学位論文要旨



No 124941
著者(漢字) 細田,信之介
著者(英字)
著者(カナ) ホソダ,シンノスケ
標題(和) ステロイド代替構造となるジフェニルペンタン骨格を用いた生理活性物質の創製
標題(洋)
報告番号 124941
報告番号 甲24941
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1294号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 渋谷,雅明
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ヒト体内には数万種ものタンパク質が存在しているが、そのドメインの形状(フォールド)は多くとも1,000種類程度に分類されると予測されている。すなわち複数のタンパク質ドメインが同一のフォールドを持つことになり、このようなドメインに適合するリガンド骨格は、複数のタンパク質に対するリガンドテンプレートになりうると考えられる。このようなリガンド共通構造を我々はマルチテンプレートと呼んでいる。創薬におけるリード化合物探索やケミカルバイオロジーにおけるライブラリ構築において、マルチテンプレートを基に構造展開を行うことで効率的なシードおよびリード化合物の創出が可能になると考えられる。

ステロイド骨格は天然のマルチテンプレートであると言える。ヒト体内において様々なステロイド化合物が、ホルモンをはじめとした各種生理活性物質として機能している。例えばステロイドホルモンは、対応する核内受容体を介してヒトの発生・生殖を制御している。またセコステロイド骨格を有する活性型ビタミンD3も、ビタミンD受容体(VDR)を介して細胞の分化誘導や骨代謝調節などの機能を発現しており、現在では内因性ホルモンの一種と見なされている。さらにコレステロールは多くのステロイド前駆体として重要である。コレステロール代謝物であるオキシステロールや胆汁酸は、それぞれ核内受容体であるLXR,FXRのリガンドであり、脂質代謝を制御していると考えられている。さらに二次胆汁酸であるリトコール酸がVDRの内因性アゴニストであり、胆汁酸調節に関与していることが示唆されている。

天然物・合成誘導体を問わず多くのステロイド誘導体が医薬品として用いられているが、ステロイド骨格では置換基導入の位置が限られるため、誘導体展開には限界がある。またターゲット以外の核内受容体への選択性が一般に低いこと、体内で代謝を受けやすいなどの問題点を有している。ターゲットタンパク質に合わせてデザインされた非ステロイド型誘導体もこれまでに多く創製されているが、ステロイド骨格以外の共通骨格はこれまでに存在していなかった。そこで私は本研究において、ステロイド代替骨格の探索とマルチテンプレートとしての実証を行った。

【核内受容体リガンド共通構造としてのジフェニルペンタン骨格】

私は修士課程に於いてVDRリガンドとして知られていた3,3-ジフェニルペンタン(DPP)誘導体2の構造展開を行い、VDRではなくアンドロゲン受容体(AR)選択的に結合する4を見出した。VDR,ARのいずれもステロイドをリガンドとして認識することから、DPP骨格がステロイドに代わる核内受容体リガンドテンプレートになりうると考え、他の核内受容体に対してDPP骨格によるリガンド創製を試みた。

FXRもCDCA(5)などのステロイド誘導体を内因性リガンドとしているため、DPP骨格によるFXRリガンド創製が可能であると考えた。そこで既知の合成FXRアゴニストであるGW4064(6)のイソキサゾール構造をDPP骨格に導入した9をデザイン・合成し、 FXRリガンドとなりうるか検証を行った。

9は、内因性リガンドであるCDCA(5,EC(50)=11.7μM)を上回る強いアゴニスト活性を示した(EC(50)=3.4μM)。さらに9は10μMにて他の核内受容体を転写活性化せず、FXR選択的アゴニストであることを明らかにした。

また同様の手法を用いて、同じく核内受容体であるプロゲステロン受容体(PR)に対するDPP型アンタゴニスト17の創製にも成功した。これらDPP誘導体は合成も容易であり、高い受容体選択性を示しているものも認められることから、DPP骨格がステロイド骨格に代わる新たな核内受容体リガンド共通テンプレートとして機能することが示唆された。

【DPP骨格による5α還元酵素阻害剤の創製】

DPP骨格がステロイド代替骨格として機能するならば、核内受容体以外のターゲットタンパク質にも有用なテンプレートになりうることが期待される。そこでステロイド型阻害剤が知られている5α還元酵素(5αR)に着目し、DPP骨格による阻害剤創製を試みた。

5αRはステロイド産生酵素の一つであり、特にテストステロンの代謝活性化酵素として重要である。テストステロンの活性本体であるジヒドロテストステロン(DHT)の産生が過剰になると、前立腺肥大症・前立腺癌・男性型脱毛症が増悪することが知られている。フィナステリド(18)などの5αR阻害薬はDHTの産生を抑制するため、前立腺肥大症や男性型脱毛症の治療薬として臨床適用されている。

既知のステロイド型5αR阻害剤である4-MA(20)を基に、DPP骨格を有する21aをデザインし、更に構造最適化を行った。阻害活性はヒト前立腺癌細胞LNCaP中の5αRに対する阻害率で評価した(Table 1)。構造最適化の結果、競合阻害を示す36k(IC(50)=0.84μM)を見出している。これにより、DPP骨格が核内受容体以外のターゲットに対してもステロイド代替骨格として機能しうることが示された。

また、化合物21dをべースとして中央骨格の構造活性相関の検討を行った。その結果、核内受容体VDRおよびARに対するリガンド創製の場合と同様に、ジエチル基(すなわちDPP骨格)を持つ21d以外では活性が低下した(Table 2)。これより、DPP骨格がステロイド代替骨格として最も適切であり、ジエチル基がそのコンフォメーション維持に必須であることが示唆された。

【DPP骨格によるHMG-CoA還元酵素阻害剤の創製】

HMG-CoA還元酵素(HMGR)はコレステロール生合成経路における律速酵素である。フルバスタチン(51)などのスタチン系と総称される既存のHMGR阻害薬は、コレステロール生合成を抑制し肝細胞LDL受容体の発現量を増加させるため、血中コレステロール量取り込み量が増大してこれを低下させる。

一方でHMGRは血中コレステロール量により負のフィードバックを受けており、25-hydroxycholesterol(53)などのコレステロール代謝物はin vitroでHMGRに対する阻害作用を示す。よって、DPP骨格を用いてコレステロール代謝物を模倣することで、新規骨格によるHMGR阻害剤が創製できると考えた。またフルバスタチン(51)等の構造比較から、スタチン類の主要なファーマコフォアはP-フルオロフェニル基とメバロン酸類似側鎖と考えられる。そこでFragment-based drug design(FBDD)およびfocused libraryの手法を取り入れ、ステロイド代替骨格となるDPP骨格へこれらのファーマコフォアを導入することで、新規構造を有するHMGR阻害剤の創製を試みた。

合成したDPP型誘導体についてマウス肝ミクロソームを用いた阻害試験を行ったところ(Table 3)、R4無置換の64aは阻害活性を示さなかったが、R4にイソプロピル基を導入した64bには阻害活性が認められたことから、R4への疎水性置換基の導入が活性向上に必須であることが示唆された。フルオロフェニル基の導入位置を検討した結果、R4に導入した79bが最も高い活性を示した(IC(50)=0.15μM)。

以上のように、FBDDの手法を用いDPP骨格に既知のフラグメントを導入することで、新規骨格を有するHMGR阻害剤の創製に成功した。この結果は、DPP骨格がFBDD手法に対しても有効に機能しうる、汎用性の高い骨格であることを意味している。

【総括】

私は本研究において、ステロイド骨格をマルチテンプレートであると捉えた上で、より医薬化学的に扱いやすい代替構造としてDPP骨格を見出した。各種核内受容体に対するリガンドやステロイド代謝酵素阻害剤の創製を行い、DPP骨格がステロイド骨格に代わるマルチテンプレートとして、またFBDDにおけるテンプレートとして機能しうることを実証した。本研究の手法はリード化合物の効率的創出を実現するための新たな創薬手法になりうると考えている。

Table 1.5αR inhibitory activities of DPP derivatives.

Table 2. SAR of diphenyl-X analogs.

Table 3. HMGR-inhibitory activity of DPP derivatives.

審査要旨 要旨を表示する

ステロイド誘導体は強力かつ多彩な生理作用を有しており、医薬品に数多く用いられている。しかしステロイド骨格は置換基導入の位置が限られるため、誘導体展開には限界がある。また核内受容体への選択性が一般に低いこと、体内で代謝を受けやすいなどの問題点を有している。ターゲットタンパク質に合わせてデザインされた非ステロイド型誘導体も数多く報告されているが、ステロイド骨格以外の共通骨格はこれまでに存在していなかった。

細田信之介は、ステロイド代替構造となるジフェニルペンタン骨格を見出し、この骨格を用いて各種生理活性物質の創製研究を行った。

1.核内受容体リガンド共通構造としてのジフェニルペンタン骨格

細田はVDRリガンドとして知られていた3,3-ジフェニルペンタン(DPP)誘導体1の構造展開を行い、VDRではなくアンドロゲン受容体(AR)へ選択的に結合する2を見出した。VDR,ARはいずれもステロイドをリガンドとして認識しうるため、DPP骨格がステロイドに代わる核内受容体リガンドテンプレートになりうると考え、他の核内受容体に対してDPP骨格によるリガンド創製を試みた。

核内受容体の一種であるファルネソイドX受容体(FXR)もCDCA(3)などのステロイド誘導体を内因性リガンドとしているため、DPP骨格によるFXRリガンド創製が可能であると考えた。そこで既知の合成FXRアゴニストであるGW4064のイソキサゾール構造をDPP骨格に導入した化合物4をデザイン、合成した。

4は、内因性リガンドであるCDCA(3,EC(50)=11.7μM)を上回る強いアゴニスト活性を示した(EC(50)=3.4μM)。さらに4は10μMにて他の核内受容体を転写活性化せず、FXR選択的アゴニストであることを明らかにした。

また同様の手法を用いて、同じく核内受容体であるエストロゲン受容体(ER)およびプロゲステロン受容体(PR)に対するDPP型リガンドの創製にも成功した。これらDPP誘導体は合成も容易であり、高い受容体選択性を示しているものも認められることから、DPP骨格がステロイド骨格に代わる新たな核内受容体リガンド共通テンプレートとして機能することが示唆された。

2.DPP骨格による5α還元酵素阻害剤の創製

DPP骨格がステロイド代替骨格として機能するならば、核内受容体以外のターゲットタンパク質にも有用なテンプレートになりうることが期待される。そこでステロイド型阻害剤が知られている5α還元酵素(5αR)に着目し、DPP骨格による阻害剤創製を試みた。

5αRはステロイド産生酵素の一つであり、特にテストステロンの代謝活性化酵素として重要である。テストステロンの活性本体であるジヒドロテストステロン(DHT)の産生が過剰になると、前立腺肥大症や男性型脱毛症が増悪することが知られている。フィナステリドなどの5αR阻害薬はDHTの産生を抑制するため、これらの疾患の治療薬として臨床適用されている。

既知のステロイド型5αR阻害剤4-MA(5)を基に、DPP型阻害剤6をデザインした。更に構造最適化を行った結果、5αR競合阻害を示す7(IC(50)=0.84μM)を見出した。これにより、DPP骨格が核内受容体以外のターゲットに対してもステロイド代替骨格として機能しうることが示された。

3.DPP骨格によるHMG-CoA還元酵素阻害剤の創製

HMG-CoA還元酵素(HMGR)はコレステロール生合成経路における律速酵素である。スタチン系と総称される既存のHMGR阻害薬は、コレステロール生合成を抑制し肝細胞LDL受容体の発現量を増加させるため、血中コレステロールの取り込み量が増大してこれを低下させる。

フルバスタチンを含むスタチン類の主要なファーマコフォアはp-フルオロフェニル基とメバロン酸類似側鎖であるとされている。そこで細田はfragment-based drugd design(FBDD)およびfocused libraryの手法をも取り入れ、ステロイド代替骨格となるDPP骨格へこれらのファーマコフォアを導入することで、新規構造を有するHMGR阻害剤の創製を試みた。

合成したDPP型誘導体についてマウス肝ミクロソームを用いた阻害試験を行ったところ、R2無置換の8は阻害活性を示さなかったが、R2にイソプロピル基を導入した9には阻害活性が認められたことから、R2への疎水性置換基の導入が活性向上に必須であることが示唆された。フルオロフェニル基の導入位置を検討した結果、R2に導入した12が最も高い活性を示した(IC(50)=0.15μM)。

以上のように、FBDDの手法を用いDPP骨格に既知のフラグメントを導入することで、新規骨格を有するHMGR阻害剤の創製に成功した。この結果は、DPP骨格がFBDD手法に対しても有効に機能しうる、汎用性の高い骨格であることを意味している。

以上細田は、ステロイド骨格をマルチテンプレートであると捉えた上で、より医薬化学的に扱いやすい代替構造としてDPP骨格を見出した。各種核内受容体に対するリガンドやステロイド代謝酵素阻害剤の創製を行い、DPP骨格がステロイド骨格に代わるマルチテンプレートとして、またFBDDにおけるテンプレートとして機能しうることを実証した。これらの手法はリード化合物の効率的創出を実現するための新たな創薬手法になりうることから、本研究結果は医薬化学の発展に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に充分値するものと認められる。

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