学位論文要旨



No 125762
著者(漢字) 愛場,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) アイバ,ユウイチロウ
標題(和) 人工制限酵素ARCUTの化学修飾による高機能化
標題(洋)
報告番号 125762
報告番号 甲25762
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7295号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 講師 須磨岡,淳
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

ヒトゲノム解読の終了に代表されるように、「ポストゲノム時代」に突入している昨今、研究対象となるDNAのサイズは飛躍的に増大してきている。一方、分子生物学の中核を担うDNA切断技術は依然として天然の制限酵素に頼っている。しかしながら、その認識配列は4-8塩基かつ、ほとんどが回文配列に限られ、選択性や自由度が巨大DNAを扱うには不十分である。

これらの現状を踏まえ、高等生物などの巨大DNAの遺伝子操作を実現するには、天然の制限酵素を超える高い位置選択性を持ち、認識配列を自由に設計できる人工制限酵素が必須となる。このような観点から、当研究室では人工制限酵素ARCUT(Artificial Restriction DNA CUTter)の開発を行ってきた(Fig. 1)。ARCUTは、DNAに配列特異的に"インベージョン"するペプチド核酸(PNA;Fig. 2)を利用し、2本鎖DNA中の望みの位置に1本鎖部位(ギャップ構造)を作り出し、Ce(IV)/EDTA錯体を作用させることで選択的な切断を達成している。ここで用いるPNAは人工核酸であり、その長さや配列を望みに応じて設計することで、ARCUTは高い位置特異性を有するのと同時に、その認識配列を自由に変更可能となっている。

これまでARCUTは、ヒトゲノムDNAの目的部位での切断やキメラタンパクの調製に成功するなど、次世代の遺伝子操作のツールとしての高い可能性が示されている。本論文ではさらに高度な遺伝子操作に向けて、ARCUTをより汎用的なツールとして完成させるべく、化学修飾を用いた高機能化を目指した。

ARCUTは大別すると、配列認識を行うPNAと、加水分解を行うCe(IV)/EDTAの2つの要素から構成されている。そこで、本研究ではこの2点について着目し、以下の事項についてそれぞれ検討を行った。

I. 配列認識部位(PNA)への化学修飾による高機能化:

・PNA骨格へのリンカー導入によるミスマッチ識別能の向上

・ジスルフィドリンカー導入PNAによるDNA認識とその制御

II. 標的部位への配位子導入によるDNA加水分解の高効率化:

・標的部位へのEDTP配位子導入によるDNA切断の高効率化

・Ce(III)を用いたEDTP配位子上へのCe固定化に向けた検討

【結果・考察】

I.配列認識部位(PNA)への化学修飾による高機能化

PNAはDNAに比べ、ミスマッチ認識能が高い。これは、PNAの主鎖がポリアミド骨格であり、DNAのリン酸ジエステル結合に比べ剛直なことに由来すると言われている。これにより、主鎖のコンフォメーション変化(歪み)が、剛直性によりミスマッチ塩基周囲の塩基対の解離を誘起し、最終的に2本鎖の解離を促進すると考えられる。

このようにミスマッチ認識能が高いと言われるPNAであるが、一方で末端部分でのミスマッチ識別能が低いことや、PNAの長さが長くなるにつれミスマッチ識別能が低下するといったことが、近年の研究で明らかとなってきた。そこで本研究では、PNA主鎖中にリンカーを導入してPNAを細分化し、正確な相補鎖認識を維持しつつ、ミスマッチ存在時の不安定化を促進することで、DNA認識能を向上させた系の構築を目指した。

I-a) リンカー及びリンカー導入PNAの設計

PNAへの導入のしやすさから、Fig. 4に示す3種のリンカーを選択した。これまで骨格修飾によるPNA誘導体の報告はあるものの、骨格長はそのままでキラリティを制御したものばかりであった。このようなリンカーを導入した修飾法は皆無に近く、まず合成したリンカー導入PNAのDNA認識から確認を行った。Tm測定の結果、安定性の低下は見られるものの、いずれの修飾PNAも相補鎖DNAをきちんと認識することがわかった(Table 1)。さらにインベージョン能を有していることも、ゲルシフトアッセイから確認した。

I-b) リンカー導入PNAによるミスマッチ認識および熱力学的な安定性からの考察

次に、リンカー導入PNAのミスマッチ認識能について検討した。インベージョン実験の結果をみると(Fig. 5)、リンカーを導入していない通常のPNAを用いたlane Oでは、末端にミスマッチが存在しても、高い効率でインベージョンが起きている。一方、リンカー導入PNAでは(lanes I-III)、インベージョン複合体のバンドが確認できない。このように、リンカーを導入することで、目的通りミスマッチ識別能の向上に成功した。この結果についてさらに詳細に検討するために、ミスマッチ配列とのTmを測定し、熱力学的な安定性からも考察を行った。5'末端のGをAに置き換えたDNA(1838A)の場合をみると、リンカー導入によりミスマッチ認識能が向上していることが確認できる。また、リンカーの隣の塩基であるCをAに置き換えたDNA(1842A)の場合でも、Tmは同様に大きく低下しており、リンカーに隣接する位置でも塩基対はきちんと形成されていることが確認出来る。一方、Linker IIIに関してはミスマッチ認識能の向上はあまり顕著ではなく、リンカー中の正電荷による非特異的な静電相互作用により、ミスマッチ識別能が低下したものと考えられる。

I-c) ジスルフィドリンカー導入PNAによるDNA認識とその制御

さらに、本系をさらに発展させ、前述のリンカーに代わり機能性リンカーを用いることで、PNAに新たな機能を付与することが期待される。そこで、ジスルフィド(SS結合)リンカーをPNA中央に導入し、SS結合の還元的開裂を利用して、PNAのDNAからの自発的な解離を制御可能な系の構築について検討を行った。この修飾PNA/DNA 2本鎖に還元剤を処理したところ、SS結合は容易に切断された。これによりPNAは2本の短い断片となり、DNAを十分認識出来るほどの安定性を保てず、PNAは自発的に解離することとなった。以上から、外部因子を用いたPNAのDNA認識の制御に成功し、機能性リンカーの導入によるPNAの高機能化に成功した。

ARCUTにおいて、残存するPNAはその後の酵素処理を阻害するおそれも考えられ、今回のようにPNAを容易に解離させる系は非常に重要となる。またこれを利用してARCUT切断断片の分離・回収のモデル実験にも成功した。

II.標的部位への配位子導入によるDNA加水分解の高効率化

過去の知見から、1本鎖DNA切断系において切断部位近傍にリン酸基を配置したり、2本鎖切断系でPNAにホスホセリンを導入したりすることで、その強い相互作用からCeを切断部位へと引き寄せ、DNA切断の高効率化に成功している。以上から、より強力な配位子がDNA切断の高効率化に必須と考えられる。さらに、Ceの配位子上の固定化が可能となれば、系が簡略化され、細胞内やin vivoなどへの展開に大きく貢献することとなる。そこで本研究では、より強くCeと相互作用する複数のリン酸基を有したEDTP配位子(Fig. 7)を導入することで、高効率なARCUTの構築を目指し研究を進めた。

II-a) EDTP配位子を用いた効率的なDNA切断

まず、系の簡略化のために1本鎖DNA切断系を用いて検討を行った。5'FAMラベルした45merの基質に対し、末端をそれぞれ修飾した20merのDNAを用い、ARCUTのターゲットとなる1本鎖部位(ギャップ部位)の切断活性を評価した。EDTP修飾DNAを用いた場合、20~25merの位置に選択的な切断断片が確認できる(Fig. 8)。特にEDTPを両側に配置したlane 8で、非常に高い切断効率が得られている。一方、未修飾、リン酸修飾したlane 3、lane 4では切断が確認できない。これは、従来系に比べ非常に低濃度のCe(IV)/EDTAを用いているためであり、EDTPのCeの濃縮効果によって、効率的な切断が達成されているのである。

II-b) 短鎖EDTP-ODNを利用した長鎖1本鎖DNAを対象とする遺伝子操作

速度論的な解析から、Kd値の大幅な減少が明らかとなった。EDTP導入により、必要なCe(IV)/EDTA量が減少し、同時に非特異切断が抑制され、選択性も向上することとなる。このような特長は、我々の巨大DNAを志向した目的に合致する。そこで、BFPの長鎖1本鎖DNAをターゲットとした遺伝子組み換えを行い、実用面でのEDTP導入による選択性の向上を検証した。従来は1本鎖DNAをターゲットとした場合、相補的なDNAを用いて切断位置以外は、全て2本鎖形成する必要があった(Fig. 9)。今回はCe濃縮効果から、短鎖EDTP修飾ODNのみを用いたBFP → GFPの遺伝子組み換え実験を検討した。その結果、目的の遺伝子操作に成功し、EDTPの有用性が実験的に証明された。

II-c) Ce(III)を用いたEDTP配位子上へのCe固定化に向けた検討

さらに、Ceの配位子上の固定化を目指し、Ce(III)を用いた新たなDNA切断系についても検討を行った。通常Ce(IV)は、EDTA錯体として用いている。これは、Ce(IV)は中性条件下では水酸化物ゲルを形成してしまうため、EDTAによって系を均一化する必要があるためである。

そこで、本研究ではCe(III)に注目した。Ce(III)は中性条件下でもゲルは形成せず、さらに系中の溶存酸素により容易に酸化され、DNA切断活性を示すCe(IV)を生じることが可能である。そこで、Ce(III)をDNA末端のEDTP上にまず捕捉し、EDTP配位子上で空気酸化によりCe(IV)を生じさせ、Ce(IV)/EDTPを切断活性種として用い、DNAを切断することを目指した。Fig. 10から、Ce(III)を用いたlane 2で切断断片が確認出来、Ce(III)とEDTP-DNAを併用した新規DNA切断系の構築に成功した。さらに、II-a)以上に低濃度のCe量でも効率的な切断が達成されることが明らかとなった。

【結論】

リンカーPNAおよびEDTP配位子によるARCUTの高機能化について検討を行った結果、まずPNAに関しては、リンカーを導入することでミスマッチ識別能を向上させることに成功した。また、ジスルフィドリンカーを導入し、還元剤によってDNA認識を制御可能なPNAの構築にも成功した。

EDTP配位子によるDNA切断の高効率化については、EDTP導入が巨大なDNAを扱う上で、非常に強力な手法であることを実験的に証明した。また、EDTPとCe(III)を併用した新たなDNA切断系の構築にも成功した。今回構築した系では、EDTP上で切断活性種のCe(IV)を生じさせ切断に用いており、配位子上にCeを固定化した系に非常に近いものといえる。このことは、今後in vivo等へ展開していく上で非常に重要な結果である。

以上の結果は、今後ARCUTを次世代遺伝子操作ツールとして展開していく上での重要な知見であると言える。

Figure 1. Schematic depiction of site-selective DNA scission by ARCUT. Single-stranded portions, formed by the invasion of two PNA strands to target double-stranded DNA, are selectively hydrolyzed by Ce(IV)/EDTA.

Figure 2. (a) Chemical structure of PNA. (b) Instead of A and T, two modified bases, 2,6-diaminopurine (D) and 2-thiouracil (U) are used in combination with G and C to improve invasion efficiency.

Figure 3. Strategies developed in this study for the functionalization of ARCUT and the promotion of site-selective scission by ARCUT.

Figure 4. (a) Chemical structures of linker monomers used in this study. (b) Sequences of PNA and corresponding complementary DNA (X = linker I - III, K: lysine, D: 2.6-diaminopurine, U: 2-thiouracil).

Table 1. Tm of the duplexes of PNA with the corresponding complementary single-stranded DNA including mismatch.

Figure 5. (a) Sequences of 130-mer DNA and PNA including mismatched base pair (X = linker I - III in Fig. 4). (b) Gel-shift assay for the invasion of PNA with (or without) additional linker to double-stranded DNA. Invasion conditions: [DNA] = 50 nM, [each of PNA] = 300 nM and [HEPES (pH 7.0)] = 5 mM at 50oC for 1h.

Figure 6. (a) Reductive cleavage of the internal disulfide bond in PNA for its spontaneous removal. Disulfide linkage is introduced to PNA using the corresponding Boc-monomer in (b)

Figure 7. Chemical structure of EDTP.

Figure 8. Polyacrylamide gel electrophoresis patterns for the hydrolysis of the 5'FAM-labelled DNA at a 5-base gap by Ce(IV)/EDTA complex. [DNA45] = 1 μM, [each of additives] = 2 μM. [NaCl] = 100 mM, [HEPES (pH = 7.0)] = 7.5 mM, [Ce(IV)/EDTA] = 0 (lane 1) or 50 μM (lanes 2-8) at 50oC for 72 h.

Figure 9. Site-selective scission of long single-stranded DNA using short EDTP-ODNs.

Figure 10. Site- selective scission of DNA45 by using Ce(III)-derived DNA cutter. [DNA45] = 1 μM, [each of EDTP-ODN] = 1 μM. [NaCl] = 100 mM, [HEPES (pH = 7.0)] = 5.0 mM, [Ce(III)] = 4 μM (lane 2), [Ce(IV)/EDTA] = 4 μM (lane 3) at 50oC for 20 h.

審査要旨 要旨を表示する

ヒトゲノム解読の終了に代表されるように、「ポストゲノム時代」に突入している昨今、研究対象となるDNAのサイズは飛躍的に増大してきている。また、近年iPS細胞の作製技術が樹立されたことなどからも、ゲノムを対象とした研究に対して諸処の分野から非常に大きな注目、期待が寄せられている。一方、分子生物学の中核を担うDNA切断技術は、依然として天然の制限酵素に依存している。しかしながら、このような酵素はゲノム等の巨大DNAを対象とした次世代のツールとしては応用が困難である。というのも、制限酵素には、「切断可能な配列が限られており、どこでも切断できるわけではない」・「認識する配列が短いために、巨大なDNAに用いると無数の断片が生じてしまう」といった問題点が存在するためである。

これらの現状を踏まえ、高等生物などの巨大DNAの遺伝子操作を実現するには、天然の制限酵素を超える高い位置選択性を持ち、認識配列を自由に設計できる人工制限酵素が必須となる。このような観点から、活性中心としてCe(IV)/EDTA錯体を用いた人工制限酵素ARCUT(Artificial Restriction DNA Cutter)の開発がこれまで進められてきた。ARCUTは高い位置特異性を有するのと同時に、その認識配列を自由に変更可能である。また、ARCUTを利用したキメラタンパクの調製に成功するなど、次世代の遺伝子操作のツールとしての高い可能性が実証されている。本論文では、さらに高度な遺伝子操作に向けて、このARCUTをより汎用的なツールとして完成させるべく検討を行った。その結果、リンカー導入という新規修飾法を用いて配列認識部位のPNAのミスマッチ識別能を向上させることに成功した。また、標的部位近傍にリン酸系配位子を導入することで高効率な切断を達成し、さらにその切断法を遺伝子組み換えに応用し、実用レベルでの有用性を実験的に証明している。

本論文は全6章で構成されており、詳細は以下の通りである。

第1章は序論であり、DNAを切断する人工制限酵素の構築の重要性及び、人工的なDNA切断に関する研究など研究の背景を紹介している。また、人工制限酵素ARCUTについて過去の研究例を挙げながら、現状の課題とそれに対する本研究の位置づけについて述べている。

第2章では、ARCUTの配列認識を担うペプチド核酸・PNAに骨格へのリンカー導入を施すことで、そのミスマッチ識別能を向上させることに成功している。また詳細な検討から、PNAの配列全体としてミスマッチ識別能が向上していることを明らかにした。このことは今後ARCUTを類似配列が多数存在するゲノムなどの巨大DNAへと応用する場合に、非常に重要な知見となる。

第3章では、第2章で用いた新規PNA修飾手法をさらに発展させ、ジスルフィドリンカーを用いて、PNAへDNA認識のスイッチング能を付与することに成功している。ここで、還元的処理によりこのジスルフィド結合は容易に開裂し、PNAは短く断片化されることになる。これにより、DNAを十分に認識できるほどの安定性を保てず、PNAは自発的に解離することを見出した。また、本手法を用いてARCUTの切断断片を回収へと応用することも示している。

第4章では、EDTP配位子を標的部位近傍に導入することで、ARCUTの切断の高効率化に向け検討を行っている。その結果、EDTPによる強力なCe(IV)/EDTAの濃縮効果により、切断効率とその選択性が大幅に向上することを明らかにしている。さらに、実用的なレベルでの評価を行うために、長鎖1本鎖DNAを対象とした遺伝子組み換え実験を行い、EDTP導入による大幅な選択性の向上を実験的に証明している。さらに、本手法で得られた組み換えDNAからは正常なタンパクの発現が確認され、非天然分子からなる本系が予期せぬ副反応をDNAに及ぼすことはないことを示している。

第5章では、EDTP配位子上へのCeの固定化に向けて検討を行った。この際、従来のCe(IV)では水酸化物ゲルを形成してしまうため、Ce(III)に着目した。このCe(III)をEDTP上で空気酸化しCe(IV)を生成させることで、Ce(IV)/EDTAに比べて非常に低濃度のCe量で効率的な切断が達成されることを見出した。また、生理的条件下で切断実験を行い、Mgなどの2価カチオンが存在しても反応が阻害されないことを証明している。

第6章では、本研究で得られた知見を総括し、その重要性と波及効果について述べている。

以上のように、本論文は、認識配列を自由に設計可能な人工制限酵素ARCUTの高機能化を目的とし、その配列認識能と切断効率とを向上させる手法を構築したものである。今後これらの手法を基に、次世代の遺伝子操作のツールへとARCUTを展開していくことで、バイオテクノロジーだけでなくゲノム等の巨大なDNAを扱う広い分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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