学位論文要旨



No 124378
著者(漢字) 小田切,健太
著者(英字)
著者(カナ) オダギリ,ケンタ
標題(和) 構成法的に構築された自己増殖系における形態形成
標題(洋) Pattern formation in constitutively structured autocatalytic proliferation systems
報告番号 124378
報告番号 甲24378
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第901号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高塚,和夫
 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 教授 永田,敬
 東京大学 准教授 佐々,真一
 中央大学 教授 松下,貢
内容要旨 要旨を表示する

「資源を消費して増殖する」という自己増殖過程は、生物のみならず、幅広い自然現象や社会現象において見出すことができ、しばしば多様な形態形成を引き起こす。本論文では、このような自己増殖過程による多様な形態形成とダイナミクスを採り上げた。細胞 (X) と栄養 (N) を想定した因子による自己増殖過程X+N→2Xを基本として、新たな因子を追加する事でより複雑なダイナミクスを生み出す、三種類の自己増殖反応モデルを構成的に構築した(図1)。

形態形成についての多くの先行研究では、反応拡散方程式 (RD) に代表される、微分方程式を用いた現象のモデル化が行われてきた。これに対して本論文では、Cellular Automata (CA) 法を用いて、自己増殖反応系における形態形成とダイナミクスについての研究を行った。CA 法は、空間内の格子状単位構造(セル)同士の相互作用により複雑な現象、パターンを再現する手法である。また、CA 法は局所的な非線形相互作用を簡単な規則で表せるので、特に非線形現象における研究手段として様々な分野で用いられている。本論文では、独自に構築したCA アルゴリズムをもつ、自己増殖反応系の確率過程モデルを構築し、それぞれの反応系における形態形成とダイナミクスについての詳細な研究を行った。

また、本論文ではRD とCA のもつ違いに着目し、これらの手法が生み出す結果の比較を行った。RDとCA の主な違いは、RD が構成要素の濃度が連続的(実数)かつ決定論的ダイナミクスをもつのに対し、CA は構成要素が離散的(整数)かつ確率的ダイナミクスをもつことの2点が挙げられる。両者の結果の比較から、構築した三つのモデルにおける多様な形態形成とダイナミクスの発生に、CA の持つ離散的・確率的なダイナミクスが重要な役割を果たす事を明らかにした。以下では、各モデルにおける結果の概要を説明する。

1) System I -単純自己触媒反応と死滅-(X, N)

X がN を消費して自己触媒的に増殖し、N が尽きるとX は死滅する。この単純な自己増殖反応系において、CA ではバクテリアのコロニー形成に似た多様なパターン(図1-左)が発生したのに対し、RDでは単純な円板状パターン(図2-左)のみが発生した。そこで、離散的・確率的ダイナミクスを擬似的に組み込んだ独自のRD を用いて数値実験(図2-中、右)を行った。その結果、多様なパターンの発生には離散的・確率的なダイナミクスが本質的な役割を果たす事を明らかにした。

2) System II -自己触媒反応と増殖反応の抑制-(X, N, I)

System I にX を殺す抑制因子I を追加した。CA を用いた数値実験の結果、このモデルではN の拡散係数を変化させることで、定常的な局在パターン(図1-中)や伝播する局在パターンが発生した。さらに、初期条件で配置するX とN の合計数密度(S0)を変化させることにより、パターンが変化することを見出した。局在内部における各反応の発生頻度の比較から、粒子数が少ない時にはCA における確率的な反応ダイナミクスにより、局在内部の反応ゆらぎが相対的に増大することが分かった。その結果、局在の構造自体が不安定化し、パターンの転移が生じることを明らかにした(図3)。

3:S0 の違いによるパターンの変化。(左)S0 = 200、(中)S0 = 600、(右)S0 = 1000。S0 が大きくなるにつれて、局在の構造が安定化することで、自己組織的に渦巻きパターンが発生。

3) System III -活性化プロセスとその抑制-(X, N, I, A, X*)

活性化プロセスを経て自己増殖するモデルを考え、X を活性化させるA(活性化因子)とその結果生じるX*(前駆体または中間状態)を加えた。このモデルでは、CA とRD において同様の興奮性反応波が発生するにも関わらず、CA でのみ時空間で変化する多様なパターン(図2-右)が発生した。RD では、一過性の反応波が生じるのみで、波の通過後に反応は終了し、場にはN のみが残される(図4-左)。これが見かけ上の安定不動点となっている。一方CA では、初期過程において性質の異なる二種類の波が発生した後、次々と新たな波が発生することで、時空間で変化する動的なパターンが形成される(図4-右)。そこで反応初期段階の波のダイナミクスを詳細に調べたところ、CA のもつ離散的・確率的なダイナミクスにより、化学波の通過後に次の波を発生させる核となる粒子(stochastic な燃えかす)が残されることで、連続的に波が発生する事を明らかにした。

図1:構成的に構築した三種類の自己増殖反応系モデルと生じるパターンの概略図。

図2:(左) RD、(中) 離散的ダイナミクスを組み込んだRD。(右) 離散的・確率的ダイナミクスを組み込んだRD

図3:S0 の違いによるパターンの変化。(左)S0 = 200、(中)S0 = 600、(右)S0 = 1000。

図4:(左)RDによる一過性の波。(右)CAによる連続的な波の発生。

審査要旨 要旨を表示する

形態形成は自然現象における多様性一つの表れであり,「機能」とともに,生物を含む広義の物質科学の古くからの中心課題である.チューリングの一様分布の不安定性の理論に始まり,最近は,非線形力学や非平衡統計熱力学,生物と生態環境における形態形成,複雑系と秩序形成の物理,振動化学反応や自己集合化学反応の発見,トポロジーや安定性解析などの数学,コンピュータシミュレーションの技術などの発達などに伴い,形態形成の理論は益々多大な関心が寄せられている.形態形成は,一般に複雑な要素が非線形的に絡み合いながら,個々の環境やダイナミクスに応じて個性的に発現するものと考えられがちである.実際,従来多くの研究では,特徴的な特定の現象に焦点を合わせながら帰納法的にそれらの基本的構成要素とその相互作用のあり方を抽出する,という手法で進められてきた.それとは逆に,小田切健太氏は本学位論文で,最も単純で小さいと考えられる系(minimal model)から出発し,できるだけ階層的に機能的要素を加えながら,どのように質的に新しいパターンが生成するのかを考究するという,公理論或いは演繹的な手法で形態形成のダイナミクスを研究した.本論文では,生物学的にも興味深い自己増殖的に増加する非線形システムを例にとり,独自の改良を加えたセルオートマトン法と反応拡散微分方程式法を比較対比させながら,パターンを発生させていく上での重要なダイナミクスが明らかにされている.

研究の背景と目的

上記したように,形態形成の要因を帰納的ではなく,演繹的かつ構成的に究明することは,パターン発生の原理や仕組みを「理解」するというだけではなく,形を「設計」・「制御」するという新しい研究指針とその基礎理論を提供することができるようになるであろう.そのような視点から,本論文では構成法的な非線形系の構築が意図されている.

現在,形態形成のシミュレーションに広範に使われている代表的な研究手法に,反応拡散微分方程式法(以下RDと書く)とセルオートマトン法(CA以下と略記する)がある.前者は微分方程式による決定論手法であり,多くは大域的な分布や波動などを再現するために使われる.変数は当然連続的である.RD法は安定性解析などにすぐれた特徴を持つ.一方,CAは,確率的な手法でダイナミクスを発生させ,時空間を離散的に表現する.CAは,微分方程式を差分化して解く場合の一つの近似法としても使うことができるが,独自のアルゴリズムやルールでダイナミクスを駆動できるため,微分方程式が存在しない問題にも対処することができる.しかし,微分方程式が書き下せそうな系においては,RDとCAの解の差は,高々,揺らぎのオーダーであって,基本的には質的に大きな差異はないと考えられている.それもあってか,CAとRDの比較研究は,実は非常に少ない.本研究で小田切氏は,階層的に構築した3つの独立した系におけるパターン形成の非線形ダイナミクスを題材として,CAとRDの比較検討を実行し,興味深い成果を挙げている.

論文の内容と意義

本論文は序章と最終結論の章を除き、本質的に4章(第2章から第5章)から構成されている。第2章では,用いた方法論の説明がなされている.独自に改良された結合セルオートマトン法が具体的に記述されている.以下,第3章から第5章において,構成法的に組み上げられた独立な3つの非線形系における形態形成とその動的メカニズムの解明,CAとRD の比較検討が為されている.

第3章では、いわゆるminimal model (自己増殖反応と単純死滅過程)において,CAが樹状構造(viscous finger)などの複雑なパターンを生み出すことを明らかにしている.中央大学の松下教授らによって研究されているバクテリアのコロニー形成が,この系によって部分的にモデル化できることが対比によって明らかにされている,RDとの比較研究から,閾値ダイナミクスと揺らぎによる空間対称性の破れが,コロニー形状の形態形成で(物理的には)本質的であることが示されている.同時に,これらの物理的要因を組み込んだ,拡張されたRDが提案されている.

第4章では、細胞が自己死をする過程を模倣して,抑制因子(毒因子)を導入したときの自己増殖過程の形態形成が研究されている.拡散定数の大きさのバランスによって,非平衡定常過程のように見える二つのパターン形成が見出されている.一つは,チューリングパターンのように形そのものが定常的に生成されるものと,今ひとつは,パターンが一方向に移動することによって定常性が保たれている波動伝播型の動的パターンである.両方とも,「異なる領域で異なる反応が起きる,見かけ上の定常過程」ということで特徴付けられるとしている.

第5章において,増殖プロセスに活性化過程が導入され,更に,抑制因子が細胞自体ではなく,活性化過程を抑制することで,増殖が自己言及的に抑制されうる系を提案し,そのダイナミクスが調べられている.この系は,自明な不動点として「細胞の全滅亡」という状態をもっているが,一方で,隠された振動現象(特定の条件が整えば振動する過程)を併せもっている.RDの解は,直ちにこの不動点に落ち込む.一方,CAでは確率的な揺らぎによって,反応が大域的に完成せず,「燃え残り」の成分が隠された振動現象を顕在化させ,空間を伝播するexcitable waveを繰り返し発生させる.確率的な小さな揺らぎが,隠された振動反応によって,マクロなスケールまで拡大再生産されるわけである.このようにして,CAとRDは定性的に決定的に異なる解を持つことになった.冒頭に述べたように,CAとRDが揺らぎ程度の小さな差で収まらない,重要な反例が見出されたことになる.微分方程式を確率過程を使って解く方法として,量子力学や単純拡散方程式における経路積分の方法等があるが,非線形系で揺らぎがマクロスケールまで拡大するメカニズムを内包している系においては,重大な差が現れうることが明らかにされている.

以上のように、小田切健太氏の学位論文は、内容の水準が一貫して高く、独創的である。かつ、理論的考察は普遍性を持ち、得られた成果の一般性が非常に高い。本論文は,高塚和夫教授との共同研究であるが,論文の提出者が主体となって理論の提案と解析を行ったもので,論文提出者の寄与が大であると判断する.よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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