学位論文要旨



No 124947
著者(漢字) 山田,耕平
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,コウヘイ
標題(和) Anisatinの合成研究
標題(洋)
報告番号 124947
報告番号 甲24947
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1300号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

Anisatin(1)は、Laneらによりシキミの種から有毒成分として単離された化合物である(1))。GABAa受容体アンタゴニストとして作用することから、神経薬理学研究に用いられている。平田らにより構造決定がなされ、2つの四級炭素を含む8つの連続した不斉炭素と、スピロβ-ラクトンをもつ多官能性のセスキテルペンであることが明らかとなった(2))。多くの合成研究が行われてきたが、全合成は山田らによる一例のみである(3))。筆者は、この複雑な構造を持つ1の全合成研究に着手した。

【逆合成解析】

逆合成解析をScheme1に示す。二つのラクトンをカルボン酸とアルコールに切断し、cisジオールはピナコールカップリングにより構築できるものとすると、前駆体として高度に置換されたシクロヘキサン2を考えることが出来る。2のC8位の炭素とC10位のメチル基を逆合成的に結合させ、ビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物3とした。C4位の四級炭素は、ケトンを足がかりに誘導出来るものとすると、ジケトン4となる。そして二つの矢印で示した官能基をリンカーとして結合させると、化合物5となる。この鍵中間体5のビシクロ[2.2.2]骨格は、Liaoらの方法論を用いて、ジヒドロベンゾピラン7から得られるオルトキノンモノケタール6の分子内Diels-Alder反応により構築することとした(4))。

【結果・考察】

鍵中間体5の合成を以下のように行った(Scheme2)。フェノール8とアルコール9を、光延反応を用いてエーテルとした後、Claisen転位を行ない10とした。10の二重結合を、ヒドロホウ素化と引き続く酸化により、アルコールとした後に、分子内光延反応を用いてジヒドロベンゾピラン11を得た。続いてTBDPS基を除去し、生じた水酸基をプロパルギル化した後、フェノール性水酸基を脱保護し、Diels-Alder反応前駆体である7を合成した。

この得られた前駆体7を、メタノール中、ジアセトキシヨードベンゼンを用いて酸化することにより、ケタールのジアステレオマーが1:1の混合物として、オルトキノンモノケタール6を生成した。混合物のまま6をトルエン中、加熱還流させると、双方のジアステレオマー共に分子内Diels-Alder反応は進行し、ビシクロ[2.2.2]骨格を構築することができた。ケタールのジアステレオマーに関してはメタノール中、酸性条件下、異性化を行なったところ、熱力学的に安定な一方の異性体へと収束し、鍵中間体である5を良好な収率で得ることができた。

ビシクロ[2.2.2]骨格を有する鍵中間体5を合成できたので、スピロβ-ラクトンが有するC4位四級炭素の構築を行なうこととした(Scheme3)。5をHorner-Wadsworth-Emmons反応で二炭素増炭した後にエステルを還元し、アリルアルコール12とした。12を、ヨウ化メチルトリブチルスズを用いてアルキル化し、13とした。そのままワンポットにてHMPA存在下、メチルリチウムを作用させ、スズ-リチウム金属交換を行なったところ、2,3-シグマトロピー転位が進行し、四級炭素を有するホモアリルアルコールを単一のジアステレオマーとして与えた。生じた一級水酸基はベンジルにて保護し15とした。

二つの不斉四級炭素の立体選択的な構築ができたので、ビシクロ骨格の開裂を行なうこととした(Scheme4)。オレフィンの開裂にオゾン分解を用いたところ、電子密度の高い三置換オレフィン選択的に開裂が進行し、16を生成した。ジメチルスルフィドによる還元処理の後に、炭酸カリウムを作用させると、オレフィンの異性化が起こり、α,β-不飽和アルデヒド17が得られた。

α-ヒドロキシラクトンの足掛かりとなるエノールエーテルの構築を行なった(Scheme5)。アルデヒドとケトンを還元し、生じた一級水酸基選択的に保護基を導入し、18とした。二級水酸基をキサンテート基へと変換し、Chugaev反応を用いてラクトン構築の足がかりとなるエノールエーテル19を得た。

α-ヒドロキシラクトン構築の前にシクロペンテン環の構築を行なった(Scheme6)。20のケタールを加水分解した後に、生じた一級水酸基をヨウ素へと変換し、21とした。このものにt-BuLiを作用させると、ハロゲンーリチウム交換が起こり、生じたアルキルリチウムによる近傍のケトン基への求核付加が進行し、シクロペンタノール22が得られた。生じた三級水酸基はBurgess試薬を用いて脱水し、シクロペンテン23を得た。

α-ヒドロキシラクトンの構築を行なった(Scheme7)。23に対して、メタクロロ安息香酸を作用させるとエポキシ化と引き続くエポキシド開環により生じたオキソカルベニウムイオンに対し、メタクロロ安息香酸または水が付加した化合物が混合物24として得られた。この混合物を加水分解した後に、TEMPOを用いてラクトールを選択的に酸化し、α-ヒドロキシラクトン26を合成した。

このα-ヒドロキシラクトンを転位させる前駆体を合成した(Scheme8)。二級水酸基をMOM基にて保護した後に、TIPS基を除去し、アリルアルコール27とした。このものをSharplessのエポキシ化の条件に附したところ、MOM基を避ける形で位置、及び立体選択的に反応が進行し28を与えた。不用となった一級水酸基は、ヨウ素化の後にシアノ水素化ホウ素ナトリウムを用いて穏和な条件で反応を行なうことで、エポキシドを損なうことなく還元することが出来た。

得られた前駆体29を用いてラクトンの転位を行なった(Scheme9)。アンモニア水を用いてメタノール中、加熱させるとアンモノリシスが進行し、アミド30が生成した。このものを酸性処理したところ、エポキシドの活性化に伴うカルボニル基からの求核反応により、目的のラクトンの転位は進行し、オキサビシクロ[3.3.1]骨格をもつ化合物32を85%にて得ることができた。

オキサビシクロ[3.3.1]化合物32が合成できたので、不用となった水酸基の除去を行なった(Scheme10)。32をフェノキシチオノカーボネート33へと変換した後に、ラジカルを用いた還元の条件に附すことで、メチル基へと変換することが出来た。

1) J. F. Lane et al., J. Am. Chem. Soc., 1952, 74, 3211.,2) Y. Hirata et al., Tetrahedron, 1968, 24, 199.,3) K. Yamada et al., J. Am. Chem. Soc., 1990, 112, 9001.,4) Liao et al., Acc. Chem. Res., 2002, 35, 856.

Scheme1

Scheme2

Reagents and conditions:(a) DEAD, Ph3P, toluene, 91%;(b) N,N-diethylaniline, 230℃, 85%;(c) BH3-Me2S, THF; aq. NaOH, H2O2, 72%;(d) DEAD, Ph3P, toLuene, 92%;(e) TBAETHF, quant;(f) NaH, propargyl bromide, THF-DMF, 86%;(g) cat. CSA, MeOH, 50℃, quant.;(h) PhI(OAc)2, MeOH;(i) toluene, reflux;(j) cat. CSA, MeOH, 50℃, 75%(3steps).

Scheme3

Reagents and conditions:(a)(EtO) 2P (O) CH2CO2Et, KHMDS, toluene, reflux, 91%;(b) LAH, THF;(c) n-Bu3SnCH2I, KH, THF;(d) MeLi, HMPA, -78℃, 72% (2 steps).(e) BnBr, NaH, TBAI, THF-DMF, 50℃, quant.

Scheme4

Reagents and conditions:(a) O3, CH2Cl2-MeOH, -78℃; Me2S; K2CO3, 0℃, 86%

Scheme5

Reagents and conditions:(a) LAH, THF;(b) TIPSCl, imidazole, DMF, 84% (2 steps);(c) CS2, MeI, NaH, DMF-THF, 86%;(d) 2, 6-di-t-butyl-p-cresol, Ph2O, 230℃, 75%

Scheme6

Reagents and conditions:(a) AcOH, H2O, THF;(b) I2, imidazole, Ph3P, THF, 80% (2 steps);(c) t-BuLi, THF, -78℃;(d) Burgess rgt, THF, 60℃, 50% (2 steps)

Scheme7

Reagents and conditions:(a) mCPBA, CH2CI12, 0℃;(b) aq. NaOH, MeOH;(c) TEMPO, NCS, n-Bu4NCI, CH2Cl2, buffer, 74% (3 steps)

Scheme8

Reagents and conditions:(a) MOMCl, NaH, TBAI, THF-DMF;(b) TBAF, THF, 85% (2 steps);(c) VO(acac)2, TBHP, CH2Cl2;(d) I2, imidazole, imidazole, Ph3P, THF;(e) NaHBH3CN, THF-HMPA, 66℃, 62% (2 steps)

Scheme9

Reagents and conditions:(a) aq. NH3, MeOH, 65℃;(b) aq. HCl, AcOEt, O℃, 85%

Scheme10

Reagents and conditions:(a) CIC (S) OPh, Py, DMAP, MeCN, 0℃, 73%;(b) AIBN, n-BusSnH, toluene, 100℃, 68%

審査要旨 要旨を表示する

Anisatin(1)は、Laneらによりシキミの種から有毒成分として単離された、特徴的なスピロβ-ラクトンをもつ多官能性のセスキテルペンである。多くの合成研究が行われてきたが、全合成は名古屋大学の山田らによる一例のみである。山田は、この複雑な構造を持つ1の全合成研究を行なった。

まず山田は鍵中間体9の合成を以下のように行った(Scheme1)。2と3を、光延反応を用いてエーテルとした後Claisen転位を行ない4とした。4の二重結合をヒドロホウ素化と引き続く酸化によりアルコールとし、分子内光延反応を用いてジヒドロベンゾピラン5を得た。続いてTBDPS基を除去、プロパルギル化、脱保護により、Diels-Alder反応前駆体6を合成した。6をメタノール中、ジアセトキショードベンゼンを用いて酸化し、ケタールのジアステレオマーが1:1の混合物として、オルトキノンモノケタール7を生成した。混合物のまま7をトルエン中、加熱還流させることで分子内Diels-Alder反応を行ない、ビシクロ[2.2.2]化合物8、9を得た。そしてメタノール中、酸性条件下、異性化を行ない熱力学的に安定な一方の異性体へと収束させ、鍵中間体である9を得た。

ビシクロ【2.221骨格を有する鍵中間体9を合成できたので、スピロβ-ラクトンの四級炭素の構築を行なった(Scheme2)。9を二炭素増炭した後にエステルを還元し10とした。10に対しヨウ化メチルトリブチルスズを用いてアルキル化し11とした。そのままワンポツトにてHMPA存在下、メチルリチウムを作用させスズーリチウム金属交換を行ない、2,3-シグマトロピー転位により、ホモアリルアルコール12を単一のジアステレオマーとして得た。一級水酸基はベンジルにて保護し13とした。

二つの四級炭素の立体選択的な構築ができたのでビシクロ骨格の開裂を行なった(Scheme 3)。オゾン分解を用いて、電子密度の高い三置換オレフィン選択的な開裂を行なうことで14を生成した。還元処理の後に炭酸カリウムを作用させ、オレフィンの異性化を行ない、α,β,-不飽和アルデヒド15を得た。

次に、α-ヒドロキシラクトンの足掛かりとなるエノールエーテルの構築を行なった(Scheme4)。先ず、二つのカルボニル基を同時に還元し、生じた一級水酸基を選択的に保護して16とし、残る二級水酸基をキサンテート基へと変換し、Chugaev反応を用いてエノールエーテル18を得た。

この段階でケタール構造より堅固なシクロペンテン環の構築を行なった(Scheme5)。18のケタールを加水分解し、生じた一級水酸基をヨウ化体に変換して19を得た。このものにかBuLiを作用させると、生じたアルキルリチウムが近傍のケトン基へ求核付加して20が得られた。生じた三級水酸基はBurgess試薬を用いて脱水し、シクロペンテン21を合成した。

エノールエーテル21からα-ヒドロキシラクトン26への変換に向けて、まず過酸酸化によるエポキシ化を行った(Scheme6)。生じたエポキシドは直ちに開環してメタクロロ安息香酸または水が付加した化合物を混合物として与えた。この混合物を加水分解した後に、TEMPOを用いてラクトールを選択的に酸化し、α-ヒドロキシラクトン26が得られた。

MOM基の導入、TIPS基の除去により25とし、続くエポキシ化により26を得た。不用となった一級水酸基は、ヨウ素化の後にシアノ水素化ホウ素ナトリウムを用いた穏和な条件で還元しメチル体27とした(Scheme7)。

ラクトンのまき直しの前段階として27を加アンンモニア分解し、アミド28を得た。このものを酸処理するとエポキシドの活性化に伴うカルボニル基の求核反応によりラクトン化が進行し、anisatinの基本骨格を有するラクトン体30が得られた。次いで、フェノキシチオノカーボネートを導入した後にラジカル的還元の条件に付すことで、メチル体32へと変換することが出来た(Scheme 8)。

以上のように、山田は分子内Diels-Alder反応により形成したビシクロ【2.22】骨格を利用し、anisatinの母骨格の構築に成功し、その全合成への道を切り開いた。この成果は薬学研究に寄与するところ大であると考えられる。従って、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme1

Reagents and conditions: (a) DEAD, Ph3P, toluene, 91%; (b) N,N-diethylaniline, 230℃, 85%; (c) BH3・Me2S, THF; aq. NaOH, H202, 72%; (d) DEAD, Ph3P, toluene, 92%; (e) TBAF, THF, quant.; (f) NaH, propargyl bromide, THF-DMF, 86%; (g) cat. CSA, Me0H, 50 ℃, quant.; (h) PhI(OAc)2, Me0H; (i) toluene, reflux; (j) cat. CSA, Me0H, 50 ℃, 75% (3 steps).

Scheme2

Reagents and conditions: (a) (EtO)2 P(0)CH2CO2Et, KHMDS, toluene, renux, 91%; (b) LAH, mF; (c)n-Bu3SnCH21, KH, THF; (d)MeLi, HMPA, -78℃, 72%(2 steps); (e)BnBr, NaH, THF-DMF, 50℃, quant.

Scheme 3

Reagents and condidons: (a)O3, CH2Cl2-MeOH,-78℃;Me2S; K2CO3,0℃, 86%

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) LAH, THF; (b) TIPSC1, imidazole, DMF, 84% (2 steps); (c) CS2, Mel, NaH, DMF-THF, 86%; (d) 2,6-di-t-butyl-p-cresol, Ph20, 230℃, 75%

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) AcOH, H2O, THF; (b) 12, imidazole, Ph3P, THF, 80% (2 steps); (c) t-BuLi, THF,-78℃; (d) Burgess rgt, THF, 60℃, 50% (2 steps)

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) mCPBA, CH2C12, 0℃; (b) aq. NaOH, Me0H; (c) TEMPO, NCS, n-Bu4NC1, CH2C12, buffer, 74% (3 steps)

Scheme7

Reagents and conditions: (a)MOMCI, NaH, TBAI, THF-DMF; (b)TBAF, THF, 85%(2 steps); (c)VO(acac)2, TBHP, CH2Cl2; (d)12, imidazole, Ph3P, THF; (e)NaBH3CN, THF-HMPA, 66℃, 62%(2 steps)

Scheme 8

Reagents and conditions: (a)aq. NH3, MeOH, 65℃ ;(b)aq. HCI, AcOEt, OoC, 85%; (c)CIC(S)OPh, Py, DMAP, MeCN, OoC, 73%; (d)AIBN, n-Bu3SnH, toluene, 100℃, 68%

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