の剥がれが荷重点付近のせん断き裂から発生し、そこを起点に界面に沿って裏側方向へ進展していく損傷進展プロセスを明らかにしている。

第6章は「弾性波可視化手法によるCFRPスカーフ補修構造の衝撃損傷検出」であり、パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いたCFRPスカーフ補修複合材の衝撃損傷検出可能性を実証している。まず、擬似欠陥を挿入したCFRPスカーフ補修試験片により、剥離境界における弾性波の散乱および剥離部における弾性波伝播速度の変化の2種類の伝播挙動変化を明らかにしている。また、剥離境界における弾性波の反射特性は剥離境界の板厚方向深さによって異なること、剥離部における弾性波伝播速度の変化は弾性波の周波数および板厚による速度分散性が原因であることを明らかにしている。さらに、実際の円形スカーフ補修を模擬した供試体による損傷部の可視化試験により、本手法の実構造への適用可能性についても検証している。

第7章は「結論」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

以上要するに、本論文では、パルスレーザー励起弾性波可視化手法を用いて、CFRP複合材料中を伝播する弾性波を可視化し、その伝播挙動を定量的に明らかにしている。また、弾性波伝播挙動の変化を用いたCFRP積層構造およびCFRPスカーフ補修構造における、非接触衝撃損傷検出手法の基礎を確立することに成功している。本研究で得られた成果は、航空機複合材構造の非破壊損傷検出技術の構築の基礎となり、構造信頼性向上に資することが期待され、複合材料構造工学、非破壊評価工学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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