学位論文要旨



No 125560
著者(漢字) 佐藤,年裕
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トシヒロ
標題(和) 有限温度における擬2次元希薄Bose気体に対する非一様ポテンシャルの効果
標題(洋) Non-uniform potential effect in quasi-2D dilute Bose gas at finite temperature
報告番号 125560
報告番号 甲25560
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5468号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 福山,寛
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 小形,正男
 東京大学 准教授 岡本,徹
内容要旨 要旨を表示する

1995年、原子物理学の世界でのレーザー冷却やレーザートラップの実験技術の発展により、希薄なアルカリ原子気体のBose-Einstein凝縮(BEC)がマサチューセッツ工科大学やコロラド大学の実験グループにより初めて確認された。生成されたBECは、冷却時における原子の捕獲の際に磁場を用いて特定の磁気副準位状態の原子のみを捕獲することで、原子の持つ磁気副準位状態は固定され、超流動ヘリウム4のような1っの秩序変数で表わされるBECが実現される。この系の大きな特徴は、(1)原子を閉じ込めるポテンシャルは微視的な凹凸や不純物のない理想的な系を形成し、系の次元や形状を高精度で制御が可能である、(2)系のみだれが小さいので理論的モデルと実験結果との定量的かつ詳細な比較が可能である、という点である。BECと超流動は密接に関係した現象であることから、BECの臨界特性やダイナミクス特性を調べることは、超流動現象の知見を深めることにつながると期待される。実験結果との定量的な比較をする上で、量子多体相互作用の効果を正しく扱うためには理論的モデルを解析的に解くのは非常に困難であるゆえ、数値計算は有効的であり、上で述べた有用点を利用して実験と平行した数値的研究が盛んに行われている。

近年では、有限温度における希薄なBose気体に対する系の次元や形状の効果に興味が持たれている。系の次元は、量子凝縮系の本質的な特性に強く影響を及ぼすことがよく知られている。例えば、理想Bose気体では一様な3次元系と異なり、一様な2次元系では有限温度下でBECは存在しない。しかしながら、Kosterlitz-Thouless(KT)転移温度以下で準長距離秩序が存在し、超流動転移を起こすことが知られており、その機構は渦対の結合、解離によって説明されている。この超流動転移は、液体ヘリウム4の薄膜系や超伝導ジョセフソン接合系などの一様な2次元系において実験的・理論的に研究されてきた。一方、Bagnatoらは、系の次元と形状を考慮し、理想Bose気体におけるBECの実現の可能性について議論している。その結果、調和ポテンシャルのような非一様な2次元系では、一様な2次元系とは異なり有限温度下でBECが実現することを提案している。しかし、実際の相互作用を持つ系においてBECが実現するかは非自明な問題である。この研究成果を踏まえて、近年、Ecolenormalesuperieure(ENS)の実験グループは有限温度における調和ポテンシャル中に閉じ込められた2つの擬2次元希薄Bose気体間の干渉パターンを観測することで、系の位相構造と相転移現象を議論している。その結果、非一様な系でも一様な2次元系と同様にKTタイプに従って超流動状態から常流動状態へ移り変わると結論づけている。しかしながら、彼らによって得られた結果は超流動状態から常流動状態への移り変わりに関して、非一様な系でも渦励起が深く関与していることは確かめられたが、系の特徴を調べる上で系の非一様性を十分考慮せずに議論している。それゆえ、2次元系における有限温度の振る舞いに関して、どのような系の非一様ポテンシャルの効果はあるのか否かという疑問が生じるが、その詳細に関してはこれまで理論的には詳しく調べられてなく、非自明な問題である。

本研究では、ENSの実験グループと同様に調和ポテンシャル中に閉じ込められた擬2次元希薄Bose気体の有限温度の振る舞いについて、有限温度における希薄Bose気体の有効モデルとして提案されているpr()jectedGross-Pitaevskii(PGP)方程式を数値的に解いて考察した。PGP方程式は、有限温度下でBose場の演算子Ψ(r)を古典的に記述が許される低エネルギー領域(クラシカル領域C)に射影して得られた有効モデルであり、〓と記述される。ここで、gは粒子間相互作用、Ψ(r)はクラシカル領域のBose場の演算子、Hspは自由粒子系の一体ハミルトニアンである。PはBose場の演算子Ψ(r)に対し、クラシカル領域へ射影する演算子である。PGP方程式は実際の実験で扱われる系の大きさや粒子数に対する計算が可能であるだけでなく、系のダイナミクスを調べられる点で、量子モンテカルロ(QMC)法よりも優位である。しかし、PGP方程式はあくまで古典場近似に基づく方法であるため、有限温度下でどの程度定量性があるか自明でない。本研究では、まず初めにPGP方程式が希薄Bose気体の有限温度の振る舞いをどの程度記述するかについて、QMC計算との比較を行うことで定量的に考察した(なお、QMC計算は加藤康之氏が行った)。有限温度における一様な2次元希薄Bose気体に対して両者を数値的に解き、相関関数の結果を比較した。その結果、PGP方程式により得られた相関関数は、超流動状態から常流動状態への移り変わる温度を含んだ低温領域における長距離相関の振る舞いに関してQMC計算の結果とよく一致をすることがわかった。

図1は、調和ポテンシャル中に閉じ込められた擬2次元Bose気体に対し、PGP方程式を用いて数値的に解いて得られた温度T=178nKにおけるある時刻での密度分布n(x,y,O)と位相分布θ(x,y,O)の結果である。位相分布の結果から、ポテンシャルの最も深い中心部付近からコヒーレント成分が現れ、ポテンシャルの浅い端付近では渦の励起が確認できる。

擬2次元Bose気体の有限温度の振る舞いについて考察する上で、まず初めにENSの実験グループの結果との比較を通して議論した。実験と同様に2つの擬2次元希薄Bose気体に対し、閉じ込めトラップを解放後の干渉パターンを観測した結果、実験で確認された渦励起の証拠を示す干渉パターンと同様な結果を再現することができた。これは、超流動状態から常流動状態への移り変わりは、一様な2次元系の特徴と非常に似て渦励起が関与しているという彼らの結果を支持するものとなっている。しかし、彼らが用いた系のコヒーレント特性に関する解析方法では、非一様性を十分考慮してないことにより、非一様な2次元系の特徴を正確に議論するのには不適切であることがわかった。

この結果を踏まえて、まず2次元局所密度近似を用いて系のコヒーレント領域の温度依存性を定量的に調べた。その結果、コヒーレント成分は一様な系とは異なり、温度減少と共にポテンシャルの中心部から徐々に現れることがわかった。次に、系の非一様性を定量的に議論するために、系の超流動性とコヒーレント特性について調べた。本研究ではPGP方程式を用いた超流動密度の計算方法を考案し、系の超流動性を調べた結果、系にコヒーレント成分が現れはじめると共に超流動が出現し、温度減少と共に一様な2次元系とは異なって連続的に超流動成分は増加していくことが確認された。この結果は、非一様ポテンシャルの効果により一様系とは異なって系においてすべての場所で同一温度で超流動成分が出現ないことを示唆している。このような特徴は非一様なポテンシャルの効果であると言える。これに伴い、一様な2次元系の際立った特徴である超流動密度の不連続性はトラップ系では観測されず、超流動密度は連続的に増加すると言える。さらに、系のコヒーレント特性を明らかするために、位相相関関数の長距離の振る舞いを調べた。Gaussianモデルを用いて解析を行った結果、非一様な2次元系における位相相関関数はコヒーレント領域境界点で一様な2次元系のKT転移点と同じ振る舞いをすることが明らかになり、PGP方程式を用いてこの特徴を示唆した結果を得た。つまり、非一様系におけるKTタイプに従った超流動状態の実現性の証拠を本研究の結果により初めて確認することができたと言える。

図1:温度T=178nKにおけるある時刻での密度分布n(x,y,0)(左図)と位相分布θ(x,y,0)(右図)の計算結果。位相分布に渦(+)、反渦(-)の例を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は、序論であり、本研究で展開される有限温度における調和ポテンシャル中での擬2次元希薄Bose気体の実験的研究に関するレビューを含め論文の背景と目的が説明されている。

第2章は、本研究で用いられたPrOjectedGross・Pitaevskii(PGP)方程式の導出と、物理量の計算の方法を説明している。特に、超流動成分を求めるために必要な角速度の表式などを新しく導出している。このPGP方程式では、クラシカル領域ど呼ばれる縮退したエネルギー領域で波動関数を古典場で記述する近似方法を用いるが、その妥当性について考察を加え、完全な量子的な取り扱いである量子モンテカルロ(QMC)法との比較を行い、粒子の密度分布や波動関数の位相分布の温度変化が定性的に一致し、さらに量子相関を表す相関関数の温度依存性がほぼ定量的にも一致することを明らかにしている。このことからこの方法が超流動状態から常流動状態へ移り変わる温度涼気でも非常によい記述を与えることを明らかにした。PGP方程式はQMC法では困難である実験系と比較可能な大きな系での有効な方法であるが、従来曖昧であったどのくらい定量的に予言性があるのかに関して、今回の成果は重要な知見を与えるものである。

第3章は、調和ポテンシャル中での擬2次元希薄Bose気体がどのように凝縮するかについてPGP方程式を用いて明らかにしている。閉じこめポテンシャルは一様でないため、系の中心部と周辺では密度が異なり、温度を下げていった場合凝縮は中心部から起こる。このようなポテンシャルの非一様性の効果について詳しく議論している。特に、局所的な相関関数のべきを定義し、そのべきが、いわゆる2次元の超流動相転移を記述するコスタリッツ・サウレス(KT)機構から予想される1/4の点を境にして位相がそろった領域(コヒーレント領域)と渦が発生している領域に分かれることを明らかにした。さらに、密度が一様と見なせる場合の超流動転移温度と粒子数密度の関係を用いた局所密度近似によってコヒーレント領域の半径Rcを導き、実際に得られた位相分布の空間的分布とよい一致をしていることを明らかにしている。そして、その半径の温度変化によって中心部分から凝縮の現れる様子を求めている。また、この中心部にコヒーレント領域が現れる温度と実験で用いられた一様系を仮定した相関関数のべきの振る舞いから決定した転移温度には違いがあることも明らかにしている。

さらに、その凝縮部分のコヒーレンスを示す実験として行われた2つの凝縮擬2次元希薄Bose気体が示す干渉パターンのシミュレーションを行い、確かに渦の有無によって干渉パターンに違いが出ることも明らかにしている。

最後に、超流動性を表す量として用いられる微小回転に対する慣性モーメントの変化についても今回の方法で調べて、超流動性が転移点で連続的に出現することを見いだしている。この振る舞いと相関関数のべきの変化が不連続的であったとの違いについて不均一性との関連から議論している。

第4章は、全体のまとめに当てられている。

なお、第2章は川島直輝、第2章は川島直輝・鈴木隆史、加藤康之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究推進したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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