学位論文要旨



No 125217
著者(漢字) 中村,洋介
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヨウスケ
標題(和) ヘテロジニアス演算器構成による高耐故障プロセッサ実現方式
標題(洋) Highly Fault-Tolerant Processor based on Heterogeneous Functional Units
報告番号 125217
報告番号 甲25217
学位授与日 2009.07.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第248号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,裕
 東京大学 教授 坂井,修一
 東京大学 准教授 須田,礼仁
 東京大学 准教授 中村,宏
 産業技術総合研究所 主任研究員 児玉,祐悦
内容要旨 要旨を表示する

我々は故障を前提としたCPUのための高面積効率かつ高水準な処理速度を持つ耐故障演算部を提案する。近年ではCPUチップにおける故障リスクが上昇しており、製造コストの削減や品質保証のための耐故障設計の重要性が高まっている。我々は従来の多重化手法の場合冗長の大きい演算部の改善を行った。

演算部における従来の耐故障方式は演算器回路としての耐故障化であった。演算部を構成する演算器回路は面積コストと演算速度においてトレードオフを持つため、従来方式において演算時間は短いが高面積コスト、もしくは低面積コストであるが演算時間が長い性質を持つ。例えば高速な演算器を単純に多重化する場合(SD-Fast)、高速な演算器が速度貢献の小さい冷予備に使用されるため、面積に無駄が発生する。また低面積コストの演算器が単純に多重化される場合(SD-FT)、命令単体の処理が遅い。

我々は命令列情報を利用して異なる種類の演算器を効果的に併用する異性能演算器混合方式(HFU)を提案する。提案の特徴は次の通りである。

(1)多数の面積効率の良い演算器と少数の高速な演算器を併用する。

(2)命令列情報を用いて少数の高速演算器で高水準の速度を可能にする。

その結果高水準の処理毒度と面積特性にすぐれた耐故障性を実現する。通常演算と検出演算による検出機能付き二重実行型の演算部の中でHFUは1ラインの高速演算器を通常演算に使用する。HFUは遅れている命令を高速演算器へ割当てることによりボトルネックの命令列を高速に処理する。また多数の耐故障演算器により故障の増加に対して面積効率よく処理速度を維持可能である。

我々は従来方式と提案方式を比較するため、処理速度と使用面積を比較する。速度性能はハードウェアシミュレーションプログラムSimplescalarとベンチマークプログラムSpec2000より得られるIPCにより比較される。速度比較実験の結果より、演算器構成が維持される場合、HFUはSD-FTより10%速度低下が小さい。また面積比較の結果より、故障5個を想定する場合の使用面積の期待値の相対比はそれぞれHFU:1.91、SD-FT:1.51、SD-Fast:1.58であり、提案方式はSD-Fastより使用面積が小さい。複数以上の故障数の場合、提案方式はSD-Fastに比べ処理速度を維持するための面積コストは小さい。実験結果より、HFUは高水準の処理速度かつ複数故障時に面積コストの良い速度維持を行う。HFUは高水準な速度かつ速度維持の面積コストの低い耐故障演算部である。高い処理速度を持った耐故障演算部のための本提案は、耐故障プロセッサの高性能化に寄与する。

審査要旨 要旨を表示する

本学位請求論文では、故障を前提としたプロセッサのために高水準な処理速度で面積効率の高い耐故障演算部を提案している。提案方式であるHFU (Heterogeneous Functional Unit)方式はプロセッサの演算部に対して、高速な演算器と耐故障性の高い演算器によるヘテロジニアスな構成をとり、さらに実行プログラムの命令列の実行状況に基づき、命令・演算器間の対応関係を最適化し、効率的に使用する。それにより、従来提案されてきた方式と比較して、高水準の処理速度かつ耐故障性の両立を実現した。

膨大な数の微細化されたトランジスタを搭載する巨大なワンチップは処理性能の向上の一方で信頼性に課題がある。複数のチップを統合するワンチップ化は処理能力を向上させるが、チップ面積の拡大は生産率である歩溜まりを低下させる。また最近では配線の微細化が非常に進んでいるため、エレクトロマイグレーション等による回路消耗を受けやすく、回路の永久故障発生への対策が課題となっている。

HFU方式の特徴は次の通りである。

(1) 通常演算と検出演算を備える耐故障演算部において実装コストの異なる演算器を併用する。

(2) 命令列の実行状況において命令と使用する演算器間の最適化を行う。

例えば、多数の面積効率の良い演算器と少数の高速な演算器を併用する。実行される命令列の特徴を抽出し、処理速度に大きな影響を与える命令列である「クリティカルパス」に少数の高速演算器を割り当てることで、高水準の速度を可能にする。また、多数の演算器は面積特性に優れた耐故障演算器であるため、耐故障化の際に優れた面積特性を残す。その結果、高水準の処理速度と面積特性にすぐれた耐故障性を実現する。

通常演算と検出演算による故障検出機能を持つ二重実行型の演算部の中でHFUは1ラインの高速演算器を通常演算に使用する。HFUは遅れている命令を高速演算器へ割当てることによりボトルネックの命令列を高速に処理する。また多数の耐故障演算器により故障の増加に対して面積効率よく処理速度を維持可能である。

本論文では、従来方式と提案方式を比較するために、処理速度と使用面積を比較した。従来方式としては、高速な演算機を単純に多重化する方式(SD-First)と底面積コストの演算器が単純に多重化される方式(SD-FT)を選んだ。速度性能はハードウェアシミュレーションプログラムSimplescalarとベンチマークプログラムSpec2000より得られるIPCにより比較を行った。速度比較実験の結果より、演算器構成が維持される場合、HFUはSD-FTに比べて10%速度低下が小さい。また面積値の比較の結果より、故障5個を想定する場合の使用面積の期待値の相対比はそれぞれHFU:1.91、SD-FT:1.51、SD-Fast:1.58である。提案方式はSD-Fastより使用面積が小さい。複数以上の故障数の場合、提案方式はSD-Fastに比べ処理速度を維持するための面積コストは小さい。実験結果より、HFUは高水準の処理速度かつ複数故障時に面積コストの良い速度維持を行うことが示された。

高性能・耐故障・プロセッサをキーワードとする従来研究には主に3つの大きな流れがある。FranklinやAustinは高処理な耐故障プロセッサとしてスーパースカラー耐故障プロセッサを研究したが、故障対象は故障検出と一時故障であるため、欠陥や回路消耗に耐える研究ではない。欠陥を許容するプロセッサの研究事例もあるが、複数の命令を同時並列に処理するスーパースカラー型ではなく、命令を一つずつ処理するスカラー型のプロセッサであるため、処理速度の向上に限界がある。さらに回路三重化やdual rail logicのように回路として永久故障や欠陥を耐久する研究が行われてきたが処理する各命令の意味や近隣の命令への影響を考慮しないため、効率化に限界がある。

HFUは高水準な速度かつ速度維持の面積コストの低い耐故障演算部である。高い処理速度を持った耐故障演算部を目的とした本提案は、耐故障プロセッサの高性能化に寄与する。

本論文は、欠陥・永久故障へ耐久する高処理耐故障プロセッサを実現する新たな方式であり、以下の新規性がある。

(1)欠陥や永久故障に耐える際の処理速度と面積の関係を改善するために、耐欠陥・耐永久故障の研究に対し、実行する命令列の意味や近隣命令への影響である命令列情報の利用する考え方の導入

(2)耐故障演算部に対して、異なる種類の演算器を併用する方式を提案した。命令列情報と異なる種類の演算器の併用により、欠陥や永久故障に耐える際の処理速度と面積の関係の改善

(3)(2)の具体的なメカニズムとして二重実行型のスーパースカラー型の耐故障演算部において少数の高速演算器と多数の耐故障演算器を使用する方式

このように、従来の耐故障プロセッサでは実現されなかった新しい実現手法を提案しており、将来の耐故障プロセッサの要素技術として顕著なる貢献を与えた。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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