学位論文要旨



No 124716
著者(漢字) 小林,研治
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ケンジ
標題(和) 木質構造におけるビス接合部の荷重変形特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 124716
報告番号 甲24716
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3426号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

第一章緒言

木質構造物を構成する接合具には様々なものがあるが、簡便で効果の高い接合具として、釘とビスが大量に使用されている。特に近年では、釘に代わってビスを用いるケースが増加している。ビスは釘と比較して引き抜き抵抗が大きく、施工性も高い。さらに、解体の容易な接合具であることから、リサイクルの推進という観点においても有効な接合具といえる。

ビスは図 1のように多くの形状因子を持つ上、材質や熱処理も様々なものがある。これらの組み合わせにより、用途に応じて多種多様なビスが製造されている。しかし、現状ではこれらの因子に対応した設計手法が確立されておらず、ビス接合部に関する実験データの蓄積も不十分である。ビスを構造用に用いるためには基本的に個別実験を行わなければならないため、ビス接合を利用した木質構造の設計は困難な状況にある。

本論文は木質構造におけるビス接合部について、さまざまな条件における実験データを提示するとともに、接合部の構造性能を推定する一連の計算手法を提案するものである。

第二章既往の研究

ビスに関する研究は家具についてのものが中心で、パーティクルボードの木ねじ保持力などに関する研究が主流であった。木ねじ、タッピンねじの引き抜き試験およびせん断試験に関しては、金谷、赤松、Wilkinsonら、Eckelman、河嵜らによる研究が挙げられる。これらの研究成果から引き抜き耐力、せん断耐力の実験式が導かれ、用いられてきた。

せん断耐力については、近年では釘やボルトと同じ円筒形接合具として扱われるようになった。Eurocode5および木質構造設計規準・同解説では、引き抜き耐力の実験式および弾性床上の梁理論による初期剛性計算式、ヨーロッパ型降伏理論に基づく降伏耐力計算式が与えられている。しかし、弾性床上の梁理論による厳密解は三角関数や双曲線関数を含んだ式で表されるため、非常に煩雑な式となっている。また、面材張り耐力壁に用いるビスに関しては、耐力壁評価の際に終局耐力と塑性率を求める必要があるが、降伏後の挙動については終局強度比および靱性係数といった値を実験結果から定めているため汎用性が低い。

第三章ビス接合部の一面せん断性能

本章では主材、側材、接合具の条件を様々に変化させてビス接合部の一面せん断試験を行い、各因子が接合部の一面せん断性能に及ぼす影響について実験的検討を行った。

構造用面材を側材に用いた場合、釘接合では釘の引き抜けにより早期の荷重低下が見られたが、木ねじ接合ではねじ部の効果によって高いせん断性能を発揮した(図 2)。木ねじ寸法を変化させたシリーズでは、木ねじ長さの増加に伴って降伏後の荷重増加が大きくなり、引き抜き抵抗によるロープ効果が確認された。鋼板を側材に用いた場合、一部のビスで頭部やねじ部の破断による脆性的な破壊形態が観察され、ビス各部の設計によってせん断性能が大きく異なることが分かった(図 3)。

第四章ビス接合部における各種物性値に関する検討

本章ではビス接合部の一面せん断性能に関連する各種物性試験を行った。ビスの引き抜き抵抗については、ビス形状による違いは木材のばらつきと比較して小さく、ビス形状を考慮しなくても実用上は差し支えなく、ビスの径、長さおよび木材比重をパラメータとした式で概ね評価できることが確認された(図 4)。面圧強度および曲げ強度については、ねじの谷径を用いることにより、釘やボルト等と同様に扱うことができる。ただし、ビスの曲げ変形に対する性能はビスの材質や熱処理によって大きく異なり、外観上からは判断ができない(図 5)。靭性の小さいビスは一面せん断変形においても脆性的な破壊形態を示すことから、ビスの使用にあたってはビスの曲げ変形性能を確認しておくことが必要といえる(図 6)。本論文では、曲げ変形性能のパラメータとして終局変形角を提案した。

第五章ビス接合部の一面せん断剛性・耐力推定式の提案

本章では木材-木材および鋼板-木材ビス接合部の一面せん断剛性・耐力を推定する式を提案した(表 1)。初期剛性および降伏耐力については弾性床上の梁理論およびヨーロッパ型降伏理論をもとにして拡張、簡易化を図っている。また、降伏後のロープ効果について、ビスの引き抜き抵抗を考慮した二次剛性・最大耐力の推定式を提案した。ビスの破断についても検討した。第三章で行った試験結果と比較したところ、いずれのシリーズにおいても良好な推定結果となり、本推定式の有効性が確認できた(図 7)。

第六章ビス接合を利用した耐力要素の構造性能

本章ではビス接合を利用した耐力要素として面材張耐力壁および重ね梁を取り上げ、既往の研究をもとにそれらの耐力要素の構造性能を計算により求め、実験による検証を行った。計算値と実験値の比較例を図 8に示す。計算値は実験結果をおおむね推定できており、物性値と寸法のみから耐力要素の性能を推定できることが示された。

第七章結論

本研究ではビスを用いた接合部の一面せん断性能について広範な実験を行い、ビス接合部の荷重変形特性および破壊形態に関する様々な知見を得た。また、それらの知見をもとにして一面せん断特性推定式を提案した。推定式は実験結果を良好に推定できており、その妥当性が示された。また、推定式に用いる各種物性値についても実験的検討を加えて整理した。以上、本研究の成果によって、ビス接合された様々な耐力要素の性能を推定することが可能となり、木質構造設計への活用が期待される。

図 1 ビスの形状因子

図 2 主材種類と平均荷重変位曲線(側材: ラーチ合板9mm)

図 3 鋼板側材 ビスの破壊の様子

図 4 引き抜き耐力の実験値と計算値の比較

図 5 ビスの3点曲げ試験と試験後の写真

図 6 ビスの曲げ性能と接合部 一面せん断性能の関係

表 1 木-木ビス接合部の一面せん断剛性・耐力推定式

図 7 一面せん断推定曲線の適合性

図 8 面材張ビス耐力壁の荷重変形特性の計算

審査要旨 要旨を表示する

木質構造物を構成する接合具には様々なものがあるが、簡便で効果の高い接合具として、釘とビスが大量に使用されており、近年では釘に代わってビスを用いるケースが増加している。ビスは釘と比較して引き抜き抵抗が大きく、施工性も高い。さらに、解体の容易な接合具であることから、リサイクルの推進という観点からも有効な接合具といえる。しかし、ビスには多くの形状因子があり、材質や熱処理も多様である。現状ではこれらの組み合わせにより、用途に応じて多種多様なビスが製造されているが、これらの諸因子に対応した設計手法が確立されておらず、ビス接合部に関する実験データの蓄積も不十分である。このため、ビスを構造用に用いるためには基本的に個別実験を行わなければならず、ビス接合を利用した木質構造の設計は困難な状況にある。

本論文は木質構造におけるビス接合部について、さまざまな条件における実験データを提示するとともに、接合部の構造性能を推定する一連の計算手法を提案した。

第1章でビスに関する既往の研究を整理し、第2章で解析方法に関する考察を行った後、第3章では、主材、側材、接合具の条件を様々に変化させてビス接合部の一面せん断試験を行い、各因子が接合部の一面せん断性能に及ぼす影響について実験的検討を行った。

構造用面材を側材に用いた場合、釘接合では釘の引き抜けにより早期の荷重低下が見られたが、木ねじ接合ではねじ部の効果によって高いせん断性能を発揮した。木ねじ寸法を変化させたシリーズでは、木ねじ長さの増加に伴って降伏後の荷重増加が大きくなり、引き抜き抵抗によるロープ効果が確認された。鋼板を側材に用いた場合、一部のビスで頭部やねじ部の破断による脆性的な破壊形態が観察され、ビス各部の設計によってせん断性能が大きく異なることを明らかにした。

第4章ではビス接合部の一面せん断性能に関連する各種物性試験を行った。ビスの引き抜き抵抗については、ビス形状による違いは木材のばらつきと比較して小さい結果が得られ、ビス形状を考慮しなくても実用上は差し支えなく、ビスの径、長さおよび木材比重をパラメータとした式で概ね評価できることが確認された。面圧強度および曲げ強度については、ねじの谷径を用いることにより、釘やボルト等と同様に扱うことができるが、ビスの曲げ変形に対する性能はビスの材質や熱処理によって大きく異なり、外観上からは判断ができないことを指摘した。靭性の小さいビスは一面せん断変形においても脆性的な破壊形態を示すことから、ビスの使用にあたってはビスの曲げ変形性能を確認しておくことが必要といえる。曲げ変形性能のパラメータとして終局変形角を提案した。

第5章では木材-木材および鋼板-木材ビス接合部の一面せん断剛性・耐力を推定する式を提案した。初期剛性および降伏耐力については、弾性床上の梁理論およびヨーロッパ型降伏理論をもとにして拡張、簡易化を図っている。降伏後のロープ効果については、ビスの引き抜き抵抗を考慮した二次剛性・最大耐力の推定式を提案した。また、ビスの破断についても検討を加えた。第3章で行った試験結果と比較したところ、いずれのシリーズにおいても良好な推定結果となり、本推定式の有効性を確認した。

第6章ではビス接合を利用した耐力要素として、面材張耐力壁および重ね梁を取り上げ既往の研究をもとにそれらの耐力要素の構造性能を計算により求め、実験による検証を行った。計算値は実験結果を概ね推定できており、物性値と寸法のみから耐力要素の性能を推定できることを示した。

以上、本論文はビスを用いた接合部の一面せん断性能について広範な実験を行い、ビス接合部の荷重変形特性および破壊形態に関する様々な知見を得ている。また、それらの知見をもとにして一面せん断特性推定式を提案しており、それらの推定式は実験結果と良く一致した。本研究の成果によって、ビス接合された様々な耐力要素の性能を推定することが可能となり、木質構造設計への活用が期待されることから、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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