学位論文要旨



No 124678
著者(漢字) 工藤,俊祐
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,シュンスケ
標題(和) リグノセルロース分解能を有する微生物群集及びその酵素群に関する研究
標題(洋)
報告番号 124678
報告番号 甲24678
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3388号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

石油代替エネルギーの導入が求められる中、バイオマス資源の持つ可能性が広く認められている。バイオマスは光合成によって生産された木や植物などの物質であり、農産廃棄物や、森林の間伐材、都市ごみなどが含まれる。これら資源は埋蔵量が多く、主成分の多糖類を単糖類に変換後様々なエネルギー源、化成品の生産につなげることが可能なことから、世界的に利用の促進が望まれている。近年ガソリンとの混合利用が可能なバイオエタノールの生産量がアメリカを中心として、大きく増大した。しかしこれらは、とうもろこしなどのでんぷん質を原料としたもので、食料と燃料の競合という重大な課題を露呈した。こうした社会的背景から、食料と競合しないバガスや稲わら、木材などのセルロース系バイオマスの利用促進が強く求められている。

セルロースはでんぷんと同様グルコースが重合した多糖類であるが、β-1,4結合をした結晶構造を有し、でんぷんに比べ分解が困難である。さらにセルロースはバイオマス中で、ヘミセルロース・リグニンという2種の化合物と複雑に絡み合い分解に対してより強固なリグノセルロース構造をとる。リグノセルロース構造は由来する植物種及び、その部位によって成分比や構造が異なる。その利用に向けこの強固で多種多様な構造の分解・糖化のコストが大きな課題となっており、分解機構の理解と利用、及びそれを担う微生物・遺伝子資源の探索が重要な研究対象である。

こうした背景の下、本研究では、堆肥中における複雑なリグノセルロースの効率的な分解・低分子化に着目した。堆肥中の分解は多様な微生物種及び酵素の共同作用によって行われており、微生物群集によるリグノセルロース分解システムが存在している。また、こうした環境中の90%以上の微生物は未培養であることが知られ、新たな微生物・遺伝子資源としても期待が持たれる。しかし堆肥のような環境を直接解析、実験対象とすることはその物理的構造の複雑さや侠雑物の多さから種々の実験操作(核酸抽出・タンパク質抽出・分解過程の解析等)において様々な障害を有している。また存在する生物種が極めて多様であるため有用な生物資源へのアクセスやその菌叢解析も困難となっている。

そこで本研究では、堆肥をサンプリングしリグノセルロース基質を含む液体培地で継代培養を繰り返すことで、分解を行う微生物群集の解析及び利用のしやすい形での抽出・安定化を試みた。こうして構築されたリグノセルロース分解微生物群集を用いて、機能解析及び菌叢構造解析を行うことで、分解システムの知見を得ることを目指した。また微生物群集が生産する酵素群を用いたリグノセルロース糖化システムの検討及び、群集内に集積された新規遺伝子資源の取得を行うこともあわせて目的とした。

1 芝草分解微生物群集TG60の構築と機能構造的解析

芝草を含む堆肥をサンプリングし、芝草10 g/lとセルロース分解の指標となるろ紙1片を含むPCS培地に接種し60℃で培養した。ろ紙の分解が確認された後、同様の培地に植え継ぎ継代培養を繰り返すことで微生物群集TG60を集積した。この群集は安定的に100代以上にわたって濾紙を分解し、DGGEのバンドパターンが継代培養を経ても同じであった。この集団を用いて芝草の分解を行ったところ6日間の培養で58%の芝草を可溶化する高い分解能を発揮した。

次にTG60と接種源とした堆肥についてバクテリアのUniversal primerを使用して16S rRNA遺伝子の部分配列を対象としたクローンライブラリーを作製し、比較を行った。堆肥のサンプルからは72 クローン取得したところ57 OTU に分類され、きわめて多様な菌叢になった。一方、TG60から取得した73 クローンは10 OTUに分類され全てFirmicutes門に属しており、これらの菌群が分解に重要であることが示唆された。またTG60からは高温嫌気性セルロース分解菌として報告されているClostridium stercorariumに92%の相同性を有する配列が得られ、新規のセルロース分解菌が集積されていると考えられた。

2 バガス分解微生物群集

2-1バガス分解微生物群集BA50・BA60の構築と機能・構造的解析

バガスに鶏糞・腐葉土及び微生物に容易に利用される少量の窒素源・炭素源を加えて0.52m3の堆肥を農学部圃場において作製した。発酵開始からこの堆肥をバガスを10 g/lを含むPCS培地に接種しTG60の構築と同様のやり方で50℃及び60℃で継代培養した結果、2種の微生物群集BA50・BA60を集積した。これらの群集は、10代以上の継代培養を経てもT-RFLP解析で見られるメインのピークパターンが一致し、バガスを再現的に高効率に分解したことから、微生物構造的及び機能的に安定していると考えられた。2種の群集によってバガスの分解前後の成分を比較したところ、どちらもセルロース成分の70%程度が分解されていた。また40℃から70℃まで培養温度を変えてバガスの分解力を比較したところ、BA50は50℃、BA60は60~65℃で最も強い分解力を発揮し、同一の堆肥を起源とする機能的に異なるバガス分解微生物集団であることが示された。

次にTG60と同様にクローンライブラリーを作製し、これら2群集の構成微生物種を明らかにした。BA50からは76 クローン・15 OTU、BA60からは81 クローン・34 OTUを取得し、BLAST検索を行ったところ、BA50では68%のクローンがProteobacteria門に属し、BA60では53%のクローンがFirmicutes門に属しており、大きく異なる菌叢パターンが見られた。またBA60からは5 クローン・4 OTUが既知のセルロース分解菌に近縁な配列であり、群集内で機能的に重要な役割を担っていると考えられた。一方、BA50からはこうした配列は得られなかった。そこで、Clostridium thermocellumに代表される高温嫌気性セルロース分解菌の集中するClostridium clusterIIIのspecific primerを用いて再度BA50のクローンライブラリーを作製したところ、セルロース分解菌に近縁な配列が3クローン・3 OTU得られた。これらの得られたセルロース分解菌に近縁なクローンの結果をTableに示す。

これらの結果から、機能的・構造的に異なる特徴を有する2種の安定なバガス分解微生物群集BA50・BA60の集積に成功し、これらの群集内にはそれぞれ新規のセルロース分解菌と推定される菌が複数種ずつ存在することが示唆された。

2-2 BA50・BA60の生産する酵素群の解析

BA50・BA60は、リグノセルロース特にバガスの分解に適したセルラーゼ群を生産可能であると考えられた。そこで両群集の培養液を遠心分離し、これらからリン酸飽和セルロースへの吸着を指標としてリグノセルロースから糖への変換を担うセルラーゼ群の抽出を試みた。結果Carboxymethyl cellulose (CMC)に対する分解の比活性がBA50からは26.9倍、BA60からは14.2倍の酵素群を抽出することに成功した。抽出したセルラーゼ群を20 Unit(CMCase)/ g-biomassとなるようにバガスに添加し24時間反応後グルコース濃度を測定したところ、バガスからの直接のグルコース生産に成功した。糖回収率はBA50由来のセルラーゼで9.5%、BA60由来のセルラーゼで43.1%であった。

2-3メタゲノムアプローチによる新規遺伝子取得

DNA sequencing技術の進歩に伴い微生物の単離を行わず、環境中から抽出されたDNAを用いてライブラリーを作製する、メタゲノムライブラリーというアプローチが近年広く用いられている。本手法は環境ゲノムの解析という用途とともに、未培養微生物の有する新規遺伝子取得法としても多くの成功例の報告がある。新規セルロース分解菌を含みバガスを効率的に分解することが示されたBA50・BA60から抽出したゲノムDNAを用いて、メタゲノムライブラリーを作製し新規セルラーゼ遺伝子の取得を目指した。

Fosmid vectorを用いてBA50からは60,000クローン(1.25Gbp)、BA60からは20,000クローン (480Mbp)のメタゲノムライブラリーを作製した。これらクローンから、CMC分解を指標にスクリーニングを行った。結果BA50からは5クローン、BA60からは4クローンの活性を確認した。これらクローンの塩基配列を決定し、Protein BLASTにより相同性検索を行ったところ既知の配列と高い相同性を有するものもあったが、既知配列との相同性が56%と新規性の高いセルラーゼ遺伝子の取得に成功した。

総括

本研究では3種の安定なリグノセルロース分解微生物群集の集積に成功し、これらの分解過程の解析を行うとともに、微生物菌叢を分子生態学的手法を用いて解析し、その微生物群集によるリグノセルロース分解に関する知見を得ることに成功した。またこれら群集の生産する酵素群によるリグノセルロース糖化の実現や、群集の持つ新規セルラーゼ遺伝子の取得を達成した。

本研究では複雑かつ多様な構造をもつリグノセルロース分解に対し、有効な微生物群集を効率よく構築することが可能であることを示し、このような群集を用いた統合的アプローチが今後の研究進展にきわめて有効であることを示唆した。

TABLE BA50・BA60から得られたセルロース分解菌に近縁なクローン

審査要旨 要旨を表示する

石油代替エネルギーの導入が求められる中、近年食料と競合しないバガスや稲わら、木材などのリグノセルロース系バイオマスの利用促進が強く求められている。リグノセルロースはセルロースがヘミセルロース・リグニンと複雑に絡み合った構造をとっており、その利用に向けこの強固で多種多様な構造の分解・糖化のコストが大きな課題である。

堆肥中においては複雑なリグノセルロースが多様な微生物種及び酵素の共同作用によって分解されている。また、こうした環境中の90%以上の微生物は未培養であることが知られ、新たな微生物・遺伝子資源としても期待が持たれる。しかし堆肥のような環境を直接解析、実験対象とすることはその物理的構造の複雑さや侠雑物の多さから種々の実験操作(核酸抽出・タンパク質抽出・分解過程の解析等)において様々な障害を有している。また存在する生物種が極めて多様であるため有用な生物資源へのアクセスやその菌叢解析も困難となっている。

そこで本研究では、堆肥からリグノセルロース基質を含む液体培地で継代培養を繰り返すことで、分解を行う微生物群集の解析及び利用のしやすい形での抽出・安定化を試みた。こうして構築されたリグノセルロース分解微生物群集を用いて、機能解析及び菌叢構造解析を行い、分解システムの知見を得ることを目指した。また微生物群集が生産する酵素群を用いたリグノセルロース糖化システムの検討及び、群集内に集積された新規遺伝子資源の取得を行うこともあわせて目的とした。なお本研究ではリグノセルロース基質として、ゴルフ場などの施設で廃棄物として生じる芝草と、サトウキビからの砂糖生産において、同じく廃棄物として発生するバガスの2種を用いた。

1芝草分解微生物群集TG60の構築と機能構造的解析

本節では6日間の培養で58%の芝草を可溶化する、高い分解能を有した安定な芝草分解微生物群集TG60を構築した。TG60と接種源とした堆肥についてバクテリアのUniversal primerを使用してクローンライブラリーによる菌叢比較を行ったところ、堆肥から得られた72クローンが57 OTUに分類され、きわめて多様な菌叢になった一方、TG60から取得した73クローンは10 OTUに分類され全てFirmicutes門に属しており、これらの菌群が分解に重要であることが示唆された。またTG60からは高温嫌気性セルロース分解菌として報告されているClostridium stercorariumに92%の相同性を有する配列が得られ、新規のセルロース分解菌が集積されていると考えられた。

2バガス分解微生物群集

2-1バガス分解微生物群集BA50・BA60の構築と機能・構造的解析

バガスを分解対象リグノセルロースとして用い、TG60と同様の方法で、50℃で継代培養したBA50と60℃で継代培養したBA60の2種のバガス分解微生物群集を集積した。 これらの群集の、構造的安定性及び、機能性の高さと安定性を確認したのち両群集を40℃から70℃まで培養温度を変えてバガスの分解力を比較したところ、BA50は50℃、BA60は60~65℃で最も強い分解力を発揮し、同一の堆肥を起源とする機能的に異なるバガス分解微生物集団であることが示された。

クローンライブラリー解析を行ったところ、BA50では68%のクローンがProteobacteria門に属し、BA60では53%のクローンがFirmicutes門に属しており、大きく異なる菌叢パターンが見られた。またBA60からはセルロース分解菌として知られるC.stercorarium、C.thermocellumに近縁な配列が得られた。一方、BA50からはこうした配列は得られなかったが、高温嫌気性セルロース分解菌の集中するClostridium cluster3のspecific primerを用いて再度クローンライブラリーを作製したところC.straminsolvens、Bacteroides cellulosolvensに近縁な配列が得られた。以上の結果から異なる特徴を有する2種の安定なバガス分解微生物群集BA50・BA60の集積に成功し、群集内には新規のセルロース分解菌と推定される菌が複数種ずつ存在することが示唆された。

2-2BA50・BA60の生産する酵素群の解析

BA50・BA60は、リグノセルロース特にバガスの分解に適したセルラーゼ群を生産可能であると考えられた。そこで両群集の培養液からセルラーゼ群の抽出を試みた。結果Carboxymethyl cellulose(CMC)に対する分解の比活性がBA50からは26.9倍、BA60からは14.2倍の酵素群を抽出することに成功した。抽出したセルラーゼ群を20Unit(CMCase)/g-biomassとなるようにバガスに添加し24時間反応後グルコース濃度を測定したところ、バガスからの直接のグルコース生産に成功した。糖回収率はBA50由来のセルラーゼで9.5%、BA60由来のセルラーゼで43.1%であった。

2-3メタゲノムアプローチによる新規遺伝子取得

新規セルロース分解菌を含みバガスを効率的に分解することが示されたBA50・BA60から抽出したゲノムDNAを用いて、メタゲノムライブラリーを作製し新規セルラーゼ遺伝子の取得を目指した。CMC分解を指標にスクリーニングを行ったところ、BA50からは60,000クローン中5クローン、BA60からは20,000クローン中4クローンの活性を確認した。これらクローンの塩基配列を決定し、Protein BLASTにより相同性検索を行ったところ既知の配列と高い相同性を有するものもあったが、既知配列との相同性が56%と新規性の高いセルラーゼ遺伝子の取得に成功した。

総括

本研究は複雑かつ多様な構造をもつリグノセルロース分解に対し、有効な微生物群集を効率よく構築することが可能であることを示し、このような群集を用いた統合的アプローチが今後の研究進展にきわめて有効であることを示すものであると考えられた。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいと認めた。

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