学位論文要旨



No 123973
著者(漢字) 室田,和敏
著者(英字)
著者(カナ) ムロタ,カズトシ
標題(和) ペプチド間相互作用を利用した機能性分子の配置制御
標題(洋) Regulation of Functional Molecule Arrangement by Utilizing Peptide-peptide Interaction
報告番号 123973
報告番号 甲23973
学位授与日 2008.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6852号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

新たな材料は、工学のみならず医・薬・生命科学分野における技術革新の鍵を握っており、高度な機能を有する材料の開発が望まれている。そのための方法論の一つとして、分子レベルでの機能性団配置制御が挙げられる。分子の配置様式には「n次元配置」、「特定場への分子配置」、「特定位置への単分子配置」などがあり、目的とする機能に応じて使い分ける必要がある。これまでそれぞれのタイプについて種々の分子間相互作用を用いた「配置」が行われているものの、1)多様な場への柔軟な対応性、2)より高い精密さ、などの広がるニーズに対応するには十分ではなく、より優れた配置手法の開発が求められている。

一方、生体内でポリペプチドはその一次配列の情報に基づいて自発的に高次立体構造を形成し、アミノ酸側鎖官能基などの空間配置制御を達成している。ペプチドフラグメント間の疎水相互作用、静電相互作用、ならびに水素結合等が選択的かつ協同的にはたらくことで、ユニット間の相互配置が厳密に調整され、機能の発現に至っている。そこで、生体の優れた空間配置能力を模し、任意の空間配置性を得るため、これまでにペプチド一次配列と高次構造の関係について多くの知見の獲得が成されている。そこで本研究では、目的となる配置様式に最適となるようペプチド一次配列を設計し、そのペプチドの高次構造を利用して機能性分子の配置の制御を行った。

[実験と結果]

1.コイルド・コイル構造を利用したタンパク固定化ヒドロゲルの開発

「特定場への分子の配置」として、場としてヒドロゲル、配置する分子としてタンパク質を用いる配置制御を行った。刺激に応答してタンパク質の吸着、放出を制御するゲルはこれまでにも報告されているが、用いられた外部刺激は、温度、pH変化等に限られている。使用可能な外部刺激の種類の増加は、より自在な薬剤放出を可能とするため、優れたツールの開発に必要となる。そこで、特異的ペプチド間相互作用を利用したヒドロゲル中へのタンパク質固定化とペプチド分子を新規刺激とする脱離システムの開発を目指した。

タンパク質をヒドロゲル中に固定化する手法として、ヘテロストランドコイルドコイル構造を形成するペプチドに着目した。ペプチド鎖の一方 (1αE 配列)をタンパク質の両末端に複合化し、ゲル中には相補的配列を持つペプチド (1αK 配列)を固定化した (Fig. 1)。2本のペプチド間における特異的ヘテロコイルドコイル構造形成によって、ゲル中にタンパク質が固定化されることを期待した。また、固定化されたタンパク質は外部からの 1αK あるいは1αEペプチド添加によってゲル外に放出されると考えた。今回の実験では、ゲルへの吸着・脱離挙動を容易に調べるために、タンパク質として、緑色蛍光タンパク質 (GFP)を用いた。

設計したペプチドのコイルド・コイル形成能を確認するため、NTrp-1αK、NDns-1αEY、CDns-1αEYのCDスペクトル測定、並びにTrpからDnsへのFRET測定を行った。その結果、1αKと1αEYはパラレルの配向でコイルド・コイル構造を形成することを確認した。また、NTrp-1αK存在下における1αE-GFP-1αEのCDスペクトルから、GFP上でのコイルド・コイルの形成が示唆された。一方、1αE-GFP-1αEのUV-visスペクトル、蛍光スペクトル上ではNTrp-1αKの添加による変化は見られず、コイルド・コイル形成はGFPの物性に影響を与えないことが分かった。

吸着実験に用いるヒドロゲルは、アクリルアミド、N,N'-メチレンビスアクリルアミド、NAcr-1αK (10000:25:1)と過硫酸アンモニウム、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミンをバッファー中で反応させて得た。得られたゲルを10 μM GFP溶液に加え、ゲル中へGFPの固定化を行った。その結果、1αE-GFP-1αEは1αKを有するゲルに強い固定化能を示したのに対し、GFPはゲル中に固定化されなかった。さらに、1αKを欠くゲルの場合もタンパク質の固定化は見られなかった。この結果は1αKと1αEのコイルド・コイル構造形成が、効果的なタンパク質固定化に寄与していることを示唆している。

脱離実験は1αE-GFP-1αE固定化ゲルにNTrp-1αK、NTrp-1αKA、NDns-1αEYを添加することで行った。コイルド・コイル形成能を持つNTrp-1αK、NDns-1αEYの存在下では、速やかに1αE-GFP-1αEの脱離が起こり、ペプチド非添加時と比べて、5倍量が脱離した。対照的に、NTrp-1αKと電荷量は同じだが、Leu、ValをAlaに変えコイルド・コイル形成能を失わせたNTrp-1αKAでは、ペプチド添加による脱離効果が見られなかった。すなわち、タンパク質の可逆的脱離には単なる電荷相互作用ではなく高次構造の形成が重要であることが示された。コイルド・コイル構造の利用により、高い選択性を持った脱離が可能であることが示唆された。

次に、ゲル中へのタンパク質の固定化量、脱離量、ならびに脱離速度の制御に向け、タンパク質に融合したペプチドの数、ならびに融合位置に関する知見の獲得を試みた。そこで、1αEを2本持つ1αE-GFP-1αEに加えて、GFPのN端、またはC端の一方に1αE配列を複合化した1αE-GFPとGFP-1αEを新たに調製した。三種のGFPの固定化挙動の比較より、平衡に達するまでの時間はペプチドがN端にあるものは短く、C端のみの場合は長くなることが判った。吸着量はいずれも同程度であった。脱離実験は、GFP誘導体含有ゲルにNTrp-1αK、およびNDns-1αEYを加えて行った。その結果、添加剤の種類、ペプチドの導入位置、本数のいずれも脱離挙動に関与していることを明らかにした。

2. グルコース応答性タンパク放出ゲルの開発

前節ではペプチドに応答する新規刺激応答性ゲルの構築を行った。ドラッグデリバリーシステムなどへの応用を考えた場合、多様な任意の刺激に応答できるよう改変する必要がある。そこで本節では刺激の種類を変える方法として、二段階応答性ゲルを考案した (Fig. 2)。この系ではタンパク含有ゲルに外部からペプチドを加えて脱離を促すのではなく、タンパク含有ゲルと刺激応答性ペプチド含有ゲルを予め共存させておく。第一段階では、任意の外部刺激に応答したペプチドの放出が起こり、次に、このペプチドがタンパク質の放出を促すことを狙っている。二段階反応により、タンパク質をさらに改変することなく多様な刺激を利用可能となる。さらに、ペプチドは様々な非天然機能団や非標準アミノ酸を用いた改良が可能であるため、より多様な刺激に応答するようにできると期待される。本実験ではゲルにペプチドを固定するため、ボロン酸含有ゲルBAgelとグリセロール結合ペプチドNTrp-CTGO-1αEYを用いた。ペプチドはボロン酸とグリセロールの結合によりゲル中に固定化され、グルコース添加によりその結合が解けて放出される設計とした。

脱離実験において、1αE-GFP含有ゲルにグルコースを加えたのみでは1αE-GFPの放出は見られなかった。一方、1αE-GFP含有ゲルとNTrp-CTGO-1αEY含有ゲルの共存下グルコースを添加することで脱離量の増加が観察された。この結果は二段階反応により1αE-GFPが放出されていることを示唆しており、タンパク放出の刺激を任意に変えられることが示された。

3. 環状ペプチドを用いた分子の一次元配置テンプレートの開発

次に、より高い精密性を目指した「一次元配置」へのペプチド高次構造の利用を行った。一次元配置制御を行うためのペプチド基体として、Ghadiriらにより報告されたD-,L-アミノ酸交互環状ペプチドに注目した。このペプチドは高い平面性を持ち、アンチパラレルに一軸方向に水素結合を形成し、チューブ状構造をとることが知られている。そこでこのアミノ酸側鎖に機能性分子を導入することで、チューブ状構造形成に伴い、機能性分子を一軸方向に配置することが可能になると考えた。しかしながらこの分子は擬4回回転対称性を有するため、隣接分子間のスタッキング様式は一通りとならず、機能性分子はチューブ上にランダムに配置される。そこで環状ペプチド中に Lys、Gluという静電相互作用部位を導入することで、スタッキング様式の制御を試みた (Fig. 3)。スタッキング様式の知見を得るため、蛍光プローブとしてピレンを導入した。今回の設計では、APではプローブであるピレニル基がチューブ側面の同一方向に連なり、BPでは隣接ユニット間でピレニル基が互いに逆方向を向いた構造が期待される。

透過型電子顕微鏡観察、赤外吸収スペクトル測定の結果、AP、BP共に、アンチパラレル構造により環状ペプチドが一軸状に集積していることが分かった。さらに、遠心式限外濾過フィルターを用いた解析の結果、溶液中でも90量体以上の集合体を形成することを明らかにした。以上の結果より、AP、BPは水溶液中でもマクロには同一のチューブ状構造を形成していることが示唆された。

次に、ピレニル基の分光学的特性測定によりスタッキング様式の考察をおこなった。UV-visスペクトルにおいて、バッファー中のAPのスペクトルはBPに比べブロードニングしていた。この結果は、AP上のピレニル基同士はBPに比べ近接していることを示唆している。蛍光スペクトルにおいて、変性剤中ではAP、BPは同一のスペクトルを示した。一方、バッファー中においてはBPでは480 nmの蛍光が全く観察されないのに対し、APでは蛍光を示し、エキシマー構造の形成が示唆された。ピレン分子周辺の微視的環境を反映するI3/I1の値は、AP、BPそれぞれ1.25、0.83であり、APの方がピレンがより密集し、疎水的になっていることが示唆された。これらの結果は今回の分子集合体設計に合致するものであり、ペプチド間相互作用が機能性基の精密な一次配置制御にも応用可能であることを示している。

[結論]

本研究を通じて、ペプチド間の協同的相互作用が高選択性、汎用性、精密性のある「配置」の実現に有効であることを示すことができた。今回得られた設計指針は、分子配置制御を踏まえた新規材料開発の発展に役立つと考えられる。

Figure 1. (a) Schematic illustration of the protein immobilization of a hydrogel using designed coiled-coil peptides; (b) Structure of designed peptides; (c) Structure of designed protein, 1αE-GFP-1αE.

Figure 2. Schematic illustration of two-step approach of glucose-sensitive protein-release gel.

Figure 3. Designed cyclic peptides.

審査要旨 要旨を表示する

機能性有機材料設計の方法論の一つに,機能性分子を望みの場所あるいは状態に配置するという手法があるが,多様な場への対応可能性や高い精密さもつより優れた配置手法の開発が求められている。一方,精密な分子設計に立脚した人工ペプチドの会合構造制御が近年盛んに行われ,ペプチド会合体の有機材料としての可能性が開けてきている。本論文では,このような背景から,ペプチド間の相互作用を利用した機能性分子の配置制御を行っている。

第1章は序論であり,まず,分子の配置を「n次元配置」,「特定場への分子配置」,「特定位置への単分子配置」へと分類し,それぞれについて概説している。次に,それらのうち本論文の研究対象であるヒドロゲル中へのタンパク質の固定化・放出,ならびに機能性分子の1次元配置に関して,その意義と既存の方法論を紹介している。次いで,ペプチド間相互作用に関連して,ペプチド一次構造と会合体の構造の関係や会合体の応用の現状について詳説している。最後に,本研究の目的について述べている。

第2章では,「特定場への分子配置」として,ペプチド間相互作用をヒドロゲル中へのタンパク質の固定化と放出に応用している。ペプチド間相互作用としてヘテロストランドコイルドコイル形成に着目し,いずれも28残基で塩基性のLysに富んだ1αKペプチドと酸性のGluに富む1αEペプチドを相互作用分子として設計している。分光学的測定から,両者は8.8×106 M-1の会合定数で1:1の平行ヘテロストランドコイルドコイルを形成すること明らかにしている。次に,遺伝子工学的手法により1αEペプチドを緑色蛍光タンパク質(GFP)の両末端に複合化した1αE-GFP-1αEを,化学合成したN末端アクリロイル化1αKペプチドの共重合により1αKペプチド含有ポリアクリルアミドゲルをそれぞれ調製して,水中で両者を混合するとタンパク質がゲル中に強く固定化されることを見出すとともに,この固定化が1αKと1αEの分子間相互作用に起因することを明らかにしている。次いで,1αKもしくは1αEペプチドを外部から添加することでコイルドコイルの交換によってゲル中からタンパク質を放出させられることを示している。さらに,GFPのN末端のみにペプチド鎖を導入した1αE-GFPとC末端のみのGFP-1αEと合わせて固定化速度が1αE-GFP-1αE ≒ 1αE-GFP < GFP-1αEの関係にあることを見出し,その理由について, 1αE-GFP-1αEは一方の1αEペプチド部位でしか固定化されないため,ならびにGFP-1αEは立体障害で平行コイルドコイル構造を形成しにくいためと考察している。また,タンパク質の放出実験において1αE-GFP-1αE/1αKペプチドの組み合わせのときに放出速度が他よりも遅いことを見出し,これも2つの1αEペプチドの一方のみが固定化に関与しているためと説明している。

第3章では,前章で見出した知見をもとに,2段階脱離法を提案している。すなわち,最初に外部刺激に応答してペプチドが放出され,次いでこのペプチドが前章で述べた原理によりタンパク質の放出を促す系の構築を目指している。ボロン酸部位をもつヒドロゲル中にジオール修飾したペプチドを予め固定化させ,これとは別にGFP-1αEを前章の方法で固定化したヒドロゲルを調製している。両者を水中に混在させて,そこに外部刺激としてグルコースを加えることで,ボロン酸-ジオールの交換反応によってペプチドがヒドロゲルから遊離,さらにそれが1αE-GFPの放出を促すことを実証している。

第4章においては,水中での共同的なペプチド間静電相互作用を,より高い精密性をもつ「一次元配置」の構築へと応用している。高い平面性をもつ分子であるD,L-交互環状オクタペプチドは,多重水素結合により会合してチューブ状構造をとることがGhadiriらにより報告されている。単純にこの分子に機能性基を導入しても隣接する環状ペプチド間での機能性基の相対位置が決まらないために精密な一次元配置を行うことは困難である。この問題を,環状ペプチド中の適切な位置にLysおよびGluを導入することで解決することを試みている。蛍光プローブとしてピレニル基を導入した環状ペプチド2種を,一方のものはピレニル基がペプチドナノチューブの同じ側になるように,他方ではピレニル基が互い違いに配列するようにそれぞれ設計している。両者について,透過型電子顕微鏡観察,赤外吸収スペクトル測定,限外濾過により固体状態,溶液中のいずれでもチューブ状構造を形成していることを明らかにしている。次に各種の分光学的測定により2種のペプチドナノチューブでピレニル基周囲の環境が大きく異なることを明らかにし,設計通りの分子集合体を形成しているものと考察している。

第5章では本論文を総括するとともに,今後の展望について述べている。

以上要するに,本研究を通じて筆者はペプチド間の協同的相互作用が高選択性,汎用性,精密性のある「配置」の実現に有効であることを示しおり,この知見は,有機材料化学分野の発展に寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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