学位論文要旨



No 124403
著者(漢字) 木村,圭助
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ケイスケ
標題(和) 箙チャーン・サイモンズ理論とM2ブレーン
標題(洋) Quiver Chern-Simons theories and M2-branes
報告番号 124403
報告番号 甲24403
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5301号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 准教授 筒井,泉
 東京大学 准教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

7 次元多様体X7 をbase として持つようなcone C(X7) の先端にM2-brane を配置したとき、near-horizon極限(r →0, r はcone の動径方向) としてAdS4 ×X7 という重力解が得られる。一方、M2-brane 上の低エネルギー有効理論として3 次元超共形場の理論が実現されると考えられている。従って、AdS4× X7 上のM 理論と3 次元超共形場の理論は等価であると予想される。これがAdS4/CFT3 対応である。このような対応は一見全く異なる理論同士を結び付けるので、双方の理論を理解する上で重要である。しかしながら、3 次元超共形場の理論についてはあまり理解されておらず、また、対応するAdS4 × X7 重力解を見つけることも容易ではない。

一方、Schwarz によってM2-brane 上の低エネルギー有効理論がChern-Simons 理論になることが予想された。更に近年、高い超対称性を持ったChern-Simons 理論が構成されている。例えば、O. Aharony, O. Bergman,D. L. Jafferis, J. Maldacena らは、N = 6 の超対称性を持った3 次元Chern-Simons 理論を構成した(ABJM模型)。この理論の真空のmoduli 空間がC4=Zk になることがわかったので、ABJM 模型はこのorbifold 特異点上に配置されたM2-brane 上に実現される理論であると考えられている。そして対応する重力解としてはAdS4 × S7=Zk が得られた。このような高い超対称性を持った理論は共形場の理論となると考えられている。このように、3 次元超対称Chern-Simons 理論を構成し、それに対応するAdS4 ×X7 重力解を見つけることはAdS4/CFT3 の観点から興味深い課題である。

ところで、AdS5/CFT4 においてはbrane tiling が重要な役割を果たした。brane tiling はD5-brane とNS5-brane からなる系であり、2 次元torus 上のグラフによって表される。そして、このグラフは3 次元toric CalabiYau cone 上に配置されたD3-brane の上に実現される4 次元N = 1 超対称ゲージ理論を考えるのに便利なツールである。このゲージ理論は、頂点とそれをつなぐ矢印からなる図(quiver diagram) によって表されるので、quiver ゲージ理論と呼ばれる。このゲージ理論の真空のmoduli 空間を調べると3 次元toric Calabi-Yau coneが得られるので、この背景場の上のD3-brane 上に実現される理論と同定するのである。D3-brane をcone の先端に配置したときにはnear-horizon 極限で背景場がAdS5 ×X5 となるので、AdS5/CFT4 によれば、このゲージ理論はAdS5 ×X5 背景場上の重力理論と等価となるのである。ただし、X5 は5 次元Sasaki-Einstein 多様体である。

A. Hanany, A. Zaffaroni らはAdS5/CFT4 において有効であったbrane tiling がAdS4/CFT3 においても有効であると考え、brane tiling を用いて3 次元N = 2 Chern-Simons 理論を構成する方法を提唱した。brane tiling は元々4 次元超対称ゲージ理論を構成する方法であるので、これを3 次元Chern-Simons 理論の構成に用いることは一見すると奇妙である。しかし、彼らはこの方法によって得られたChern-Simons 理論の真空のmoduli 空間をいくつかの例で解析し、それが一般に4 次元toric Calabi-Yau cone になることを予想した。もし、この真空のmoduli 空間をM2-brane が動く自由度として解釈すると、4 次元toric Calabi-Yau cone 上に配置されたM2-brane として解釈される。そしてcone の先端にM2-brane を配置した場合にはnear-horizon 極限としてAdS4× X7 型の重力解が得られることになる。brane tiling によって無限個のChern-Simons 理論を構成することができるので、これによって無限個のAdS4/CFT3 の例が与えられることになる。

以上を踏まえて我々は、brane tiling を用いて構成した3 次元N = 2 Chern-Simons 理論と、そのmoduli空間として得られる4 次元toric Calabi-Yau cone の関係を調べた。4 次元のtoric Calabi-Yau cone はbrane crystal と呼ばれる、3 次元のtorus に描かれた、brane tiling の場合と同様のグラフによって表されるので、我々はChern-Simons 理論を構成するbrane tiling と、toric Calabi-Yau cone に対応するbrane crystal との関係についても調べた。そして、brane crystal を2 次元torus に射影してbrane tiling を構成できる場合には、与えられたtoric Calabi-Yau cone を真空のmoduli として持つようなquiver Chern-Simons 理論を構成できることを示した。このbrane tiling とbrane crystal との関係から、4 次元N = 1 quiver ゲージ理論と3 次元N = 2 quiver Chern-Simons 理論が持つ、真空のmoduli 空間の関係が明らかになった。また、brane crystal をM5-brane の系として見たときに、次元縮小によって得られるD4-brane とNS5-brane の系から、弦理論的な解釈によって3 次元N = 2 quiver Chern-Simons 理論が得られることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

近年の超弦理論研究の最も重要なトピックの一つとして、いわゆる「AdS/CFT対応」の解明の問題がある。これはAdS(Anti-de-Sitter空間)を含む時空中の重力理論(閉弦の理論)とAdS空間の境界上で定義されるCFT(共形不変な場の理論)が等価であることを主張する非常に深い内容を持った予想である。最も多くの精密な「証拠」が得られているのは、5次元のAdS空間、4dS5と5次元球S5の直積空間上の弦理論と、4dS5の境界をなす4次元時空上のN=4超対称ヤン・ミルズ型ゲージ理論の対応であるが、超対称性がもっと低い場合の例も多数調べられてきている。これらはすべて10次元の超弦理論の枠内での対応だが、AdS/CFT対応はさらに超弦理論の強結合領域を記述する11次元の「M理論」の場合にも拡張されると考えられおり、その典型的な例として、4dS4×S7上の重力理論(M理論)とAdS4の境界をなす3次元時空上のCFTとの対応がある。しかしながら、M理論自体の理解が未だ不十分であること等より、この場合のCFTが具体的にどのような理論であるのかはこの10年間謎であった。この問題に対して、昨年大きな進展が見られた。まず、BaggerとLambert、およびGustavssonにより、通常のLie代数を拡張した3-代数と呼ばれる代数の構造を利用して、望ましい性質を備えた3次元CFT(「BLGモデル」)が構成された。この理論はかなり特殊なものであったが、その後別の観点から、Aharony,Bergman,JafferisおよびMaldacenaによってBLGモデルをその例として含むより一般的な「ABJMモデル」と呼ばれる理論が提唱された。そして現在このモデルの詳しい性質およびそれをさらに拡張したモデルの構成と性質の研究が盛んに行われている。

本学位論文はこうした状況の中で、特にABJMモデルのさらなる一般化に対して幾つかの有用な新しい知見を加えたものであり、7つの章から構成されている。

第1章の序論では、本論文の主題である3次元の超対称チャーン・サイモンズ(CS)型ゲージ理論に関する最近の進展の概要、および本論文の結果の要約が述べられている。

第2章は、その進展の中で中心的な役割を果たしたABJMモデルのレビューに充てられている。このモデルはN=6超対称性を持つ特殊なCS型理論であり、その真空の構造の解析から、11次元時空中のある種の8次元空間の特異点近傍にN枚のM2ブレーンが存在する場合の低エネルギーでの振る舞いを記述する共形不変理論であると考えられている。

第3章では、ABJMモデルを拡張したオービフォールド上のM2ブレーンの理論について概観し、さらに論文提出者等による新しい構成法が述べられている。この方法は、4次元の"ellipticモデル"の構成法を3次元のN=3CS型abelianゲージ理論に対して拡張したもので、その真空のHiggs相における構造が新たな種類の複素4次元空間のオービフォールドになること、またそれがM理論のブレーン配置から得られるものと解釈できることが示されている。

第4章と第5章は、第6章で述べられる、3次元N=2クイヴァー(箙)型チャーン・サイモンズゲージ理論の研究で有用となる基本的な方法の解説に充てられている。まず第4章では、4次元のN=1超対称クイヴァーゲージ理論を構成するためにA. Hanany等によって開発された「ブレーン・タイリング」の方法について述べている。ブレーン・タイリングとは、二次元のトーラスに巻き付いたN枚のD5ブレーンをNS5ブレーンの境界で幾つかの領域に区切ったような配位のことであり、あたかもトーラス面上のタイル模様のように見えることから、そのように名付けられたものである。これらのブレーンをその端に持つ開弦の低エネルギー励起状態の理論としてクイヴァーゲージ理論が現れるのであるが、一方ブレーン・タイリングのグラフには、そうした4次元ゲージ理論を10次元時空中の弦理論として実現する際の、残りの6次元部分をなす特異なカラビ・ヤウ多様体の代数幾何学的情報もコードされている。その意味でブレーン・タイリングの手法は、どのようなカラビ・ヤウ特異点上のブレーンの理論がどのようなクイヴァーゲージ理論を生み出すのかを効率よく知るための強力な手段となっている。

第5章では、このブレーン・タイリングの方法の拡張としてS. Leeによって導入された「ブレーン・クリスタル」の方法について解説している。これはD5ブレーンの代わりにM理論に現れるM5ブレーンを用い、それらを2次元トーラスの代わりに3次元トーラスに巻き付けることで得られる立体的な配位であり、こんどは6次元の物体を3次元分巻き付けるので、残りの3次元時空上でのゲージ理論の構成に有用である。

本学位論文の中核をなすのが、次の第6章であり、次の三つの新しい成果が得られている。(1)元来タイプIIB超弦理論に対して開発されたブレーン・タイリングの手法をタイプIIA理論に拡張し、これを用いて、様々なD=3 N=2CS型クイヴァーゲージ理論を構成できることを示した。(2)さらに、1枚のM2ブレーンの場合の真空のmoduli空間の構造をゲージ不変なオペレーターの完全系を構成することにより調べ、ある仮定のもとにそれが、複素4次元のToric Calabi-Yau coneを表すことを示した。(3)また、ブレーン・タイリングと、それをもう一次元上げたブレーン・クリスタルの方法との関係を示唆した。

最終第7章は、本論文の成果のまとめとこれからの展望に充てられている。

以上見てきたように、本学位論文(特に第3章および第6章)において、学位申請者は、超弦理論およびそれを統括すると思われているM理論における双対性の構造に関して、これからの研究に役立つ幾つかの新しい知見を見出しており、高く評価される。なお、第3章及び第6章の結果は、今村洋介氏との共著論文に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断される。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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