No | 125542 | |
著者(漢字) | 米澤,信拓 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨネザワ,ノブヒロ | |
標題(和) | 量子多体系における境界条件の物理的効果 | |
標題(洋) | Physical Effects of Boundary Conditions in Quantum Many Body Systems | |
報告番号 | 125542 | |
報告番号 | 甲25542 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5450号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 量子力学においては、粒子の性質は波動関数によって記述される。波動関数はその名の通り、波動を記述するものである。一般に波を記述する際、波の境界条件が非常に重要になる。例えば、固い護岸に打ち付けられる波と砂浜に打ち寄せられる波は明らかに性質が異なる。これは量子力学においても例外ではない。例えば、相対論的場の理論の真空におけるCasimir 力が一つの例である。物理でよく表れる境界条件として、Dirichlet 条件、Neumann 条件、周期的境界条件などがあげられるが、こういったもののほかに、± 関数型ポテンシャルに代表される、超関数型相互作用も境界条件ととらえることができる。これらの他にも、様々な境界条件が存在することが知られている。 本論文の目的は、こういった多様な境界条件の効果が多体量子系の物理にどのような影響を与えうるのかを、幾つかの模型を用いて明らかにすることにある。そのことを以下のような段階を経て議論する。 先ず第二章で量子境界問題の理論と手法に関する大枠の議論を与える。 一般に境界条件といった場合、非常に広いクラスを指している。例えば、境界において波動関数を五回微分したものの値と一回微分した波動関数の値を足したものがゼロになるという条件は、ひとつの境界条件であるが、このような広いクラスの境界条件がすべて物理的に許されるとは限らない。境界条件が確率密度流の湧き出しを意味していたり、確率密度流の吸い込みがあったりするからである。どのような境界条件が許されるべきかを決める指導方針として、Hamiltonianは自己共役でなくてはならないという条件がある。このような、自己共役なHamiltonianを得る厳密な道筋を与えるものとして、数学の自己共役拡大の手法が存在する。この手法を用いると境界条件は限定されるが、ある種の任意性が許容されることが知られている。このような議論の大枠の流れをレビューし、物理的意義と必要性について解説する。 そして、このような境界条件を統一的に取り扱う枠組みとして、Tsutsui-Fulop-Cheon-境界条件式を紹介し、その理論と手法を筆者の研究を交えて解説する。 次に第三章で任意粒子数の模型を扱う準備として、識別可能な三粒子からなるCalogero 模型の境界条件を議論する。先ず、粒子の交換対称性を尊重するが固有のスケールを持つ境界条件を課す研究をレビューし、筆者らの研究である交換対称性は破るもののスケール不変な境界条件を課した場合の詳細を解説し、この二つの比較から、境界条件による対称性の破れと系の性質について議論する。スケールを導入する境界条件の場合、エネルギースペクトラム条件は超越方程式によって与えられ、スペクトラムの等間隔性は失われる。それに対して、スケールを導入しない境界条件の場合、エネルギースペクトラム条件は解くことができ、等間隔ではないもののスペクトラムは同じパターンを繰り返すことがわかる。 第二章、第三章の内容を踏まえて、四つの多体模型の統計量が境界条件によってどのように変化するかを第四章以下で議論する。 第四章では、非自明な隔壁を持つ一次元多粒子系の統計力学に関する研究を二つレビューする。この非自明な隔壁は一方では波動関数にDirichlet 条件を課し、一方ではNeumann 条件を貸すもので、これは、スケールパラメーターを持たない境界条件である。 その一つ目として、一次元無限に深い井戸の中央に隔壁を入れる模型を考察する。この場合、スペクトラムは等間隔であり、極めて容易な量子力学系であるが、統計処理の結果生じる壁の左右での圧力差は温度に対する自明でない依存性を示す。その結果、圧力差は低温領域で減少し、ある温度で極値を取った後、増加に転じ、高温では温度の二乗根に比例して増大する。量子効果が高温極限で消え去るべきであるという直感に反するが、これは、無限に深い井戸という近似に原因があると考察されている。 二つ目の模型として、調和振動子の中央に隔壁を入れるという研究をレビューする。やはり、こちらも量子力学系としては単純な模型であるが、統計処理を行うと非自明な振る舞いをすることが判明する。ただし、一つ目と異なり隔壁の圧力差は高温極限で消滅する。その意味で、量子効果が高温極限で消え去るべきであるという基準に適合していることがわかる。 この二つの例はスケールパラメーターが入っておらず、量子力学系としては自明といってよいものである。しかしながら、統計力学を用いた解析を行った途端、極めて複雑な振る舞いをすることがわかる。よって、スケールパラメーターを持たない境界条件であっても、熱平衡状態において物理に影響を及ぼすことが示唆されている。 第五章では、三つ目の例である、一般化された閉じた箱の中の相互作用しない自由粒子系を議論した。閉じた箱という条件から、二箇所に境界条件を課す余地がある。スケールパラメーターを持つ境界条件である擬-Neumann 条件とスケールパラメーターを持たないDirichlet 条件の二種類を考慮し、この中から二つ選び出して波動関数に課し系のスペクトラムを求めた。特に、スケールパラメーターを含む場合、スペクトラム条件は超越方程式となる。厳密に解くことはできないため近似解を得、近似解に統計力学を適応することにより、状態方程式を得た。得られた状態方程式は、van der Waals の状態方程式とよく似ており、圧力補正項と体積補正項を持っている。圧力補正項は箱の幅の逆二乗に比例し、粒子数の一乗に比例する形をしている。圧力補正項の粒子数依存性は、粒子と擬-Neumann 条件の壁が相互作用しているとみなしてその相互作用の数と解釈するならば、van der Waals 方程式と同じ形をしていると言える。また、圧力補正項は、境界条件のスケールパラメーターによって大きさが変化する。その意味で、スケールパラメーターをもつ境界条件は、van der Waalsの状態方程式の圧力補正項の起源となっていることが暗示される。 第六章では、四つ目の例として、円周上の多粒子系であるLieb-Liniger 模型を一般化したものを議論した。系がエニオンを持つということから出発し、局所的で二体相互作用とみなせる、物理的に最も一般的だと思われる点状相互作用を見出し、模型のスペクトラム条件を得た。得られたスペクトラム条件のうち非自明な形をしているものを統計処理すると、van der Waals の状態方程式で体積補正項のないものに一致する状態方程式が導出される。この場合もやはり、圧力補正項の強さは境界条件のパラメーターによって支配されている。つまり、境界条件のパラメーターは圧力補正項の源となりえるという意味で、統計力学的意味を持つということが示されたことになる。 ただし、三つ目、四つ目の系でスペクトラムを近似する際、系の大きさに制限を加えている。よって、ここで得られた結果は有限系でのみ有効であり、熱力学的極限を考えることはできない。 四つの系から判明することは、多粒子系においても境界条件は系の物理に非自明な影響を与え、系のスペクトラムを変更し、結果、統計的な性質を変えることがあるということである。特に強調したいのは、スケールパラメーターを持つ境界条件がvan der Waals の状態方程式を生み出すような相互作用と同様の効力があるということがわかったことである。van der Waals の状態方程式は、1873 年にvan der Waals によって導出され、実在気体の振る舞いを再現し、さらに、相転移現象をも記述可能である方程式で、様々な導出法が試みられてきた。例えば、Markoff過程から導出するもの、古典統計力学より導出するものするもの、電磁場の作用を考慮するもの、等など、様々な研究がなされている。特に、古典統計力学で導出する際、距離の逆六条に比例する力を仮定し導出する。よって、上述の様々な作用や効果と境界条件は類似の効果を及ぼす可能性があると言える。 以上から、量子境界条件は多体系の統計的性質を考察する上においても無視できない意味を持っていることがわかる。特定の模型ではあるがvan der Waalsの状態方程式に類した物性を説明することから、物性物理においても有意義である可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | 量子力学ではデルタ関数など,しばしば特異性のあるポテンシャルを持つ系が考察され,そのエネルギースペクトルから諸種の物理的性質が導かれる.通常このようなポテンシャルの効果は波動関数に対する境界条件として取り入れられるが,その処方は必ずしも量子力学が許容する数学的に最も一般的なものになっていない.本論文では,このような問題意識のもとに,定常状態シュレーデインガー方程式に対して近年定式化された最も一般的な境界条件に注目し,幾つかの具体例の解析を通じて,一般化された境界条件に起因する興味深い量子効果の存在を示唆する結果を提示している.以下,各章ごとにその内容を概説する. 第1 章では導入として,本論文の背景,主題,位置づけについて,関連する多くの先行研究に言及しながら説明している.後半では各章ごとにその内容の要約を列記し,論文全体の概観を与えている. 第2 章では主に境界条件の定式化の関数解析的な側面について解説している.まず一般的に,演算子の自己共役拡大は,物理的に意味のある境界条件の設定に関係することを説明している.次に直線R および半直線R+ 上における点状相互作用の場合に,自己共役拡大と整合する最も一般的な境界条件として近年提出されたTsutsui-Fulop-Cheon (TFC) 関係式(2001 年) について解説している.これが本論文の主題となる関係式であり,それによると,境界条件はR の場合は2次ユニタリ行列U により,またR+ の場合は実数L により特徴付けられ,デルタ関数やその微分など諸種の超関数ポテンシャル,また,ディリクレ,ノイマン型条件の一般化が包括的に扱われる.章末には1次元水素原子を題材にとり,実際にTFC 関係式を用いた解析の例を提示している.本章は,歴史ある自己共役拡大の理論から近年のTFC 関係式に至るまで,当該分野の短いレヴューとして読み易くまとめられている. 第3 章では3 体カロジェロ模型を考察している.これは調和ポテンシャルと逆2 乗ポテンシャルで相互作用するR 上の量子多体系である.3 体系の特殊事情として形式的に3 次元空間の1 体問題とみなし,極座標による変数分離が可能であるが,その際,角度部分に粒子の衝突に対応する特異ポテンシャルが現れる.TFC 関係式の詳細な解析を行い,境界条件にスケール不変性があるか否かによってエネルギースペクトルの様相が顕著に異なるという結果を得ている. 第4 章は非自明な隔壁を持つ1 次元多粒子系の統計力学に関する先行研究の紹介であり,5 章において本論文独自の拡張結果を提示するための準備になっている.具体的には,隔壁の左右にディリクレ型とノイマン型境界条件を課した自由粒子,および調和振動子の系において,隔壁に生じる圧力差の温度依存性を解析している.それによると自由粒子の場合は高温でも温度の平方根に比例して圧力差が増大し,境界条件の効果が巨視的性質として現れることが主張されている. 第5 章では自由粒子が端点でディリクレ型あるいは,擬ノイマン型の境界条件により有限区間に閉じ込められた1 次元系を考察している.ここで擬ノイマン条件とは,R+ 上のTFC 関係式が許容する境界条件のパラメーターL_ が系のサイズより大きい場合のことで, L_ ! 1 の極限として自然にノイマン条件を含む.通常このような「閉じた箱」では系の両端でディリクレ条件を課すのが慣例であるが,上記の様な境界条件により,系の性質にどのような特徴が生じるかが本章の主題となる.擬ノイマン条件はスケール不変性を破り,スペクトルを定める関係式は超越方程式になる.これを近似解析することにより,状態方程式はファンデルワールス型になること,境界パラメーターL_ に依存する圧力補正項が生じることなどを示している.これらは境界条件の効果を反映する結果であるが,一方でL_ が系のサイズより大きいという前提条件から通常の熱力学的極限をとることが出来ず,有限系に限定される結果であることを注意している. 第6 章では点状相互作用を持つ円周上のエニオン系を考察している.1 次元点状相互作用の特殊性として,粒子交換に際しての波動関数の位相変化はボソン,フェルミオンに対応する0; 以外の値が許容され,エニオン位相と呼ばれる.この自由度とTFC 関係式の要請から,最も一般的な相互作用のパラメーター空間を決定した.これはデルタ関数で相互作用するボース気体(リーブ・リニガー模型) などを含む拡張となっている.パラメーター空間の中で最も非自明な状況では,スペクトルはベーテ方程式により決定される.本章では,デルタ関数の係数が負で絶対値が極めて小さく,これとシステムサイズおよび粒子数の対数との積が1 より十分小さいという技術的仮定をおいて近似解析を行っている.それによると,高温での状態方程式はファンデルワールス型になり,やはり境界パラメーターL に依存する圧力補正項が生じる.ただし近似解析の仮定により,この結果も5 章の結果と同様の注意が必要となる. 第7 章では論文全体の要約と展望が述べられており,従来扱われてきた境界条件をより一般化して解析することにより新たな物理が示唆される可能性があると総括している.実際の系への応用や,近似のための技術的仮定を緩和して物理的により興味ある領域の解析を進めることは今後の課題であるが,本論文は量子力学の境界条件について多くの新しい知見を提供するものであり,学位論文として十分な内容を持っている. なお,本論文の一部は筒井泉氏との共同研究に基づくものであるが,論文提出者が主体となって解析および検討を行ったもので,その寄与は十分であると判断する. 以上のことから,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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