学位論文要旨



No 123918
著者(漢字) 加藤,公一
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,キミカズ
標題(和) 量子状態上のボロノイ図とその量子通信路容量の数値的評価への応用
標題(洋) VORONOI DIAGRAMS FOR QUANTUM STATES AND ITS APPLICATION TO A NUMERICAL ESTIMATION OF A QUANTUM CHANNEL CAPACITY
報告番号 123918
報告番号 甲23918
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第163号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高橋,成雄
 東京大学 准教授 須田,礼仁
 東京大学 准教授 五十嵐,健夫
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東北大学 教授 徳山,豪
内容要旨 要旨を表示する

量子情報理論では,量子情報幾何として知られている幾何学的アプローチが強力な手段であると考えられてきた.本論文では,量子系の幾何的構造に対し計算幾何的解釈を与える.特にボロノイ図と最小包含球問題の考え方を量子空間に導入する.そのような計算幾何の道具によって,量子空間内の点集合の隣接関係について解析する.さらにはその応用として,量子通信路容量の効果的な計算手法を提案する.

本論文の前半部では,いくつかの距離について量子状態空間におけるボロノイ図の一致性を示す.これは,量子純粋状態のなす空間の全体空間の部分空間としての構造を再解釈するのに役立つ.より正確には,量子ダイバージェンス,Fubini-Study距離,Bures距離,測地線距離,ユークリッド距離についてのボロノイ図についての解析を行う.

1量子ビット(つまり2準位)状態については,全体空間はブロッホ球により表現される.ブロッホ球において,二つの異なる設定の下でボロノイ図の一致性についての解析を行う.それは,一つには母点が純粋状態に与えられたときの純粋状態でのボロノイ図であり,もう一つは母点が純粋状態に与えられたときの混合状態でのボロノイ図である.両方のケースですべてのボロノイ図が一致することが示される.この結果は1量子ビットに特有の対称性によるものである.

3準位以上の量子状態については,純粋状態についてのボロノイ図のみを考える.この場合,量子状態空間のユークリッド空間への自然な埋め込みには,1量子ビットのときのような対称性はない.そのためユークリッド距離でのボロノイ図とダイバージェンスでのボロノイ図の一致性は成り立たなくなる.一方で,ダイバージェンス,Fubini-Study距離,Bures距離に関するボロノイ図の一致性はこの場合も成立することがわかる.

後半では,量子通信路の容量計算の手法を提案し,実際の計算の結果を示す.これは,前半部で示した理論的結果の適用例である.提案手法は1量子ビットの場合だけではなく3準位系でも十分に効率がよいことを示す.実際,前半部で示された定理がこのアルゴリズムの正確性を保証している.また,このアルゴリズムは,Welzlによる最小包含球を求めるアルゴリズムも利用している.元のWelzlによるアルゴリズムはユークリッド距離についてのみのものであったが,同じ手法がユークリッド距離以外の距離にも適用できることを示す.また,そのアルゴリズムを実装し、実験によってそれが実用的であることを示す。

審査要旨 要旨を表示する

量子情報理論において,量子情報幾何とよばれる幾何学的アプローチが量子状態の構造を解明する有力な道具のひとつと考えられてきた.量子情報幾何において主に扱われる対象は密度行列が構成する空間であり,その空間はダイバージェンス(あるいは相対エントロピー)などの距離計量をもっている.本研究では,計算幾何学の視点からそのような量子状態空間に対し,有限離散点集合の近接関係による新たな幾何的解釈を与えることに成功している.これは,量子計算で使われる距離と,情報的な擬似距離という一見関係がなく別々に考えられてきた2つの計量の間に,有機的な関係を与える点でも興味深い結果をもたらしている.

本論文の貢献は,おもに

(1)いくつかの距離計量において量子状態におけるボロノイ図が一致することを理論的に示したこと,

(2)量子通信路の容量を数値的に計算する方法を提案し,その実用性を実験で示したこと,

の2点にまとめられる.

本論文は7章で構成され,各章の内容は以下のようにまとめることができる.

第1章は,計算幾何学と量子情報理論の両面から,本研究の背景について論じ,その貢献についてまとめている.本論文の貢献は,計算幾何学の側からは,歪みを伴う距離計量における新たなボロノイ図の概念の導入とその距離のおける最小包含球問題解決のアルゴリズムの提案であり,量子情報理論の側からは,ボロノイ図を利用した量子状態空間の有限離散点集合の近接関係に基づく新たな解釈の導入と量子通信量を計算する実用的なアルゴリズムの提案であることが論じられている.

第2章と第3章では,それぞれ計算幾何学と量子情報理論の予備知識を網羅的に紹介し,本研究との位置づけについてより詳細に記述していく.

第2章は,計算幾何学の重要な概念であるボロノイ図とその双対であるドローネ三角形分割についてその定義,計算法,最小包含球問題との関係についての予備知識を説明し,さらに必要な文献調査を行っている.

第3章は,量子情報理論の側から,量子空間状態の表現として密度行列を定義し,その行列のランクにより量子状態を純粋状態あるいは混合状態とする定義を導入する.さらに,量子状態の距離計量として,Fubini-Study距離とBures距離,さらには量子ダイバージェンス等の概念を導入している.また,量子通信量計算を理解する予備知識として,量子通信路におけるHolevo容量も紹介している.

本論文で得られた新しい知見は,第4章から第6章に記述されている.

第4章では,1量子ビット(つまり2準位)状態において,いくつかの距離計量について量子状態空間におけるボロノイ図の一致性を示している.これは,量子純粋状態のなす空間の全体空間の部分空間としての構造を再解釈するのに役立つ.1量子ビット状態の全体空間は,ブロッホ球により表現される.本章では,そのブロッホ球において,2つの異なる設定の下でボロノイ図の一致性についての解析を行う.ひとつは母点が純粋状態に与えられたときの純粋状態でのボロノイ図であり,もうひとつは母点が純粋状態に与えられたときの混合状態でのボロノイ図である.1量子ビット状態には特有の対称性が存在し,両方の量子状態において,量子ダイバージェンス(両方),Fubini-Study距離(純粋状態のみ定義可),Bures距離(両方),測地線距離(純粋状態のみ定義可),ユークリッド距離(両方)のすべての距離計量におけるボロノイ図が一致することが示されている.

第5章は,第4章で得られた様々な距離計量におけるボロノイ図の一致性が,3準位以上の量子状態でも成立するかについて論じている.3準位以上の量子状態は,先の1量子ビット状態における量子状態に比較して非常に複雑な構造を有しており,問題を簡単にするためにここでは純粋状態についてのボロノイ図のみ検討を加えている.3準位以上の量子状態は,先のように1量子ビット状態で見られたような対称性が存在しないため,ユークリッド距離でのボロノイ図と量子ダイバージェンスでのボロノイ図は一致しなくなる.しかしながら,量子ダイバージェンス,Fubini-Study距離,Bures距離に関するボロノイ図は,この3準位以上の量子状態でも一致することが示されている.

第6章は,第4章,第5章で得られた理論的な結果の具体的な適用例として,量子通信路の容量計算の手法を提案し,実際の計算結果を示している.提案手法が利用しているWelzlによる最小包含球を求めるアルゴリズムは,ユークリッド距離などある一定の公理を満たす距離計量について適用可能であるが,本論文は量子ダイバージェンスがこの公理を満たすことを利用し,Welzlのアルゴリズムを量子通信路の容量計算に適用している点が特筆すべき貢献である.さらに,本研究ではそのアルゴリズムを計算機上で実装し,実験によってそれが実用的であることを示している.

最後に第7章で本論文を総括し,今後の展望について言及している.

以上のように,本学位論文はいくつかの距離計量におけるボロノイ図の一致性の証明と,それに基づく高準位系の量子状態における量子通信路の容量計算の新しい数値計算アルゴリズムを提案することで,計算幾何学と量子情報理論の2つの理論の間の新たな橋渡しを行っており,あらたな境界分野の開拓につながる非常に独創的かつ重要な研究となっている.審査委員会は,このような計算幾何学と量子情報理論の両方とその境界分野における本論文の特筆すべき貢献を評価し,博士号に十分値するものと判断した.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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