学位論文要旨



No 124885
著者(漢字) 寺田,琴江
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,コトエ
標題(和) ヒト乳がんにおけるCpG island methylator phenotypeとHER2遺伝子増幅の相関
標題(洋) Strong association between the CpG island methylator phenotype and HER2 amplification in human breast cancers
報告番号 124885
報告番号 甲24885
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3305号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 講師 金内,一
 東京大学 教授 深山,正久
内容要旨 要旨を表示する

背景

乳がんは、近年本邦でも罹患率は上昇しており、特に若年者での死亡率が高いことが知られている。再発を規定する因子として、リンパ節転移の有無、ホルモン受容体(エストロゲン受容体及びプロゲステロン受容体)の発現状況、病理学的異型度、年齢(閉経状況)、腫瘍径、そしてHER2遺伝子増幅(HER2タンパク質発現)の有無などがあげられる。特に、HER2の遺伝子増幅(またはタンパク質発現)は、乳がんにおいて非常に重要な因子である。The epidermal growth factor receptor (EGFR) family のひとつである HER2の遺伝子産物の発現は、乳がんの15~30%に認められ、悪性度や予後と強く関連している。そして、HER2に対するモノクローナル抗体である trastuzumab が出現し、乳がん治療に大きく貢献している。しかしながら、HER2遺伝子増幅の分子機構やtrastuzumabの臨床効果機構の詳細はまだ知られていない。

DNAのメチル化は様々な癌の発がんや進展に関っていることが知られている。特にCpG islandsのプロモーター領域のメチル化は、ゲノムの不安定性を引き起こすことや、癌抑制遺伝子のサイレンシングをもたらす。

多数のCpG islandsのメチル化は、メチル化傾向 (the CpG island methylator phenotype : CIMP)と呼ばれて、ある種の悪性腫瘍(大腸がん、胃がんなど)の性質や臨床病理学的所見と関連している。小児悪性腫瘍である神経芽細胞腫では、MYCN遺伝子の増幅(神経芽細胞腫の予後因子)とCIMPが相関しており、さらにCIMPは予後とより良く相関していることがわかってきた。

そこで私は、CIMPと乳がん、およびHER2遺伝子増幅の関連を探求することを研究目的とし、乳がんにおける発がんやHER2遺伝子増幅メカニズムの解明に繋がることを目指した。

材料と方法

用いた検体は、原発性乳がんの手術を施行した63例の手術検体を用いた(stage I : 22例、stage II : 26例、stage III : 15例、stage IV : 0例)。これらの手術検体よりがん部および非がん部を採取し、DNAを抽出した。

HER2遺伝子増幅の判定はFISH法にて行った。

メチル化レベルの算出方法は、ゲノムDNAを抽出し、bisulfite変換をした後、定量的なメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR)にて行った。

CIMPの検討遺伝子は、乳がんでメチル化が認められている11遺伝子( LOC346978, 3OST2, GREM1, XT3, PCDH10, FLNc, THBD, COE2, CLDN3, F2R, AK5 )を用いた。また、CIMPの検討遺伝子には含めなかったが、癌抑制遺伝子である、p16, BRCA1, CDH1 の3遺伝子のメチル化レベルの検出も行った。

統計解析として、傾向解析はthe Mantel-Haenszel χ2検定を用いた。

結果

乳がん組織中の乳がん細胞含有量の測定

メチル化レベルのカットオフ値の決定のため、乳がん組織中の乳がん細胞含有量の測定を行った。摘出したがん組織のHE標本から、無作為に3か所選択し、顕微鏡下でがん細胞と、がん細胞以外の細胞の数をそれぞれ計測して、がん細胞の割合を算出した。がん細胞含有率は、22.9±0.3 % と19.8±5.2 %(平均値± 標準偏差)であった(図1)。

がん部と非がん部のメチル化レベルの比較

また、がん部より抽出されたDNAのメチル化は、がん細胞由来であるのかの確認のため、非がん部のメチル化レベルの測定を行った。手術検体より、がん部と、その同側乳腺の非がん部組織から抽出したゲノムDNAのそれぞれのメチル化レベルを比較した(図2)。11症例について、それぞれ9個の遺伝子のメチル化レベルについて検討した。ほとんどの症例と遺伝子で、がん部のメチル化レベルのほうが高いことが確認された。以上より、がん部のメチル化レベルの高さは、がん細胞由来であることが確認された。

乳がんのメチル化レベルの解析

14遺伝子のメチル化レベルを、63症例すべてに行った(図3)。メチル化レベルのカットオフ値を、10%、20%と設定し、カットオフ値以上のメチル化レベルを示すものをメチル化あり、カットオフ値未満をメチル化なし、とした(図4)。2つのカットオフ値で各検体のもつメチル化された遺伝子数の検討を行ったが(図5)、どちらも同じ傾向を示すことがわかり、CIMPの解析は10%カットオフ値で行うこととした。

乳がんにおけるCIMPの検討は、メチル化された遺伝子数によってCIMP-high, CIMP-low, CIMP-negative の3群に分類し検討した。CIMP-high を、メチル化された遺伝子数が3個以上のカットオフ数とすると、CIMP-highは16例、CIMP-lowは26例、CIMP-negaiveは21例であった。また、メチル化された遺伝子数のカットオフ数を4個以上とすると、CIMP-highは8例、CIMP-lowは34例、CIMP-negativeは21例となった。

HER2遺伝子増幅とCIMPの相関

HER2遺伝子増幅はFISH法にて解析した。乳がん63例中24例(38%)にHER2遺伝子増幅を認めた。遺伝子増幅の認められた症例におけるFISH解析による遺伝子コピー数は、2.0-16.8であった。

メチル化された遺伝子数で分類すると、CIMP-highのカットオフ数を3個以上とした場合、HER2遺伝子増幅を持つものは、CIMP-high, CIMP-low, CIMP-negative はそれぞれ、11/16、11/26、2/21であった。また、カットオフ数を4個以上とした場合、CIMP-high, CIMP-low, CIMP-negative はそれぞれ、6/8、16/34、2/21であった(図6)。HER2遺伝子増幅とメチル化された遺伝子数の相関を傾向解析したところ、メチル化された遺伝子数が多い群ほど、有意差を持ってHER2遺伝子増幅が多いことが示され(P < 0.001)、これは、2つのカットオフ数ともに、同様であった。

これに対し、遺伝子メチル化が細胞増殖に有利に働くと考えられる3つのがん抑制遺伝子、CDKN2A, CDH1, BRCA1 のメチル化と、CIMPの解析では、3つのがん抑制遺伝子いずれも、CIMPとの相関は認められなかった(表)。

乳がんの臨床病理学的所見とCIMP

HER2遺伝子増幅以外の乳がんの臨床病理学的所見の中では、高い核異型度とCIMPには有意差を持って相関が認められた ( P = 0.001)。また、相関の傾向が認められたものは、病理学的stage、閉経状態であった。しかし、リンパ節転移の有無、ホルモンレセプター ( ESR, PgR)の発現とは、相関は認められなかった(表)。

結語

本研究は、乳がんにおけるCIMPとHER2遺伝子増幅に相関が認められることを示した初めての報告である。これらは乳がんの発がんメカニズムの解明や今後の治療の発展への糸口になると考えられる。

図1 乳がん組織中のがん細胞含有量の測定

図2 がん部と非がん部のメチル化レベルの比較

図3 遺伝子による14遺伝子の乳がんのメチル化レベル

図4 11個のマーカー遺伝子と3個のがん抑制遺伝子のメチル化プロファイル

図5

図6 HER2遺伝子増幅とCIMP

表 CIMPと臨床病理学的所見および癌抑制遺伝子のメチル化の関係

CIMP-high : メチル化された遺伝子4個以上

Increasing or decreasing trends were tested by Mantel-Haenszel chi-square.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、様々ながんの発生と進展に深く関わることが知られているDNAのメチル化異常に注目し、がんの遺伝子異常と関連があると報告されているCpG アイランドメチル化形質(The CGI methylator phenotype: CIMP)と、乳がんにおけるHER2遺伝子異常についての解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. 乳がん組織中の乳がん細胞含有量の測定を、摘出したがん組織のHE標本から、顕微鏡下でがん細胞と、がん細胞以外の細胞の数をそれぞれ計測したところ、がん細胞含有率は、22.9±0.3 % と19.8±5.2 %(平均値± 標準偏差)であることが示された。

2. 手術検体におけるがん部と非がん部のメチル化レベルの測定を行ったところ、測定したほとんどの症例と遺伝子で、がん部のメチル化レベルのほうが高いことが確認された。これより、がん部のメチル化レベルの高さは、がん細胞由来であることが示された。

3. 63症例の乳がん組織中のメチル化レベルを、CIMPのマーカー遺伝子である11個、及びがん抑制遺伝子である3個の遺伝子について測定した。メチル化レベルのカットオフ値を、10%、20%と設定し、2つのカットオフ値で各検体のもつメチル化された遺伝子数の検討を行ったが、どちらも同じ傾向を示すことが示された。

4. 乳がんにおけるCIMPの検討は、メチル化された遺伝子数によってCIMP-high, CIMP-low, CIMP-negative の3群に分類し検討した。CIMP-high を、メチル化された遺伝子数が3個以上のカットオフ数とすると、CIMP-highは16例、CIMP-lowは26例、CIMP-negaiveは21例であった。また、メチル化された遺伝子数のカットオフ数を4個以上とすると、CIMP-highは8例、CIMP-lowは34例、CIMP-negativeは21例となった。

5. HER2遺伝子増幅はFISH法にて解析したところ、乳がん63例中24例(38%)にHER2遺伝子増幅を認めた。HER2遺伝子増幅をメチル化された遺伝子数で分類し、その相関を傾向解析したところ、メチル化された遺伝子数が多い群ほど、有意差を持ってHER2遺伝子増幅が多いことが示され(P < 0.001)、これは、2つのカットオフ数ともに、同様であった。

6. 3個のがん抑制遺伝子のメチル化とCIMPの解析では、3つのがん抑制遺伝子いずれも、CIMPとの相関は認められなかった。また、HER2遺伝子増幅以外の乳がんの臨床病理学的所見の中では、高い核異型度とCIMPには有意差を持って相関が認められ、病理学的stage、閉経状態とは相関の傾向が認められた。しかし、リンパ節転移の有無、ホルモンレセプターの発現とは、相関は認められなかった。

以上、乳がんにおけるCIMPとHER2遺伝子増幅に相関が認められることを明らかにした。本研究は、CIMPと乳案がんの関係を示した初めての報告である。これらは乳がんの発がんメカニズムの解明や今後の治療の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク