No | 124758 | |
著者(漢字) | 山根,大典 | |
著者(英字) | Yamane,Daisuke | |
著者(カナ) | ヤマネ,ダイスケ | |
標題(和) | 牛ウイルス性下痢ウイルスと先天性免疫機構との分子生物学的相互作用に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on molecular biological interactions between bovine viral diarrhea virus and innate immune system | |
報告番号 | 124758 | |
報告番号 | 甲24758 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3468号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)は、フラビウイルス科ペスチウイルス属に分類される。ペスチウイルス属にはBVDVの他に、豚コレラウイルス、羊のボーダー病ウイルスが所属するが、いずれも宿主動物の病原体として非常に重要な存在である。特にBVDVはそのゲノム構造が人の病原体として重要視されるC型肝炎ウイルス(HCV)と類似しており、両者とも持続感染する特徴を持つことから、モデルウイルスとしてしばしばHCV研究に用いられている。BVDVには細胞病原性(cp)および非細胞病原性(ncp)と生物学的性質の異なった2種類の生物型のウイルス株が存在する。ncp株が胎子に持続感染を起こすと、子牛体内でやがてcp株へと変異することによって致死的な粘膜病を引き起こすことが明らかとなっている。また、野外流行株はncp株であり、cp株は持続感染を引き起こさないことが知られている。従って、BVDVの細胞病原性発現メカニズムを明らかに出来れば、牛群からのBVDV排除法につながるばかりでなく、持続感染から粘膜病発症に至るプロセスを理解する上で有益な示唆を与えうると考えられる。 そこで、cp株を中心にアポトーシスやインターフェロン(IFN)等の先天性免疫誘導メカニズム及びウイルス-宿主間のタンパク相互作用を解析することにより、宿主先天性免疫応答を介した細胞病原性発症メカニズムについて研究を行った。 各章の要約は以下の通りである。 第一章: 細胞病原性BVDV感染細胞における外因系因子TNFαによるアポトーシス増強 BVDVの細胞病原性はアポトーシスを介していることが既に知られているが、アポトーシス誘導に至る経路については未解明である。BVDV複製効率の良い、初代牛胎子由来筋肉(BFM)細胞における遺伝子発現誘導を網羅的なRT-PCR法によって検出したところ、外因系因子であるTNFαの過剰発現がcp株感染細胞内において認められた。そこで、抗体やantisense鎖を用いてTNFαを抑制したところ、アポトーシス誘導の減少が見られた。これまでアポトーシスは内因系経路が働いているとの報告があったが、これらの結果から外因系の関与も強く示唆された。同時にiNOSの誘導もRT-PCRにより検出されたが、 NOS阻害剤であるL-NMMA添加によってはアポトーシス増強が見られたことから、iNOSは抗アポトーシス作用を誘導していることが示唆された。 第二章: 細胞病原性BVDV感染細胞における2本鎖RNA誘導性アポトーシス経路の関与 cp株感染細胞内においてTNFαやiNOSの他、IFN誘導因子であるMx1やPKR、OAS-1等の抗ウイルス因子の転写誘導が認められたことから、これらの発現誘導にどのようなウイルス因子が関与しているのかを調べた。cp株感染細胞においては、ウイルスRNA複製量がncp株と比較して顕著であったことから、ウイルスRNA複製時に複製中間体として形成される2本鎖RNAがアポトーシスの引き金なのではないかと考えた。これらのmRNAは全て、2本鎖RNAモデル化合物であるpoly(IC)によって誘導されることが示され、次に2本鎖RNAに結合することで活性化しアポトーシスを誘導する宿主因子であるOAS-1とPKR双方をRNAiによりノックダウンすると、cp株感染細胞においてアポトーシス誘導が強く抑制されたことから、2本鎖RNA形成量がアポトーシス誘導及び抗ウイルス応答の引き金として重要であることが強く示唆された。 第三章: BVDV持続感染牛の脾臓におけるウイルスRNAレベルと先天性免疫誘導との関係 BVDV持続感染(PI)牛におけるウイルスRNA複製と先天性免疫誘導との関係を調べるため、PI牛より得られた脾臓内におけるウイルスRNA量と先天性免疫因子の転写量やアポトーシス誘導レベルとの関係を回帰分析により調べた。その結果、ウイルスRNAレベルと多くの先天性免疫因子との間には有意な正の相関が認められ、ウイルスRNAレベルが高い個体ほど顕著な臨床兆候が見られたことから、in vivoにおいてもウイルスRNA複製量が宿主の先天性免疫誘導や病態形成に重要であることが示唆された。 第四章: BVDV感染MDBK細胞における酸化ストレスを介したERK活性化 細胞のシグナル伝達においては様々なキナーゼによるリン酸化カスケードが重要な役割を担う。BVDV感染細胞内においてどの様なキナーゼシグナルが働いているかを調べたところ、cp株感染MDBK細胞においてextracellular signal-regulated kinase(ERK)のリン酸化による活性化が認められた。また、cp株感染細胞上清にERKリン酸化誘導能が認められたことから、cp株感染細胞は上清中にERK活性化因子を放出していることが示された。ERKリン酸化は過酸化水素の添加や血清除去によっても誘導され、一方で抗酸化物質であるN-acetylcysteineやグルタチオン処理によって抑制されたことから、上清中に放出されたReactive oxygen speciesがERKリン酸化を誘導していることが示された。MDBK細胞においてERKリン酸化は生存や増殖を促進することが認められたが、ERKシグナルはNFkBを初めとする炎症シグナルを誘導することも知られていることから、ERKの異常な活性化は病態形成との関連が示唆される。 第五章: BVDV感染により誘導される細胞型特異的シグナル経路のマイクロアレイ解析 DNAマイクロアレイを用いてMDBK細胞及びBFM細胞内におけるBVDV感染時の遺伝子発現パターンの網羅的な解析を行った。その結果、ncp株感染においては遺伝子発現変化が殆ど無いのに対し、cp株感染細胞では顕著な遺伝子発現誘導が両細胞において認められた。cp株は両細胞において同様に細胞死を誘導するが、両細胞間において大きく異なる遺伝子発現パターンが見られた。線維芽細胞であるBFM細胞においては、主にIFN誘導因子や炎症性サイトカインの発現レベルが顕著であった。それに対し、上皮系細胞であるMDBK細胞においては小胞体ストレス関連因子の発現が特徴的である一方、IFN応答はBFMと比較して遥かに弱いレベルであった。更に、免疫制御、アポトーシス、代謝、MAPキナーゼや転写因子等のmRNAについても、両細胞間において異なるパターンの発現誘導が見られ、細胞タイプ毎に異なる機序で細胞病原性が誘導されていることが示された。 第六章: BVDV NS3によるスフィンゴシンキナーゼ活性抑制は細胞病原性と複製の増強に関与する BVDVのNS3タンパク発現はcp株でのみ顕著に認められるが、NS3の細胞内における宿主因子との相互作用については未だ知られていない。そこで、酵母2ハイブリッド法を用いてスクリーニングを行い、NS3と結合する因子としてスフィンゴシンキナーゼ1(SphK1)を同定した。NS3はSphK1の酵素活性を著しく抑制することが示され、またSphK1活性の抑制はウイルス複製を増強することが認められた。更にSphK1の過剰発現によってアポトーシス誘導が弱まったことから、NS3によるSphK1活性制御はウイルス複製に寄与するのみならず、細胞病原性発現にも深く関与していると考えられた。しかしながら、非開裂のNS2-3も同様にSphK1に結合、抑制することから、ncp株によっても同様にSphK1活性が制御されていると考えられた。 本研究において、BVDV感染により誘導されるアポトーシスやストレス経路等の細胞シグナル伝達の他、ウイルスタンパクによる直接的な宿主タンパクの機能制御メカニズムを明らかとした。近縁のHCV感染によっても同様なストレスが引き起こされることが多数報告されているが、いずれの場合においても引き金となる因子については不明のままである。細胞へのストレスは細胞傷害を伴うことから病態形成への関与が強く示唆されており、これらの現象に繋がるウイルス-宿主間相互作用を見出すことは、普遍的な病態形成メカニズムの理解へと繋がると考えられる。これまでに宿主因子制御機構が判明しているウイルス因子はNproやErnsに限られるが、これら2因子によるIFNシグナル制御のみではBVDVの持続感染成立を説明できないことが既に示されている。今後、他のウイルスタンパクについても宿主との相互作用を解明していくことが必須であると言える。BVDVは生涯を通じて持続感染する特異な性質を持つことから、未だ知られていない多様な先天性免疫制御機構を備えていると考えられる。これまでの研究はIFN経路を中心とした流れであったが、持続感染をしないA型肝炎ウイルスにおいてもHCVやBVDVと同様にIFN経路の遮断機構を備えていることが最近見出されている。このことから、IFN経路の制御は持続感染に不可欠であるというよりむしろ、ウイルスが宿主内で複製を行うために最低限必要な機能なのかもしれない。今後は、未だ多くの機能が不明なBVDVの分子間相互作用を解析することにより、新たな持続感染メカニズムを追究することで、BVDVに限らず多くのウイルスに普遍的に通じる持続感染戦略の発見へと繋がることに期待したい。 | |
審査要旨 | 牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)は、フラビウイルス科ペスチウイルス属に分類され、畜産経営上重要な病原体である。BVDVには細胞病原性(cp)および非細胞病原性(ncp)と生物学的性質の異なった2種類の生物型のウイルス株が存在し、ncp株が胎子に持続感染を起こすと、子牛体内でやがてcp株へと変異することによって致死的な粘膜病を引き起こすことが明らかとなっている。本論文では、cp株感染を中心にアポトーシスやインターフェロン(IFN)等の先天性免疫誘導メカニズム及びウイルス-宿主間の蛋白相互作用を解析することにより、宿主先天性免疫応答を介した細胞病原性発現メカニズムの解明を目指した。各章の要約は以下の通りである。 第一章においては、cp株感染細胞における外因系因子TNFαによるアポトーシス誘導機構についての解析を行い、BVDVの細胞病原性においてはTNFαの過剰発現がアポトーシス増強に関与していることを見出した。これまでアポトーシスは内因系経路のみが働いているとの報告があったが、外因系経路も細胞死の増強に関与していることが示された。続いて第二章においては、cp株感染細胞においては、ウイルスRNA複製量がncp株と比較して顕著であったことから、ウイルスRNA複製時に複製中間体として形成される2本鎖RNAがアポトーシスの引き金なのではないかと考え、cp株感染細胞におけるウイルス2本鎖RNのアポトーシス誘導における役割を解析した。cp株感染細胞から抽出したウイルス2本鎖RNAのみによってアポトーシスが誘導されることが示され、更に2本鎖RNAを認識することでアポトーシスを誘導する宿主因子であるOAS-1とPKR双方をRNAiによりノックダウンすると、アポトーシスが強く抑制されたことから、2本鎖RNA量がアポトーシス誘導の引き金として重要であることが強く示唆された。第三章においては、第一、二章で得られたin vitro における知見がin vivoに反映されるかどうかを明らかとすることを目指し、BVDV持続感染(PI)牛におけるウイルスRNAレベルと先天性免疫誘導との関係を調べた。PI牛より得られた脾臓内におけるウイルスRNA量と先天性免疫誘導因子の転写量やアポトーシス誘導レベルとの関係について回帰分析を行った結果、ウイルスRNA量とIFN誘導因子の誘導レベルとの間に有意な正の相関が認められ、更にウイルスRNA量が多い個体ほど顕著な臨床兆候が認められたことから、in vivoにおいてもウイルスRNA複製量が宿主の先天性免疫誘導や病態形成に重要であることが示唆された。第四章においてはBVDV感染における宿主のキナーゼシグナルの活性化状態についての解析を行い、cp株感染MDBK細胞においてextracellular signal-regulated kinase(ERK)のリン酸化による活性化が認められた。また、cp株感染細胞上清にERKリン酸化誘導能が認められたことから、cp株感染細胞は上清中にERK活性化因子を放出していることが示された。ERKリン酸化は過酸化水素の添加や血清除去によっても誘導され、一方で抗酸化物質であるN-acetylcysteineやグルタチオン処理によって抑制されたことから、上清中に放出されたReactive oxygen speciesによる酸化ストレスがERKリン酸化を誘導していることが示された。MDBK細胞においてERKリン酸化は生存や増殖を促進することが認められたが、ERKシグナルはNFkBを初めとする炎症シグナルを誘導することも知られていることから、ERKの異常な活性化は病態形成に繋がる可能性が考えられた。第五章では、BVDV感染によりMDBK細胞及びBFM細胞内において誘導される遺伝子発現について、マイクロアレイを用いて網羅的に解析した。その結果、ncp株感染細胞においては遺伝子発現変化が殆どみられないのに対し、cp株感染においては顕著な遺伝子発現誘導が両細胞において認められた。cp株は両細胞において同様に細胞死を誘導するが、線維芽細胞であるBFM細胞においては、主にIFN誘導因子や炎症性サイトカインの発現誘導が顕著に認められた。それに対し、上皮系細胞であるMDBK細胞においては小胞体ストレス関連因子の発現が特徴的にみられた一方で、IFN応答はBFMと比較して遥かに弱いレベルであった。更に、免疫制御、アポトーシス、代謝、MAPキナーゼや転写因子等のmRNAについても、両細胞間において異なるパターンの発現誘導が見られ、細胞タイプ毎に異なるシグナル経路を介して細胞病原性が誘導されていることが示された。第六章においてはBVDVと宿主蛋白との直接的な相互作用に焦点を当て、細胞病原性の指標となるNS3蛋白の宿主因子との相互作用についての解析を行った。酵母2ハイブリッド法を用いてスクリーニングを行った結果、NS3と結合する因子としてスフィンゴシンキナーゼ1(SphK1)を同定した。NS3はSphK1の酵素活性を著しく抑制することが示され、またSphK1活性の抑制はウイルス複製の増強に繋がることが認められた。更にSphK1の過剰発現によってアポトーシス誘導が弱まったことから、NS3によるSphK1活性制御は効率的なウイルス複製に寄与するのみならず、細胞病原性発現にも深く関与していると考えられた。しかしながら、非開裂のNS2-3も同様にSphK1に結合、抑制したことから、ncp株感染によっても同様にSphK1活性が制御されていると考えられた。 以上本論文は、BVDV感染により誘導されるアポトーシスやストレス経路等の細胞シグナル伝達の他、ウイルス蛋白による直接的な宿主蛋白の機能制御メカニズムを明らかとしたもので、学術上獣医学のみならず、医学にも貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/25046 |