学位論文要旨



No 124676
著者(漢字) 小川,徳之
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ノリユキ
標題(和) カビのヘム-チオレート含有酸化酵素の研究
標題(洋)
報告番号 124676
報告番号 甲24676
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3386号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
 東京大学 准教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

化成品の原料は炭化水素である石油であるが、そこに付加価値をつけるためには酸素の導入が重要なステップとなる。不活性な炭化水素を酸化するため、現在は重金属をはじめとした化学触媒による酸化反応が用いられているが、環境に負荷をかけることが多く、環境にやさしい酸化反応が求められている(Green sustainable chemistry)。その方法のひとつとして酵素反応が期待されている。シトクロムP450 (以下P450)は、その多彩な酵素機能からそのような工業的利用において魅力的である。しかし実際の応用に際しては困難な障壁も存在する。一方P450において酸素(O2)やNADPHに依存せず、過酸化水素(H2O2)などの過酸化物由来の酸素原子を用いて基質を酸化するペルオキシド・シャント反応が古くより知られていたが、H2O2を利用する場合、とくにペルオキシゲナーゼ(Pox)反応と呼ばれる。Pox反応は、P450の工業的利用に際しての欠点を克服することが期待され、また近年、Poxを生理反応とするP450も発見されている。すべてのP450の中で工業的利用にもっとも期待されているものはP450BM3である。P450BM3はP450と還元酵素が融合しているためself-sufficientであり、またturn-overが速い(モノオキシゲナーゼP450で最速)。P450BM3にPox活性を付与する指定進化(directed evolution)など、その工業的利用を目指した研究が盛んに行われている。一方、カビ Cardariomyces fumago由来のChloroperoxidase(以下CPO)はH2O2を用いて有機基質を塩素化する変った反応を触媒するが、加えてさまざまな有機物を基質とするPox活性を示すことで注目される。CPOはCO型Soret帯を450 nm付近に持つヘムタンパク質であるが、そのアミノ酸一次配列はP450に相同性を示さず、従ってP450スーパーファミリーには属さない。CPOのようにヘム第5配位子がP450と同様にシステインのチオレートアニオンであるがP450スーパーファミリーには属さないものを、ヘム-チオレートタンパク質と総称する。CPO以外の例としてNO合成酵素(NOS)、CooAなどのセンサータンパク質がある。

当研究室ではカビFusarium oxysporumよりP450BM3によく似た融合タンパク質であるP450foxyが発見され、遺伝子のクローニングもなされている。本研究では上記のような工業的応用を念頭に置いてP450foxyの改変を試み、またカビ遺伝子情報より有用酵素(とくにCPO)の探索を行い、クローニング、機能解析を行うことを目的とした。さらに結晶構造がいまだ解明されていないP450foxyの結晶化検討も行った。

第二章 Asperigillus oryzae ゲノムからのChloroperoxidase様酵素のクローニング

A. oryzaeのゲノム解読は2005年に完了しており、他のAsperigillus 属のカビと比較して2割ほど大きなゲノムサイズであり、代謝に関する酵素群が多く存在していることが明らかになっている。A. oryzaeのゲノムに対して、CPOのアミノ酸配列を用いてBlast searchしたところ、第五配位子ヘム-チオレート構造およびヘム結合領域周辺が保存された配列AOPE (Aspergillus oryzae peroxidase : AO0902000344)を見出した(Fig.1)。CPOと比較してAOPEの予想分子量は10 kDa以上小さく、アライメントした結果ではギャップも多かった。現在までにHaloperoxidase以外にヘム-チオレート構造を持つ酵素の研究例はなく、サイズの小さな類似配列の存在は興味深い考え、 AOPEの機能解明を目的としてクローニングを試みた。(Table.1)。

RT-PCRによる発現条件の検討を行った結果、AOPEは恒常的に発現している酵素であることが明らかになった。また、RACE法による配列解析により、AOPEは配列中にイントロンを含まないことがわかった。AOPEのクローニングは、大腸菌発現系、酵母発現系では達成できなかったため、A. oryzaeのAOPEの過剰発現株作製を試みた。A. oryzae cDNAライブラリーより、PCRによりC末端に6His tagを導入したAOPE遺伝子を増幅し、発現プロモータとしてP-glaA142を含むpNGA142ベクターに導入し、発現ベクターを構築した。A. oryzae ΔniaD株にプロトプラスト法による形質転換を行い、AOPE過剰発現株を作製した。RT-PCRにより、組換えAOPEのmRNAレベルでの発現を確認した。過剰発現株をDPY液体培地で培養し、得られた菌体を液体窒素を用いて破砕し、Ni(2+)キレーティングカラムに供したところ、SDS-PAGE上で予想分子量に相当するタンパク質を部分精製することができた(Fig.2)。CO差スペクトル測定を行ったところ、ヘム-チオレート構造を持つ酵素の特徴である450 nm付近の吸収極大を確認することができた。粗精製試料を用いた活性測定を行ったところ、ABTS(2'2'-azino-bis(3-ethylbenzothiazoline)-6-sulfonic acid)に対してペルオキシダーゼ反応を示すことが見出された(Fig.3)。

AOPEの反応回転は94.7 min-1であり、ペルオキシダーゼ反応としてはかなり遅いことがわかった。CPOの基質に対する反応性は見出されず、CPOと同条件でのハロゲン導入反応も現在のところ確認されていない。CPOは遠位に酸塩基触媒として機能するGluが存在するが、AOPEでは保存されておらず、この点が低い活性に関係している可能性も考えられた。研究を進める上での問題点としてAOPEの発現量はかなり少なく、不安定な酵素であったため、発現量の増加検討および性状解明を進めている。本研究はP450、haloperoxidase以外のヘム-チオレート含有酵素のクローニングに成功し、ペルオキシダーゼ反応を持つことを確認した初めての例であり、菌体内酵素であるのも特筆すべき点であった。

第三章 P450foxyの変異導入による機能改変

還元酵素融合型P450foxyは、脂肪酸水酸化反応を3000 min-1という高速で進行させるため、産業応用に期待が持たれる。さらにこの特性を維持したまま基質特異性を改変させることができれば産業的価値を大幅に高めることができる。本研究では、大腸菌発現系においてQuickChange法による変異体酵素を作出し、機能改変を行うと同時にP450foxyの基質認識に関与するアミノ酸残基についての知見を得ることを目的とした。高い相同性を持つP450BM3の結晶構造解析の結果から、F87は脂肪酸の末端炭素と相互作用することが明らかになっており、ヘムの真上に位置することから基質が活性部位に侵入する障害になりうることが予想されている。P450foxyにおいてもF88として保存されており、第一の標的としてF88の変異を試みた。脂肪酸水酸化活性はF88V、I変異体を除いて著しく低下したが、トリデカン酸に対するKdの変化は小さいことからF88は脂肪酸結合に対する寄与は小さく、活性部位内部で脂肪酸鎖を固定することでヘム上に配位しやすくしていると考えられた。F88W変異体はトリデカン酸に対する結合能を完全に消失しており、F88の立体が基質侵入に大きな影響を与えることが確認された。F88G、A、V、Iの変異体酵素の発現培養を行うと、培地中に青色の色素の蓄積が見られた。スペクトル比較より、色素をインディゴ色素であると同定し、変異体酵素がインドール酸化能を得たことが示唆された。F88Aで最も多い色素の蓄積が認められたことから、活性部位内の立体が基質認識に影響していると考え、インディゴ色素の蓄積量を指標として部位特異的変異導入によるインドール酸化能の向上を試みた。V83、V75、L264、L43についてのSaturation mutagenesisの結果、F88A変異体の8.3倍の色素生成能を持つF88A V83L変異体を取得した。さらなる活性上昇および基質認識に関与する残基を調べるため、F88A変異体を鋳型としたError prone PCRによる変異体スクリーニングを行った。2500コロニーのスクリーニングにより、14種の色素生成能を持った変異体を選出し配列を確認したところ、V83またはV75が置換された変異体が多く見出され、P450foxyの基質認識においてこの二箇所のアミノ酸の影響が大きいことを再確認した。またP450の活性に関与するとされるI へリックス領域にも変異が散見された。インドールに対するKd測定の結果、F88A変異体でTypeIシフトが観察されるようになり、結合親和性が上昇していることが明らかになった。F88A V83L変異体は精製時にすでにTypeIスペクトル変化が起こっており、インドール添加によるスペクトル変化は観察されなかった。このことから、F88A V83Lの高色素生産能はインドールにたいする強力な結合能に由来すると推測している。精製酵素をもちいたin vitro活性試験ではインドール酸化活性を再現することができず、培養中の色素蓄積は大腸菌内の他の酵素の寄与が予想される。P450foxy全長の結晶を得ることはできていないが、P450、還元酵素各ドメインの結晶化条件を見出すことができた。十分な反射が得られていないため、結晶化条件の最適化を行っている。

第四章 総括

本研究において、A. oryzaeゲノム上にCPO様ヘム-チオレート含有タンパク質AOPEの存在を見出し、クローニングを試みた。A. oryzae 過剰発現株を作成することでリコンビナントAOPEの発現に成功し、部分精製酵素においてペルオキシダーゼ反応を示すことを見出した。現在までに知られているHaloperoxidaseは全て菌体外分泌酵素であり、菌体内に同じくペルオキシダーゼ反応を示す類似酵素が機能しているという報告例はなく、その生理的意義に興味が持たれる。さらなる性状解明に向けて発現条件および効率的精製方法の検討を進めている。

P450foxyの変異体作製により、F88一残基の置換によって基質特異性大きく変化するという興味深い現象がみられた。F88によりかさ高い基質の侵入が妨げられていることが示唆され、F88を小さなアミノ酸残基に置換することで脂肪酸水酸化活性を消失する代わりに、インドール酸化反応を付与することができた。部位特異的変異導入によりP450foxyのV83、V75のアミノ酸が基質認識に影響が大きいことが示された。融合P450のアライメント結果から、F88周辺は保存度が高いのに対し、V83、V75に相当する残基は置換されていることが多く、生理的な基質の違いを示唆する可能性があると考えられる。十分な反射は得られていないものの、P450foxyのドメイン毎の結晶化条件を見出すことができた。今後、条件の精密化によって結晶構造を解明し、P450foxyの反応機構に関する知見を得ることを期待している。

Table.l Comparison of AOPE and Chloroperoxidase characters.

Fig.1 Alignment of CPO heme region and putative heme binding region of AOPE

Flg.2 SDS-PAGE of AOPE after HisTrap columm

Flg.3 Actlvity assay of AOPE using ABTS as a substrate.

審査要旨 要旨を表示する

シトクロムP450(以下P450)の酵素機能は、環境負荷の小さな化成品合成法として魅力的であるが、応用に際して困難な障壁が存在する。過酸化水素(H2O2)の酸素原子を用いて基質を酸化するペルオキシゲナーゼ(Pox)反応は、P450の工業的利用に際しての欠点を克服することが期待される。Poxを生理反応とする酵素としてヘム-チオレート含有酸化酵素であるカビCaldariomyces fumago由来Chlorperoxidase(CPO)を始めとしたハロペルオキシダーゼ、数種のP450が知られる。P450の中で工業的利用にもっとも期待されているものはバクテリアBacillus megaterium由来のP450BM3であり、P450と還元酵素が融合しているためself-sufficientであり、またturn-overが速いという特長を持つ。カビFusarium oxysporumより見出されたP450foxyはP450BM3と同じく還元酵素融合型P450であり、真核生物由来でありながらバクテリア由来のP450BM3と多くの類似点を持つ。本論文では、カビゲノム上のヘム-チオレート含有有用酸化酵素の探索を行い、クローニング・性状研究を行った。また、カビ由来の還元酵素融合型P450foxyの変異体作製による機能改変を行ったものである。

第一章で、麹菌Aspergillus oryzaeゲノム上よりCPO類似タンパク質Aspergillus oryzae peroxidase(AOPE)を見出した。CPOとのアミノ酸配列アライメントを行った結果、AOPEはCPOにおけるヘム結合領域が高度に保存されたヘム-チオレート含有酵素であり、CPOと比較して一部内部配列H-heix及び末端配列が短縮された構造を持つことを予想した。A.oryzaeAOPE過剰発現株を作製し、C末端に6 His tagを付加したリコンビナントAOPEの発現に成功した。部分精製AOPEを用いて性状研究を行った。SDS-PAGE上で、AOPEの予想分子量31 kDaに一致するバンドを検出した。還元CO結合型のスペクトルで、ヘム-チオレート含有酵素の特徴である446 nmの吸収極大を見出した。活性試験で、ABTSを電子供与体としたペルオキシダーゼ反応を見出した。AOPEはペルオキシダーゼ反応を触媒し、ヘム第五配位子としてチオレートを持つ、細胞内に局在する新規タンパク質であった。また、AOPEはCPOと配列相同性を持つ一方、相違点が多いことが明らかにした。さらに同様のタンパク質が、カビに広く分布していることを明らかにした。

第二章では、カビF.oxysporum由来還元酵素融合型P450foxyの機能改変を試みた。P450ドメイン及び還元酵素ドメインを分離した発現系を構築することで、P450foxyは、溶液中で還元酵素ドメイン間での相互作用により二量体で存在しており、分子間における電子伝達が必須であることを示した。脂肪酸が還元酵素ドメインに相互作用することで、還元活性が上昇することを見出し、融合型P450の高いturn-overに関連すると考えられた。

P450foxyにおいてF88の変異体を作製した。アラニンに置換したF88A変異体は、長鎖飽和脂肪酸に対する反応性を失う一方、大腸菌発現系における発現培養中に、培地中にインディゴ色素を生成し、インドール酸化能が付与されたことが推測された。色素量を活性の指標とし、活性部位内部に焦点を当てた部位特異的ランダム変異導入、Error Prone PCRを行い、色素生産能を7倍向上させたF88A V83L変異体を取得した。インドールに対する解離定数Kdの測定を行うと、F88A変異体よりさらに強い値となり、インドールに対する親和性の差が、色素蓄積量に反映されることを明らかにした。一箇所のアミノ酸置換により基質特異性を大きく変化させることに成功し、融合型P450foxyを工業的に応用するにあたり、有用な知見といえる。

以上、本論文はカビ菌体内に機能未知の新規ヘム-チオレート含有タンパク質AOPEを見出し、クローニング・発現に成功し、そのスペクトル的性質、ペルオキシダーゼとしての性状の解明を初めて行ったものである。この成果は、ハロペルオキシダーゼにおける反応機構解明に繋がる可能性があり、非常に意義深いといえる。P450foxyの機能改変により、新規反応性付与の可能性を示した。これらのカビ由来のヘム-チオレート含有タンパク質による酸化反応は工業応用が期待でき、学術上ならびに応用上の貢献が大きいと考えられる。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学術論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25054