学位論文要旨



No 125166
著者(漢字) 髙松,誠一
著者(英字)
著者(カナ) タカマツ,セイイチ
標題(和) 有機電子素子を集積したMEMSデバイス
標題(洋)
報告番号 125166
報告番号 甲25166
学位授与日 2009.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第245号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 准教授 竹内,昌治
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

本研究では、透明で,フレキシブルなタッチパネルや簡易なディスプレイを実現するために,導電性ポリマーPEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスを提案し,実現した.

従来,タッチパネルやディスプレイには,表示が見えるように透明な電極であるITO(Indium Tin Oxide)が用いられてきた.これらのデバイスのフレキシブル化を考えた場合,ITOは,曲げに弱く曲率半径1cmの曲げによりクラックが発生するという問題があった.そのため,透明でフレキシブルな電極が必要である.近年,有機電子材料が,フレキシブルという特徴を持ため注目を集めている.有機電子材料には,結晶性有機低分子と導電性ポリマーの2種類がある.低分子は,結晶性を生かしてトランジスタなどに用いられており,導電性ポリマーは,高い導電性と透明性からITO代替電極として注目を集めている.導電性ポリマーには,ポリアニリンやポリチオフェンやPEDOT:PSSなどがある.中でも,PEDOT:PSSは最も高い導電性と透明性がある.また,電圧をかけることにより色が変化するというエレクトロクロミック効果という特徴もある.そのため,PEDOT:PSSは,フレキシブルなタッチパネルやディスプレイへの応用が期待されてきた.しかし,PEDOT:PSSをデバイス化するには,パターニングし,デバイス構造に加工する必要があるが,従来は,PEDOT:PSSの導電性を低下させず精度よくパターンする方法がなかった.そのため,本研究では,MEMS技術を用いてPEDOT:PSSのパターニング方法を確立し,フレキシブルなタッチパネルやディスプレイを製作する(fig.1).製作したデバイスが入力に対する感度や表示特性など必要な特性を持つことを確認することで,提案するPEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスの有効性を示す.

2.デバイスの動作原理と必要となるPEDOT:PSSの構造

本研究で提案するディスプレイとタッチパネルは,PEDOT:PSSの特性を用いたものである.ディスプレイとして,PEDOT:PSSのエレクトロクロミック効果を動作原理とした表示素子を提案する.PEDOT:PSSは,可逆な酸化還元反応により吸光特性変化が生じる.このことをエレクトロクロミック効果と呼ぶ.この効果を用いるために,fig.2 に示すように,PEDOT:PSSをパターンした基板と反対電極の間に電解液を挟んだ構造を用いる.基板には,1 mm角のピクセルと300mの配線をPEDOT:PSSだけでパターンする,また,絶縁のために配線部分の上に,フッ素樹脂サイトップを成膜する.この構造の特徴として,配線材料と色変化を起こす材料をPEDOT:PSS一層だけで実現できることが挙げられる.タッチパネルとして,fig.3に示すようなPEDOT:PSSの歪み抵抗効果を動作原理とした歪みゲージアレイを提案する.タッチによる変形は,PEDOT:PSSのゲージアレイにより検出される.タッチパネルには透明度が必要であるため,ゲージと配線の両方をPEDOT:PSSだけで実現する構造を提案した.さらに,ゲージの信号を検出しやすくするために,fig.4に示すようにゲージの部分の線の幅を300mに細くし,蛇腹形状にして抵抗値を大きくする方法を用いる.

3.PEDOT:PSSのパターニング方法の確立

本研究で確立したPEDOT:PSSのパターニング方法について述べる.まず,本研究では,パターニング方法を検討し,インクジェット法やスクリーンプリント法では,導電性の低下が問題であることを指摘した.また,リソグラフィーと電気化学エッチングによる方法では,一定期間後にPEDOT:PSSのパターンが消える問題があることを指摘した.そのため,本研究では,パリレンピールオフ法を用いることを提案した.この方法は,fig.5 にしめすように,パターニングの最後に,PEDOT:PSSを成膜し,不必要な部分を機械的にはがしとるため,導電性の低下は起こらない.この方法を,PEDOT:PSSに適用する場合の問題として,加熱乾燥によるパリレンと基板の吸着を指摘した.その原因は,パリレンの80-100℃以上で加熱することによるガラス転移であった.解決方法として,ガラス転移温度80℃以下でのプロセスと基板とパリレンの間に剥離層としてサイトップを挟むプロセスを提案し,実現した.製作プロセスの詳細は,まず,パリレンの基板への成膜し,SU-8によるパターニングとO2 プラズマによるパリレンエッチングを行う.その後,PEDOT:PSSを成膜し,余分な部分のPEDOT:PSSをパリレンとともにはがし取る(fig.6).確立したパターニング方法で,デバイスに必要とされる100mmの精度のパターニングを実現した(fig.7).提案する方法は,パリレンを機械的にはがしとるという工程があるため,製作することのできるパターンは開いた構造であり,PEDOT:PSSにより閉じた構造はできない.閉じた形状の内側は,はがされずに残ってしまう.また,ディスプレイを実現するためには,配線部分のPEDOT:PSS上に絶縁層が必要となる.絶縁層としてサイトップを用いた.パターニング方法として,パリレンピールオフ法を2回用いる方法を提案した.2回パリレンピールオフ法を用いることで,サイトップを絶縁層とする構造を実現した.

4.PEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスの実証

提案するPEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスの有効性を実証する.透明で,フレキシブルなディスプレイ関連デバイスとして,簡易なディスプレイとタッチパネルを実現した.必要となるPEDOT:PSSの構造を,確立したパリレンピールオフ法を用いて製作した.Fig.8は,製作したフレキシブルな簡易ディスプレイである.ディスプレイの表示特性として,エレクトロクロミック効果による吸光特性変化を計測する.電圧と色変化の関係,消費電力,応答速度に関して計測した.実験には,光スペクトロメータを用い,fig.9 のように印加電圧と吸光スペクトルの関係を求めた.基本表示特性として,印加電圧が0.6Vで吸光度変化が0.6 であり,動作速度は, 0.5 Hz と遅いことがわかった.ただし,消費電力は,表示の書き換え1回に対して,0.1 mW/cm2と小さいことがわかった.また,fig. 10に示すように,曲率半径2 cmで曲げた状態で表示を行った.したがって,製作したディスプレイが,フレキシブルな用途へ使用可能であることがわかった.タッチパネルは,歪みゲージの感度特性と,透明度と,機械的なフレキシビリティを評価した.製作したタッチパネルをfig.11に示す. Fig. 12に示すように,歪みゲージの感度として,ゲージ率を実験的に求め,3.1 であることがわかった.ゲージ率3.1は,従来の銅のゲージの2より大きいため,高感度であることがわかった.Fig. 13に示すように,透明度は,膜厚110 nmで93%であり,従来の透明電極ITOと同等であった.さらに,曲率半径2 cmに曲げた状態で4.9N (500gf)の力で押して入力可能かを調べた.Fig.14に示すように,押された部分のセンサ出力が他のセンサの2倍以上であり,押された部分の検出が可能であることがわかった.したがって,製作したタッチパネルが,透明でフレキシブルな用途に用いることが可能であることが示された.

5.結論

本研究では,フレキシブルな簡易なディスプレイとタッチパネルを,提案するPEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスにより実現できることを,パターニング方法を確立,製作し,デバイスを評価することで示した.PEDOT:PSSのパターニング方法として,パリレンピールオフ法を提案した.パリレンの基板への吸着をさけるため,ガラス転移温度80℃以下でPEDOT:PSSを乾燥するプロセスとサイトップを基板とパリレンの間に挟むプロセスを実現した.このプロセスにより,必要とされる100umのパターニング精度を実現した.確立したパターニング方法で,ディスプレイとタッチパネルを製作した.ディスプレイは,印加電圧0.6Vで吸光度変化が0.6を実現し,曲率半径2cmの曲げに耐えることを示した.また,タッチパネルは,ゲージ率3.1を実現し,膜厚110nm でITOと同等の透明度を実現した.さらに,曲率半径2cmで曲げた状態でもタッチ入力が可能であることを示した.これらの結果は,本研究で目的とする透明でフレキシブルという要求を満たすものである.透明でフレキシブルという特徴は,将来求められるPEDOT:PSSを用いたディスプレイ関連デバイスの実現へつながるものであり,意義深い.

fig.1 提案するPEDOT:PSSを用いたMEMSデバイス

fig.2 提案する簡易ディスプレイの構造

fig.3 提案するフレキシブルタッチパネル

fig.4 PEDOT:PSSだけによる歪みゲージと配線のレイアウト

fig.5 パリレンピールオフ法のコンセプト

fig.6 PEDOT:PSSのパリレンピールオフ法を用いた製作プロセスの詳細

fig.7 100-1000 mm幅のテストパターン

fig.8 フレキシブルな簡易ディスプレイ

fig.9 印加電圧と吸光スペクトル

fig.10 曲げた状態での表示実験

fig.11 製作したフレキシブルディスプレイ用タッチパネル

fig.12 センサの歪みと抵抗値変化の関係

fig.13 PEDOT:PSSの膜厚と透明度の関係

fig.14 曲げた状態でのタッチ入力実験

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「有機電子素子を集積したMEMSデバイス」と題し、5章から構成される。柔らかなディスプレイなどを実現するために、有機材料の利用が期待されていて、なかでも、PEDOT:PSSは、柔らかな有機材料薄膜として形成でき、透明であるとともに吸光特性や導電性をコントロールできるなどの特徴をもち、透明電極ITOの代替、歪み検出薄膜材料などとして期待されている。本論文では、このようなPEDOT:PSSの機能をMEMSデバイスに適用するために重要な課題である、基板上でPEDOT:PSSをパターニングする方法を扱ったものである。

第1章「序論」では、研究の目的、背景、意義と、従来の研究について述べている。

第2章「デバイスの動作原理と必要となるPEDOT:PSSの構造」では,'PEDOT:PSSに電解液を介して電圧をかけることにより制御できる吸光率変化と、歪みを与えることによる抵抗率変化について、その原理が説明されている。この原理をMEMSとして利用するためには、電解液をはさんでPEDOT:PSS薄膜と反対電極を構成し、電極間に電圧を印加すれば、それによって生じる吸光率変化が色変化となる。また、PEDOT:PSSの細線を基板上に配線することにより、細線の歪み変化を抵抗変化として読み取ることができる。このような構造を実現するために、基板上でのPEDOT:PSSのパターンニングが重要な課題となっていることが述べられている。

第3章「PEDOT:PSSのパターニング方法の確立」では,基板上でのPEDOT:PSSのパターニング方法としてのパリレンピールオフ法について論じられている。この方法はパターニングされたパリレン薄膜の上から目的の薄膜を成膜し、パリレンをはがしとることで、パリレンの上に成膜された薄膜の不要部分をはぎ取るものである。この方法をPEDOT:PSSに適用するためには、加熱乾燥時のパリレンと基板の吸着を防ぐ必要があった。そこで、パリレンと基板の間に剥離材料としてサイトップを成膜する方法を提案している。また、パリレンピールオフ法を2回用いることで、ディスプレイのために必要なPEDOT:PSS配線の絶縁を可能にしている。

第4章「PEDOT:PSSを用いたMEMSデバイスの実証」では,ディスプレイとタッチパネルを想定して、電圧を印加することで色変化をするピクセルと、押下力によって抵抗変化をするシートを試作し、その機能を評価している。第2章で述べられているピクセルの構造を試作し、印加電圧と吸光スペクトルの関係、応答速度、消費電力などについて、実験データを得ている。また、タッチパネルシートはゲージ率3.1の歪み抵抗効果をもつ透明なもので、曲率半径を2cmまで曲げても、押下力の識別ができるものであった。

第5章「結論」では、本研究によって得られた成果について結論を述べている。

以上要するに、本論文では柔らかな薄膜として形成でき、透明であるとともに吸光特性や導電性をコントロールできる特徴をもつPEDOT:PSSをMEMSに適用するときの大きな課題であった、PEDOT:PSSのパターニング法について提案し、PEDOT:PSSをMEMSに適用できる可能性を示した。これは、タッチインプットができる柔らかなディスプレイに適用可能な技術である。この点から本論文は、知能機械情報学の発展に貢献したものであって、本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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