学位論文要旨



No 123601
著者(漢字) 手塚,純一
著者(英字)
著者(カナ) テヅカ,ジュンイチ
標題(和) アミラド繊維シートを用いた木質接合部および耐震開口フレームに関する研究
標題(洋)
報告番号 123601
報告番号 甲23601
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3305号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

1.実施研究の背景と目的

先の兵庫県南部地震では木造家屋を中心に広範囲に渡って甚大なる被害を経験した。防災に対する意識が高まり、行政と市民による積極的な耐震化が推進されている。一方、2007年6月の建築確認の厳格化を目的とした法改正を受け、木造建築の分野においても許容応力度計算の手法や構造審査が求められている。これらの再編成による課題を集約すると、

(1)木質建築物の主要軸組の接合強度不足による柱頭・脚部からの先行破壊が懸念され、「引抜力と耐久性に富んだ接合方法」の開発、そして既存建物に対してはコスト、施工性のよい補強が望まれている。

(2)住宅は南面で採光を求め、店舗付き住宅は商売上、1階に大開口を必要とするため、耐力壁の不足や対称配置のアンバランスによるねじれ崩壊の建物が多く検証された。

木質住宅に求められている3大耐震対策は、上記の(1)接合強化 (2)耐力壁の量とバランス、そして3つ目として(3)頑強な基礎と地盤の評価である。その他として床の剛性(吹き抜け、階段室)が上げられ、2007年の告示改正では、さらに厳しく要求され造り手側も法の背景と誠実な対応について直面している。これらの問題を解決すべく本研究に取り組み、報告の機会を得た。

2.研究の2大骨子

本研究はハイテク繊維として様々な産業に実用されているアラミド繊維シート(以下本シート)という新素材を初めて木質建築物に適用した開発研究で、大きく2つの研究テーマに集約される。

(1)「柱-土台」に代表される主要接合部に本シートを用いた補強方法の提案と、その力学的性状や耐久性能、木質材料への適用性を評価した。また、実務に伴う処理方法についても明らかにした。

(2)建物の窓・ドアといった軸組開口部に「箱・門型の木質フレーム」を設置し、開口部の機能を維持しながら「耐力壁」としての性能を兼ね備えたモーメント抵抗フレームの開発と評価を行った。

どちらも木質構造上重要な接合部に信頼性の高い本シートをエポキシ樹脂で貼り付けた新しい試みである。本システムを用いて建設された実施建物をタイプ別に掲載し、耐震性向上の可能性について明らかにするとともに、市場性を得るために重要な条件とされる行政対応そして施工性やコストの優位性を保つことに留意した結果を示す。

3.アラミド繊維シートを用いた接合に関する研究

本シートと2液性のエポキシ樹脂を用いて、主要軸材を接合するシステムを10年に渡り開発研究してきた。木質材同士やコンクリートとの接合部での貼り付け方法、そして期待する強度を得ようと引張や曲げ試験を計画し実施している。「柱脚-土台・基礎」といった接合モデルで試験を実施し、適正なシート定着長さと接着面積の検討、そして金具との併用効果など考えられモデルについて実証した(図1)。

一方、耐力壁の仕口接合部は、壁のせん断変形に伴い柱脚部に回転変形を生じる。本シート接合は面によって構成することから、表面に生じる回転力により耐力低下が懸念される。そこで、柱の回転を伴う場合の接合部の耐力残存率を確認するため、木造建築物の安全限界から考えられる回転角(1/120~1/30rad)を模擬した引張試験を計画し、実施した(表1・写1)。シートをT字貼りでの回転力対応も十分考えられるので、このモデル形式で検討した(図2)。さらに、接合部のモデル化により外縁変位と加力の関係について解析評価も行い、試験との整合性を図った。

また、木質材の接合部は耐久性能が構造上直接的に左右するため、その性能を立証しておかなければならない。また否定的な見解の多い現場接着は、強度性能のみならず耐久性能の検証をも欠かせない。そこで既往の実験の基本性能をまとめ、シートと木質材の接着接合として適用する2つの試験方法で実施した(図3・図4)。その結果、全ての条件下(耐水・耐温水・煮沸・凍結融解)で高い強度残存率を有し、耐久性能に関しては特に問題ないことが立証できたことは大きな成果だった。

4.水平力に抵抗する耐震開口フレームに関する研究

本フレームの「水平耐力壁」化としての性能を明確にするため、5回に渡る実大モデルの静的水平せん断試験を行い、100体を超えるデータを精査した。本フレームの基本的なディテールは、図5に示すが木質の軸組構面の内側(又は外面)へ組み込み水平力のみを負担するという考えで、一般的なラーメン構法とは異なる。そのため、試験方法を模索することから始まり、フレーム単体としての評価そして躯体と一体にした構面で耐力評価を行った。エンジニアードウッドである主材の接合ディテールの考察と「箱・門型」それぞれのタイプについての接合強度、変形に関する試験を行い、またスパンをパラメーターとした強度と剛性に関する評価も行った(表2)。

※平均値×ばらつき係数、参考壁倍率=Po/1.96/スハ°ン

現在は、耐久性能と低減値αを乗じた短期許容せん断力を設定し、実施設計に運用している。

また、「シートとボルト」を併用したハイブリッド接合による架構は、従来の金具だけでは得ることができなかった「高い初期剛性と靱性」の2つの特性を持ち合わせ、シート破断後のボルトへの伝達はスムーズであった(図6・図7)。

さらに本研究では実用化に向けて任意スパン・断面に対する定量式の確立について検討した。主要接合部の要素試験で得られた回転バネ特性で架構をモデル化し、荷重増分解析にて定量式を得た。一方、本フレームは品質確保のため工場での製作とし、大工2人が1時間ほどで1フレーム設置可能としている。さらに設計業務において、多くの主事は「壁倍率」同等と評価してくれるようになり、大開口をもつデザイナーズ住宅に、また構造計算による狭小地向け3階建て、そして増改築のオープンルームとして今は多用されている(図8)。

5.まとめ

高張力で柔軟性のあるアラミド繊維シートを木質構造の「主要接合部」と地震・台風といった水平力に抵抗する「開口フレームのコーナー部」に適用した。本シートによる新しい接着接合の評価はとくに難しく、確認許可といった実用向けのハードルも高かった。しかし本研究を通じて、既往の課題を大部分解明することができ、解決の新しい糸口を得た。さらに大臣認定といった公的評価などが後押しとなったといえよう。

(アラミド繊維シートを用いた接合部の評価)

(1)シート接着接合部の引張強度は「定着面積」に大きく支配される。(柱脚300mm,Pmax=23kN)

(2)シートの付着性能は、コンクリートよりも木材に対して馴染みやすい。

(3)基礎(コンクリート)には、プライマー処理下地は欠かせない。

(4)回転引張を模擬した試験を実施し、設計耐力と低減係数を評価することができた。例えば、1/60rad時、Pmax=17.8kNで常時の80%であった。

(5)耐久性能に必要とされる水がかりについて強度残存率78%で安全である確認をした。(耐震開口フレームの開発と実施)

(1)箱型・門型フレームの適正断面とコーナー接合部のディテールを検証し決定した。

(2)シート補強により高い「初期剛性」が得られ、金物併用で「靭性」に富む接合となった。

(3)低減率α値を考慮した「短期許容せん断耐力」を設定し、許容応力度計算への適用が可能。

(4)任意スパン向け耐力算定式が確立でき、今後、実施に向けての条件整備ができた。

最後に、アラミド繊維と出会って20年目、高張力な繊維シート、そして原爆ドームで立証されたエポキシ樹脂を木質構造に利用することは未踏分野であったかと思う。「ハイテク接合」と「耐力壁化を考えた開口フレーム」について様々な評価の中、本大学の研究室で以上ような結論に至ったことに感謝し、今後の新しい木質接合の研究開発の礎の1つになることを期待したい。

図1 接合形式モデルの引張試験例

図2 T字張 試験モデル

図3 耐久性試験 Case1

図4 耐久性試験 Case2

図5 門型フレーム基本ディテール

図6 門型フレームの荷重変位曲線

図7 門型フレーム接合ディテール

図8 狭小間口フレーム設置例

写1 傾斜付き引張試験

表1 傾斜付き引張試験の結果

表2 箱・門型フレーム試験結果

審査要旨 要旨を表示する

研究の背景となっているのは兵庫県南部地震で木造家屋を中心に広範囲に渡って甚大なる被害が生じたこと。そして、防災に対する意識が高まるとともに耐震化が広く推進されており、2007年6月には建築確認の厳格化を目的とした法改正がなされた点にある。木質構造についても許容応力度計算の手法や構造審査が求められる時代になることを念頭に、主要軸組の接合強度不足による先行破壊の懸念の解消、引抜耐力と耐久性に富んだ接合アイテムの開発、そして既存建物の耐震補強法としてコスト、施工性に優れた工法の開発等が望まれている。地震時の被害例から南面の大開口で採光を求めたケースや、店舗付き住宅ではオープンスペースを必要とするため、耐力壁の不足や対称配置のアンバランスが生じ、その結果ねじれ崩壊をしたケースがあったことも検証されている。

本論文は、木質構造物にアラミド繊維シートを用いた「木質接合」の提案と、開口部の機能を維持しながら「耐力壁」としての性能を得ようとしたラーメン構造フレームに関する性能評価の研究である。ラーメン構造は、本来鉛直部材と水平部材の節点が剛接合であることを前提とした構造形式であるが、木質構造における接合部では部材同士を剛接合することは一般に困難であり、半剛節としてその変形量を考慮に入れることが必要である。一般的には木材の部材間相互のめり込み性能や、ボルト等の機械的接合による効果が期待されている。

新接合の研究は、「柱-土台」に代表される主要接合部にアラミド繊維シートとエポキシ樹脂を用いた補強方法の提案を行うために、適正なシート定着長さの追究を主眼として回転引張時の強度や耐久性に関し試験を試み精査した。結果として、所定の接合部に求められる引張強度が得られ、シートの付着はコンクリート材より木材の方がなじみやすく、耐久性能上、水がかりについても安全であることを確認している。

明らかにされた点は以下の通りである。

(1) シート接着接合部の引張強度は「定着面積(長さ)」に大きく支配される。(最定着長さ100~150mm)

(2) 柱脚シート300mmでPmax=23kNの引張強度を得られ、また金具兼用は効果がさほどなかった。

(3) T字貼の回転引張を模擬した試験を実施し、設計耐力(短期基準)と低減係数(α1、α2)を得た。

(4) 耐久性能に必要な水がかりについて強度残存率約80%で安全の確認ができたことは、大きな成果だった。

(5) シートの付着性能は、コンクリートよりも木材に対して馴染みやすい。(コンクリートにプライマーが不可欠)

一方、エンジニアードウッドを用いた耐震開口フレーム(以下本フレーム)の開発研究として、窓・ドアを伴う軸組開口部に「箱・門型の木質フレーム」を設置し、開口部の機能を維持しながら「耐力壁」としての性能を兼ね備えたシステムを想定し、モーメント抵抗接合の開発とその評価を行った。接合ディテールの検討から始まり、接合強度・変形に関する性能特性を明らかにし、スパンをパラメーターとした実大フレームによる面内せん断試験等を試みた。その結果、フレームの「許容せん断耐力」の確認、また箱・門型フレームの適正な断面を決定し、引張ボルトとシート併用による「初期剛性と靭性」に富んだハイブリッドな接合効果が得られることを実証した。また任意スパン向けの設計手法を確立するために、理論式を誘導し、実大試験との比較を行い定量式による推定が有効であることを確認した。

(1) 箱型と門型フレームの適正断面(箱:105×150、門:105×240)とそれらの接合特性を確保した。

(2) シート補強により高い「初期剛性」が得られ、金物併用で「靭性」に富むハイブリッドな性能を確認した。

(3) 低減率α値を考慮した「短期許容せん断耐力」を設定し、許容応力度計算の適用を可能とした。

(4) 任意スパン向け耐力算定式を確立し、今後の実施に向けての条件整備を整備した。

以上本論文は、高張力で柔軟性のあるアラミド繊維シートを木質構造の「主要接合部」、あるいは水平力に抵抗する「フレームを開口部」に適用することの有用性を明らかにし、新しい木質接合の研究開発の基礎となるデーターを明らかにした。そこから導かれたが高いことが認められ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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