No | 124944 | |
著者(漢字) | 元木,理絵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モトキ,リエ | |
標題(和) | トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉付加反応の開発および抗結核薬R207910の効率的合成法の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124944 | |
報告番号 | 甲24944 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1297号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉付加反応の開発 トリフルオロメチル基は疎水性、電子求引性などを有し、また生体内においても代謝安定性を示すことから医薬品や農薬の開発において利用価値が高い。しかしながらトリフルオロメチル基で置換された光学活性三級アルコールの一般性高い合成は、研究開始当初ほぼ未開拓な領域であった。反応様式としてトリフルオロメチルケトンに対する求核剤の触媒的不斉付加に焦点をしぼり、医薬化合物ライブラリーに多様性をもたらせることを目的として研究を行った。 (1)トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉ビニル化・フェニル化反応1) 当研究室ではこれまでアルデヒドに対するビニル化およびフェニル化反応を報告2)している。この系をトリフルオロメチルケトンに対して適用したところ、低収率ながらビニル化体の生成が確認された。低収率にとどまった要因として、電子求引性のトリフルオロメチル基のためにメトキシ基のケトンへの付加が副反応として起こったからではないかと予想した。そこで、そこでビニルシラン上のメトキシ基の一つをメチル基に置換し、メトキシ基の銅触媒へのトランスメタル化を確率的に抑制する戦略を試みたところ、劇的な収率の向上が観測された。また、この触媒系で同様にフェニル化反応も進行することを見出した。 (2)トリフルオロメチルケトンに対する触媒的アルキニル化反応3) 前述のビニル化・フェニル化反応では、シリル基で置換されたビニル基およびフェニル基を用いなければならないことから等量のシリル化物が副生してしまうという問題点があった。より効率的な合成法を指向し、シリル基を用いない直接的な反応の開発を検討した。 これまで当研究室では銅アルコキシドのユニークな性質を利用した、アルデヒドへのニトリルアルドール反応を報告している。この反応ではニトリルがソフトな性質を有する銅に配位することでα位の酸性度が向上し、選択的な脱プロトン化を可能としている。同様に、銅アルコキシドを用いて酸性度の高いトリフルオロメチルケトンのαプロトン存在下末端アセチレンを選択的に脱プロトン化し、活性種である銅アセチリドが生成できるのではないかと考えた。 種々の条件を試みた結果、一価の銅トリフラートとカリウムブトキシドから調製した銅アルコキシドをリン配位子存在下に末端アルキンと混合することで、トリフルオロメチルケトンに対して効率的に付加反応が起こることを見出した。またさらに検討をすすめる中で、ジアミン系の配位子も用いることができることが分かった(Scheme 2)。Cu-ジアミン触媒系のアルキニル化では、空気中で安定な二価の銅トリフラートを用いることができること、不斉化を検討する上で多様な配位子の合成が容易であることなどが利点としてあげられる。またこの反応はエノール化しやすい脂肪族ケトンや、多様な変換が可能なシリル基で保護した末端アセチレンを用いることも可能であり、一般性高い触媒系であるといえる。なお初期的な検討ではあるが触媒的不斉反応への応用例として、20mol%のPh-Pyboxを用いた場合に52%eeにて目的物を得ることに成功している。 また、医薬化合物合成への展開に向けた初期的な取り組みによって、抗HIV薬DPC961中間体に類似した化合物を低収率ながら得ることに成功している。これらの例は触媒回転効率・選択性ともにいまだ大幅な改善の余地が残るが、トリフルオロメチルケトンおよびケトイミンに対して触媒的に不斉アルキニル化反応が進行した初めての例であり、実用的な不斉アルキニル化反応の開発が原理的に可能であることが示せたのではないかと考えられる。 2.抗結核薬R207910の効率的合成法の開発 結核はHIV/AIDSおよびマラリアとともに三大感染症とよばれ、多剤耐性菌などの出現によって今なお人類の生存と安全を脅かす存在である。しかしながらここ40年間もの間新規の化学構造や作用機序を示す強力な新薬は全く開発されておらず、強力な活性を有する新規抗結核薬の開発が望まれている。 R207910はJohnson & Johnson社によって開発された人工のジアリールキノリン系の化合物であり、既存の抗結核薬に比べて非常に強い抗菌活性を有する4)。また、既存の薬とは異なる作用機序を示すことから多剤耐性菌をも標的とした新しい結核治療薬として有望視されている。 R207910は不斉炭素を二つ有することから、4種類の異姓体が存在する。Johnson & Johnson社はこれら4つの混合物を非選択的に合成したのちに、抗菌活性を有する立体異性体を光学活性なカラムで精製することによりマイナー成分として単離している。抗結核薬R207910の立体選択的合成法の確立を目標として研究を開始した。 (1)逆合成解析 合成の鍵となるのが不斉四置換炭素を含む連続する二つの不斉中心をいかに構築するかである。当研究室で開発された触媒系を元に、一つ目の不斉点を触媒的不斉プロトン化により、さらにその基質に対するジアステレオ選択的なアリル化によって二つ目の不斉点である三級アルコールを構築することとした(Scheme 4)。 (2)不斉プロトン化 1-ヨードナフタレンとフェニルアセチレンから5工程にてシリルエノールエーテルを合成した。共同研究者とともに開発5)したガドリニウム-FujiCAPO錯体を用いて不斉プロトン化を行い、一つ目の不斉点の構築を検討した。リガンドのチューニングによって現在のところ最高61% eeにて目的物を得ることに成功している。 (3)ジアステレオ選択的な触媒的アリル化とR207910の合成 共同研究者と共にジアステレオ選択的なアリル化を検討した。当研究室で開発された触媒的不斉アリル化をそのまま用いた場合にはジアステレオ比がほぼ1:1だったのに対して、ZnCl2およびホスホニウム塩を添加した場合に6:1と選択性が劇的に向上した。その後変換を行い、総計13工程にてR207910へと導くことに成功した。 Scheme 1. Cu-Catalyzed asymmetric vinylation and phenylation Figure 1. Catalytic Asymmetric Alkynylation of Trifluoromethyl Ketones Scheme 2. Cu-Catalyzed alkynylation Scheme 3. Preliminary Study for DPC961 Scheme 4. Retrosynthetic analysis of R207910 Scheme 5. Catalytic asymmetric protonation Scheme 6. Catalytic diastereoselective allylation and conversion to R207910 | |
審査要旨 | 元木は、「トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉付加反応の開発および抗結核薬R207910の効率的合成法の開発」というタイトルで、以下の研究をおこなった。 1.トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉付加応の開発 (1)トリフルオロメチルケトンに対する触媒的不斉ビニル化・フェニル化反応 フッ化銅-DTBM-SEGPHOS錯体を触媒として、ビニルシランやフェニルシランのトリフルオロメチルケトンへの触媒的不斉付加反応を開発した。 (2)トリフルオロメチルケトンに対する触媒的アルキニル化反応 銅アルコキシドを用いて酸性度の高いトリフルオロメチルケトンの存在下末端アセチレンを選択的に脱プロトン化し、活性種である銅アセチリドが生成できるのではないかとの着想のもと、一価の銅トリフラートとカリウムブトキシドから調製した銅アルコキシドをリン配位子錯体による、トリフルオロメチルケトンに対する直接的触媒的アルキニル化反応を確立した。また、ジアミン系の配位子も用いることができることが分かった。Cu-ジアミン触媒系のアルキニル化では、空気中で安定な二価の銅トリフラートを用いることができること、不斉化を検討する上で多様な配位子の合成が容易であることなどが利点としてあげられる。またこの反応はエノール化しやすい脂肪族ケトンや、多様な変換が可能なシリル基で保護した末端アセチレンを用いることも可能であり、一般性高い触媒系であるといえる。初期的な検討ではあるが触媒的不斉反応への応用例として、20mol%のPh-Pyboxを用いた場合に52%eeにて目的物を得ることに成功している。 2.抗結核薬R207910の効率的合成法の開発 R207910はJohnson & Johnson社によって開発された人工のジアリールキノリン系の化合物であり、既存の抗結核薬に比べて非常に強い抗菌活性を有する。また、既存の薬とは異なる作用機序を示すことから多剤耐性菌をも標的とした新しい結核治療薬として有望視されている。元木は、不斉希土類触媒による不斉プロトン化とフッ化銅触媒によるケトンに対するジアステレオ選択的アリル化反応を鍵工程として用いて、R207910の世界初の不斉合成ルートを開発した。 1-ヨードナフタレンとフェニルアセチレンから5工程にてシリルエノールエーテルを合成した。共同研究者とともに開発したガドリニウムーFujiCAPO錯体を用いて不斉プロトン化を行い、一つ目の不斉点の構築を検討した。リガンドのチューニングによって現在のところ最高61% eeにて目的物を得ることに成功している また共同研究者と共にジアステレオ選択的なアリル化を検討した。当研究室で開発された触媒的不斉アリル化をそのまま用いた場合にはジアステレオ比がほぼ1:1だったのに対して、ZnCl2およびホスホニウム塩を添加した場合に6:1と選択性が劇的に向上した。その後変換を行い、総計13工程にてR207910へと導くことに成功した。 以上の業績は、生物活性分子の触媒的不斉合成に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |