学位論文要旨



No 124250
著者(漢字) 澤田,龍
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,リュウ
標題(和) 10-13の感度でレプトン・フレーバー保存則を破るミューオン希崩壊を探索する実験の為の液体キセノンシンチレーション検出器
標題(洋) A Liquid Xenon Scintillation Detector to Search for the Lepton Flavor Violating Muon Decay with a Sensitivity of 10-13
報告番号 124250
報告番号 甲24250
学位授与日 2009.02.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5279号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 森山,茂栄
 東京大学 教授 坂本,宏
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 准教授 川本,辰男
 東京大学 准教授 濱口,幸一
内容要旨 要旨を表示する

The MEG experiment searches for a rare muon decay μ+ → e+γ , which is forbidden in the standard model. Several new theories beyond the standard model predict branching ratio of the decay just below the current experimental limit. The MEG experiment aims sensitivity of 10(-13) where most of predictions are covered. The discovery of the muon decay is a probe for new physics beyond the standard model.

To realize such a high sensitivity, a new liquid xenon detector was developed for measuring energy, position and time of gamma rays. The detector is the largest xenon detector ever made. Characteristics of liquid xenon, Large atomic number, high density, large scintillation output and fast decay time allow to build a detector with excellent resolutions and high efficiency. It consists of more than 800 litters of liquid xenon and 846 photo-multiplier tubes. We performed beam tests and evaluated resolutions by using a prototype. During the prototype test, fundamental techniques to operate the detector and to analyze data were developed. The construction of the final detector was completed in 2007. An engineering run was conducted in the year to preparing triggers, to evaluate detector performance and to collect a small amount of physics data. The resolutions of the detector during the engineering run were estimated by using gamma rays from pion decays. The estimated best values of resolutions for 54.9 MeV gamma rays are 2.1 ± 0.2 %, 5.9 ± 1.4 mm and 121 ± 8 psec for energy, position and time respectively. Based on the measured resolutions and counting rate in 2007, it was confirmed that the gamma ray detector has a sufficient performance to improve the current experimental limit and realize a sensitivity better than 10(-12) in 2008.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなる。第1章は本実験の重要性を説明するイントロダクションであり、第2章では実験の全体を述べ、第3章では論文提出者が担当した液体キセノンシンチレーション検出器の原理および構造の詳細を述べ、第4章ではシミュレーションの概要が示され、第5章では試作液体キセノン検出器(プロトタイプ)の特性評価が記述され、第6章では本番の実験で使用する液体キセノン検出器(実機)を評価するために2007年までに取得したデータのサマリが示され、第7章ではデータの解析詳細が述べられ、第8章では2007年までのデータを基に上記崩壊現象の分岐比の上限値を求め、更に2008年に取得予定のデータから期待される崩壊現象探索の感度について議論した。第9章は全体のまとめである。

ニュートリノ振動が発見され、超対称性粒子の発見が期待される現在では、本実験で探索を行なう希崩壊(レプトン・フレーバー保存則を破る崩壊モードμ+→e+γ)が主たる崩壊モード(μ+→e+VμVe)に比較して10(-13)程度の分岐率で生じることを期待するのは自然である。そのため1.2×10(-11)までの感度を持っていた既存の実験より二桁の感度向上を果たし発見を目指す本実験の意義は極めて高い。過去の実験に比較して本実験の主要な優位な点は、液体キセノンという高速で発光量の多いシンチレータを世界初の大型検出器として動作させることによって得られる。つまり時間分解能とガンマ線検出器のアクセプタンスを大幅に向上させることにより、過去の実験で問題になっていた希事象と見間違う可能性のある事象を大幅に減らすとともに、高アクセプタンスの実験を遂行する。従ってこれらの性能を達成し評価することは本実験の成功、そして発見にとって本質的に重要である。

論文提出者は、プロトタイプ検出器や実機の建設に関わってきた経験を基に、この実験の最大の特徴である高い時間分解能等を初めて詳しく評価するとともに、その経験のもとに実機を用いて初めて希崩壊(μ+→e+γ)の探索を行なった。本論文の主眼は第5章、第7章、第8章に述べられているプロトタイプと実機の性能評価および探索のための解析である。

提出者が主として寄与のある液体キセノン検出器の性能評価は第5章と第7章に記述されている。第5章ではプロトタイプ検出器の性能評価であり、ガンマ線の反応位置、ガンマ線の入射時間、エネルギーの決定等のアルゴリズム開発においては提出者の技量が十分に発揮され、時間分解能などは目標値を越える性能を証明した。これらの技術は実機のデータ解析の礎となるものであり、物理学上重要な成果を得るために本質的で重要なものである。また、幾つかのキャリブレーションソースを用いた評価を確立し、良くコントロールされた検出器を用いることが可能になったことは特筆に値する。第7章の実機の性能評価においては、液体キセノンに不純物が混入し透過率が悪い等の理由によって一部十分な性能が得られていない点があるが、原因については検討されており今後改善予定である。

第8章では、実機を用いたデータに基づき、希崩壊探索を行なった。解析はデータからバックグラウンド(BG)を低減したあと行なわれるが、その低減のためにはBGの特質を理解し効率良く低減するアルゴリズムを開発しなくてはならない。提出者はいくつものBGを低減する方法を編み出し、申し分ない低減性能を与えた。BG低減後、信号らしさやBGらしさを判定するlikelihoodの方法で探索を行ない、その結果1.2×10(-10)という制限を得た。これは世界最高感度を達成するための重要な一歩である。また2008年のデータから得られる感度の評価を行ない、null実験であれば9.4×10(-13)まで感度があることが分った。

なお、本論文についてはMEGコラボレーションによる国際共同研究によるものであるが、本論文の主要なテーマであり、かつ物理学上の主たる成果を得るに重要な液体キセノン線検出器の解析の箇所、つまりガンマ線の再構成、パイルアップ判定のアルゴリズム開発、チャージエクスチェンジ(CEX)を用いたエネルギー分解能、時間分解能を評価した部分については論文提出者が主体となって開発したものと判断する。重要な物理実験の中心コンポーネントである、世界初の性能を持つ検出器の解析を中心的に遂行した寄与は大きい。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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