学位論文要旨



No 124978
著者(漢字) 阿部,紀行
著者(英字) Abe,Noriyuki
著者(カナ) アベ,ノリユキ
標題(和) 複素半単純リー群の主系列表現の間の準同型の存在について
標題(洋) On the existence of homomorphisms between principal series of complex semisimple Lie groups
報告番号 124978
報告番号 甲24978
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第333号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松本,久義
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 准教授 関口,英子
 東京大学 准教授 寺田,至
内容要旨 要旨を表示する

Gを実半単純Lie群とし,P=MANをその極小放物型部分群とすると,Pの既約表現σに対してその誘導表現IndP(G)σが定義される.このようにして得られるGの表現を主系列表現と呼び,Gの表現論において重要な役割を果たす.しかしその構造は一般には非常に複雑であり,詳しいことはわかっていない.本論文では,Gが複素半単純Lie群の場合に主系列表現の間の準同型について論じる.そのような準同型の研究は主系列表現の構造を調べる手がかりになると思われる.

主定理を述べよう.Gを複素半単純Lie群とすると,PはそのBorel部分群となる.P=HNをLevi分解とすると,HはGのCartan部分群である.g,b,hをそれぞれG,P,HのLie環,ρを正ルートの和の半分とし,λ∈η*=Homc(h,C)に対し,M(λ)を最高ウェイトλ-ρを持つVerma加群とする.Gの表現は微分によりgの実Lie環としての表現を与え,従ってg×RC〓g+gの複素Lie環としての表現を与える.l={(X,X)∈g+g|X∈g}とおく.この同一視のもとで,主系列表現はL(M(λ),δM(μ))に対応する.ただし,δは圏Oの双対であり,一般にg加群M,Nに対し

L(M,N)={f∈Homc(M,N)|fはt有限}

とおいた.また,g+gのL(M,N)への作用は((x,y)f)(m)=Xf(m)-f(ym)により定義される.

主定理を述べるために,更に記号を準備する.WをgのWeyl群とし,λ∈η*に対しWλをλに関する整Weyl群とする.この時,WλもCoxeter系を成す.ω=s1…sl∈Wλを簡約表示とする,ルートαiをsiがαiに関する鏡映であるようにとる.βi=sα1…sα(i-1)(αi)とおき,βiを対応する余ルートとする.μ∈η*に対し集合Aw(μ)を

と定義する.これはωの簡約表示の取り方によらない(論文Lemma 2.3の後).

以上の準備のもとで1本論文の主定理は次のようになる.ωλをWλの最長元とし,Wλ(o)をWのλにおける固定部分群とする..

定理1(論文Theorem 1.1).ω1,ω2∈Wλ,μ1,μ2,λ∈η*とし,λが支配的,つまり全ての正ルートαに対し<α,λ>〓Z

この定理は,任意の二つの主系列表現の間に0でない準同型が存在するかに対する判定条件を与える(論文Lemma 3.2).

Bernstein-Gelfandにより,GのHarish-Chandra加群のなす圏とgの圏Oとの間の圏同値が知られている.整かつ正則な場合に,この圏同値のもとで主系列表現に対応する対象はねじれたVerma加群と呼ばれる.従って定理1は特殊な場合にねじれたVerma加群の間の準同型に関する結果も与えるが,本論文では同種の結果を全ての場合に対して得た.すなわち,次が成り立つ.ただし,ω∈Wに対し,TwをArkhipovにより定義されたtwisting functorとし,ωoをWの最長元とする.

定理2(論文Theorem 1.2).ω1,ω2∈W,μ1,μ2.∈h*とする.ω1A(ω1)-1(μ1)∩ω2ωoA(ω0ω2)-1(ωoμ2)≠0である時,またそのときに限りHom(T(ω1)M(μ1),T(ω2)M(μ2))≠0である.

論文「Jacquet Modules of Principal Series Generated by the Trivial K-type」及び「Generalized Jacquet modules of parabolic induction」における結果と合わせることで,この定理は一般の実半単純Lie群の主系列表現に対する情報も与える.

審査要旨 要旨を表示する

半単純リー群の表現論において、主系列表現は基本的な対象である。例えば任意の既約(認容)表現は主系列表現の部分表現として実現できるなど、半単純リー群の表現論の重要な部分が凝縮されていると言えるのみでなく、主系列表現のパラメーター空間は群上の調和解析においても基本的である。主系列表現の構造を詳しくしらべることは、ペイリー・ウイナーの定理の定式化の完成などに関わる基本的な問題ではあるが、主系列表現自体が「表現論の重要な部分が凝縮されている」だけあって実は非常に複雑な構造を持っており、非常に難しい問題であり、組成列を求めたVoganの金字塔的な結果より先に進んだ、詳しい解析については一般的にはほとんど手がつけられていない状況である。主系列表現の構造分析のなかでも基本的な問題として、主系列の間の準同型(intertwining operator)の分類が挙げられる。

intertwining operatorについては積分の形で定義されるものがKnapp-Steinらによって1980年代ごろまでに盛んに研究され大きな理論ができている。ところが、intertwining operatorはもっとたくさん存在し、例えばintertwining operatorの存在条件を求めるといった問題は、やはり簡単な答えが期待できないワイルドな問題であるとおもわれていたようで、非常に特別な場合を除いて重要であるにもかかわらず、ほとんど手がつけらていなかった。

阿部氏は提出した論文において、複素半単純リー群においては、自明でないintertwining operatorが存在するための必要十分条件をルート系の言葉で与えることに成功した。阿部氏の研究は、基本的で重要であるにも関わらず、意味のある結果を出すのが困難であると思われていた問題に、複素半単純リー群の場合に限るが決定的な結果をもたらしたものであり画期的な成果であると認められる。

この論文において阿部氏の卓越した、本質を見抜く洞察力、数学の広い分野に対して精通しそれを使いこなす能力、複雑な論証を明解な定式化と論理で整理する能力を随所に見て取れる。論文自体も良く整理されしっかりと書かれている。よって、論文提出者阿部紀行は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28156