学位論文要旨



No 126000
著者(漢字) 毛利,大
著者(英字)
著者(カナ) モウリ,ダイ
標題(和) 膵管内乳頭粘液性腫瘍における組織亜型分類と遺伝子異常に関する検討
標題(洋)
報告番号 126000
報告番号 甲26000
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3479号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 准教授 長谷川,潔
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

膵癌は非常に予後不良な悪性疾患であり、その死亡率と罹患率はかなり近似している。早期発見、早期治療のためには発癌と進展のメカニズムを解明することが必要不可欠といえる。通常型膵管癌は正常膵管上皮由来の膵上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasia:PanIN)に遺伝子異常が多段階的に蓄積し発生することが多いが、一部は異なる前癌病変より発生する。その前癌病変のひとつとして膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasms:IPMN)が知られている。IPMNは最初の報告から30年余りが経過し、その特質と、他の膵腫瘍との違いについて研究が進められてきた。IPMNは病理学的に特徴的な形態を示し、その形態とムチン蛋白MUC1、MUC2、MUC5ACの発現によってgastric、intestinal、pancreatobiliary、oncocytic-typeの4つのサブタイプに分類可能である。

Pancreatobiliary-typeは管状腺癌に関連が深いとされ、一方intestinal-typeはムチンに富んだ膠質癌(colloid carcinoma)と関連が深いとされている。Gastric-typeは一般に異型度が低く、他のサブタイプとともに存在する症例もあり、gastric-typeは他のサブタイプの共通の前病変でありそうとする報告がある。局在に関していえば、分枝型のIPMNの多くはgastric-typeであり、主膵管型のIPMNの多くはintestinal-typeであると報告されている。これら臨床病理学的な観点に着目すると、IPMNから膵癌への発癌経路にはサブタイプにより、異なるメカニズムと遺伝子異常があることが推察される。IPMNに対する分子生物学的な検討も積み重ねられてきており、KRAS、p16INK4a、TP53、SMAD4/DPCといった膵癌で比較的高頻度で認める遺伝子異常は、IPMNでも認めるが膵癌に比べればやや低い頻度であることが報告されている。一方、膵癌でほぼ認めないBRAFやPIK3CAといった遺伝子異常もIPMNでも頻度は少ないながらも認めることが報告されている。

IPMNのサブタイプは、病変の形態のみならず、進展形式や担癌率においても相違があると考えられているが、その詳しい発生、発育進展様式や、それらの基盤となる分子生物学的メカニズムの差異についてはいまだ不明な点が多い。近年、IPMNのサブタイプ間の遺伝子異常の違いについて検討され始めているがその数は決して多くはない。

以上のことを踏まえて、今回の検討ではこれらサブタイプの特徴について評価し、膵癌とIPMNの関連について検討するために、我々はKRAS、BRAF、PIK3CAの遺伝子変異と、p16INK4a、 TP53、とSMAD4/DPC4の蛋白発現について検討した。

2. 方法

東京大学医学部附属病院において膵切除術を受けた25人のIPMN患者を対象とした。切除標本から作成した、HE染色とムチンの免疫染色のパターンにより、gastric-、intestinal-、pancreatobiliary-とoncocytic-typeの4つのサブタイプに分類した。臨床病理学的検討として、対象となる症例について、術前画像評価、手術記録、病理診断を参考に罹患膵管や局在を分類した。術前検査として行われた腹部超音波、超音波内視鏡、CT、MRI/MRCPいずれかにて壁在結節が画像評価可能であったものを壁在結節ありと判定した。嚢胞径や主膵管径については術前画像評価で最大のものを採用した。臨床的背景の、年齢、性別、病変の部位、主膵管径、嚢胞径、壁在結節の有無、壁在結節の大きさ、予後、発見時の有症状率、組織学的な異型度を検討項目とした。

分子生物学的検討として、ホルマリン固定パラフィン包理ブロックからDNA抽出を行い、KRAS、BRAF、PIK3CAの遺伝子異常について検討するとともに、p16INK4A、TP53、SMAD4、phospho-ERKの蛋白発現について免疫染色を行い検討した。

IPMNのサブタイプ間の統計学的な解析にはカイ2乗検定、フィッシャーの正確確率検定、t検定を使用した。

3. 結果

25例のIPMNの内訳はgastric-tpe 11例、intestinal-type 11例、pancreatobiliary-type 1例、oncocytic-type 2例であった。25症例のうち、大多数を占めたgastric-typeとintestinal-typeを比較すると、intestinal-typeの方が有意に主膵管径は太く、壁在結節を伴い、組織学的な異型度が高い傾向を認めた。KRASの遺伝子変異の頻度はgastric-typeは9/11(81.8%)と高率であったのに対し、intestinal-typeは3/11(27.3%)に過ぎず、有意な差をもってgastric-typeで高率にKRASの遺伝子変異を認めた。その下流のMAPKシグナルにおけるERKの活性化をリン酸化抗体を用いて免疫染色で確認したところ、KRASの遺伝子変異を認めた全例でERKのリン酸化を認めた。p16INK4A、TP53、SMAD4の蛋白発現については、intestinal-typeの方がやや異常発現の頻度は高かったが統計学的に差はなかった。TP53の異常集積については、サブタイプではなく、組織学的に高異型な方で高頻度に認めた。

4. 考察

本研究において、我々はIPMNのサブタイプ間における臨床病理学的な違いと遺伝子異常のパターンの違いについて検討を行った。臨床的な側面からいえば、intestinal-typeの IPMNはgastric-typeのIPMNより悪性度が高い性質を示しているといえる。しかし、今回我々はgastric-typeのIPMNには統計学的な有意差をもって、intestinal-typeよりも高頻度にKRASの変異がみられるという知見を得た。今回調べた他の遺伝子(BRAF、PIK3CA)や蛋白の発現(p16INK4a, TP53, SMAD4)についてはgastric-typeとintestinal-typeの2群間において統計学的に有意な差を認めなかった。これらの結果から、gastric-typeのIPMNは組織学的には比較的低異型度と考えられているものの、intestinal-typeよりもむしろいわゆる通常型膵癌である膵管腺癌(PDAC)に近い遺伝子異常のパターン、高頻度のKRAS遺伝子変異と下流のMAPKシグナルの活性化が存在することを考えると、この二者は近い関係にあることが示唆される。

今回のわれわれの検討でも、症例全体としてのIPMNの遺伝子異常の頻度はこれまでの既報と一致している。しかし、今回我々はgastric-type とintestinal-typeを比較して、KRASの変異の頻度に大きな違いがあることを発見したが、これはサブタイプによりIPMNから膵癌へ進展するメカニズムに違いがあることを示唆するといえる。過去に、gastric-typeは他のサブタイプの共通の前病変であるという報告がなされている。しかし、多くのgastric-typeがKRASの変異を持ち、intestinal-typeの多くにはKRASの変異が見られないことから、KRASの変異を持つgastric-typeとKRASの変異を持たないintestinal-typeは異なる発癌経路を経ると考えられる。特に、通常型膵癌の発癌過程においてKRASの変異は最も早期に生じる異常であることから、gastric-type とintestinal-typeの発癌経路は発癌過程の初期の段階から全く異なっていると考えられる。

一方、intestinal-type のIPMNはしばしば膠質癌に進展することが報告されているが、膠質癌は通常型膵癌にくらべKRASの変異の頻度は少ないことが知られている。

また我々の結果だけでなく既報においてもintestinal-typeの多くは組織学的異型度がborderline - carcinomaであることから、intestinal-typeの多くはKRASに依らず、『腺腫』から『癌』へ進展する発癌経路を経ることが示唆される。

以上のことを踏まえると、IPMNから膵癌への進展にはKRASの変異の有無により異なる、2つ主要な経路があると提言することができる。ひとつはKRASの変異とERKのリン酸化、つまりMAPKシグナルの活性化が高頻度にみられる膵癌で、PanINから発癌する通常型膵癌と近い経路と考えられ、intestinal-typeよりgastric-typeで重要な経路である。ふたつめの経路は、KRAS遺伝子変異の頻度のないintestinal-typeでよく見られるIPMN由来浸潤癌で、主膵管に多く、膠質癌の形態を示すことが多い。この2つの経路の発癌過程の詳細なメカニズムはいまだ解明されていないが、本研究によって、KRASの変異の有無がこの2つの経路を分かつ非常に重要なステップであることが示唆された。

膵癌の早期発見や治療を考える上で、IPMNのさらなる研究がその一助となることが望まれ、そのためにはサブタイプごとにIPMNを区別して考えることが重要であろうと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、予後不良な疾患である膵癌の前癌病変のひとつである膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)について、当院で膵切除術を受けた25人のIPMN患者を対象に検討した。この25症例を病理学的に特徴的な形態を示すgastric-、intestinal-、pancreatobiliary-、oncocytic-typeの4つのサブタイプに分類し、頻度の多いサブタイプであるgastric-typeとintestinal-typeの2群間で、臨床病理学的な項目と、膵癌で報告されている発癌に関与する遺伝子の比較検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. IPMNを組織学的形態と特異的ムチン染色により4つのサブタイプに分類したところ、gastric-typeとintestinal-typeが2つの主要なサブタイプであった。Intestinal-typeのIPMNの方が有意に、主膵管径は太く、壁在結節を伴い、組織学的な異型度が高いという結果を得た。

2. 手術検体からDNAを抽出し、膵癌やIPMNで報告されているKRAS、BRAF、PIK3CAの遺伝子変異をダイレクトシークエンス法を用いて解析した。BRAF、PIK3CAについては2群間で有意差を認めなかったが、KRASはgastric-typeで有意に高頻度の活性型遺伝子変異を認めた。

3. KRASの下流に存在する代表的シグナル伝達系であるMAPK シグナルの中心的分子であるERKの活性化について、リン酸化抗体を用いた免疫染色にて検討を行った。KRASの変異とERKのリン酸化は強い相関を示しただけでなく、gastric-typeではintestinal-typeにくらべ有意にKRASの変異とERKのリン酸化を伴っていた。

4. 蛋白発現の検討として、p16INK4a、SMAD4、TP53蛋白の免疫組織化学染色を行った。いずれもやや高頻度にintestinal-typeで発現の異常を認めたが、統計学的な有意差は認めなかった。TP53に関しては、サブタイプではなく、組織学的異型度が高度なほうが有意に異常集積を認めた。

以上、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)について、gastric-typeのIPMNは組織学的には比較的低異型度と考えられているものの、intestinal-typeよりもむしろいわゆる通常型膵癌である膵管腺癌に近い遺伝子異常のパターン、すなわち高頻度のKRAS遺伝子変異と下流のMAPKシグナルの活性化が存在し、この二者が近い関係にあると示唆され、一方でKRASの変異を持たないが組織学的異型度の高いintestinal-typeは異なる発癌経路を経ると推察された。本研究は、サブタイプによりIPMNから膵癌へ進展するメカニズムに違いがあることを示唆するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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