学位論文要旨



No 124512
著者(漢字) スティアマルガ,デフィン・ハドリヤント・エカプトラ
著者(英字) Setiamarga,Davin Hadryanto Ekaputra
著者(カナ) スティアマルガ,デフィン・ハドリヤント・エカプトラ
標題(和) メダカの系統と進化
標題(洋) Phylogeny and Evolution of The Medaka
報告番号 124512
報告番号 甲24512
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5410号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 野中,勝
 千葉県立中央博物館 主席研究員 宮,正樹
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

メダカ(Oryzias latipes)は分類学上、メダカ亜科メダカ亜目ダツ目トウゴロウイワシ系に分類され、主に亜熱帯東アジア地域に分布している淡水小型(成魚の体長:約3~5 cm)魚類である。近年、モデル生物としてポピュラーになりつつあり、2007 年にメダカの核ゲノム全長の解読完了が報告された (Kasahara et al., 2007;Takeda, 2008)。

大変重要な実験動物であり基礎研究の成果から様々な側面により生物学的に理解されつつあるメダカの系統関係の情報が比較的乏しく、近縁種との比較によって研究成果を正しい進化的な議論が未だ出来ないのが現状である。

そこで私は、魚類の高次系統を充分に解ける中立な分子マーカーであるミトコンドリアゲノムの全長配列を用いて、メダカ亜科の系統関係や棘鰭類とトウゴロウイワシ系魚類の中の系統的位置を確認した。そして、得られた精度の高い系統樹を用いて、分岐年代の推定を行った。

メダカの姉妹群の探索とトウゴロウイワシ系魚類の系統的位置

1. はじめに

トウゴロウイワシ系魚類は、レインボウフィッシュ、ヨツメウオ、トビウオなど多様な生態的及び形態的形質を示した、1552 種からなる魚類分類群である。これらの魚は3 目6 亜目21 科193 属に分類されている (Nelson,2006)。最近モデル生物として注目をあびた、ニホンメダカやメダカ属魚類や、サンマやトビウオなど水産重要種がトウゴロウイワシ系魚類に含まれている。

このように重要な魚類グループにも関わらず、それらの魚の系統的関係は十分に解明されていない。過去では、形態形質や分子マーカーを用いたいくつかの系統学的研究が行われたが、一致した見解が得られていない。トウゴロウイワシ系を巡る高次系統関係においては三つの課題を明らかにする必要がある。それらは:(1) トウゴロウイワシ系の単系統性、(2) トウゴロウイワシ系の正真骨魚類の中の系統的位置、(3) 内部グループ(目・亜目レベル)の系統関係、といった課題である。

メダカやその近縁種の系統・進化を議論する時に、メダカ亜科の姉妹群や近縁群の同定といった意味でトウゴロウイワシ系の系統関係や内部の各目の単系統性の再検討をさきに行う必要がある。形態形質に基づいた結果をもとにした最近の見解ではメダカはダツ目に含まれているが、分子系統の結果ではこの見解が必ずしも支持されているわけではない。

そこで私は、メダカの姉妹群や魚類大系統の中の位置を確認すべく、ミトコンドリアゲノム全長シーケンスを用いて、トウゴロウイワシ系魚類の系統関係を調べた。

2. 材料及び方法

Taxon sample としては、89 種の有棘類魚類を選んだ。そのなかに、各亜目を代表した17 種のトウゴロウイワシ系魚類が含まれている。用いられたミトゲノム配列は、12 個のタンパクコード遺伝子(ND6 不使用)、2 個のrRNA 遺伝子、22 個のtRNA 遺伝子である。系統解析は、RaxML v. 7.0.3(Stamatakis, 2006)を用いたpartitioned 最尤法と、Mr. Bayes v. 3.1.2(Huelsenbeck&Ronquist, 2001)を用いたpartitioned ベイズ推測法を行った。

3. 結果及び考察

行われた系統解析から、以下の結果が得られた:

1. トウゴロウイワシ系は単系統である。これは、両方の解析法で得た高い統計値で支持されている。(BP =90%;PP =100%)

2. 系統的位置に関しては、トウゴロウイワシ系魚類は:(1) スズキ系魚類群に含まれている;この結果は様々な分子系統の先行研究の結果に一致している、(2) ボラ目+メギス科+スズメダイ科+ウバウオ亜目+ギンポ亜目+ウミタナゴ科+シクリド科と高い支持率(BP and PP 100%)で一つのクレードにまとまった。このクレードに含まれている魚類は付着糸をもった沈性卵を産むことが知られている。これは、この系統群の中に含まれている魚が示した特殊な繁殖方法の進化に関係している可能性がある。

3. トウゴロウイワシ系に含まれている三つの目(トウゴロウイワシ目、ダツ目、カダヤシ目)は全て単系統である。この結果で、メダカはダツ目であり、ダツ亜目魚類(サヨリ、トビウオなど)がメダカの姉妹群であることを示すことが出来た。

ミトゲノムによるメダカ属魚類の分子系統解析と分岐年代推定

1. はじめに

記載分類学の研究結果(Nelson, 2006)によると、メダカ科魚類(Adrianichthyidae)は、3 亜科4 属28 種からなる分類群である。その三つの亜科の一つであるメダカ亜科(Oryziinae)は1属のメダカ属(Oryzias; 約22 種)に構成された(岩松, 1998; Nelson, 2006)。全てのOryzias 属魚類は東南アジア~東アジアにしか分布していない。

近年、モデル生物としてのメダカの有用性が評価され、メダカとその近縁種との系統的関係が注目ている。最初にUwa (1990) が、染色体の核型によるとメダカ属魚類はジャワメダカ種群、スラウェシメダカ種群、ニホンメダカ種群と、三つの種群に分類することが出来ること報告した。その後、Naruse (1996)やTakehana et al.(2005) が いくつかの分子マーカーを用いてメダカの分子系統を行った。彼らの結果は、Uwa が報告した三つの種群の存在を確認出来たほか、スラウェシ島の固有種メダカ属は全てスラウェシメダカ種群に含まれたことや、Adrianichthyinae 亜科のメンバーでスラウェシ島の固有種のXenopoecilus がスラウェシメダカ群種に含まれることも見付けた。

メダカ属魚類の分岐年代推定が、ゲノム進化や種分化・動物系統地理学的な研究を行うための基礎情報として非常に重要である。しかしながら、しっかりとした分岐年代推定の研究がないのは現状である。近年、魚類大系統の関係がミトゲノム全長配列を用いた系統解析によって明らかにされつつある。これらの情報を用いた硬骨魚類の分岐年代推定の結果が報告された(e.g. Yamanoue et al., 2006; Azuma et al., 2008)。最新の報告のAzuma et al. (2008)では著者らは分岐年代推定に必要な古生物学的制約を使用した以外、大陸の分裂時期など生物地理学的時間制約が魚類の分岐年代推定に有効であることを示した。

これらの結果を踏まえて本研究ではミトゲノム配列を用いてメダカ属魚類の系統関係を確認し、分岐年代推定を行った。得られた結果を用いて南北メダカ集団のゲノム進化の解釈にとういった意義をもたらしたかについても議論する。

2. 材料及び方法

Taxon sampling としては、76 種のミトゲノム配列をOTU として用いた。そのうち、各種群から代表として選んだ7 種のOryzias 魚類と、大陸・南北日本集団のニホンメダカのサンプルから選んだ7 種のサンプルを解析に用いた。メダカ亜目の外群として9 種のトウゴロウイワシ系魚類を用いた。その他、50 種の条鰭類と2 種の肉鰭類、そして外群として2 種の軟骨魚類を解析に使用した。用いられたミトゲノム配列は、12 個のタンパクコード遺伝子(ND6 不使用)、2 個のrRNA 遺伝子、22 個のtRNA 遺伝子である。系統解析は、RaxML v.7.0.4 をimplement しているRAxML Blackbox でpartitioned 最尤法を行った(Stamatakis et al., 2008)。分岐年代推定は、Bayesian 法をimplement したmultidivtime 分岐年代推定プログラム(Thorne et al, 1998)を使用した。推定に使用したAge 制約は、Azuma et al.(2008)が用いた古生物学的及び生物地理学的制約を全て使用した。

3. 結果及び考察

行われた系統解析及び分岐年代推定解析から、以下の結果が得られた: 1. 魚類大系統内のメダカ亜目魚類の位置は確認出来た。前説の結果に述べたように、メダカ亜目がダツ亜目にくっついて、ダツ目を形成している。そして、トウゴロウイワシ系が単系統であり、スズキ型魚類のなかに入った。2. メダカ亜科魚類の系統解析では、Takehana et al. (2005)で報告された結果と一致した結果が得られた。メダカ属魚類は三つの種群に分類された他、Xenopoecilus がスラウェシメダカ種群に入った。3. Multidivtime を用いて分岐年代推定を行った結果は、以下のとおり:A. メダカ属対ダツ目: 130 MYA;ニホンメダカ種群がほかの二つから分岐したのが:76 MYA B. ニホンメダカ対大陸メダカの分岐:29 MYA;南北ニホンメダカ集団の分岐:20 MYA。これらの結果によると、ニホンメダカ種群内の分岐が今まで考えられた分岐年代よりもはるかに古い。しかしながら、今まで参考にされてきたメダカの南北集団の分岐年代推定はハゼ科魚類であるヨシノボリに推定されたcytb 遺伝子の塩基置換率をメダカに当てはめたといった非常に単純な方法である(Takehana et al., 2003)。本研究で行われた分岐年代推定法はrigorous な方法で行い、しかも化石や大陸移動などの古生物学的な情報をより正確な制約として使用した。

南北メダカの分岐年代が今まで提唱された年代より古いことが、今までのメダカゲノム進化の解釈に影響をもたらす。今まで約5 MYA とされた分岐年代は、ヒト対チンパンジー(チンプ)の分岐時期に非常にほぼ同じである。ヒト対チンプが5 MYA の間に全く別種に文化したに対して南北メダカはまだ同種である。しかし、様々な遺伝子の分子進化速度を表すアミノ酸置換率/塩基置換率 (Ka/Ks)の値が、南北メダカはヒト・チンプよりも二倍高い。これは、魚類、特に南北メダカでは進化速度が哺乳類のより高いと、解釈されている。

本研究の結果では、今までの分岐年代よりも4 倍古い(約20 MYA)とされた。この結果で解釈すると、Ka/Ks 値が高いのは進化速度が早いためのではなく、分岐が古いからである。この考察を確認するために、本研究で出された分岐年代を用いる進化速度の値を調べる必要があるのである。

Figure 3.2. Divergence times of the medaka fishes genus Oryzias (Oryziinae) estimated from the partitioned Bayesian analysis. A posterior distribution of divergence times with 95% credibility intervals (black rectangles at nodes) was obtained using mitogenomic DNA sequences (13411 sites). Two sharks (Scyliorhinus canicula and Mustelus manazo) were used as outgroups (not shown). The multidistribute program (Thorne et al., 1998) was used to estimate divergence times assuming the tree topology shown in Fig. 3.1. Capital letters at internal nodes indicate nodes at which maximum and/or minimum time constraints were set (see Table 2 for details of the individual constraints). Constraints S, T, and U are the biogeographical constraints of cichlids suggested by Azuma et al. (2008).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は序論で、本研究の背景と目的が述べられている。メダカOryzias latipes は容易に経代飼育できることや種々の突然変異体が存在すること、さらにゲノムの全配列が公開されていることなどから、近年、重要なモデル生物として着目されている。生物の比較研究を行なう際には、対象とする生物の系統関係や分岐年代について信頼に足る情報が必要であるが、メダカに関するそうした系統学的情報はまだ乏しいのが現状である。このような背景を述べた後、本研究の目的を、以下のようにはっきりと絞り込んだ形で明確に提示している。すなわち、本研究の目的は、まず、メダカの条鰭類内部における系統的位置、とくに、メダカを含むメダカ亜目の、トウゴロウイワシ系(トウゴロウイワシ目、ダツ目、カダヤシ目が含まれる)内部における位置と、トウゴロウイワシ系のスズキ系内部における系統的位置を調べることである。第2に、幅広い魚類をカバーした大規模系統樹を構築し、これに基づいて南北集団を含むメダカ内部や近縁種・グループ間の分岐年代を推定することである。

第2章では、メダカ亜目の系統的位置を調べることを目指して行なった研究成果を報じている。系統解析に使用する分子データとしては、科や目レベルでの系統解析における分解能の高さが経験的に確認されているミトコンドリアゲノム全塩基配列を用いた。トウゴロウイワシ系の各亜目を代表する17種を含む89種の条鰭類を選定し、これらのミトコンドリアゲノム全長塩基配列 (本研究では新らたに12種をシーケンス) を用いて、最尤法およびベイズ法による系統解析を行なった。その結果、トウゴロウイワシ系ならびにそれに含まれる3つの目それぞれの単系統性が確認された。また、メダカを含むメダカ亜目は、ダツ目に属しているとした。さらに、トウゴロウイワシ系は、シクリッド類など付着糸を持つ卵を産むスズキ系魚類と近縁であることが判明した。これらの成果は、メダカ類のみならず魚類の系統進化学への大きな貢献であると評価できる。

第3章では、メダカ内部や近縁種間の分岐年代を推定することを目指した研究成果を取り上げたものである。13種のメダカ属魚類を含む72種の条鰭類と、2種の肉鰭類、および外群としての2種の軟骨魚類を選定し、ミトコンドリアゲノム全長塩基配列データ (本研究で新らたに8種をシーケンス) を用いて、最尤法およびベイズ法により系統解析を行なった。さらに、この結果が第2章で述べた結果と一致することを確認した後、この系統樹を基礎としてベイズ法に基づく分岐年代推定を行った。その結果、メダカ亜科と他のダツ目との分岐は120-151 MYA、メダカ属の latipes グループと他の2 グループとの分岐は67-88 MYA、メダカの日本列島と大陸集団の分岐は23-36 MYA、メダカの南北集団の分岐は15-26 MYAであると推定された。アジア大陸から日本列島へかけての淡水魚の分布形成史は、中新世の前-中期 (10-23 MYA) に遡りうるとされており、メダカの南北集団間で得られた分岐年代は、この生物地理学的認識と整合的である。この成果は、メダカの南北集団の起源を考える上での新たな視座を提供する重要なものである。

第4章は総合考察である。これまで不明な部分の多かったメダカ亜目の系統的位置を明らかにしたことは、メダカの進化を広い系統的視野から考える上で役立つ新たな基盤を提供するものであり、重要な成果である。また、メダカ南北集団間の分岐年代推定では、これまで考えられていた年代 (4.0-4.7 MYA) よりかなり古い年代 (15-26 MYA) が得られたことも興味深い。この成果は、南北集団は、交配可能な「同種」であるとはいえ、両者の間には、別の淡水魚類では別種や別属に分化するだけの時間が流れていることを示しており、これだけの時間を隔ててもなお形態的差異が少ないことや、交配可能であることは、進化生物学的に非常に興味深く、今後の重要な研究課題を提起する重要なものである。

なお、本論文の第2章は、井上 潤、山野上祐介、佐藤 崇、馬渕浩司、宮 正樹、西田 睦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、データ解析および考察を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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