学位論文要旨



No 124644
著者(漢字) 宮島,佳孝
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,ヨシタカ
標題(和) 人工制限酵素の作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 124644
報告番号 甲24644
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7078号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 講師 須磨岡,淳
内容要旨 要旨を表示する

[緒言] 現状のバイオテクノロジーの中心をなす天然の制限酵素は、認識配列の長さが4-6塩基程度と短いために、巨大なゲノムDNAを望みの位置のみで切断することはできない。そこで、ゲノムDNAを切断対象とする場合には、認識配列の長い人工ツールが不可欠となる。この問題点を解決するために、当研究室では、人工制限酵素ARCUT(artificial restriction DNA cutter)を開発した。ARCUTでは、ペプチド核酸PNA(peptide nucleic acid)のインベージョンにより認識された特定配列を、Ce(IV)/EDTA錯体により切断する(Figure 1a)。ここでPNAは合成核酸であるために、その塩基配列および長さを自在に設計できる。したがって、目的に応じてPNAを設計すれば、理論上は、どのような大きさのDNAであっても、位置選択的に切断できる。

過去の研究では、460万塩基対からなる大腸菌のゲノムDNAをARCUTにより、位置選択的に切断することに成功しており、ARCUTの有用性が示された。しかし、その切断におけるFidelityは検討されていない。すなわち、巨大DNA中に、必然的に存在する類似配列をARCUTが識別できるかは、全くのブラックボックスである。そこで本研究では、ARCUTによる切断反応のFidelityを詳細に検討する。また、そのFidelityが生じる作用機構を、PNAのインベージョン複合体の安定性を検討することで、明らかにする。これらの検討により、ARCUTが厳密に認識できる塩基配列の長さを明らかにし、ARCUTで切断可能なDNAの大きさを検討する。

[結果と考察]

1. 切断反応におけるFidelity

ARCUTのFidelityを検討するために、切断部位の一塩基対を別の塩基対に置き換えたDNAを調製し、実験を行った。

(1) 二本のpcPNAがインベージョンする領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合

まず、切断配列の1829部位のC/G塩基対を別の塩基対に置き換え、[Ce(IV)/EDTA] = 50 μM、[NaCl] = 100 mM存在下、pH = 7、50 ℃、14 hの条件下で、切断した結果をFigure 2aに示す。二本のpcPNAと基質DNAとが完全に相補的なlane 2では、過去の報告通り、位置選択的な切断が起こり、二本の切断バンドが確認された。これに対しC/G塩基対を別の塩基対に置き換えたlanes 3-5では、ARCUTによる切断は全く起こらなかった。これらの結果は、1829部位に導入された一塩基対の違いを、ARCUTは厳密に識別できることを明確に示す。

同様な切断実験を、別の部位(1826-1828)に関しても行った(Figure 2b)。切断結果が明確に示すように、どの一塩基対を別の塩基対に置換した場合でも、ARCUTによる切断は全く起こらなかった。以上の結果は、1826-1829部位に存在する一塩基対の違いをARCUTは完全に識別することを示す。

(2) Gap形成領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合

1821、1823、1825部位の一塩基対を別の塩基対に置換し、同様に切断実験を行った(Figure 3)。まず、1825部位のT/A塩基対を別の塩基対に置換したlane 9-lane 11では、ARCUTによる切断は起らなかった。したがって、1825部位に存在する一塩基対の変異をARCUTは識別できる。また、1823部位のC/G塩基対をA/T塩基対、G/C塩基対に置換したlane 6及びlane 8では、わずかに切断が起ってしまうものの、その効率はフルマッチの切断効率(lane 2)に比べ、微微たるものである。したがって、ARCUTは、これらの一塩基対の変異をほぼ完全に識別できるといえる。その一方で、1823部位のC/G塩基対をT/A塩基対に置き換えたlane 7では、切断が起こってしまう。さらに切断配列の末端にあたる1821部位のT/A塩基対を別の塩基対に置換したlane 3-lane 5では、切断反応のFidelityは著しく低下し、ミスマッチの種類とは無関係に切断が起こってしまう結果となった。

これまでの結果を以下にまとめる(Figure 4)。

(1) 二本のpcPNAがインベージョンする領域に存在する一塩基対の変異をARCUTは完全に識別できる。

(2) Gap形成領域に関しても、二本のpcPNAがインベージョンする領域から2及び3塩基外側の塩基対において高いFidelityを示す。

(3) Gap形成領域の末端に存在する一塩基対の変異を、ARCUTは識別できないため、切断のFidelityは低い。

ARCUTにおいて、インベージョン複合体が疑似的なC2対称であることを考えると、15塩基のpcPNAを用いる現状のARCUTは、14-16塩基配列を厳密に認識できるといえる。これはARCUTによる切断配列が4(14)-4(16)塩基に一回の確率で現れることを意味しており、多くのゲノムDNAを望みの位置のみで切断できることを示唆する。

2. 切断実験条件下([NaCl] = 100 mM)におけるインベージョン複合体形成について

NaClが100 mM存在する切断実験条件下での、インベージョン複合体形成を、ゲルシフトアッセイにより評価した(Figure 5)。

(1) 二本のpcPNAがインベージョンする領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合(Figure 5a)

まず、加えたpcPNAとターゲットとなる切断部位とが完全に相補的な場合は、ゲルシフトが起こり、インベージョン複合体の形成が確認された(lane 2)。しかし、1826-1829部位の一塩基対を別の塩基対に置き換えたlane 3-lane 14では、導入されるミスマッチの種類とは無関係に、ゲルシフトは全く起こらずにインベージョン複合体の形成を確認することはできない。この結果は、切断実験条件下([NaCl] = 100 mM)では、1826-1829部位に存在する一塩基対の変異をインベージョンにより識別できることを示す。そのため、本来の切断配列のみがインベージョンで認識される。

(2) Gap形成領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合(Figure 5b)

1825部位のT/A塩基対を別の塩基対に置き換えたlane 9-lane 11及び、1823部位のC/G塩基対をA/T塩基対(lane 6)、G/C塩基対(lane 8)に置き換えた場合では、インベージョン複合体形成は、ほぼ抑制された。したがって、これらの場合に関しては、インベージョンにより一塩基のミスマッチが識別される。しかし、1823部位のC/G塩基対をT/A塩基対に置き換えたlane 7では、ゲルシフトが起こり、インベージョン複合体の形成を確認できる。また、gap形成領域の末端にあたる1821部位のT/A塩基対を置換すると(lane 3-lane 5)、ミスマッチは全く識別されず、ミスマッチの種類によらずインベージョン複合体が形成する結果となった。この結果は、切断実験条件下([NaCl] = 100 mM)では、末端のミスマッチをインベージョンで識別できないことを意味する。

以上の結果から、インベージョン複合体が形成した場合のみ、Ce(IV)/EDTA錯体による切断が起こることが分かった。

3. PNA/DNA二本鎖の熱力学的な安定性からの解析

Figure 5におけるインベージョン複合体形成の結果を、インベージョン複合体形成時に生じるpcPNA/DNA二本鎖の熱力学的な安定性(Tm)の観点から考察する。そこで、Table 1に切断実験条件下([NaCl] = 100 mM)におけるpcPNA/DNA二本鎖のTmを示す。

(1) 二本のpcPNAがインベージョンする領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合(1826、1829部位)

まずpcPNAが完全に相補的な場合のTmはそれぞれ78.2 ℃、83.9 ℃であった。それに対し、1829部位におけるC/G塩基対を別の塩基対に置き換えた場合では、ミスマッチの種類に応じて5.9 ℃~13.4 ℃のTmの低下が観測された。この結果は、1829部位のC/G塩基対を別の塩基対に置き換えた場合では、インベージョン複合体形成時に生じる二組のpcPNA/DNA二本鎖が同時に不安定化することを示す。そのために、切断実験条件下において、1829部位にミスマッチを含むインベージョン複合体は形成しなかったといえる。

次に1826部位のC/G塩基対を別の塩基対に置き換えた場合について述べる。まずpcPNA2/DNA二本鎖に関しては、末端にミスマッチが存在するにも関らず顕著なTmの低下は見られなかった(ΔTm = 0.4 ℃~1.3 ℃)。その一方で、pcPNA1/DNA二本鎖に関しては、ミスマッチの種類に応じて7.6 ℃~12.6 ℃、Tmが低下した。ここで、Figure 5a中lane 3-lane 5で1826部位にミスマッチを含むインベージョン複合体が形成されなかったことを考慮すると、pcPNA1/DNA二本鎖における不安定化により複合体形成が抑制されたといえる。以上の結果から、二本のpcPNAが共にインベージョンする領域にミスマッチが存在する場合には、ミスマッチによりインベージョン複合体が不安定となり、複合体形成が抑制されることが分かった。

(2) Gap形成領域の一塩基対を別の塩基対に置換した場合(1821、1823部位)

1821及び1823部位の塩基対を置換した場合は、pcPNA1/DNA二本鎖にはミスマッチが導入されるが、pcPNA2/DNA二本鎖は、いずれの場合であっても完全に相補的となり、安定な二本鎖を形成する。そのためにpcPNA1/DNA二本鎖の熱力学的な安定性が、インベージョン複合体形成を考える上で非常に重要となる。まず、1823部位のC/G塩基対を、A/T塩基対、G/C塩基対に置換した場合では、それぞれTmは8.6 ℃、8.2 ℃低下し、インベージョン複合体形成が抑制される結果となった(Figure 5b中lane 6、lane 8参照)。しかしC/G塩基対をT/A塩基対に置き換えた場合、すなわちpcPNA1/DNA二本鎖中にG-Tのwobble塩基対が導入された場合には、ΔTmが6.6 ℃と小さく、他の場合と比較すると安定である。このために、Figure 5b中のlane 7において、インベージョン複合体が形成してしまったと考えられる。さらに1821部位のT/A塩基対を別の塩基対に置換した場合には、ミスマッチの種類によらずTmはほとんど低下しない(ΔTm = 0.2 ℃~0.5 ℃)。そのため、末端にミスマッチが存在する場合は、インベージョン複合体が形成してしまう(Figure 5b中lane 3-lane 5)。

以上の結果から、切断配列の末端に存在するミスマッチをインベージョンで識別できないことが分かった。また、末端付近に安定なミスマッチであるG-Tのwobble塩基対を形成する配列もインベージョンで完全に識別することが難しい。

[結論]

15-merのpcPNAを用いるARCUTのFidelityを検討した結果、14-16塩基配列を厳密に認識できることが明らかとなった。この認識能は、多くのゲノムDNAを一箇所で切断できることを示唆する。また、ARCUTの切断反応におけるFidelityはインベージョンのFidelityに支配されていることが明らかとなった。すなわち、ミスマッチの有無に関わらず、インベージョン複合体が形成する場合には、切断が起こる。現状のpcPNAを用いたインベージョンでは、末端のミスマッチを識別することができないため、ARCUTの切断のFidelityは、末端部分で低下する。しかし、末端にミスマッチが存在する配列を避けるようにpcPNAの配列を設計することで、末端でのFidelityの低下を十分に防ぐことができる。以上のことから、巨大DNA切断のツールとしてARCUTは非常に有用な人工ツールといえる。

Figure 1. (a) Scheme of site-selective DNA scission by ARCUT. Single-stranded portions, formed by the invasion of two PNA strands to DNA substrate, are hydrolyzed by Ce(IV)/EDTA. (b) Generic structure of PNA. In pseudo-complementary PNA (pcPNA), 2,6-diaminopurine (D) and 2-thiouracil (Us) in (c) are used together with G and C.

Figure 2. Mismatch-recognition in the central double-invasion region for the site-selective scission by ARCUT. (a) Lane 1, without Ce(IV)/EDTA (DNA only); lane 2, fully-matched DNA; lanes 3-5, the C/G pair at 1829 site was changed to another base-pair as indicated. (b) Lane 1, without Ce(IV)/EDTA (DNA only); lanes 2-10, one of three base-pairs (underlined base-pairs) was changed to another base-pair. Reaction conditions: [DNA] = 20 nM, [each of pcPNAs] = 100 nM, [Ce(IV)/EDTA] = 50 μM, [NaCl] = 100 mM, and [HEPES] = 5 mM at pH 7.0 and 50 ℃ for 14 h. In pcPNA1 and pcPNA2, L-phosphoserine (P) was attached to the N-termini to promote the DNA scission.

Figure 3. Mismatch-recognition in the flanking single-invasion region for the site-selective scission by ARCUT. Lane 1, without Ce(IV)/EDTA (DNA only); lane 2, fully-matched DNA; lanes 3-11, one base-pair in the flanking single-invasion region (underlined) was changed to another base-pair as indicated. The reaction conditions are the same as described for Figure 2.

Figure 4. Summary of the study on the fidelity of ARCUT in its site-selective scission of DNA.

Figure 5. Gel-shift assay for the formation of invasion complex under the conditions for the ARCUT scission ([NaCl] = 100 mM). (a) Lane 1, DNA only; lane 2, fully-matched DNA; lanes 3-14, one base-pair in the central double-invasion region (underlined) was changed to another base-pair. (b) Lane 1, DNA only; lane 2, fully-matched DNA; lanes 3-11, one base-pair in the flanking single-invasion region (underlined) was changed. The concentrations of the agents are described in Figure 2.

審査要旨 要旨を表示する

ヒトゲノムに代表されるゲノムDNAのマニピュレーションが実現すれば、工学、医学、薬学をはじめとする広範な分野において様々なパラダイムシフトが起こると予想される。しかし、現状のバイオテクノロジーの中心をなす天然の制限酵素は、認識配列が4~6塩基程度と短いため、巨大なゲノムDNAを望みの位置のみで切断できない。そのため、ポストゲノム時代と言われる現在であっても、ゲノムDNAを、直接、マニピュレートすることは困難を極めている。

巨大なゲノムDNAをマニピュレートするためには、認識配列ならびに長さを自在にチューニング可能な人工制限酵素の開発が不可欠である。この観点からすると、近年、開発された人工制限酵素ARCUT (Artificial Restriction DNA CUTter)は大きな可能性をもつ。ARCUTでは、二本鎖DNA中の特定配列を、ペプチド核酸(Peptide Nucleic Acid; PNA)のインベージョンを用いて認識し、その部位をDNA加水分解触媒であるCe(IV)/EDTA錯体により切断する。配列認識に用いるPNAは合成核酸であり、配列・長さを目的に応じて設計できる。そのため、天然の制限酵素とは異なり、ARCUTを用いれば、望みの配列を切断できるうえ、PNAの長さを長くすることで、ゲノムDNA切断に応用可能な高い位置特異性が実現する。

今後ARCUTに求められるのは、時代のニーズに応じて、ヒトゲノムをはじめとするゲノムDNAを、位置選択的に切断することである。過去の研究では、およそ460万塩基対からなる大腸菌のゲノムDNAをARCUTにより切断することに成功しており、巨大DNA切断のツールとしての有用性が示された。しかし、ARCUTが巨大なゲノムDNA中に必然的に存在する類似配列を識別して、望みの配列のみを設計通りに切断できるかどうかは、全く検討されていない。

この現状を踏まえ本論文では、ARCUTが目的配列とわずか一塩基対のみ異なる類似配列を識別し、望みの配列のみを切断できるかが体系的に検討されている。また同時に、ARCUTによる切断配列認識の機構に関しても詳細な検討が行われた。その結果、ARCUTは14~16塩基配列を厳密に認識できることが論証された。またARCUTによるDNA切断反応が、インベージョンにより支配されることも明らかにされた。これらの知見は、いずれも非常に基礎的な研究成果であると同時に、今後ARCUTを用いた巨大DNAのマニピュレーションを実現する上で不可欠な研究成果である。

本博士論文は全5章から構成されている。まず、第1章では、現在のポストゲノム時代において人工制限酵素が必要となる背景ならびにARCUTの開発・過去の研究成果等がまとめられている。また、本論文の研究目的について、簡潔に述べられている。

第2章では、ARCUTの切断反応におけるミスマッチ認識について詳細な検討が行われている。系統的な解析の結果、非対合部位をもつ15-merのpcPNAをインベージョンに用いるARCUTでは、14~16塩基配列を厳密に認識できることが明らかにされた。この配列認識能は、多くのゲノムDNAを位置選択的に切断できることを示唆する。

第3章では、切断実験条件下におけるインベージョン複合体形成に焦点をあて、ARCUTによる配列認識の機構について詳細な検討がなされている。その結果、インベージョン複合体形成と、第2章で検討したDNA切断反応との間には、明確な相関関係が成立することが明らかにされた。これはARCUTによるDNA切断の選択性が、インベージョンの選択性によって支配されることを意味する。また、インベージョンのFidelityが、系中に存在する塩濃度に大きく依存することも、明らかにされた。

第4章では、第3章で得た結論をさらに論理的に検証するために、非対合部位をもたない二本のpcPNAをインベージョンさせる場合のミスマッチ認識について検討されている。その結果、ARCUTで用いる非対合部位をもつ二本のpcPNAをインベージョンさせた場合と同様に、低塩濃度条件下ではインベージョンのFidelityが低いことが明らかにされた。また、塩濃度をあげることで、インベージョンのFidelityを改善できることも示されている。しかし、その場合であっても、用いるpcPNAの長さによっては認識配列の末端の一塩基対が異なる類似配列をインベージョンで識別できないことが述べられている。

第5章では、第2章から第4章までの実験結果についての総括ならびに本論文の結論が述べられている。

以上のように本論文では、人工制限酵素ARCUTによるDNA切断ならびにPNAの配列認識に関して、基礎的な知見が極めて詳細に検討されている。そのため、今後、ARCUTによる巨大DNAのマニピュレーションの実現に大きく寄与するといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/23895