No | 125376 | |
著者(漢字) | 村井,昭彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ムライ,アキヒコ | |
標題(和) | 人間の神経筋骨格系のモデリングと計算,ならびに可視化を伴う応用 | |
標題(洋) | Modeling and Computation of Human Neuromusculoskeletal System and their Application with Visualization | |
報告番号 | 125376 | |
報告番号 | 甲25376 | |
学位授与日 | 2009.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第258号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | 知能機械情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序論 人体の運動生成/制御のメカニズムには,要素還元論及び構成論的手法によるアプローチがなされている.前者は医学や解剖学における人体の解析や解明であり,後者は工学や神経生理学に見られる制御系の設計や最適化モデルの提案である.しかし両者が扱うスケールや手法の違いにより,全体のメカニズムの解明には至っていない.ここで,人体の運動生成/制御の階層性に着目する.行動主義では反射運動の複雑な組合せにより人体の高度な運動も生成できるとされたが,中枢神経組織の生理学の発展により否定される.その際,反射反応は神経の基礎的機能の法則というより高度に分化した行動に相当するとされている.これは人体の運動全体から反射運動を分離して解析/モデル化できることを示唆している.運動生成/制御システムの下位にあたる反射システムを分離,モデル化,同定することで上位メカニズムの解明に近づくことができる. 本論文は人体の全身運動生成/制御のメカニズムを解明することを目的とし,神経筋骨格システムの構築,同定及び検証を行うことを目的とする.解剖学や生理学により解明されている体性反射システムを詳細にモデル化し,同定,検証を行う.また可視化を伴ったアプリケーションとして筋骨格を用いた運動スキルの特徴付け及び体性感覚情報のリアルタイム推定/提示を行う. 2.神経筋骨格システム(Fig.1) 神経筋骨格システムは人体の運動時の信号の流れに基づき構築する.特徴として,様々な分野における知見やモデルの統合し,また運動の階層構造に基づき反射システムを分離し詳細にモデル化している.システムは筋骨格,筋動特性,筋紡錘,Golgi腱器官,中枢神経系,神経筋ネットワークモデルからなる.システムには1)中枢神経系→神経筋ネットワーク→筋の遠心性の流れ及び2)筋→筋紡錘/Golgi腱器官→神経筋ネットワーク→筋の反射弓の流れがある.前者は随意運動指令信号,後者は反射的な体性感覚情報の流れを表す. 3.筋骨格モデル 筋骨格モデルは人体の順及び逆運動/動力学を計算する.骨格を155自由度の剛体リンク,筋腱靭帯軟骨は骨格を駆動もしくは拘束する起/終/経由点を持つワイヤとして表現する.動作解析の際には,光学式モーションキャプチャ,骨格モデルにおける逆運動/動力学により関節角や一般化力である関節トルクを得る.次に筋骨格モデルを用いて筋張力の推定を行うが,人体が駆動冗長系(骨格の自由度より筋の数が多い)であることにより筋張力が一意に定まらない.ここでは最適化問題を解くことにより1つの解を得る. 筋の状態を受容する固有感覚受容器として筋紡錘とGolgi腱器官がある.前者は筋長及び変化速度を感知し,伸張反射,拮抗抑制,α-γ連関を起こす.後者は筋張力を感知し,Ib抑制を起こす.これらを神経筋骨格システム内にて用いる.また,筋張力の最適化問題において反射のシステムを評価関数として組み込む.異名促通筋間の伸張反射及びIb抑制を考慮し,筋張力が時空間方向に平滑化されることを確認した. 4.脊髄神経と筋のネットワークモデル 神経筋ネットワークは,運動時の中枢神経系⇔末梢神経系及び体性反射の信号の流れを表現するニューラルネットであり,運動指令信号を入力,中間層に固有感覚受容器により感知される体性感覚情報を入力すると筋活動度を出力する.解剖学/生理学的知見から,1)脊髄灰白質⇔筋の神経支配については解明されており,促通性等機能についてもH反射等を用いて一部解明されている.それに対して2)脳⇔脊髄灰白質については錐体路等経路については解明されているが機能,運動指令信号については未知の部分が多い.ここでは,1)である体性反射システムについては詳細にモデル化し,また1)と2)を分離して解析できるようモデル化する. (Fig.2)に示す神経筋ネットワークは6層のニューラルネットである.NCNは中枢神経,NSNは脊髄神経,NMNは脊髄灰白質内のα運動ニューロン,NNJは神経筋結合部,NMNは筋紡錘,NGTはGolgi腱器官を表す.このうちNSN-NMN間は解剖学的な脊髄神経と筋の接続関係,NMS-NNJ間及びNGT-NNJ間は解剖学的な脊髄神経枝を介した筋同士の反射弓の接続関係に基づいて接続する.またNMS-NNJ間及びNGT-NNJ間には神経の長さ及び神経信号伝達速度から得られる時間遅れを各反射弓ごとに考慮する. 5.仮説的な中枢神経系からの随意信号推定モデル 生物の進化の過程においてリソースの効率的利用のための最適化が行われている.運動指令信号は中枢神経系から脊髄内の白質内を通って各脊髄神経に伝達されるが,最適化が行われていること,信頼性が高いシステムを構築するには独立な信号で操作することが良いことから,中枢神経系から低次元化された独立な運動指令信号が脊髄神経枝1本ずつに伝達され,脊髄神経網を介して復号化されるという仮説が考えられる.生成された運動指令信号が時間方向,空間方向に混合されていることから,筋活動度の独立成分分析を用いて低次元運動指令信号を推定する. 独立成分分析を運動指令信号の推定値とする妥当性の検証として,独立成分と脊髄神経枝の相関を解剖学的知見を元に解析する.独立成分から筋活動への射影行列及び解剖学的な脊髄神経枝と筋の接続関係を表す行列の積は独立成分と脊髄神経枝の相関を表す.(Fig.3)より,各脊髄神経枝は1つの独立成分にのみ高い相関を持ち,脊髄神経枝はそれぞれ異なる独立成分に高い相関を持つことが確認できた.これは,筋活動度の独立成分を1つずつ脊髄神経枝に伝達することで全身の運動を生成できることを示唆している. 6.神経筋骨格システムの同定及び運動シミュレーション 同定において,システムには筋動特性モデルのパラメータ,固有感覚受容器の感度等未知数が多く含まれるが,ここでは神経筋ネットワークの神経結合の重みのみを未知数とし,それ以外は文献値を用いる.速度の変化する歩行データを用いた学習は誤差12%を実現し,異なる速度の歩行データを用いた相互検証の誤差は15~20%となった.学習により得られる筋紡錘及びGolgi腱器官による反射弓のゲインパラメータは同名/異名促通,拮抗抑制,Ib抑制の傾向を示し,神経生理学的知見と一致した. 運動シミュレーションとして膝蓋腱反射のシミュレーションを行う.下腿部に外力を加えることで大腿四頭筋が伸張し,膝関節が伸展する現象を確認した(Fig.4).また実際の膝蓋腱反射を計測して得られるEMGと筋張力の波形を比較したところ,筋活動から収束開始における筋活動のパターンの一致が見られた(Fig.5).このことは,伸張反射,拮抗抑制,Ib抑制のパラメータのバランスの良いものが学習により得られたことを示す. 7.可視化を伴う神経筋骨格システムのアプリケーション 可視化を伴う神経筋骨格システムのアプリケーションとして1)筋骨格モデル及び統計学的手法を用いた運動スキルの特徴付け,2)筋張力のリアルタイム推定/可視化を行う. 1)では筋骨格モデルを用いて得られる関節角及び筋張力を解析し,特徴点の抽出を行う.関節角は主成分分析を用いた解析を行う.得られる2被験者間の動作の差異を表す特徴点は実際の運動から得られる差異と一致した.次に筋張力は高次元であること,関節角には現れない拮抗筋の情報等から統計学的な低次元化が困難である.拮抗筋の使い方をよく表すパラメータとして筋動特性モデルに基づく関節剛性を考える.これにより得られる関節剛性は実際の運動から得られる運動の固さと一致した. 2)において,従来の手法では全身の筋張力をリアルタイムで推定するのは困難である.ここで,筋動特性モデル及び神経生理学に基づく異名促通筋のグルーピングにより一部の筋張力を計算し,残りの筋については異名促通筋のグルーピングによりモデルの低次元化を行うことで高速に最適化問題を解く.全身274本の筋張力の16msec/frameでの推定,66msec/frameでの可視化を実現した.システムは光学式モーションキャプチャ,無線筋電計,ForcePlateから得られるデータから筋張力を推定し,筋張力を提示する筋骨格モデルをビデオカメラからの映像に重畳表示して被験者に提示する(Fig.6).適用分野としては,トレーニング支援システムやリハビリテーション支援システムが考えられる. 8.結論 本論文の結論は以下の通りにまとめられる. (1)反射/随意を分離し,体性反射システムを詳細に実装した神経筋骨格システムを構築. (2)解剖学的知見に基づき,脊髄神経と筋のネットワークをモデル化. (3)独立成分を用いた随意運動指令信号の推定及び検証. (4)実験から得られる運動データを用い,神経結合パラメータを非侵襲的に推定.神経生理学的知見及び同定されたモデルを用いた体性反射シミュレーションにより得られたパラメータを検証. (5)筋骨格モデル及び統計学的手法を用いた運動スキルの特徴付け. (6)体性感覚情報のリアルタイム推定/可視化の実現. Fig. 1:Overview of neuromusculoskeletal system. The system consists of 6 models, musculoskeletal, physiological muscle, central nerve system, muscle spindle / Golgi tendon organ, and neuromuscular network model. Fig. 2:The neuromuscular network modeled with 6 layered neural network. Fig. 3:Values of selected rows of P displayed in the order of column. Red circle line:C1, green cross line: Th1, blue trigona: L1, cyan inverted trigona: S1. Fig. 4:The snapshots of simulated somatosensory reflex (patellar tendon reflex) motion using the identified neuromusculoskeletal system (focused on a left leg). The stimulating external force to flex a left knee joint is added from 0 sec to 0.003 sec. Fig. 5:Overlay simulated and measured muscle activities. Red solid line: rectus femoris, green dashed line: vastus lateralis, blue dashed-dotted line: vastus medialis. Fig. 6:Images presented to the user during realtime estimation and visualization of muscle tensions (Swing motion). | |
審査要旨 | 本論文は、人間の身体運動の情報処理メカニズムをモデル化しようとするもので、骨格系の全身運動と筋張力、筋張力と筋活動、筋の固有受容器、脊髄神経の筋支配、脊髄反射のニューラルネットワークなどの力学モデルを構築し、これらの系のパラメータを人間の計測された運動パターンデータに基づいて同定することによって、人間の脊髄反射を含む神経筋骨格系の数理モデルを開発した研究の成果をまとめたものである。 人間の行動における身体の果たす役割については、バイオメカニクス、スポーツ科学、医療、人工知能、あるいはロボティクスにおいて、さまざま観点から注目され研究がなされてきた。医療、リハビリテーション、スポーツ科学、人間工学などでは人間の運動のシミュレーションモデルが必要とされているが、動的な動作においては神経系がつくる反射モデルを含めることでさらに精緻化を図ることができる。人工知能やロボティクスでは、ロボットによる人間の身体感覚の理解と、それに基づいて人間とロボットのインターラクションを成立させる知能情報処理系の構築が求められている。 本研究では、人体のバイオメカニカルな筋骨格系の解析から一歩進めて、末梢神経系とくに脊髄神経束のネットワーク構造を解剖学的な知見から得て、これを全身の筋骨格モデルと統合することで、神経筋骨格系のモデルを構成するところから研究を始めている。中枢神経系からもたらせられる遠心性信号、脊髄内の神経叢のシナプス結合によって作られるフィードバック構造、さらに神経系信号の筋への伝搬遅延などの、解剖学や生理学の知見としては全身の動作との対応が知られていない問題について、仮説を立てながら解析を行う方法を確立しようとしている。この解析法によって全身の脊髄レベルの反射モデルを含むような神経筋骨格モデルにもとづく人体の動作解析が可能になる。また中枢神経系の情報処理の問題に全身の身体動作から接近する研究への道筋をつけることができるという特徴を持っている。 第1章は、「Itroduction」であり、人間の筋骨格モデル、運動器の解剖学的要素、神経生理学的な行動制御系のモデルについての先行研究を紹介し、人間の神経筋骨格系モデルの構築や脊髄反射の信号とそれ以外の脊髄下行路をたどる信号の分離の問題など、本論文で扱う問題について記述している。 第2章は「Neuromusculoskeletal System of Human Whole-body」として筋骨格系の力学モデル、筋と筋の固有受容器のモデル、脊髄反射の神経系モデルについて本論文で前提とする知識について解説している。 第3章は「Musculoskeletal Model」と題して、論文掲出者らが約1000本のワイヤで全身の骨格筋をモデル化した筋骨格系の数理モデルとその計算アルゴリズムについて論じている。また、文献から得られた筋のHill-Stroveモデルや筋の固有受容器である筋紡錘・ゴルジ腱器官のモデルについても解説している。さらに、筋骨格モデルの簡略化と計算アルゴリズムの開発によって、モーションキャプチャ情報から実時間において筋張力を推定するアプリケーションを提案し、その実装した結果について報告している。 第4章は「Network Model of Spinal Nerve and Muscle」と題して、本論文の中心的な成果について述べている。骨格筋へ向かう脊髄神経の遠心性情報、筋の固有受容体から脊髄神経によって脊髄へ戻ってくる求心性情報を第3章で開発した筋骨格モデルを用いて計算する。これを入力・出力信号として与え、脊髄の中の神経叢におけるシナプス結合をモデル化した数学的ニューラルネットワークに学習させる。このときに神経および神経筋接続部における信号伝搬遅れを、生理学的な文献で知られる遅れ時間、より短い遅れ時間、より長い遅れ時間で比較したところ、文献で知られる遅れ時間に近い値で学習したニューラルネットワークの信号再現性が極大になることが確認された。 第5章は「Hypothetic Model of Voluntary Signal from Central Nerve System」であり、一連の全身運動から計算した筋活動情報の独立成分分析によって得られた各独立成分と、筋活動情報から逆算した各脊髄神経の遠心性信号の相関を計算したところ、特異的に高い相関が現れるものが数多くみられた。人間の全身運動が神経筋骨格系の解剖学的特徴を反映したものであること、脊髄上下行路の伝達資源の有界性と伝達中のノイズの混入リスクを考えると統計的に独立な成分で随意信号をコーディングしている可能性があること、などが特異的な相関を説明する仮説として考えられている。 第6章は「Hypothetic Algorithm for Decoupling of Voluntary and Involuntary Signal」と題して、人間の神経筋骨格系において運動パターンを生成する神経情報を、脊髄反射が担う不随意的信号と、ここで随意信号とよぶ脊髄下行路をたどるそれ以外の信号に分割する方法について考察を行っている。最後に、筋に到達する運動指令信号を、随意信号と脊髄反射による不随意信号に分割することに関連してHoffmann反射を利用する方法を提案し、実験データを用いた計算をおこない考察を述べている。 第7章は「Conclusion」であり、本研究の結論を述べている。 以上を要するに、本論文は人間の神経筋骨格系の力学モデルを構築することによって、人間の身体運動の情報処理機構を解明する方法論を提案し、アルゴリズムとソフトウェアの開発ならびにそれらを用いた実験によってその有効性を示したものであり、知能機械情報学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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