学位論文要旨



No 123454
著者(漢字) 栁川,善光
著者(英字)
著者(カナ) ヤナガワ,ヨシミ
標題(和) 論理LSIにおける放射線起因ソフトエラーの測定手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123454
報告番号 甲23454
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6770号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,宏文
 東京大学 教授 田島,道夫
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 准教授 藤島,実
 東京大学 准教授 池田,誠
内容要旨 要旨を表示する

論理LSIの信頼性を左右する現象に,放射線起因のソフトエラーがある.放射線起因のソフトエラーは論理LSIの誤動作を招く可能性があるため,厳しい放射線環境下で使用される宇宙用計算機の開発において従来から問題視されてきた.さらに近年は,論理LSIの急速な高性能化や低電圧化によって,比較的おだやかな放射線環境である地上においてもソフトエラーが無視できない状況となりつつあり,今後は宇宙や地上を問わず,論理LSIにソフトエラー対策を導入する必要性が増すと考えられる.しかし,放射線起因のソフトエラーには複数の発生要因が存在し,それぞれ必要な対策が異なる上に,対策の実装コストも無視できない.従って,あらかじめ対象の論理LSIにおいて「ソフトエラーが発生しやすい場所の同定」と「ソフトエラーの発生要因の特定」を行うことが,効率よく論理LSIの放射線耐性を高めるために重要であると考えられる.本論文は,まず,オンチップの自己トリガ型パルス幅測定回路を開発し,放射線が論理素子に誘起する過渡電圧パルスの幅を実測することでソフトエラーの発生要因についての知見を得,その上で,論理LSIで発生する放射線起因ソフトエラーの発生率を記憶素子ごと・発生要因ごとに測定することができる新たな測定手法とそれに必要なスキャンフリップフロップを提案し,重イオン照射試験を通じてその有効性を実証したものである.

本論文は,全6章より構成される.

第1章は序論であり,論理LSIにおける放射線起因のソフトエラーが我々の社会に与える影響について,過去の実例を挙げながら,その対策が必要不可欠になりつつあることを論じたうえで,本論文の目的と構成について述べている.

第2章では,ソフトエラーを引き起こす放射線について,その起源から半導体との物理的相互作用にいたるまで,本研究の基礎となる部分について説明を加えている.また,こうした物理的相互作用の結果,いくつかの過程を経てソフトエラーが発生するメカニズムについて述べている.具体的には,まず論理LSIを記憶素子(フリップフロップなどのいわゆる順序回路)と論理素子(NORなどのいわゆる組み合わせ論理素子)の2つの構成要素に分け,それぞれに放射線が当たった場合の回路の振る舞いを示し,ソフトエラーに至るまでの過程について論じている.さらにこれらの「記憶素子由来のソフトエラー」と,「論理素子由来のソフトエラー」を防ぐには,それぞれ異なる対策が必要であることを示し.それぞれのソフトエラーに対する一般的な対策手法について,関連する研究を交えつつ紹介している.

第3章においては,オンチップパルス幅測定回路を開発し,放射線照射により論理素子で発生する過渡電圧変動:シングルイベント・トランジェント(Single Event Transient, SET)のパルス幅を測定した実験について述べている.まず,パルス幅測定が重要な点として,論理素子由来のソフトエラーの発生率を見積もれるようになる点と,SET対策用パルス除去フィルタの設計指針を決定できるようになるという点を挙げている.しかしその一方で,SETは一般的に非常に短く数100ピコ秒から数ナノ秒程度の幅を持つとされ,またランダムに発生するために,測定が容易でないということを述べている.以上を受け,自己トリガ機構を持つオンチップのパルス幅測定回路を開発し,ランダムに発生するパルスを可能な限り取りこぼし無く捉え,それらの幅をチップ上で測定することを可能にしたということを述べている.

続いて,宇宙環境を模擬した重イオン照射下において,0.2μm完全空乏型SOIプロセスで作製したNOT論理素子とNOR論理素子で発生するSETのパルス幅を測定した実験とその結果が示されている.照射する重イオンにはニッケルイオンまたはクリプトンイオンを用い,宇宙環境下での使用を想定してそれらの線エネルギー付与を40 MeV-cm2/μm に設定した.これは,イオンがシリコン中に 0.4 pC/μmの電荷を生成することを意味する.実験の結果,線エネルギー付与が一定であるにもかかわらず,複数の幅を持つSETパルスが観測された.この結果に関しては,放射線が論理素子のトランジスタのどこに入射したかによってパルス幅が変化するという,既存研究及びシミュレーションの結果から説明が試みられている.NOT論理素子で発生するパルス幅はピークが0.5ナノ秒でおよそ0.9ナノ秒まで広がる分布を示し,NOR論理素子で発生するパルス幅は0.7~0.8ナノ秒付近にピークを持ち,およそ1.2ナノ秒まで広がる分布を示したことが述べられている.

さらに,本実験で得られたパルス幅測定結果の活用例として,SET対策を設計する上で次のような検討が可能であることが提示されている.例えば今回測定されたパルス幅分布によれば,NOT論理素子の場合,フィルタの時定数を0.9ナノ秒にすれば,発生するSETを全て除去できることが判断できる.また, 0.7ナノ秒以下の幅をもつパルスが全体の90%以上を占めていることから,フィルタの時定数を0.7ナノ秒に減らしても90%以上のパルス除去効果が期待できると判断できる.このように,パルス幅の分布を知ることで,除去するパルスの幅と実装コストを考慮しつつ最適な対策を検討することが可能となると述べられている.

第4章は,テスト容易化設計の一種であるスキャンフリップフロップを元に考案した,ソフトエラー取得機能つきスキャンフリップフロップの原理と,それを活用して論理LSIのソフトエラー発生率を詳細に測定する手法について述べたものである.一般的なスキャンフリップフロップは,論理LSIの製造後のデバッグ用に広く一般的に実装されている機構である.このスキャンフリップフロップに対し,ソフトエラーの発生を検知し,外部に読み出すまで保持する機能を追加することで,従来は困難であった,論理LSIの各記憶素子で発生するソフトエラーを外部から詳細に把握することを可能にしたことが述べられている.さらに,提案スキャンフリップフロップには,記憶素子由来のソフトエラーのみを取得するモード(SEU試験モード)と記憶素子由来と論理素子由来の両方のソフトエラーを取得するモード(SET試験モード)を持たせた.それぞれのモードで測定したソフトエラー発生率の差を求めることで,記憶素子由来と論理素子由来のソフトエラーの発生率を区別して記憶素子ごとに得ることが可能である.その結果,提案手法により,論理LSIで発生する放射線起因ソフトエラーの発生率を記憶素子ごと・発生要因ごとに測定できるようになることが示されている.

第5章では,提案スキャンフリップフロップを実装したテストチップを使った重イオン照射実験と,実装コストの検討について述べ,これら二つの結果に基づいて提案スキャンフリップフロップの有効性を論じている.実験では,複数の提案スキャンフリップフロップを配置し,各スキャンフリップフロップのデータ入力端子に複数の論理素子(NOT又はNOR)を接続したテストチップを作製して使用した.テストチップに重イオンを照射して試験を行った結果,SEU試験モードでは,どのスキャンフリップフロップでも一定数のソフトエラーが,SET試験モードでは,接続された論理素子の段数に比例した数のソフトエラーが観測された.また,第3章で得られたNOT論理素子及びNOR論理素子のSETパルス幅測定結果から予想されるソフトエラー発生率とも矛盾しない結果が得られた.以上より,提案スキャンフリップフロップが設計どおりの機能を有することが実証されたことを述べている.

続いて,提案するスキャンフリップフロップの実装コストについて,0.2μm完全空乏型SOIプロセスのスタンダードセルライブラリに基づいた見積もりの結果が示されている.提案スキャンフリップフロップは,ソフトエラー測定機能を持たない通常のスキャンフリップフロップに比べ,面積で29%,遅延で5%,消費電力で21%程度のコスト増で実装できることを示し,これにより,現実的なコスト負担で,論理LSIのソフトエラーの発生率の詳細な測定が可能になると結論付けている.

第6章は結論であり,本研究で提案した手法とそれを用いた実験によって得られた成果についてまとめている.

以上のように本研究では,論理LSIの信頼性に深く関与する放射線起因のソフトエラーに着目し,その詳細な測定手法を提案した.開発したオンチップのパルス幅測定回路によって,まず放射線照射により論理素子で発生する過渡電圧変動,すなわちシングルイベント・トランジェントのパルス幅を測定し,ソフトエラーの発生要因についての理解を図った.次に,ソフトエラー取得スキャンフリップフロップを開発した上で,論理LSIで発生する放射線起因ソフトエラーの発生率を記憶素子ごと・発生要因ごとに測定可能な放射線照射試験手法を提案した.また,重イオン照射試験と実装コスト見積もりによって提案手法の有効性を示した.本研究の成果は,論理LSIへの放射線起因ソフトエラー対策の効率的な実装を可能にするものである.

審査要旨 要旨を表示する

論理LSIの信頼性を左右する現象に,放射線起因のソフトエラーがある.放射線起因のソフトエラーは論理LSIの誤動作を招く可能性があるため,厳しい放射線環境下で使用される宇宙用計算機の開発において従来から問題視されてきた.さらに近年は,論理LSIの急速な高性能化や低電圧化によって,比較的おだやかな放射線環境である地上においてもソフトエラーが無視できない状況となりつつあり,今後は宇宙や地上を問わず,論理LSIにソフトエラー対策を導入する必要性が増すと考えられる.しかし,放射線起因のソフトエラーには複数の発生要因が存在し,それぞれ必要な対策が異なる上に,対策の実装コストも無視できない.従って,あらかじめ対象の論理LSIにおいて「ソフトエラーが発生しやすい場所の同定」と「ソフトエラーの発生要因の特定」を行うことが,効率よく論理LSIの放射線耐性を高めるために重要であると考えられる.本論文は,まず,オンチップの自己トリガ型パルス幅測定回路を開発し,放射線が論理素子に誘起する過渡電圧パルスの幅を実測することでソフトエラーの発生要因についての知見を得,その上で,論理LSIで発生する放射線起因ソフトエラーの発生率を記憶素子ごと・発生要因ごとに測定することができる新たな測定手法とそれに必要なスキャンフリップフロップを提案し,重イオン照射試験を通じてその有効性を実証したものである.

本論文は,全6章より構成される.

第1章は序論であり,研究の背景,目的,論文の構成などを述べている.

第2章では,ソフトエラーを引き起こす放射線について,その起源から半導体との物理的相互作用にいたるまで,本研究の基礎となる部分について説明を加えている.また,こうした物理的相互作用の結果発生するソフトエラーをその発生要因ごとに分け,それぞれの対策手法を紹介し,効率的な論理LSIの耐放射線化を行うためにはソフトエラーを測定する必要があることを述べている.

第3 章においては,オンチップパルス幅測定回路を開発し,SETのパルス幅を測定した実験について述べている.パルス幅が非常に短く,しかもランダムに発生するSETを測定することは容易ではないが,自己トリガ機構を持つオンチップのパルス幅測定回路を開発し,SETを可能な限り取りこぼし無く捕え,それらの幅をチップ上で測定することを可能にしたことを述べている.さらに,開発した回路を用いて,宇宙環境を模擬した重イオン照射下において,0.2-μm 完全空乏型SOI プロセスで作製した論理素子で発生するSET のパルス幅を測定した実験方法とその結果を示し,測定回路の有効性を実証するとともに, 照射エネルギー一定の条件下であるにもかかわらずSETのパルス幅には分布があることを示している.

第4 章は,論理LSIで発生する放射線起因ソフトエラーの発生率を記憶素子ごと・発生要因ごとに測定することができる新たな測定手法を示し,そのために必要なソフトエラー取得機能つきスキャンフリップフロップを提案している.テスト容易化設計で使用される一般的なスキャンフリップフロップに対し,ソフトエラーの発生を検知し外部に読み出すまで保持する機能を追加したことで,従来は困難であった,論理LSI の各記憶素子で発生するソフトエラーを外部から詳細に把握することを可能にしたことが述べられている.

第5 章では,提案スキャンフリップフロップを実装したテストチップを用いて重イオン照射試験を行い,その結果に基づき提案スキャンフリップフロップが設計どおりの機能を有することを実証したことを述べている.さらに,提案したスキャンフリップフロップの実装コスト見積もりを行い,現実的なコスト負担で論理LSI のソフトエラーの発生率の詳細な測定が可能になることを述べている.

第6章は結論であり,本論文をまとめ,研究の成果について総括している.

以上これを要するに,本論文は,論理LSI における放射線起因ソフトエラーの測定手法として,シングルイベント・トランジェントのパルス幅測定機構を開発し,論理LSI内部のソフトエラーを詳細に測定するための手法の提案を行い,重イオン照射試験によりその有効性を実証したものであり,電子工学,宇宙工学上貢献するところが少なくない.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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