学位論文要旨



No 124375
著者(漢字) 三塚,由浩
著者(英字)
著者(カナ) ミツカ,ヨシヒロ
標題(和) AdS/CFT対応とIIB型超重力理論のBPS幾何
標題(洋) AdS/CFT Correspondence and BPS Geometries in IIB Supergravity
報告番号 124375
報告番号 甲24375
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第898号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 加藤,光祐
 東京大学 准教授 菊川,芳夫
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文ではAdS/CFT 対応に関連する課題として、状態が高く励起されることにより重力理論側のAdS 時空が大きく変形されてしまうような状況での双対性について議論する。そのような変形効果を取り扱い得る幾つかのクラスの幾何の内、Gava-Milanesi-Narain-O'Loughlin によって調べられたIIB 型超重力理論のSU(2)×U(1)×SO(4)×R対称で1/8BPS の超対称性を持つ幾何を中心的に取り扱う。彼らはすべての幾何の表式が4 つの関数で書かれることを示し、それらの関数に対する4つの微分方程式による拘束条件を導いたが、本論文では、まずその解析手順を詳しく見る事によって、幾何を制御する4 つの関数に課されるべき拘束条件はそれら4つだけでは不十分であることを示し、新たに課されるべき微分方程式を1つ導出する。次に、それを含めた全体の幾何に対する表式や拘束条件が単純化する極限を見つけ、その極限の下で幾何に対するすべての拘束条件を尽くす。結果、拘束条件は一つのリウビル方程式に簡約され、その一般解は交差D3 ブレーンの地平線近傍を局所的に記述する幾何を生成することが判明する。以下では論文の章立てに沿って要旨を述べる。

第1 章では超弦理論の全体の中でのこの研究の位置付けについて述べる。まず弦理論が摂動的な描像でしか定義されていないことに付随して、その低エネルギー有効理論である超重力理論の幾何に対して現状では弦理論の自由度と相互作用する外場であるかの様な取り扱いしかできないという難点を、克服すべき大きな課題として述べる。そしてその問題の解決の糸口として超重力理論のblack brane 解の性質を詳しく調べることの意義を説明する。さらに、解の地平線近傍を拡大する極限を取ることにより推測される双対性であるAdS/CFT 対応を用いると問題が具体化し弦理論の自由度の励起による背景場の変形効果を非摂動的な定義がある場の理論で記述できる可能性について説明する。

第2 章ではAdS/CFT 対応に関連して後の章で必要になる事項のレビューを行う。まずIIB 型超重力理論のBlack 3-brane 解が超弦理論のD3 ブレーンと同一視されることを述べ、地平線近傍を拡大する極限を取るとAdS5×S5 時空上の弦理論とN = 4 超対称ゲージ理論がそれぞれの見方から現れ、それらの理論間に双対関係が期待されることを説明する。次にこの双対性の検証に使われるN = 4 超対称ゲージ理論のBPS 演算子の分類について述べる。そしてD ブレーンの枚数N が有限な場合には、共形次元の大きい演算子に対する弦理論側の対応物としてgiant graviton やdual giant graviton といったD3 ブレーンのプローブで記述される物体があることを説明し、一般にはそれらのプローブによるAdS 時空の変形効果は無視できないので、それらの物体は上記の目的において意義深い考察対象であることを述べる。

第3 章では, ゲージ理論側の演算子の共形次元が大きくなるのに対応してAdS5 × S5 時空が変形されるような場合の双対性の検証に関するLin-Lunin-Maldacena による成果をレビューする。giant graviton やdual giant graviton に対応するN = 4 超対称ゲージ理論の1/2 BPS 多重項のプライマリ演算子の保つ対称性を根拠にして、SO(4) × SO(4) の対称性を課したansatz を用いてIIB 型超重力理論のBPS 方程式、5階反対称テンソルの自己双対条件、ビアンキ恒等式を解析した結果の表式を与える。それらにおいては計量とテンソル場がある3 次元空間上のある微分方程式を満たす関数z(x1; x2; y) で表され、その関数の2 次元平面上での境界値z(x1; x2; 0) によって幾何の情報が分類される。またそれらの幾何の中でも滑らかな幾何に対しては、境界値が2 つの値z = ±1=2 に限られることが示される。そして、既にゲージ理論側では考えている1/2BPS プライマリ演算子のセクターを良く記述する行列模型が知られていたが、その行列の固有値の位相空間での分布が重力理論側で2値z = ±1=2 により色分けされた2 次元平面と類似していることを指摘する。

第4 章と第5 章が本論文の主要部分である。第4 章ではGava-Milanesi-Narain-O'Loughlin によるSU(2)×U(1)×SO(4) 対称な1/8BPS プライマリ演算子への拡張の試みと、その結果に対する著者による改善点について述べる。Gava-Milanesi-Narain-O'Loughlin はsquashed S3 と呼ばれる3次元の多様体をansatz の中で利用する事により、上記の拡張を試みた。そのansatz を用いてLin-Lunin-Maldacena の場合と同様に、BPS 方程式、5階反対称テンソルの自己双対条件、ビアンキ恒等式を解析した結果、計量とテンソル場が3 次元空間上の4 つの関数で表され、それらの関数が満たすべき微分方程式が4 つ得られた。具体的な計量の形は次のようなものである。

ds2=-h(-2)(dt+vidxi)+h2p(21)/p(23)(t2(dx(21)+dx(22)+d(y2))+p(-2)dΩ(23)+p(21)(σ(21)+σ(22))+p(23)(σ3-Atdt-Aidxi)2

(ここでは計量以外に対する表式は省略する。μ= 0,1, 2,3。σ(1,2,3) はある定義された微分1 形式。) すべての成分はx1, x2,y にのみ依存し、それらは同じ3 次元空間上の4 つの関数m,n,p,T で表されている。m,n,p,T に対して課される4つの微分方程式は

y3 (∂(21) + ∂(22))n + ∂y(y3T2∂yn)+ y2∂y[T2 (yDn + 2y2m(n-p))]+ 4y2DT2n = 0

y3 (∂(21) + ∂(22))m + ∂y(y3T2∂ym)+ ∂y(2y3T2mD)= 0

y3 (∂(21) + ∂(22))p + ∂y(y3T2∂yp)+ ∂y[4y3T2ny(n-p)]= 0

∂y ln T = D

である。本論文による改善点は上の表式の導出を詳しく吟味した結果、幾つかの式の間の無矛盾性から新しい拘束条件

1/2(∂(21) + ∂(22))ln T = -T2y∂yn-T2y∂ym + 2T2 (m-2m2y2 - 4mny2 - n2y2 + mpy2): (1)

を導いた事である。

第5章では、上記の一般形の複雑さを避けて物理的な示唆を見いだす糸口として、n = 0,m = 1/y2 に制限した幾何を議論する。まず、この場合の幾何の表式を最初のBPS 方程式に再び代入することにより残りのBPS 条件をすべて取り出すと、超対称変換のパラメータに対する制限しか現れないことが示された。また自己双対条件とビアンキ恒等式も満たさる。さらにIIB 型超重力理論の運動方程式にも幾何の表式を代入すると、今度は制御関数p が定数でなければならないことが分かった。そして制御関数に課される5 つの微分方程式は、今回新しく見つかった(1) だけが非自明なものとして残り、それはLiouville 方程式になった。さらに、このLiouville 方程式の一般解は交差するD3 ブレーンの地平線近傍であるAdS3 ×S3× R4 解を局所的に記述することが分かった。これをAdS3×S3×T4 にコンパクト化しT 双対をとるとD2 ブレーンとD4 ブレーンの系や、AdS5 ×S5 以外の場合のAdS/CFT 対応の例として頻繁に議論されるD1 ブレーンとD5 ブレーンの系の地平線近傍の幾何になる。

第6章では本論文のまとめと、今後の展望について述べる。今後の課題としては、第5章で行った幾何に対する拘束を尽くす作業のより一般の状況への拡張と、1つのクラスの幾何の中で異なるCFT に双対な重力解が関係付いていることに対する解釈、といったものが挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

三塚氏の学位論文は弦理論における双対性の代表例であるAdS/CFT 対応のある種の検証を行ったものである。三塚氏の論文は6 章よりなり、第1章は一般的な導入と本論文の概説、第2 章、第3 章が関連する先行研究のレビュー、第4 章、第5 章がオリジナルな仕事の説明、第6 章が結論となっている。

AdS/CFT 対応とは10 次元時空AdS(5x)S5 中で定義された重力理論とAdS5 空間の境界に存在している4 次元空間上のゲージ理論が同等であるという予想であり、強結合で解析が難しいゲージ理論における相関関数などの物理量が弱結合の重力理論により解析可能となる。この予想は弦理論においては最も基礎的なものであり、これまで様々な検証や応用が研究されてきた。この内容は論文では第2章でレビューされている。

この学位論文では非常にスピンが大きな演算子の間の相関関数についてのAdS/CFT 対応を考察している。一般にゲージ理論の相関関数は演算子の挿入により定義されるが、対応する重力的背景はその影響を受けて変形する。通常は演算子の次元やスピンが大きくない場合を考えるが、その場合は対応する重力的背景の変形は微少にとどまる。三塚氏が考察した演算子はスピンが非常に大きなものであり、対応する重力的背景の変形も大きい。この論文の3 章でレビューされているように、このような研究は1/2 BPS 演算子に対してLin-Lunin-Maldacena(LLM)により開発され、対応する重力背景が一つの未知関数とその2次元面上の境界値により決定できることが示された。ゲージ理論側の相関関数も行列模型などの計算を通じて得られ、その両者が一致していることが示されている。

より一般的な1/8 BPS 演算子に対してLLM と同じような解析を行おうという試みがGava-Milanesi-Narain-O'Loughlin(GMNO)によりなされた。重力背景を決定づける条件はKilling spinor の条件、背景場の自己双対条件、Bianchi 恒等式などであるが、この一般化された状況に対しては独立な自由度をあらわす関数は4個に増えそれらの間に4個の偏微分方程式を要請しなくてはならないことが示された。GMNO の論文ではこれらの関係式を漸近的に解くことにより重力とゲージの対応が議論されている。

三塚氏の論文の第4章ではまずGMNO の論文について詳しく解説し、さらに上で述べた条件の間の無矛盾性をより慎重に調べた結果、彼らが見逃していた独立な条件が必要であることが導いた。この新たな拘束条件は一般化されたLiouville 方程式の形をしている。

さらに第5章ではある特定の条件の下で、新たに導いた拘束条件がLiouville 方程式そのものになることを示し、その具体的な解を構成している。この場合対応する背景重力場はAdS(3x)S3xR4 になることを示した。これはもともと考えていたAdS(5x)S5 とは大きく異なる空間であり、なぜこのような空間が現れるべきかはAdS/CFT 対応の上では完全に明らかではないが、将来より詳細に調べる価値がある一つの新しい知見であると考えられる。

以上のように三塚氏の学位論文では大変複雑なGMNO の議論に不足している部分があることを見いだし、ある種の特別な極限でその拘束条件を解き具体的な重力背景を導いた。この意味でAdS/CFT 対応の理解を進展させる十分な意義が認められる。またこの計算は三塚氏本人の独力でなされた仕事であり、既に研究者としての実力を十分持っていることも明らかである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク