学位論文要旨



No 124994
著者(漢字) 徳本,有紀
著者(英字)
著者(カナ) トクモト,ユキ
標題(和) AlN薄膜貫通転位を利用したナノ細線の作製
標題(洋)
報告番号 124994
報告番号 甲24994
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第412号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山本,剛久
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 准教授 阿倍,英司
 東京大学 准教授 枝川,圭一
 東京大学 准教授 久保田,実
内容要旨 要旨を表示する

結晶中の格子欠陥は、結晶のバルク領域を特性の起源として利用する場合、その特性に悪影響を及ぼすことが多い。例えば、本研究で取り扱うIII族窒化物はワイドギャップ半導体であり、短波長光デバイスとして広く応用されているが、III族窒化物薄膜中には高密度な貫通転位が存在し、バルク領域のデバイス特性を低下させることが知られている。したがって、バルク領域を発光特性の起源として利用する際には貫通転位を低減させることが求められる。しかしながら、着眼点を変えて、この貫通転位を特性の起源として有効利用することができれば、薄膜中に異方性のある物性を示す新たなデバイスとしての可能性が示される。これまで、転位を材料物性制御に応用することを試みた例として、Nakamuraらによる、絶縁体であるサファイア(α-Al2O3 単結晶)中の転位へ導電性を付与したという報告がある。彼らは、サファイア中に一方向に揃った転位を導入し、それらの転位に沿ってTi を偏析させ、局所的に一方向導電性を発現させることに成功している。この一方向導電性を発現させる一方向に揃った転位を導入するために、サファイアに2 段階の高温塑性変形を施した後薄片化し、さらに熱処理により薄片表面に対して直立化させるという特殊な手法がとられていた。これに対し現在、このような異種元素の導入による転位への物性付与の技術を新規デバイス創成の方法論として確立し、より多くの材料に応用することが期待されている。

そこで本研究は、"転位の材料物性制御への応用"の新たな展開として、III族窒化物薄膜作製の際に導入される高密度かつ高配向な薄膜貫通転位を利用し、特異な物性を示すナノ細線を作製することを目的とした。本論文は以下に述べる全5 章から構成される。第1 章で転位の構造・特性の説明、転位の材料物性制御への応用例など、本研究の背景や目的について記述した。続く第2章においては、α-Al2O3(0001)基板上に堆積したAlN 薄膜をモデル材料として用い、AlN 薄膜貫通転位の配列の解析に基づき、貫通転位の形成メカニズムについて調べた。続いて第3章においては、AlN/α-Al2O3 界面の原子構造を解析し、貫通転位の形成メカニズムの起源について考察した。さらに、第4章においてそのAlN薄膜貫通転位への金属元素偏析を試みた。添加金属元素としては、電気伝導性や強磁性などの出現が期待できるMnを選択し、Mn偏析による電気伝導性の変化についても調べた。最後に第5 章として本研究の総括を述べた。

以下に第2 章から第4 章の概要を述べる。

第2 章 AlN 薄膜貫通転位の配列の解析

AlN 薄膜貫通転位の形成メカニズムを明らかにすることを目的とし、AlN 薄膜試料の[0001]方向から透過型電子顕微鏡(TEM)観察および高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)観察を行った。

TEM 観察の結果、約5×10(10)/cm2の貫通転位が観察された。また、AlN 薄膜は単結晶であるものの、転位列に囲まれた亜結晶粒からなることが示唆された。さらにHRTEM 観察を行い、バーガースベクトルを解析した結果、貫通転位の大部分がFig. 1(a)に示すようなb=1/3〈1210〉の刃状転位であることがわかった。この転位は、Fig. 1(b)に示すように転位芯において赤線で示す2枚の余分な原子面が終端する構造となっている。この刃状転位は、{1120}面および{1010}面といった特定の原子面に沿って規則性を持って配列していることがわかった。これらの刃状転位のバーガースベクトルは転位の配列した面に対して垂直な成分を有しており、転位列は隣接する亜結晶粒間の微小な傾角を補償するように導入され、小傾角粒界を形成していた。この結果から、AlN 薄膜貫通転位はいわゆる"モザイク成長"の結果導入されるものであることが示された。このモザイク成長は、AlN 成長粒がα-Al2O3 基板に対して法線周りに微小な角度だけ面内回転した状態で堆積するので、その結果AlN 成長粒同士の界面における微小な傾角を補償するために転位が導入される、というものである。

第3 章 AlN/α-Al2O3 界面の原子構造解析

薄膜貫通転位形成の起源となっているモザイク成長は、基板に対する薄膜成長粒の微小な回転を伴うものであるため、薄膜と基板の界面構造と密接に関係すると考えられる。そこでHRTEM観察および格子静力学法による構造最適化計算を行うことにより、AlN/α-Al2O3 界面における原子構造およびその緩和挙動を調べた。さらに界面構造とモザイク成長との関連についての考察を行った。

断面TEM 観察の結果、AlN 薄膜はα-Al2O3 基板に対して[1100]AlN // [1120]α-Al2O3 、(0001)(AlN) // (0001)α - Al2O3の方位関係を有していることが確認された。この方位関係におけるAlNとα-Al2O3 の格子不整合は約12%と大きく、このAlN/α-Al2O3 界面は非整合界面に分類される。HRTEM 観察および格子静力学計算の結果、界面のAl 原子の配位数が6 配位、5 配位および4 配位と界面に沿って周期的に変化していることがわかった。さらに、4 配位のAl サイトはAlN に類似した配位環境をとり、5 配位および6 配位のAl サイトはα-Al2O3 に類似した配位環境をとるように緩和していることが見出された。このことから、界面原子の配位数の違いに応じて、異なる安定な配位環境をとるように構造緩和が起こる結果、格子不整合の大きい場合でも異相界面の強度が保たれているものと考えられる。

また、AlN 薄膜とα-Al2O3基板の相対方位関係について、逆格子一致法(CRLP)により解析した結果、実験で得られた方位関係は、界面に垂直な格子面の整合性が最も高い方位関係ではないことがわかった。AlN 薄膜がα-Al2O3 基板に堆積するときの相対方位関係は、薄膜と基板の格子の整合性が高い方位関係よりも、界面原子が配位数の違いに応じてそれぞれ異なる安定な配位環境をとり得る方位関係が優先的になると考えられる。ただし、幾何学的な考察から、α-Al2O3 基板に対するAlN 薄膜の法線周りの回転角が1~2°程度の範囲であれば、界面原子の配位環境の変化が小さく面内回転の自由度が生じることが示唆された。したがって、面内回転に対する拘束力と自由度との兼ね合いで、基板に対する薄膜の回転角が±1~2°程度の範囲でモザイク成長が生じるものと考えられる。

第4 章 AlN 薄膜貫通転位への金属元素偏析

高密度な貫通転位を含むAlN 薄膜試料を用い、試料表面にMnを蒸着し、熱処理を施すことにより転位に沿って拡散・偏析させることを試みた。その結果、バーガースベクトルが1/3〈1210〉の刃状転位に沿って、転位芯近傍にMn を偏析させることに成功した。走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)による元素マッピングの結果をFig.2に示す。Fig. 2(a)は転位芯近傍のADF(Annular dark-field)像である。このADF 像にフーリエフィルター処理を施し、Fig.2(b),(c)に示すように2枚の余分な原子面を明瞭化させた。これら2枚の余分な原子面の終端する点が転位芯の位置に相当する。この転位芯の原子カラムの位置を、Fig.2(a),(d),(e)において丸で囲んで示す。Fig.2(d),(e)はそれぞれAl およびMn に対応する元素マップである。この結果から、Mn の偏析している領域は転位芯近傍約1~2nmであり、特に余分な原子面とは反対側の引っ張りひずみの存在する領域に優先的に偏析していることが明らかとなった。また、Mnの検出された領域においてAl の濃度が減少しており、MnがAlサイトを置換していることが示唆された。これらの結果から、Alよりイオン半径の大きいMn と転位芯近傍の応力場との間に弾性的相互作用が働いたために偏析が起こったものと考えられる。

さらに、コンタクト電流モードの原子間力顕微鏡(AFM)による電気伝導測定の結果、Fig. 3 に示すように局所的に電流のピークが検出された。この電流のピークはTEM で観察された貫通転位の配列様式および密度とほぼ対応していた。このことから、AlN 薄膜貫通転位に沿って一方向電気伝導性を発現させることに成功したといえる。

本実験の結果から、薄膜試料表面への金属蒸着および熱処理による拡散といった手法により、薄膜貫通転位に沿ってナノ細線を作製することが可能であることを示すことができた。

Fig. 1. (a) HRTEM image of a dislocation core with the Burgers circuit. The dislocation is an edge-type dislocation, which has a perfect Burgers vector of b=1/3[1210 ]. The rhombus indicates the primitive cell.(b) The HRTEM image same as in (a). 2 extra half-planes, (1 1 00 ) and ( 01 1 0 ), are indicated by red lines.

Fig. 2. (a) ADF image of an edge dislocation and (b), (c) Fourier-filtered images of (a). (d),(e) EELS mapping images of (d) Al and (e) Mn, obtained from the region corresponding (a). The position of the dislocation core was estimated from two extra half-planes in (b) and (c), and represented by solid circles in (a), (d) and (e).

Fig. 3. Current mapping image obtained from the Mn-doped AlN using the contact-current mode of AFM.

審査要旨 要旨を表示する

AlNやGaNなどに代表されるIII族窒化物薄膜は、その成膜用基板として、α-Al2O3(0001)基板が最もよく用いられているが、α-Al2O3(0001)基板上に堆積させたIII族窒化物薄膜中には高密度な貫通転位が存在することが知られている。本論文は、α-Al2O3(0001)基板上に堆積させたAlN薄膜をモデル材料として用い、このAlN薄膜の貫通転位を利用したナノ細線の作製についてまとめられている。

本論文は全5章から構成され、第1章は転位の構造・特性の説明、転位の材料物性制御への応用例など、本研究の背景や目的について記述されている。

第2章は、AlN薄膜貫通転位の配列様式と形成メカニズムとの関係について調べた結果をまとめている。AlN薄膜貫通転位の構造および組織を高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)により観察し、AlN薄膜が亜結晶粒からなり、薄膜貫通転位は隣接する亜結晶粒同士の傾角を補償するように導入され、小傾角粒界を形成しているということを見出している。この結果から、AlN薄膜貫通転位の形成と、薄膜成長粒が基板に対して微小な角度だけ回転した状態で堆積するという、"モザイク成長"と呼ばれる薄膜成長様式との相関性を示している。この研究は、微小な傾角を有する亜結晶粒界を形成する転位配列のHRTEM観察を行うことにより、これまで薄膜全体の平均的な値しか報告されてこなかった亜結晶粒界の傾角について、局所的な値を算出しているという点、および、転位配列と薄膜成長様式(モザイク成長)との関係を実験的に明らかにしているという点で意義のあるものと考えられる。

第3章においては、AlN/α-Al2O3界面を作製し、HRTEM観察および格子静力学法による構造最適化計算を行うことにより、AlN/α-Al2O3界面における原子構造およびその緩和挙動を解析し、安定な緩和構造を決めている支配的な因子を調べている。その結果、AlN/α-Al2O3界面においては、界面原子の配位数や界面距離が、界面構造を安定化させる要素であることを見出している。さらに、第2章でAlN薄膜貫通転位の起源であることを明らかにした"モザイク成長"が起こった場合のAlN/α-Al2O3界面構造への影響を検討し、AlN/α-Al2O3界面構造とモザイク成長との関連について考察している。α-Al2O3基板に対してAlN薄膜成長粒の回転が生じた場合、界面構造を不安定化させる要素として、界面のAl原子を取り囲むアニオン副格子のひずみを挙げている。α-Al2O3基板に対するAlN薄膜成長粒の回転角度が微小な場合は、界面構造を安定化させる要素および不安定化させる要素の変化が小さいため、AlN薄膜成長時に回転の自由度が生じ、この回転の自由度が、モザイク成長および薄膜貫通転位形成の起源となっていると結論付けている。この研究は、AlN/α-Al2O3界面における界面構造を安定化させる要素を抽出し、界面構造とモザイク成長との関係について新しい知見を見出している点で意義のあるものと考えられる。

第4章においては、AlN薄膜貫通転位を利用し、特異な物性の発現が期待できる金属元素であるMnを添加することによるナノ細線の作製について述べられている。高密度な貫通転位を含むAlN薄膜試料表面にMnを蒸着し、熱処理を施すことにより、転位芯近傍にMnを偏析させることに成功している。走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)による元素マッピングの結果、添加したMnがAlNのAlサイトを置換しており、特に、転位芯近傍の引っ張りひずみの存在する領域に優先的に偏析していることを明らかにしている。この結果から、Alと比較してイオン半径の大きいMnが、転位芯近傍の応力場との相互作用により偏析したというメカニズムを提唱している。さらに、Mnを添加したAlN薄膜貫通転位に沿った一方向導電性の発現も確認している。この研究は、薄膜貫通転位を特異な物性の起源として利用したデバイス開発の可能性を示すものである。

第5章では本研究の総括が述べられている。

以上のように、本論文は、AlN薄膜貫通転位を利用して一方向導電性を発現させることに成功しており、薄膜貫通転位の材料物性制御への応用に対して大きな進展を与えるものと判断できる。

なお、本論文の第2章は、柴田直哉博士、溝口照康博士、杉山正和博士、霜垣幸浩博士、Jung-Seung Yang氏、山本剛久博士、幾原雄一博士、第3章は、溝口照康博士、佐藤幸生博士、柴田直哉博士、山本剛久博士、幾原雄一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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