学位論文要旨



No 125573
著者(漢字) 茂木,康平
著者(英字)
著者(カナ) モテギ,コウヘイ
標題(和) 1次元量子系の相関関数の厳密解析
標題(洋) Exact analysis of correlation functions of one-dimensional quantum systems
報告番号 125573
報告番号 甲25573
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5481号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 教授 押川,正毅
 東京大学 准教授 加藤,岳生
 東京大学 教授 時弘,哲治
内容要旨 要旨を表示する

1 次元量子模型は、近年の微細加工技術の進展により、単なる数学的模型という位置づけを超えた注目を浴びるようになった。量子揺らぎが強く、Fermi 液体描像が破綻する1 次元系では、非摂動的取り扱いが重要になってくる。2,3 次元系よりは扱いやすいとはいえ、物理量、特に相関関数を厳密に計算することは難しい。

代表的なスピン模型である、スピン-1/2 反強磁性XXZ 鎖でさえ、かつてはせいぜい、第二近接相関関数が求められる程度であった。1990 年代に入り、q-頂点演算子と呼ばれる手法で、神保、三輪を中心とするグループは有質量領域における無限XXZ 鎖の相関関数の多重積分表示を導出した。この手法は1970 年代から80 年代にかけて発見、開発された角転送行列法、共形場理論や量子群等の成果、技術を集大成した手法であり、特徴としては、量子アファイン代数Uq(csl2) の最高ウェイト加群や頂点演算子などの道具を自由ボソン表示することにより、共形場理論の場合と同様の計算に持っていくという点にある。また、無質量領域に関しても、q-KZ 方程式を解くことにより、多重積分表示が"導出"された。

この言わば、新興の手法とは他に、反強磁性可解スピン鎖を解析する伝統的な手法として、ベーテ仮設法があり、系統的に自由エネルギーなどのバルク量が厳密に求められてきた。一方、この手法を用いた相関関数の厳密な解析は長らく困難であり、共形場理論やボソン化法と組み合わせて、その長距離挙動を理解するにとどまっていたが、1990 年代後半に入り、Maillet らを中心とするグループは代数的ベーテ仮設法を用いて、XXZ 鎖の多重積分表示を再導出した。q-頂点演算子の手法と比べたベーテ仮設法の利点は、有質量領域の領域でも正当性があり、また、磁場や温度、時間依存性がある場合にも拡張が可能なところにある。更に最近では、この手法で導出された新たな多重積分表示から、二点相関関数h3/4zi 3/4zj iの長距離の漸近形の相関振幅が厳密に決定された。

本論文では、代表的な1 次元可解量子模型である、spinless fermion 模型〓と、Jordan-Wigner 変換により等価な1 次元スピン-1/2 XXZ 鎖、〓及び、一般の高スピンに拡張した非可積分模型〓の相関関数について研究した。内容は大別して、前半部(2,3 章) と後半部(4,5 章)に分かれる。

第2 章では、spinless fermion 模型の零温度における形状因子と一粒子グリーン関数hcyi cji について考察した。spinless fermion 模型はバルク量に関しては、Jordan-Wigner 変換で移されるXXZ 鎖と、熱力学極限において厳密に一致する。スピン系とフェルミオン系の統計性の違いは相関関数に表れ、XXZ 模型のスピン-スピン相関関数h3/4+i 3/4ij i と、spinless fermion 模型のグリーン関数hcyi cjiに違いをもたらす。フェルミオン系特有の物理量を計算するには、スピン系にマップすることなしに、その系自身を直接、取り扱うことが重要である。Spinless fermion 模型を記述するfermionic R-operator に基づく量子逆散乱法を用いて、形状因子の行列式表示と、グリーン関数hcyi cji の多重積分表示を導いた。また、free-fermion点において、既知の結果を再現することを確かめた。

第3 章は第2 章の結果の有限温度への拡張であり、グリーン関数hcyi cji と、反強磁性XXZ 鎖のh3/4+i 3/4ij i を、量子転送行列法を用いて求めた。量子転送行列法の特徴としては、(i) 量子転送行列の最大固有値と第二最大固有値との間に有限のgap が存在する(ii) 熱力学極限とTrotter 極限が可換である、ことが挙げられる。特に(i) の事実により、hcyi cji, h3/4+i 3/4ij i を多重積分表示に移す前段階の多重和の構造が、零温度の場合と同じになる。そして、結果として得られた有限温度の多重積分表示は、零温度の場合の自然な拡張となっている。実際に、零温度の極限において、第2 章の結果を再現した。また、有限温度の多重積分表示の応用として、いくつかの近接グリーン関数に関し、高温展開を施した。

第4 章の内容は、スピン-1/2 無限強磁性XXZ 鎖の相関関数についてである。XXZ 鎖の強磁性領域では、全てのスピンが上向き、または下向きである状態が明らかな基底状態として存在するが、この他にキンク基底状態と呼ばれる、並進対称性の破れた状態も基底状態として存在する。このキンク基底状態における相関関数を系統的に調べた。まず、相関関数の基本単位である密度行列の厳密な表式を求めた。その厳密な表式より、特に重要な相関関数の漸近的な振る舞いを調べ、スピン-スピン相関関数が長距離で指数関数的に減衰することを示した。これに対し、あるサイトx から長さn に渡って、スピンが強磁性的に並ぶ確率や、反強磁性的に並ぶ確率などが、ストリングの長さn が大きくなるにつれて、ガウス型の減衰をすることがわかった。このガウス型減衰は、反強磁性XXZ 鎖の場合にも見られる振る舞いである。このような減衰の仕方のみならず、更には、漸近極限での相関振幅も厳密に決定することができた。

第5 章は第4 章の解析手法を、一般のスピンS 無限強磁性XXZ 鎖に適用した結果である。考えている模型はS , 1 では、Yang-Baxter の意味で可解な模型ではない。このような模型に対しても、キンク基底状態の密度行列の厳密な表式を求めることができた。また、S = 1 の場合の、スピン-スピン相関関数の長距離での指数関数的減衰を示した。

まとめると、(1) 零温度の形状因子の行列式表示と、グリーン関数hcyi cji の多重積分表示、(2) 有限温度のhcyi cji と、反強磁性XXZ 鎖のh3/4+i 3/4ij i の多重積分表示、(3) スピン-1/2 無限強磁性XXZ 鎖のキンク基底状態の密度行列(4) スピン-S 無限強磁性XXZ 鎖のキンク基底状態の密度行列を求めたのが、本論文の主結果である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6 章からなる。第1章では研究の背景が述べられている。第2 章では、相互作用する1次元スピンレスフェルミオンの基底状態における相関関数の厳密解について、第3 章では第2 章の結果を有限温度に拡張した場合の結果について述べられている。第4 章では、スピン1/2 の1 次元強磁性模型におけるキンク解における相関関数の厳密解について述べられ、第5 章では、第4 章の結果を一般のスピンに拡張した場合の結果が述べられている。第6 章では結論が述べられている。

本論文の研究対象である1 次元量子模型は、ここ十数年来の微細加工技術の進展や冷却原子気体における縮退フェルミ系の実現により、単なる数学的模型という位置づけを超えた注目を浴びるようになった。量子揺らぎが強く、Fermi 液体描像が破綻する1 次元系では、非摂動的取り扱いが重要になってくる。2,3 次元系よりは扱いやすいとはいえ、物理量、特に相関関数を厳密に計算することは難しい。

本論文は、代表的な1 次元可解量子模型である、spinless fermion 模型〓と、Jordan-Wigner 変換により等価な1 次元スピン-1/2 XXZ 鎖、〓及び、一般の高スピンに拡張した非可積分模型〓の相関関数の厳密解について述べたものである。

内容は大別して、前半部(2,3 章) と後半部(4,5 章) に分かれる。第2 章では、spinless fermion 模型の零温度における形状因子と一粒子グリーン関数cyi cj について考察した。Spinless fermion 模型を記述するfermionic R-operator に基づく量子逆散乱法を用いて、形状因子の行列式表示と、グリーン関数cyi cj の多重積分表示を導いた。また、free-fermion 点において、既知の結果を再現することを確かめた。第3 章は第2 章の結果の有限温度への拡張であり、グリーン関数cyi cjと、反強磁性XXZ 鎖の_+i _j を、量子転送行列法を用いて求めた。その結果が零温度の極限において、第2 章の結果を再現することを確かめた。また、有限温度の多重積分表示の応用として、いくつかの近接グリーン関数に関し、高温展開を施した。第4 章の内容は、スピン-1/2 無限強磁性XXZ 鎖の相関関数についてである。XXZ 鎖の強磁性領域では、全てのスピンが上向き、または下向きである状態が明らかな基底状態として存在するが、この他にキンク基底状態と呼ばれる、並進対称性の破れた状態も基底状態として存在する。このキンク基底状態における相関関数を系統的に調べた。まず、相関関数の基本単位である密度行列の厳密な表式を求めた。その厳密な表式より、特に重要な相関関数の漸近的な振る舞いを調べ、スピン-スピン相関関数が長距離で指数関数的に減衰することを示した。これに対し、あるサイトx から長さn に渡って、スピンが強磁性的に並ぶ確率や、反強磁性的に並ぶ確率などが、ストリングの長さn が大きくなるにつれて、ガウス型の減衰をすることがわかった。このガウス型減衰は、反強磁性XXZ鎖の場合にも見られる振る舞いである。このような減衰の仕方のみならず、更には、漸近極限での相関振幅も厳密に決定することができた。第5 章は第4 章の解析手法を、一般のスピンS 無限強磁性XXZ 鎖に適用した結果である。考えている模型はS≧ 1 では、Yang-Baxter の意味で可解な模型ではない。このような模型に対しても、キンク基底状態の密度行列の厳密な表式を求めることができた。また、S = 1 の場合の、スピン-スピン相関関数の長距離での指数関数的減衰を示した。

本研究の成果の2 章から5 章までの結果の主要部分または一部については4 編の原著論文として公表済である。本論文で述べられている結果は、堺和光氏との共同研究の成果である。しかし論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める

UTokyo Repositoryリンク