学位論文要旨



No 123833
著者(漢字) 長田,真規子
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,マキコ
標題(和) 黄色ブドウ球菌の病原性に働く新規ホスホジエステラーゼCvfAの分子機能の解析
標題(洋)
報告番号 123833
報告番号 甲23833
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1260号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 浦野,泰照
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

【序】

病原性細菌の感染は、毒素や組織への接着因子などの病原性因子が厳密な制御下で発現することによって達成される。日和見感染症の原因菌である黄色ブドウ球菌では、毒素の発現を直接制御する転写因子に関してはよく研究されているが、転写因子の上流で働く機構についての理解は不十分である。特に、複数の病原性細菌に保存された転写因子Agrは中心的な病原性制御因子として捉えられているが、その周辺制御因子に細菌間で保存されたものは知られておらず、Agrの発現を調節する中心経路の理解はなされていない。

当教室では、感染モデル動物であるカイコを用いて、未同定の病原性関連遺伝子のスクリーニングを行っている。その結果、機能未知遺伝子であるcvfA(conserved virulence factor A)がカイコに対する殺傷力に必要な遺伝子として同定された。cvfA遺伝子はマウスに対する殺傷力にも寄与する。またcvfA遺伝子は、多くの病原性細菌に保存された遺伝子であり、A群連鎖球菌においても病原性に必要である。さらにcvfA遺伝子は、転写因子Agrの発現に寄与する。このことからCvfAは、複数の細菌に保存された病原性発現機構の上流において働くと考えられる(図1)。そこで私はこのCvfAの機能を明らかにすることで、病原性発現機構を理解することを目的として本研究に着手した。

【方法と結果】

1)ボスホジエステラーゼ活性を指標としたcvfAタンパク質の精製

CvrAタンパク質には一次配列上、膜貫通ドメイン、RNA結合ドメイン、ボスホハイドロラーゼドメインが存在する(図2)。(MAタンパク質を大腸菌に大量発現させたところ、その膜画分においてCMAの発現に依存したホスホジエステラーゼ活性が検出された。そこで、この活性を指標にCvfAタンパク質の精製を試みた(表1)。膜を界面活性剤Tween20によって可溶化することにより、可溶性画分にボスホジエステラーゼ活性を回収することができた。さらにクロマトグラフィーにより精製を進めた。精製の各過程において比活性が上昇することを確認した。最終段階であるMonoQカラムクロマトグラフィーにおいて、ホスポジエステラーゼ活性とタンパク質の挙動が一致した(図4)。さらに最終標品は、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動において、(MAの分子サイズに単一のバンドを示した(図3)。以上の結果より私は、CvrAタンパク質がボスホジエステラーゼとして精製されたと判断した。

2)黄色ブドウ球菌の病原性におけるcvfAのホスホジエステラーゼ活性の必要性

ホスホハイドロラーゼドメインに点変異を導入した5種の変異型cvfAタンパク質は、ボスポジエステラーゼ活性を示さなかった。これらの変異型CvrAを発現させた黄色ブドウ球菌cvfA欠損株は、野生型CvfAを発現させた株と比べてカイコに対する殺傷力が弱く、CvfAを発現しない株と同程度であった(図5)。また、これらの変異型CvfAを発現する菌の毒素産生能についても、0頭4欠損株と同程度であった。以上の結果は、CvfAのボスホジエステラーゼ活性は、黄色ブドウ球菌の毒素産生および病原性に必要であることを示唆している。

3)CvfAにより分解される生体内分子の同定

CvfAはRNA結合ドメインを有することから、黄色ブドウ球菌細胞内でのCvfAの基質候補として核酸に着目した。ボスホジエステラーゼにより代謝されることが知られるサイクリックヌクレオチドについて検討したところ、CvfAは2',3'-サイクリックAMPおよびGMPに対してボスホジエステラーゼ活性を示すことが分かった(図6)。これらの基質に対するKm値は15~17mMと、細胞内濃度に比べて非常に高い値であったことから、より反応性の高い別の基質があると考えられた。核酸の2',3'-サイクリックボスホジエステル結合は、RNAがある種のエンドヌクレア―ゼで切断された時に3味端に生じる構造として知られている。CvfAは、RNA3'末端の2',3'一サイクリックホスポジエステル結合に対しても分解活性を示し、さらにその反応のKm値は1.1μMであった。以上の結果は、CvfAがRNAの3'末端に対して作用することを示唆している。

4)黄色ブドウ球菌ov餌欠損株において発現変動するRNAの同定

CvfAが病原性発現に働く分子機構を知るために、cvfA欠損株において発現量が変動しているRNAの同定を試みた。cvfA欠損株では、Agrおよびその下流の毒素の他にも、病原性を制御する転写因子であるSarファミリー(SarX,SarVSarS)の発現量が変動していた。またcvfA船欠損株ではエネルギー代謝酵素の発現にも多く変動が見られた。病原性細菌が宿主内に侵入した際には、エネルギー代謝酵素の発現量が変動することが知られている。以上の結果は、CvfAがAgr,Sarなどの転写因子の発現やエネルギー代謝の制御という、病原性の発現に際して上流で機能することを示唆している。

CvfAはRNAの3'末端に対して作用し、その構造変換を行うと考えられる。RNA3'末端の構造変換はRNAの安定性を変化させる可能性があるため、cvfA欠損株で発現変動するRNAの中に、CvrAのターゲットが含まれる可能性がある。そこで発現変動するRNAの中に、その安定性が変化するものが存在するかを検討した。その結果、cvfA欠損株ではAgrのmRNAの半減期が短縮していることを見出した(図7)。この分子機構の1つの可能性として、AgrのmRNAの3'末端の構造変換がCvfAによってなされて、AgrmRNAが安定化されるのではないかと考える。

【まとめと考察】

本研究で私は、細菌間で保存された新規病原性因子CvfAがホスホジエステラーゼ活性を持つこと、CvfAのホスポジエステラーゼ活性は、黄色ブドウ球菌の病原性に必要であることを明らかにした。またCvrAはRNA3'末端の2',3'-サイクリックボスホジエステル結合を分解することを見出した。2',3'-サイクリックボスホジエステラーゼは多くの生物に存在する酵素であるが、原核生物における生理的意義は不明であった。本研究は、これが病原性に働くことを初めて提唱するものである。RNA3味端の2',3'-サイクリック構造の解消は、末端部ヘヌクレオチドを付加するなどの修飾を可能にすることが、tRNA成熟過程の末端修飾や一部のmRNAスプライシングについて知られている。このことからCvrAは、RNA3味端の構造変換を引き起こし、それによってAgrをはじめ下流の病原性制御機構へとシグナルを伝えていると考えられる(図8)。本研究より私は、RNA3'末端の構造変換が、複数の細菌において病原性制御の上流機構として働くことを提唱する。

図1.CvfAは既知の病原性制御因子の上位で働く

図2.CvfAタンパク質の構造

図3.各精製段階のタンパク質

図4.MonoQカラムクロマトグラフィーにおけるボスホジエステラーゼ活性とタンパク質の挙動

図5.ボスホジエステラーゼ活性を示さない変異型CvfAは、カイコに対する殺傷力を上昇させない

図6.CMIAは2',3'サイクリックボスポジエステラーゼ活性を持つ

図7.CvfAはAgrmRNAの安定化に働く

図8.CvfAが病原性に働くモデル図

表1.CvrAタンパク質の精製

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細菌間で保存された新規病原性因子CvfAに着目し、黄色ブドウ球菌が病原性を発現する分子機構について解析したものである。

病原性細菌は宿主に感染する際に、毒素や接着因子などの種々の病原性因子を発現する。これを制御する機構の解明は、細菌感染症を理解しこれに対策する上で重要である。しかしながら病原性因子の発現を制御する機構の理解は十分にはなされていない。

この機構の解明を目指して、申請者は、所属研究室において同定された新規病原性制御因子CvfAに着目した。CvfAは、カイコ感染モデル系を利用した黄色ブドウ球菌の病原性関連遺伝子のスクリーニングより、カイコ殺傷力に必要な機能未知因子として得られた。cvfA遺伝子は毒素等の発現に寄与しており、マウスに対する殺傷力にも必要である。またcvfA遺伝子は、多くの病原性細菌に保存された遺伝子であり、A群連鎖球菌においても病原性に必要である。しかしながら、これまでにCvfAの生化学的活性は不明であった。

申請者は、CvfAタンパク質にはホスホジエステラーゼドメインが存在することから、CvfAタンパク質がホスポジエステラーゼ活性を有するのではないかと考え、この活性を指標としてCvfAタンパク質の精製を行った。界面活性剤を用いてCvfAタンパク質を膜画分より可溶化し、数段階の分画の後、最終段階のイオン交換クロマトグラフィーにおけるホスポジエステラーゼ活性とCvfAタンパク質の挙動の一致から、CvfAタンパク質がホスポジエステラーゼ活性を有することを示した。

また、五種類の点変異型CvfAタンパク質を用いた解析から、ホスポジエステラーゼ活性を示さないCvfAは、黄色ブドウ球菌の毒素産生およびカイコに対する殺傷力が低下することを明らかにし、CvfAのホスポジエステラーゼ活性が黄色ブドウ球菌の病原性に必要であることを示唆した。

さらに申請者は、CvfAがターゲットとする分子の検討を行い、2',3'-サイクリックプリンヌクレオチドに対して、そのホスポジエステル結合をCvfAが分解すること、3',5'-サイクリックヌクレオチドに対しては分解しないことを見出した。ヌクレオチドの2',3'-サイクリックホスポジエステル結合は、RNAがエンドヌクレアーゼで切断された際の3'末端に生じる構造である。CvfAタンパク質にはRNA結合ドメインが存在することから、CvfAはRNAの3'末端の2',3'-サイクリックヌクレオチドの分解に働くのではないかと、申請者は考えた。CvfAの2',3'-ザイクリックモノヌクレオチドに対するKm値が15mMと高いものであったが、RNAの3'末端の2',3'-サイクリックヌクレオチドに対しては高い親和性で反応するのではないかという予想のもと、これについて検討したところ、CvfAはRNAの3'末端の2',3'-サイクリックホスポジエステル結合を分解し、そのKm値は1.1μMであった。従って、CvfAはRNAの3'末端の2',3'-サイクリックホスポジエステル結合の分解に働くことが明らかとなった。

申請者は、CvfAが病原性発現に働く分子機構を知るために、CvfA欠損株において発現量が変動するRNAを同定した。その結果、CvfAは既知の主要な病原性制御経路の上流で働くことが示唆された。さらに、cvfA欠損株では病原性制御因子AgrのmRNAの半減期が短縮することを見出した。この結果より、CvfAによるRNA3'末端の構造変換は、AgrmRNAの安定化をもたらすことを示唆した。

サイクリックホスポジエステル結合を分解することにより病原性を制御する、という新規な病原性発現機構を担うことを見出した。2',3'-サイクリックボスポジエステラーゼは多くの生物が有する酵素であるが、その生理的意義はほとんど解明されていない。本研究は、これが病原性に働くことを初めて提唱するものである。病原性の発現機構の理解、および、広く生物が有する生体内反応の果たす役割の解明という点で、本研究は細菌感染学、基礎分子生物学に貢献するところが大きく、博士(薬学)の学位に値すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク