学位論文要旨



No 124981
著者(漢字) 坂本,健一
著者(英字) Sakamoto,Ken-ichi
著者(カナ) サカモト,ケンイチ
標題(和) 拡散方程式及び非整数階拡散方程式に対するソース項決定逆問題
標題(洋) Inverse Source Problems for Diffusion Equations and Fractional Diffusion Equations
報告番号 124981
報告番号 甲24981
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第336号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 准教授 SEBASTIA,WEISS GEORG
内容要旨 要旨を表示する

本学位申請論文では拡散方程式及び非整数階拡散方程式に対して,解に関する観測データから空間分布のソース項を決定する逆問題を考察した.ここで,非整数階拡散方程式とは時間方向の微分階数が1とは限らない方程式を意味する.主目標は,この逆問題の適切性,すなわち解の一意存在と安定性を示すことである.

地下水汚染や土壌汚染等の環境問題において拡散方程式は基本的な支配方程式であり,そのソース項にあたる汚染発生源分布をある限られた観測データにより予測することは極めて重要な課題である.

古典的な拡散方程式に対して,関連した逆問題についてすでに研究成果があるが,本論文においては,第一部として,第1,2章において,古典的な拡散方程式に関して,現実の観測手法をよく反映しているものと考えられる2種類の観測データを新たに定式化し,その下での逆問題のパラメータに関する一般的な適切性などを確立した.第二部において,逆問題の考察に当たって,土壌汚染などにおける拡散現象のよりよいモデル方程式に関する考察から始めた.最近のさまざまな実験により,土壌などの不均質媒体中における拡散現象では,密度の時間に関する減衰が遅いなどの異常拡散現象がしばしば観察され,これまでの古典的な移流拡散方程式では十分に再現できないことが確認されている.そのような異常拡散を記述するモデルとして時間に関して非整数階の拡散方程式が提案されており,彩しい研究成果があるものの逆問題に関する成果はほとんどない.第二部である第3,4,5章において,ソース項決定の逆問題に関して一意性や安定性などを証明した.すなわち第3章において,この方程式の順問題に対して解の適切性及び漸近挙動を得て,その応用として非整数階の拡散方程式の境界値の解の一意性や時間逆向きの問題の適切性を証明した.第4,5章では,第3章の結果を用いて,この非整数階拡散方程式に対して2種類のソース項決定逆問題の適切性を確立した.

以下,Ω⊂Rnは滑らかな境界∂Ωをもつ有界領域とし,I⊂(0,∞)は任意に固定された開区間とする.

第1章の内容

本章では,拡散係数1/rをパラメータに含んだ拡散方程式を考察した:〓ここで,hは既知であり,fを決定するべきソース項における未知関数と仮定している.観測データとして,〓を用いた.ここでρは与えられた関数である.この観測は,各点x∈Ωでの時間区間におけるuの平均データとして解釈できる.既存の論文においては,ρがxに依存しないtのみの関数であるという仮定の下に,領域が十分に小さい場合にこの逆問題は適切であるという結果が証明されていたに過ぎない.既存の研究におけるこの仮定は,センサーが空間の点によらない一様なものであることを要求しているが,本論文第1章においては,例えば領域内を動き回る小さなセンサーも考察することができる.さらに拡散パラメターの導入により,領域が小さくない場合にもγに関して「一般的に」(generically)この逆問題が適切であることを本章の主要定理として証明し,あわせて適切性が破れる例外的なγの集合E1が必ずしも空集合にはならないことを示した:

定理1.h,ρは十分滑らかとする.作用素〓に対してM(-1)∈L(H2(Ω)∩H0(1)(Ω),L2(Ω))とする.そのとき有限集合E1⊂Iが存在し,γ∈I\E1およびψ1∈E2(Ω)∩H10(Ω)に対して,逆問題の一意解{u(r,f),f}が存在し,次の安定性が成立する:正定数C1>0が存在して,〓

第2章の内容

本章では,第1章と同様の方程式を扱った.ただし,r=1とおいた.観測データは,ψ2(x):=u(x,γ(x)),x∈Ωである.ここでγ(x)は与えられた関数である。この観測方法は,第1章で用いた観測と異なり,それぞれの点x∈Ωごとに定まる時刻γ(x)におけるuの瞬間データとして解釈できる.以下の定理を示した.

定理2.0<λ<1であって,h,γは十分滑らかとし,すべてのx∈Ωに対して,0<γ(x)≦Tかつ|h(x,γ(x))|>0が満たされるとする。このとき次のどちらかが成立する.

(i)ψ2|∂Ω=0を満たすψ2∈C(2+λ)(Ω)に対して,逆問題の一意解{u(f),f}∈C(2+λ,1+λ/2)(Ω×[0,T])×Cλ(Ω)が存在する.

(ii)ψ2≡0に対して,u≠oかつf≠0を満たす逆問題の解{u(f),f}が存在する.

この定理2により,もし解の一意性のみを示せたならば,逆問題の解の一意存在をφ2|∂Ω=0を満たす任意のψ2∈C(2+λ)(Ω)に対して結論づけることができることを示しており,これはFredholmの択一定理に相当する性質である.拡散係数1/rをパラメータとして第1章の定理1と類似の定理を証明することも可能である.

第3章の内容

本章では,0<α<2として次の非整数階拡散方程式の解の固有関数展開による表現をFourierの方法で求め,それを用いて解に関するいくつかの基本的な結果を得た.

ここで,CDt(α)はCaputo微分とよばれる非整数階微分であり,Tをガンマ関数として,次のように定義される:

さらにF,a,bは既知関数,Lは対称な2階の楕円型作用素で0階項の係数が非正値関数とする.本章で解の固有関数展開に基づいてこの初期値・境界値問題の解の一意存在及び安定性を得た.

定理3.0<α<1,a∈L2(Ω),F∈C1([0,T];L2(Ω))とする.そのとき一意解u∈C([0,T];L2(Ω))∩C((0,T];H2(Ω)∩H01(Ω))が存在し,ある正定数C2>0に対し,

さらにα∈H0(2)(Ω)∩H0(1)(Ω)ならば.正定数C3>0が存在して,

系1.0<α<1,a∈L2(Ω),F=0とする.このとき,定理3の解はu∈C∞((0,T);L2(Ω))を満たす.また,正定数C4>0とλ1>0が存在して,すべてのt≧0に対して

定理4.1<α<2,α∈H2(Ω)∩H0(1)(Ω),b∈H0(1)(Ω),F∈C1([0,T];L2(Ω))とする.このとき一意解u∈C([0,T];H2(Ω)∩H0(1)(Ω))∩C1([0,T]:L2(Ω))が存在し,ある正定数C5>0に対して

系2.1<α<2,α∈H2(Ω)∩H0(1)(Ω),b∈0(1)(Ω),F=0とする.このとき、定理4の解はu∈C∞((0,T);L2(Ω))を満たす.また正定数C6,C7>0が存在して、すべてのt≧0に対して,

第4章の内容

本章では0<α<1として,パラメターrαを含む非整数階拡散方程式を考察した.

Lは3章の同様の楕円型作用素とし,hが既知関数で.fが未知関数であるとする.観測としては,終端値におけるデータを考える:

ψ3(x):=u(x,T),x∈Ω.

以下の定理を示した.

定理5.hは十分滑らかとし,|h(x,T)|>0,x∈Ωとする.このとき,ある有限集合E2⊂Iが存在し,r∈I/E2およびψ3∈H2(Ω)∩H0(1)(Ω)に対して,逆問題の一意解{u(r,f),f}が存在し,ある正定数C8>0に対し,

第5章の内容

本章では,第4章で扱った方程式のL=Δの場合に対して,第1章の観測方法による逆問題を考察し,第1章と同様にしてrに関する一般的な適切性が非整数階拡散方程式に対しても成立することを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

坂本健一氏は、学位申請論文において拡散方程式及び時間微分の階数が非整数階である拡散方程式の解に対して、与えられた初期・境界値の下で解に関する観測データから空間分布の外力項に含まれる空間変数に依存する関数を決定するというソース逆問題の適切性、すなわち解の一意存在と安定性を示した。地下水汚染や土壌汚染等の環境問題において時間微分が非整数階である拡散方程式は、時間微分の階数が1 である古典的な拡散方程式と並んで基本的な支配方程式であり、実際の拡散現象をモデル化される際に環境工学では特に最近になって非整数階時間微分の拡散方程式が用いられることが多い。

第1 章においては拡散係数をパラメータに含んだ古典的な拡散方程式に関して、空間方向に平均化された観測データによるソース逆問題の適切性を考察した。ここで採用した観測データは、空間の各点x での時間区間における解の時間平均データとして解釈でき、例えばセンサーが領域内を動き回るという現実的な状況に対応している。既存の論文においては、時間平均を取る際の重み関数がx に依存しない場合に、空間領域が十分に小さい場合にこの逆問題が適切であるという結果が証明されていたに過ぎない。坂本氏は、拡散係数パラメータr の導入により, 領域が小さくない場合にもr の有界集合において有限集合を除いた全てのr に関してソース逆問題が適切になるという、いわゆる「一般的な(generic) 適切性」を証明し、従来の結果を一般化した。なお適切性が成立しない有限集合は一般には空集合にはならずその意味で坂本氏の結果はこれ以上改良できない最上のものである。

第2 章では、空間の各点において、与えられた時間区間のある時刻で、解の値を観測することによる拡散方程式に対するソース逆問題において、一意性が成立すれば適切であるという第2種フレドホルム作用素方程式に関する択一定理が成り立つことを示した。

第3 章では、時間微分の階数α が0 < α < 2 を満たす場合に非整数階拡散方程式の境界値がゼロの場合の初期値問題の解を固有関数展開によるフーリエの方法で求め、フーリエの解を用いて、0 < α< 1 の場合に非整数階拡散方程式の解に関する以下のような異常拡散の性質を証明した:(1) 時間の経過とともに時間方向には無限回微分可能になるが、空間方向には2階までしか微分可能性が改良されないこと。(2) 空間領域における勝手な部分領域で勝手な時間区間において解がゼロになれば実は解は全ての点と時刻でゼロになること。(3)ゼロ解でない限りは時間t に関する減衰率はβ を任意の正数として1=tβ より速くなることはありえないこと。これらの性質は、実験などで確認されていた事実に数学的な正当化を与えるものであり、理論上の興味だけではなく応用上の見地からも注目すべき結果である。坂本氏の証明も古典的な解析手法に基づきながら、逆問題固有の方法論も駆使したものであり手法的にも評価すべき点がある。

第4 章では、第3 章で考察した非整数階の拡散方程式に関して、初期・境界値問題の解の終端時刻における空間方向の観測からソース項を決定する逆問題を論じた。第1 章と同様に拡散係数パラメータに関するソース逆問題の一般的な適切性を確立した。

第5 章では、第4 章で扱った方程式に対して、第1 章の観測方法による逆問題を考察し、第1 章と同様にして拡散係数パラメータに関する一般的な適切性が非整数階拡散方程式に対しても成立することを証明した.

坂本健一氏による以上の結果は、古典的な偏微分方程式論における評価を駆使し、さらに逆問題における方法論を独自に適合させることによって始めて確立されたものである。特に非整数階拡散方程式の逆問題の数学解析の結果はその重要性にも関わらず極端に少なく、数学上の意義とともに工学など関連分野における重要性も明らかである。

よって、論文提出者 坂本健一 は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28159