学位論文要旨



No 125354
著者(漢字) 鎌谷,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) カマタニ,ヨウイチロウ
標題(和) ゲノムワイド関連解析による慢性B型肝炎疾患感受性遺伝子の同定
標題(洋) Identification of a chronic hepatitis B susceptible locus through genome-wide association study
報告番号 125354
報告番号 甲25354
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第516号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 醍醐,弥太郎
 東京大学 教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 中井,謙太
 東京大学 教授 古川,洋一
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背景

慢性B型肝炎は、B型肝炎ウイルス (Hepatitis B Virus, HBV)によって引き起こされるもっとも頻度の高いウイルス性肝疾患である。日本などアジア地域では、HBV感染は新生児期や幼児期に母子感染によって成立すると報告されているが、アフリカでは幼児期の水平感染が主であると考えられている。HBVへの罹患率は地域によって大きく異なり、HBs抗原の陽性率はタイや中国では全人口の5-12%に及ぶと推定されている一方、北米やヨーロッパではわずかに0.2-0.5%と報告されている。日本では以前は罹病率が高かったが、母子感染予防策により1%以下の頻度にまで減少している。現在世界中で4億人がHBVに持続的に感染していると推定されており、また世界中の肝疾患の60%はHBVの慢性感染と、それに引き続く肝硬変を原因としている。ときにHBV持続感染があっても自然寛解することもあるが、年間2-10%の慢性B型肝炎患者は肝硬変に移行し、さらにその中から肝不全や肝細胞癌に進行する。

このようにHBV感染後の臨床経過は様々であるが、そのような経過に影響する因子としてこれまで感染時の年齢、性別、アルコール摂取量、他の肝炎ウイルスとの共感染などが明らかとなっている。また台湾における双生児研究によって遺伝因子も感染成立に重要な役割を果たすことが示されている。これまで候補遺伝子の解析によって、IFNG、TNF、VDR、ESR1遺伝子上の多型、さらに様々なHLA遺伝子アレルがHBV感染後の慢性化に関与する遺伝因子として報告されている。しかしいずれも解析の規模が小さく、B型肝炎の慢性化に関わる遺伝因子としてこれまでに確立された報告はない。

ヒトゲノム計画の終了、ならびに国際HapMap研究の進展に伴い、21世紀に入ってからゲノムワイド遺伝的関連研究を行うことが可能となった。連鎖解析とは異なり、密なマーカーを用いて頻度が高く浸透度の低い遺伝的変異の検出が可能となり、糖尿病や癌といった一般的で頻度の高い疾患の感受性遺伝子が同定され始めている。当研究室では慢性B型肝炎の発症に関与する遺伝因子を確実に明らかにすることを目的とし、慢性B型肝炎についての、世界で初めての一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms, SNP)を用いたゲノムワイド遺伝的関連研究を行った。

方法

この研究では、まず最初に2段階アプローチによるゲノムワイド関連研究を行った。

第1ステージでは、179例の日本人慢性B型肝炎患者DNAサンプルと、934例の日本人健常者DNAサンプルを用いて、Illumina HumanHap550 BeadChipを用いてヒトゲノム上約550,000 SNPsの遺伝子型を決定した。これらの実験結果については、クラスタープロット結果、call rate、アレル頻度ならびにHardy-Weinberg平衡検定にもとづく厳しいクオリティコントロール(Quality control, QC)を行い、疑わしい結果を除外することにより、十分な信頼度が保証された499,544 個のSNPsが選択された。このデータにもとづいてケース・コントロールスタディを行い、三つの遺伝的モデル(アレル頻度モデル、優性モデル、劣性モデル)のもとでの独立性の検定P値の最小値(minimum P value)をもとに上位12,000 SNPsを抽出した。第2ステージでは、これら抽出されたSNPについて、第1ステージとは独立した607例の日本人慢性B型肝炎患者DNAサンプルについてAffymetrix GeneChip Custom 10K arrayによりタイピングし、1,267例の日本人コントロール遺伝子型データとともに同様のQCによって選択された9,875 SNPsについてCochrane-Armitage傾向検定を行い、B型肝炎と有意に関連するSNPを同定した。多重検定を考慮して補正した有意水準は5.06x10-6と設定した。

ここまでの探索的研究によって明らかとなったSNPについては、その関連に再現性があるかどうかを確認するため、3セットの再現性研究を行った。再現性研究では、TaqMan genotyping systemまたはInvader assayによりSNPの遺伝子型を決定した。再現性研究の第1セットは274例の日本人慢性B型肝炎患者と274例の日本人コントロールをもちいたマッチド・ケースコントロールスタディ(年齢、性別、アルコール摂取量についてマッチ)であり、第2セットは718例の日本人慢性B型肝炎患者と1,280例の日本人コントロールにより構成されている。さらにこのSNPが日本人だけでなく広くアジア全体で関連を示すかどうかを確認するため、308例のタイ人慢性B型肝炎患者と546例のタイ人健常者からなる第3セットの再現性研究を行った。再現性研究の結果の均質性を確認するため、Mantel-Haenszelの方法を用いたメタ解析を行った。

これらのゲノムワイド関連研究と再現性研究により同定された慢性B型肝炎関連SNPはHLA-DP遺伝子領域にあったため、HLA-DPの抗原結合部位アミノ酸配列に対応するHLA-DPアレルをケース・コントロールで決定し、それと今回の関連SNPを含む統合的なハプロタイプ解析を行うことによって、疾患の発症に直接かかわる原因遺伝的変異を予測した。

結果

2段階ステージのゲノムワイド関連研究の結果、550,000 SNPsの内、11個のSNPsが統計学的に有意に慢性B型肝炎との関連を示した(P=3.62x10-8~1.16x10-13, Figure 1、赤い横線が有意水準を示す)。これら11SNPは、すべて6番染色体上HLA-DPA1, HLA-DPB1両遺伝子の周囲約50Kbpの領域に存在していた (Figure 2)。

再現性研究においては、HLA-DPB1周囲にあるSNP rs9277535と、HLA-DPA1周囲にあるrs3077のそれぞれについて再現性を確認した。日本人を用いた第1セット、第2セットのいずれの再現性研究においてもすべてのSNPについて関連の再現性が確認された(P=1.96x10-6~1.06x10-16, Table 1)。さらにタイ人による第3セットの再現性研究でも強力な関連が確認された(P=6.53x10-6~6.52x10-8 , Table 1)。

ここまでの結果についてメタ解析を行ったところ、関連の強さはいずれのSNPについてもタイ人を含むすべてのコホートで均質であり(Breslow-Day検定のP値 0.84、0.85)、統合した独立性の検定P値はrs3077についてP=2.31x10-38、rs9277535についてP=6.34x10-39であった (Table 1)。

強力な関連が認められたSNPはすべてHLA-DPA1またはDPB1遺伝子周囲にあった。HLA-DPA1、DPB1はいずれもMHC class II分子であるHLA-DPのサブユニットをコードする遺伝子である。HLA-DPは抗原提示細胞において発現し、外来抗原をCD4陽性T細胞に提示しその後の免疫反応カスケードを開始する際に重要な役割を担う。HLA-DPA1、DPB1はいずれも抗原結合部位のコード領域であるexon 2において非常に多型性に富んでおり、この領域の配列によってアレル型が決定される。HLA-DP分子の抗原結合部位の多型性は、外来抗原との結合の強さに影響し、結果的に外来抗原に対する免疫応答反応に影響すると考えられる。したがって我々は、HLA-DP分子の抗原結合部位を変化させる遺伝的変異が真に慢性B型肝炎を引き起こしやすくなる原因であり、今回のゲノムワイド研究により同定されたSNPsはこれと強い連鎖不平衡にある事により関連を示したのではないかと考えた。そこでB型肝炎関連SNPsとHLA-DPA1、DPB1アレルとの連鎖不平衡を検討するために、第2ステージの慢性B型肝炎患者607名のDNAサンプルと第1ステージの健常者934名のDNAサンプルを用いてHLA-DPアレルを決定しハプロタイプ解析を行った。その結果、HLA-DPA1アレル、HLA-DPB1アレル及び今回同定された11SNPは互いに強い連鎖不平衡の関係にあることがわかり、HLA-DPA1*0103-DPB1*0402とHLA-DPA1*0103-DPB1*0401 はB型肝炎発症に防御的に働く(P = 6.00x10-8、P = 0.002)一方、HLA-DPA1*0202-DPB1*0501とHLA-DPA1*0202-DPB1*0301はB型肝炎に罹患しやすくなる(P = 5.79x10-6、P = 0.002)ということを明らかにした。

結語

世界で初めての慢性B型肝炎についてのゲノムワイド関連研究により、HLA-DP遺伝子座がB型肝炎の発症と関連する遺伝子座位として同定され、タイ人を含む複数の独立した再現性研究によってその関連は確認された。これは、この遺伝子座がB型肝炎発症と関連するという初めての報告でもある。また、HLA-DPアレル解析により、B型肝炎を起こしやすくする、または起こしにくくする直接的な原因となる遺伝的変異を推定した。

今後、B型肝炎ウイルス抗原とHLA-DPとの結合ならびにこれらの遺伝的変異がそれに与える影響をより詳細に解析していくことにより、病因についての理解が深まると思われる。またこれらの結果を用いて、肝炎の発症予防プログラムの開発や、より有効なワクチンや新規の治療薬の開発に貢献できると期待される。

Figure1

Figure2

Table1.Results of replication studies and Mwta-analysis

Table 2 Haplotype analysisa

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms, SNPs)を用いたゲノムワイド遺伝的関連研究により同定された慢性B型肝炎疾患感受性に関与する遺伝因子ついて述べられている。

本研究は、慢性B型肝炎の発症に関与する遺伝因子を明らかにすることを目的とし、SNPsを用いた慢性B型肝炎のゲノムワイド遺伝的関連研究を世界で初めて行った。2段階ゲノムワイド相関解析を日本人B型慢性肝炎群と健常者コントロール群に実施し、HLA-DPA1、HLA-DPB1領域にB型慢性肝炎の発症と有意に相関するSNPsを11個同定した。このうち2個のSNPsにつき3種類の独立したコホート(日本人、タイ人のB型慢性肝炎群および対応する健常者群)を用いて再現性を検証した。本解析によりHLA-DP遺伝子領域がB型肝炎ウイルスの慢性感染に強く関与することを示した。

本研究においては、最初に2段階アプローチによるゲノムワイド関連研究を行った。第1ステージでは、179例の日本人慢性B型肝炎患者DNAサンプルと、934例の日本人健常者DNAサンプルを用いて、ヒトゲノム上約550,000 SNPsの遺伝子型を決定した。この中からクラスタープロット結果、call rate、アレル頻度ならびにHardy-Weinberg平衡検定にもとづくクオリティコントロール(Quality control, QC)を行い、信頼性の高い499,544個のSNPsを選択した。このデータを用いてケース・コントロールスタディを行い、アレル頻度モデル、優性モデル、劣性モデルでの独立性の検定P値の最小値(minimum P value)を示す上位12,000 SNPsを抽出した。第2ステージでは、抽出したSNPsについて、第1ステージとは独立した607例の日本人慢性B型肝炎患者DNAサンプルでタイピングし、1,267例の日本人コントロール遺伝子型データとともに同様のQCによって選択した9,875 SNPsについてCochrane-Armitage傾向検定を行い、11個のSNPsが統計学的に有意に慢性B型肝炎との関連を示すことを確認した(P=3.62x10-8~1.16x10-13)。これらのSNPsは、すべて6番染色体上のHLA-DPA1, HLA-DPB1両遺伝子の周囲約50Kbpの領域に存在していた。

探索的研究によって明らかとなったSNPsのうち、HLA-DPB1周囲にあるSNP rs9277535とHLA-DPA1周囲にあるrs3077のそれぞれについて3セットの再現性研究を行った。第1セットは274例の日本人慢性B型肝炎患者と274例の日本人健常者コントロールを用いたマッチド・ケースコントロールスタディ(年齢、性別、アルコール摂取量についてマッチ)であり、第2セットは718例の日本人慢性B型肝炎患者と1,280例の日本人健常者コントロールにより構成されていたが、いずれのセットの再現性研究においても該当SNPsで関連の再現性が確認された(P=1.96x10-6~1.06x10-16)。さらに308例のタイ人慢性B型肝炎患者と546例のタイ人健常者からなる第3セットの再現性研究においても、有意な関連が確認された(P=6.53x10-6~6.52x10-8)。再現性研究の結果の均質性を確認するため、Mantel-Haenszelの方法を用いたメタ解析を行ったところ、関連の強さはいずれのSNPsについてもタイ人を含むすべてのコホートで均質であり(Breslow-Day検定のP値 0.84、0.85)、統合した独立性の検定P値はrs3077についてP=2.31x10-38、rs9277535についてP=6.34x10-39であった。

ゲノムワイド関連研究と再現性研究により同定された慢性B型肝炎関連SNPsはHLA-DP遺伝子領域にあったため、HLA-DPの抗原結合部位アミノ酸配列に対応するHLA-DPアレルをケース・コントロールで決定し、それと今回の関連SNPsを含む統合的なハプロタイプ解析を行うことによって、疾患の発症に直接かかわる原因遺伝的変異を予測した。その結果、HLA-DPA1アレル、HLA-DPB1アレル及び今回同定された11SNPは互いに強い連鎖不平衡の関係にあることがわかり、HLA-DPA1*0103-DPB1*0402とHLA-DPA1*0103-DPB1*0401はB型肝炎発症に防御的に働くこと(P = 6.00x10-8、P = 0.002)一方でHLA-DPA1*0202-DPB1*0501とHLA-DPA1*0202-DPB1*0301はB型肝炎の易罹患性に関わること(P = 5.79x10-6、P = 0.002)を明らかにした。

慢性B型肝炎のゲノムワイド関連研究により、HLA-DP遺伝子座がB型肝炎の発症と関連する遺伝子座位として同定され、タイ人を含む複数の独立した再現性研究によってその関連が確認された。本研究成果は、HLA-DP遺伝子座とB型肝炎発症の関連を示した初めての報告である。またHLA-DPアレル解析により、B型肝炎を起こしやすくする、または起こしにくくする直接的な原因となる遺伝的変異が推定された。これらの研究成果は、将来的にはB型肝炎ウイルス抗原とHLA-DPとの結合ならびにこれらの遺伝的変異を介したB型肝炎の病因の理解につながると期待される。

なお、本論文は、Sukanya Wattanapokayakit、越智秀典、川口喬久、高橋篤、細野直哉、久保充明、角田達彦、鎌谷直之、熊田博光、Aekkachai Puseenam、Thanyachai Sura、醍醐弥太郎、茶山一彰、Wasun Chantratita、中村祐輔、松田浩一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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