学位論文要旨



No 124937
著者(漢字) 小林,知法
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,トモノリ
標題(和) ケージド蛍光色素の合理的開発と生体分子の時空間イメージングへの応用
標題(洋)
報告番号 124937
報告番号 甲24937
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1290号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

蛍光イメージング技術において,光照射により蛍光特性(蛍光強度,蛍光波長)を変化させる光活性化の手法が近年注目を集めている.本手法は,光をトリガーとする故に高い時空間的分解能を有し,局所における生体分子の挙動解析や高分解能蛍光イメージングなどに利用されている.特に,遺伝子改変によって得られた種々の光活性化可能な蛍光タンパク質(photoactivatable fluorescent protein,PAFP)を用いた精力的な研究が行われているが,その問題点として,PAFPの分子量の大きさにより標的タンパク質の本来の機能や局在が損なわれてしまうこと,また,糖鎖や脂質などの遺伝子導入が不可能な生体分子に適用できないことが指摘されている.さらに,PAFPにおける光活性化特性は多くの遺伝子改変の結果偶然に得られるものであり,その機能及び構造の修飾は容易ではない.そこで本研究では,上記の問題点を克服するため,蛍光の光活性化が可能な蛍光色素(ケージド蛍光色素)を合理的に開発し,それらを用いて細胞内生体分子の時間的・空間的なダイナミクスを解明することを目的とした.

1.新規フルオレセイン類を母核とする高活性ケージドフルオレセイン類の開発と応用

代表的なケージド蛍光色素としてケージドフルオレセインが挙げられるが,その完全な活性化には2個の光分解性保護基(PRPG)を脱保護する必要があり,細胞に有害な紫外光を長時間照射しなければならないという欠点が存在した(Fig.1a).そこで私は,当教室で開発したフルオレセイン類縁体(TokyoGreen,TG)を利用することでその克服を試みた。TGsはそのベンゼン環部分の構造修飾により蛍光特性の制御が可能であり,中でも2-Me-4-OCH2COOH TGはキサンテン環の水酸基が0-アルキル型とアニオン型で劇的な蛍光量子収率(Φ(fl))の変化を生じることが明らかになっている.私は光分解性保護基であるo-ニトロベンジル基でキサンテン環を0-アルキル型に固定したケージドTGを開発した(Flg.1b).本化合物の活性化には1個のo-ニトロベンジル基を脱保護すればよく,既存のケージドフルオレセインよりも速い活性化が期待できる。キュベット中,リン酸緩衝液中においてケージドTGに350nm付近の紫外光照射を行ったところ,既存のケージドフルオレセインを上回る速やかな蛍光増大が確認された.さらに,その膜透過体をHeLa細胞に適用して単一細胞に光照射を行ったところ,既存の化合物に比べ速やかな蛍光増大が観察され,より低侵襲的な蛍光イメージングツールとしてのケージドTGの有用性が示された(Fig.1c).

2.BODIPYを蛍光骨格とした新規ケージド蛍光色素の開発とタンパク質ラベル化への応用

バイオイメージングに汎用される蛍光団であるBODIPY(borondipyrromethene)は,長波長励起,高い蛍光量子収率及びモル吸光係数,環境に依存しない安定した蛍光,光退色耐性,など優れた蛍光特性を有している.しかしながら,BODIPYはその構造中に蛍光特性の制御を可能にするような官能基を有していないため,本蛍光団を母核としたケージド蛍光色素はこれまでに報告がない.そこで私は,光誘起電子移動を蛍光制御原理に用いることでケージドBODIPYの開発を試みた.設計戦略として,代表的な光分解性保護基であるo-ニトロベンジル基と蛍光団の間での光誘起電子移動を利用することを考えた.即ち,強い電子吸引性を有するo-ニトロベンジル基とBODIPYを結合した化合物は,光照射前は蛍光団から保護基への電子移動が起こるために消光しているが,光照射後は保護基が脱離して電子移動が起こらなくなり蛍光が回復すると予想した(Fig.2a).2-OH BODIPY(1)のベンゼン環部分の水酸基をそれぞれ光化学及び電気化学特性の異なる4種類のo-ニトロベンジル基で保護した化合物群(3-6),及びニトロ基を有さないコントロール化合物(2)を合成し,その蛍光量子収率を測定したところ,保護基の還元電位との間によい相関が得られた(Fig.2b).さらに,ケージドBODIPYのフッ素部位にメトキシ基を置換して蛍光団の酸化電位を小さくしたところ,蛍光量子収率が減少したことから(Fig.2c),光誘起電子移動による蛍光の制御が実現できていることが示唆された.

次に,キュベット中,有機溶媒中にて,ケージドBODIPYに350nm付近の紫外光照射を行ったところ,DNB基を保護基とする化合物(6)において最も大きな蛍光強度増加と蛍光強度比が得られた(Fig.3a).さらに,水溶性部位としてベンゼン環部分ヘカルボン酸を導入した化合物(13)は水溶液中において光活性化能を示し(Fig.3b),DNBケージドBODIPYは周囲の環境によらず光活性化能を有することが示された.生細胞への応用として,HeLa細胞に化合物(6)をロード後,選択した細胞のみに紫外光照射を行い,照射した細胞のみを蛍光染色することに成功した(Fig.3c).

次に,DNBケージドBODIPYを用いてタンパク質のラベル化を試みた.標的タンパク質を選択的にラベル化するための手法として,SNAPtagシステムを採用した.本システムは,DNA修復酵素であるAGT(O6-alkylguanine-DNA alkyltransfbrase)の改変体を標的タンパク質に融合させ,酵素活性を利用して種々の修飾ベンジルグアニン誘導体からベンジル部位を共有結合させることができる(Fig.4a).そこで,ベンゼン環部分のカルボン酸にベンジルグアニン(BG),蛍光団に水溶性部位としてプロピオン酸を導入したBGBDP-p(HS)を合成した(Fig.4b).キュベット中での酵素との反応及びSDS-PAGEによる解析の結果から,BGBDP-P(HS)は従来用いられる基質(BGFL)と同程度の速度でAGTと反応することが確認できた.さらにBGDNBBDP-pHは,ラベル化後に酵素と複合体を形成した場合においても光活性化機能を有していることが明らかとなった(Fig.4c).そこで,EGFR-AGTの融合タンパク質を一過性に発現したCOS-7細胞にBGDNBBDP-PHを適用して,細胞膜の一部分に紫外光照射を行うことにより,EGFRの時空間イメージングを試みた.紫外光照射を行った部分のみで蛍光が増大し,EGFRを含む蛍光性の顆粒が細胞内に取り込まれる様子をイメージングすることに成功した(Fig.4d).

本研究では,光誘起電子移動を蛍光制御原理に用いることで新規ケージド蛍光色素(ケージドTG,ケージドBODIPY)の開発に成功した。これらの色素により,タンパク質のみならず従来の手法では成しえなかった糖鎖・脂質などのダイナミックイメージングが可能になることが期待される.

Figure 1. (a) Photoactivation scheme of caged fluorescein and (b) caged TokyoGreen. (c) Photoactivation of caged fluorophores in cultured HeLa cell by the irradiation of UV light (330-380 nm) for 10 s.

Figure 2. (a) Design of caged BODIPYs. (b) Structures of photoremovable protecting groups. Reduction potentials (E(red)) were determined in acetonitrile with cyclic voltammetry using the corresponding phenol ethers. (c) Oxidation potentials (upper) and fluorescence quantum yield (lower) of BODIPY substituted with fluorine and methoxy groups in different solvents.

Figure 3. (a) Fluorescence spectral change of compound 6(1 μM) in CHCl3 upon irradiation at around 350 nm. (b) Fluorescence spectral change of compound 13 (0.66 μM) in 0.1 M sodium phosphate buffered solution, pH7.4 upon UV irradiation. (c) Photoactivation of compound 6 in cultured HeLa cell.

Figure 4. (a) SNAP tag technology. (b) Structures of caged-BODIPY SNAP ligand (BGBDP-P(HS)). (C) Photoactivation of AGT-DNBBDP-PH complex on an SDS-PAGE gel. (D) Visualization of EGFR-AGT.

審査要旨 要旨を表示する

蛍光イメージング技術において,光照射により蛍光特性(蛍光強度,蛍光波長)を変化させる光活性化の手法が近年注目を集めている.本手法は,光をトリガーとする故に高い時空間的分解能を有し,局所における生体分子の挙動解析や高分解能蛍光イメージングなどに利用されている.特に,遺伝子改変によって得られた種々の光活性化可能な蛍光タンパク質(photoactivatable fluorescent protein,PAFP)を用いた精力的な研究が行われているが,その問題点としてPAFPの分子量の大きさにより標的タンパク質の本来の機能や局在が損なわれてしまうこと,また,糖鎖や脂質などの遺伝子導入が不可能な生体分子に適用できないことが指摘されている.さらに,PAFPにおける光活性化特性は多くの遺伝子改変の結果偶然に得られるものであり,その機能及び構造の修飾は容易ではない.本研究では,上記の問題点を克服するため,蛍光の光活性化が可能な蛍光色素(ケージド蛍光色素)を合理的に開発し,それらを用いて細胞内生体分子の時間的・空間的なダイナミクスを解明することを目的として行われた.

1.新規フルオレセイン類を母核とする高活性ケージドフルオレセイン類の開発と応用

代表的なケージド蛍光色素としてケージドフルオレセインが挙げられるが,その完全な活性化には2個の光分解性保護基(PRPG)を脱保護する必要があり,細胞に有害な紫外光を長時間照射しなければならないという欠点がある.小林は,薬品代謝化学教室で開発したフルオレセイン類縁体(TokyoGreen,TG)を利用することでその克服を試みた.TGsはそのベンゼン環部分の構造修飾により蛍光特性の制御が可能であり,中でも2-Me-4-OCH2COOH TGはキサンテン環の水酸基が0-アルキル型とアニオン型で劇的な蛍光量子収率(Φ(fl))の変化を生じることが明らかになっている.小林は光分解性保護基であるo-ニトロベンジル基でキサンテン環をO-アルキル型に固定したケージドTGを開発した.本化合物の活性化には1個のo-ニトロベンジル基を脱保護すればよく,既存のケージドフルオレセインよりも速い活性化が期待できる.キュベット中,リン酸緩衝液中においてケージドTGに350nm付近の紫外光照射を行ったところ,既存のケージドフルオレセインを上回る速やかな蛍光増大が確認された,さらに,その膜透過体をHeLa細胞に適用して単-細胞に光照射を行ったところ,既存の化合物に比べ速やかな蛍光増大が観察され,より低侵襲的な蛍光イメージングツールとしてのケージドTGの有用性が示された.

2.BODIPYを蛍光骨格とした新規ケージド蛍光色素の開発とタンパク質ラベル化への応用

バイオイメージングに汎用される蛍光団であるBODIPY(borondipyrromethene)は,長波長励起,高い蛍光量子収率及びモル吸光係数,環境に依存しない安定した蛍光,光退色耐性,など優れた蛍光特性を有している.しかしながら,BODIPYはその構造中に蛍光特性の制御を可能にするような官能基を有していないため,本蛍光団を母核としたケージド蛍光色素はこれまでに報告がなかった。小林は,光誘起電子移動を蛍光制御原理に用いることでケージドBODIPYの開発を試みた。設計戦略として,代表的な光分解性保護基であるo-ニトロベンジル基と蛍光団の間での光誘起電子移動を利用することを考えた.即ち,強い電子吸引性を有するo-ニトロベンジル基とBODIPYを結合した化合物は,光照射前は蛍光団から保護基への電子移動が起こるために消光しているが,光照射後は保護基が脱離して電子移動が起こらなくなり蛍光が回復すると予想した.2-OHBODIPYのベンゼン環部分の水酸基をそれぞれ光化学及び電気化学特性の異なる4種類のo-ニトロベンジル基で保護した化合物群,及びニトロ基を有さないコントロール化合物を合成し,その蛍光量子収率を測定したところ,保護基の還元電位との間によい相関が得られた。さらに,ケージドBODIPYのフッ素部位にメトキシ基を置換して蛍光団の酸化電位を小さくしたところ,蛍光量子収率が減少したことから,光誘起電子移動による蛍光の制御が実現できていることが示唆された.

次に,キュベット中,有機溶媒中にて,ケージドBODIPYに350nm付近の紫外光照射を行ったところ,DNB基を保護基とする化合物において最も大きな蛍光強度増加と蛍光強度比が得られた.さらに,水溶性部位としてベンゼン環部分ヘカルボン酸を導入した化合物は水溶液中において光活性化能を示し,DNBケージドBODIPYは周囲の環境によらず光活性化能を有することが示された。生細胞への応用として,HeLa細胞に開発した化合物をロード後,選択した細胞のみに紫外光照射を行い,照射した細胞のみを蛍光染色することに成功した.

次に,DNBケージドBODIPYを用いてタンパク質のラベル化を試みた.標的タンパク質を選択的にラベル化するための手法として,SNAP tagシステムを採用した.本システムは,DNA修復酵素であるAGT(06-alkylguanine-DNA alkyltransferase)の改変体を標的タンパク質に融合させ,酵素活性を利用して種々の修飾ベンジルグアニン誘導体からベンジル部位を共有結合させることができる.そこで,ベンゼン環部分のカルボン酸にベンジルグアニン(BG),蛍光団に水溶性部してプロピオン酸を導入したBGBDP-p(HS)を合成した.キュベット中での酵素との反応及びSDS-PAGEによる解析の結果から,BGBDP-P(HS)は従来用いられる基質(BGFL)と同程度の速度でAGTと反応することが確認できた.さらにBGDNBBDP-PHは,ラベル化後に酵素と複合体を形成した場合においても光活性化機能を有していることが明らかとなった.そこで,EGFR-AGTの融合タンパク質を一過性に発現したCOS-7細胞にBGDNBBDP-PHを適用して,細胞膜の一部分に紫外光照射を行うことにより,EGFRの時空間イメージングを試みた.紫外光照射を行った部分のみで蛍光が増大し,EGFRを含む蛍光性の顆粒が細胞内に取り込まれる様子をイメージングすることに成功した.

本研究では,光誘起電子移動を蛍光制御原理に用いることで新規ケージド蛍光色素(ケージドTG,ケージドBODIPY)の開発に成功した.これらの色素により,タンパク質のみならず従来の手法では成しえなかった糖鎖・脂質などのダイナミックイメージングが可能になることが期待される.

以上、小林が行った研究は薬学において大きな波及効果のある成果であり博士(薬学)の授与に値するものであると判断された.

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