学位論文要旨



No 124237
著者(漢字) 松浦,俊司
著者(英字)
著者(カナ) マツウラ,シュンジ
標題(和) ホログラフィック非局所演算子
標題(洋) Holographic Non-Local Operators
報告番号 124237
報告番号 甲24237
学位授与日 2008.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5275号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 森,俊則
 東京大学 准教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

N=4超対称ヤンミルズ理論において、超対称性を半分保つウィルソン演算子とひも演算子(surface operator)に関する研究を行いました。ウィルソン演算子がゼロ次元の点粒子の軌跡に対応する演算子であるのに対し、ひも演算子は一次元に広がったひも(宇宙ひも)の軌跡に対応した演算子になっています。

これらの演算子は三種類の方法で表現することが出来ます。まずゲージ理論において、ウィルソン演算子はゲージ場とスカラー場のホロノミーとして表されます。特に超対称性の高い場合、量子補正が制限されるためこの演算子は行列模型に還元できる事が知られています。一方ひも演算子は経路積分における特異点として定義されます。これはウィルソン演算子の磁気双対であるトフーフト演算子が通常局所演算子を用いて定義されないのと同様です。次に、重力双対においては反ドジッター時空中の基本弦、もしくはDブレーンを用いた描像と、非自明なサイクルがフラックスに支えられながら泡のように時空中に存在する時空(泡状時空)により記述されます。重力双対における二つの描像は演算子の表現の大きさにより区別されます。

まず、ひも演算子においてはゲージ理論中のひも演算子を決定するための情報が完全に泡状時空のなかに再現されていることをつきとめ、その対応関係を明らかにしました。ゲージ理論においては、ひも演算子はゲージ場、スカラー場の特異点を特徴づける4種類のパラメータと、演算子の挿入により破られずに保たれているゲージ群のサイズにより決定されます。一方対応する泡状時空は10次元中の3次元空間におけるある種の電荷分布により決定されます。この時空はそれぞれの電荷が置かれた点において、特異点を発生しないような方法でサイクルがつぶれるようになっているわけですが、この電荷を表す3つの座標のうち2つが特異点を特徴づけるパラメータ、残りの一つがゲージ群の大きさに対応しています。またこの泡状時空には非自明なディスクが電荷の数だけ存在していますが、このディスク周りのNSNS, RR2フォームのホロノミーが残り二つの特異点を特徴づけるパラメータに対応しているわけです。ちょうどストリングのアハロノフ-ボーム位相に相当しており周期性をもっています。この周期性により両者の離散的なSL(2,Z)双対性が完全にマッチするわけです。さらに異なる二つの電荷が同じ時空点に来た場合、泡状時空には特異点が発生します。一方この状況をゲージ理論の中で見てみると、二つのゲージ群が対称性の回復によってより大きな一つのゲージ群に昇格し、これにより経路積分に特異性が発生する事に対応している事が分かりました。

さらにゲージ理論、Dブレーン、泡状時空においてひも演算子と局所演算子(カイラルプライマリー演算子、R対称性カレント、エネルギー運動量テンソル)との相関関数、また非局所演算子(ウィルソン、トフーフト演算子)との相関関数を計算し、異なる計算が同じ結果を与える事を突き止めました。これらの物理量は超対称性により保護されていないのでそれぞれの計算結果の一致は非自明なものです。またDブレーンの計算結果は、ゲージ理論の古典近似に対する量子補正がトフーフト結合定数の特定の冪までしか受けない事を示唆しており、これは相関関数が行列模型で書き表せることを示唆している事を突き止めました。また局所演算子の行列模型においては固有値が自由フェルミオンとして表せる事がしられており、そのフェルミオンの位相空間が対応する泡状時空の境界条件もしくは電荷分布として現れてくる事が分かっています。一方同様の事をひも演算子に対して推測するならば、境界条件(電荷分布)が孤立した点になっている、つまり背後にある行列模型の固有値がボーズ-アインシュタイン凝縮を起こしている事が予想されます。これらをもとにひも演算子に対する行列模型を提案しました。またひも演算子とウィルソン、トフーフト演算子の相関関数がSデュアリティーのもとで完全に移り変わることを見つけました。これはSデュアリティーの動的側面を検証するおそらく最初の例です。

次にウィルソンループにおいても同様の解析を行いました。まずゲージ理論において16個の超対称電荷を保つ演算子は2種類あり、一つは直線のウィルソンライン、もう一つは閉じたウィルソンループです。両者は共形変換で結びついているわけですが、ウィルソンラインはポアンカレ超対称電荷を保ち自明な期待値を持つのに対しウィルソンループは共形アノマリーの為に結合定数に依存した期待値を持ちます。通常、強結合領域の物理量は超対称性により量子補正を受けない量、つまり結合定数に依存しないような量以外は計算する事が難しいのですが、このウィルソンループは結合定数に依存し、なおかつその全てのオーダーをガウシアン行列模型により解析する事が出来るという特徴を持っています。このためゲージ重力対応において非常に重要な情報を提供してくれるわけです。ウィルソン演算子はその幾何学的形状とゲージ群の表現により特徴づけられるわけですが、その表現はヤング図により表すことが出来ます。例えばU(N)のゲージ群をもつ理論を考えてみます。特に興味があるのはヤング図がg個のブロックをもち、それぞれのブロックの行と列がオーダーN、全体としてボックスの数がN2の場合です。この場合行列模型の固有値分布はジーナスgのリーマン面により記述されます。これを用いてひも演算子同様様々な相関関数を計算しました。特にエネルギー運動量テンソルとウィルソンループとの相関関数がトフーフト演算子との相関関数とSデュアリティーにより結びついていることが明らかになりました。ひも演算子の場合にも同様な結果が得られましたが、ウィルソンループの場合は行列模型が分かっているのでSデュアリティーに対するより確かな証拠が得られたことになります。一方重力双対においては、ウィルソンループの表現の大きさにより様々な実現の仕方があります。まず基本表現の場合には基本弦が対応しています。さらに表現の大きさがオーダーN程度になると基本弦はD3ブレーンもしくはD5ブレーンに姿を変えます。さらにオーダーN2になるとブレーンはフラックスに置き換えられ、泡状時空が出現します。この泡状時空はその境界条件として行列模型のリーマン面の情報を完全にもっており、表現を指定すると唯一に決定されます。この時空にカルツァ-クライン ホログラフィの方法を用いて様々な相関関数を計算しました。その結果行列模型、ブレーンの計算結果を完全に再現する事が分かりました。

審査要旨 要旨を表示する

現在の弦理論の中心的な課題の一つとしてAdS/CFT対応と呼ばれるゲージ理論と重力の間の双対性がある。これは4次元の超対称ゲージ理論と10次元のAdS_5xS^5時空で定義された重力理論の間の対応関係であり、ここ10年に様々な検証と応用がなされてきた。強結合領域のゲージ理論の非摂動論的な性質について古典的な重力理論の解析により知見が得られるため、これまで格子理論による数値計算しか解析手段がなかった強結合理論に対する新たな解析手段として大きな注目を集めている。

ゲージ理論における相関関数の重力理論を用いた導出は、AdS/CFT対応の検証の最も典型的な例であり、これまで様々な局所演算子に対しゲージ理論と重力理論の両方の方法で計算され、その結果が一致することが様々なレベルで確かめられてきた。松浦氏の学位論文ではこれまで局所演算子で検証してきた双対性を非局所演算子に拡張したものである。これらの演算子の相関関数をそれぞれゲージ理論と重力理論で計算し、それらが厳密に一致していることを示している。このことはAdS/CFT対応の適用範囲を拡大するという重要な意義を持つ。

松浦氏の論文は5章よりなり、第1章は物理的な背景の説明、第2章はこの論文で重力理論から相関関数を読み取る際に必要となるホログラフィックな繰り込み群の方法とBubbling幾何学の解説がなされている。以上の準備を経た上で第3章では1次元的に広がった演算子であるWilsonラインの解析、第4章では2次元的に広がったSurface演算子の解析の説明がなされている。この2章が本論文でなされた主要な結果である。第5章は結論と今後の研究課題などが述べられている。

この論文では相関関数を3種類の異なる手法で計算している。第1の方法はゲージ理論を用いた解析であり結合定数が小さい場合に有効な手段である。第2の方法はDブレーンを用いた解析で結合定数が大きくかつブレーンの枚数が少ない場合に有効なものである。また第3の方法は古典的な超重力を用いたものであり、結合定数が大きくかつブレーンの枚数が大きい場合に対応する。このように以上の3種類の手法はそれぞれ近似が良い領域が全く異なっているがこの論文でなされた相関関数は全ての手法で一致した結果を与えており双対性が成立していることへの強い証拠を与えている。

まず第3章ではWilsonラインの相関関数の計算がなされている。共形対称性を要請すると相関関数に対してある程度の制約が得られ、この論文で主に考察している局所演算子(エネルギー運動量テンソルあるいはカイラルプライマリー場)とWilsonラインの2点相関関数はいくつかのパラメータを除いて決定される。この残された数個のパラメータを様々な手法で計算していく。まずゲージ理論ではこれらの数因子は超対称性を用いると、ファインマングラフに対する組み合わせ論的手法で決定できるものであり、0次元に還元したユニタリー行列模型を用いて計算することができる。行列模型は自由フェルミオン場に帰着することが知られておりWilsonラインの効果はフェルミオンの状態スペクトルに適当な制約を置くことにより計算することが可能である。一方重力理論側における相関関数の計算は、Wilsonラインの情報を反対称テンソル場の真空期待値であるフラックスに反映した超重力の解(Bubbling幾何学と呼ばれる)に対しホログラフィックな繰り込み群の概念を適用し、超重力解の漸近領域における振る舞いから読み取ることができる。このようにして全く異なる手法で得られた数因子は一致することが示される。

次に第4章で調べられているSurface演算子とはゲージ理論が定義されている4次元空間に2次元的に広がっている演算子であり、空間自由度は一次元すなわち渦的な配位を持つ新しい演算子である。この演算子はゲージ理論の側からは渦の位置に特異点を持ち、さらに固定されたモノドロミーを持つ配位を考えることにより実現する。従ってゲージ理論の立場から見ると以上の振る舞いをするゲージ場の配位空間における局所演算子の期待値が、非局所演算子との相関関数となる。Wilsonラインの場合と同様に共形対称性があるため相関関数は数個のパラメータのみに依存しており、これらのパラメータが以上のような計算によりゲージ理論側では得られる。一方Surface演算子はプローブのDブレーンとしてとらえることも可能でありブレーン上のDirac-Born-Infeld理論を用いて相関関数を決めることも可能で、この論文では4.2章で議論されている。さらにWilsonラインの場合と同じように、これらのdefectはフラックスとして超重力解に取り入れることが可能であり、上のものとは異なる種類のBubbling幾何学解として構成され、その漸近領域における振る舞いから相関関数を読み取ることが可能である。以上の異なる手法でなされた解析は再び同じ結果を再現する。またSurface演算子についてはS-dualityの検証もあからさまに示すことが可能である。

以上のようにこの論文ではこれまでなされていなかった非局所演算子の相関関数を通してAdS/CFT対応の非自明な検証がなされている。計算内容は膨大で、様々な新しいアイディアを取り入れており学術的価値が大変高い。またこの論文はJ.Gomisらとの共同研究に基づいたものであるが、松浦氏は主に超重力を用いた解析を担当し重要な寄与を行っており、十分な寄与を行っていることが判断できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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