学位論文要旨



No 126072
著者(漢字) 半田,晋也
著者(英字)
著者(カナ) ハンダ,シンヤ
標題(和) 新規協同的複核不斉金属触媒を用いた立体選択的炭素-炭素結合形成反応の開発
標題(洋) Development of A Cooperative Heterobimetallic Catalyst for An Efficient Asymmetric Carbon-Carbon Bond-Forming Reaction
報告番号 126072
報告番号 甲26072
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1337号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

有機合成において効率的医薬品合成、機能性分子合成の開発は最重要課題の一つである。私は博士課程において高立体選択的反応の開発を目指し、反応基質の双方を同時に活性化するDual Substrate Activation のコンセプトのもとに協同的触媒系(Cooperative Catalyst)の研究を行ってきた(Figure 1)。種々の検討の中で新規複核Schiff 塩基錯体を設計し、触媒的不斉反応へと適用したところ、ニトロマンニッヒ反応およびニトロアルドール反応において従来型の配位子とは異なるジアステレオ選択性にて反応が進行することを見出した。また、それぞれの触媒的不斉反応を医薬品合成へと適用し、統合失調症治療薬として知られるネモナプリドやRアドレナリン受容体刺激薬であるリトドリンとその類縁体の短工程合成へと展開した。さらに開発した複核Schiff 塩基錯体の構造、および触媒反応機構に関する知見を得るべく、種々の反応機構解析、反応速度論解析および機器分析を行った。

さらに私は複数の触媒による相乗的効果を指向し、有機触媒と不斉金属触媒を組み合わせた新たな協同的触媒系の開発に着手した。現在も引き続き検討を行っている。

1 新規複核Schiff 塩基錯体の設計

私は求核剤、求電子剤の活性化においてそれぞれの基質に適した複数の金属を適用し反応基質のより高度な活性化、高立体選択的反応の実現を目指し新規金属触媒開発を行った。私はサレン配位子に着目し、従来型配位子に既に存在する窒素親和性高い配位場を活かし、さらに芳香環上にフェノール性水酸基を導入することで新たな金属配位場を産生した (Figure 2)。この新規Schiff 塩基錯体はN2O2、O2O2 といった異なった性質の配位場を併せ持ち、当柴崎正勝研究室で開発されたLLB に代表されるヘテロバイメタリック錯体とは一線を画す。すなわち上述の新規Schiff 塩基錯体はN2O2、O2O2 の配位場に異種金属を組み合わせた錯体が形成可能であり、多種多様な金属錯体が合成可能である。類似の錯体は無機化学の分野において構造解析がなされていたが、私は不斉塩基として新規金属錯体を初めて適用し、触媒的不斉炭素骨格構築反応の開発を行った。

2 syn 選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応

ニトロマンニッヒ反応は反応成績体より生物活性物質や不斉配位子に多く見られる1,2-ジアミンユニットが容易に構築可能であることから、極めて魅力的な反応である。研究に着手した時点では本反応は、一般的ニトロアルカンを用いたsyn 選択的触媒的不斉反応の報告はなされておらず、効率的反応系の開発が望まれていた。

まず種々の金属の組み合わせを検討したところ、Cu/La を適用することで3:1 のジアステレオ比にて望むsyn 生成物を優位に与えることを確認した。次に希土類金属を検討した結果、Sm(OiPr)3を用いることでsyn 選択性は格段に向上し(>20:1=syn/anti)かつ80%の不斉収率であった。さらに種々の添加剤効果を検討したところ触媒量の4-tBu-フェノールを加えることで96%の化学収率、94%の不斉収率にてsyn 選択的に生成物が得られた。

次に私は、不斉収率向上に重要な役割を果たす添加剤フェノール類に着目し、開発したSchiff塩基錯体の錯体構造解析を行った。ESI-MS などの種々の機器分析および反応速度論解析の結果、本Schiff 塩基錯体は銅、サマリウムを加えた際に(μ-oxo)(μ-OR)錯体を含む種々の高次のオリゴメリックな錯体種を生成しており、フェノール類を添加することでより高い不斉収率にて反応を触媒する(μ-oxo)(μ-OR)三量体または六量体が生じることが示唆された(Scheme 1)。そこで得られた知見を活かし更なる反応条件検討を行った結果、Sm5O(OiPr)13 を適用することで触媒の反応性、立体選択性を向上させることに成功した。

最適化された触媒系は電子供与性、吸引性置換基を含む芳香族イミンや複素環イミン、脂肪族イミンなど種々の基質に適用可能であり、高い化学収率(最高99%)、不斉収率(最高99%)にてsyn 生成物を与えた。また、種々のニトロアルカンについても反応は良好な立体選択性にて進行し、さらに触媒量を1 mol %まで減じた際にも反応は問題なく進行した(Scheme 2)。次に開発したsyn 選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応を鍵反応とし、中枢ドパミン受容体遮断薬であり、現在アステラス製薬株式会社よりエミレースとして市販されている医薬品ネモナプリド合成へと展開した。結果、鍵反応は円滑に進行し望むsyn 生成物が選択的にかつ80% ee にて得られた。その後の変換は常法に従い、良好な収率にて標的医薬品ネモナプリドの合成を達成した(Scheme 3)。

3 anti 選択的直接的触媒的不斉ニトロアルドール反応

次にニトロマンニッヒ反応同様にジアステレオ選択性の逆転を指向し、複核Schiff 塩基触媒を用いたニトロアルドール反応の開発を検討した。反応成績体から得られる光学活性β-アミノアルコールは重要なキラルビルディングブロックであり、効率的合成法の開発は意義深いと考えられる。

はじめに種々の金属の組み合わせを検討した結果、Pd/La を組み合わせた際に期待通り報告例の限られたanti 生成物が高選択的に得られることを確認した。本Pd-La-Schiff 塩基触媒系においても適切な添加剤の選択が不斉収率向上には必要不可欠であり、最適であった4-ブロモフェノール存在下、高立体選択的(最高92% ee, 22:1=anti/syn)、高化学収率(最高97%)にて望むanti-ニトロアルコールが生成した(Scheme 4)。先に述べたようにβ-アミノアルコールは多くの生物活性物質、医薬品、不斉配位子中に見られる骨格である。私は本反応を用いた医薬品合成を検討した。標的化合物リトドリンはアドレナリンβ2 受容体刺激薬として知られており、切迫早産、流産防止に広く用いられる化合物である。またその類縁体はアドレナリンβ3 受容体刺激薬であり、排尿障害治療の候補化合物として臨床試験中の化合物である。両医薬品はともに反応成績体から、ニトロ基の還元と生じたアミンへの還元的アルキル化にて合成が可能であると考えられる。私は共通する還元段階に着目し、ニトロ基還元後アルデヒドをそのまま溶液に加えることでone flask 合成を行った。反応は円滑に進行し合成最終段階で異なったアルデヒドを適用することで、ニトロアルドール反応成績体より一挙にリトドリンとその類縁体がそれぞれ93%と73%の高収率にて得られた(Scheme 4)。

さらに同触媒系はα位に不斉点を持つ光学活性なアルデヒドを基質とした際の連続する3 つの不斉点構築ニトロアルドール反応においても有効に機能した(Scheme 5)。想定される8 種類の立体異性体のうち、私はPd-La-Schiff 塩基触媒を用いてsyn/syn 生成物を、また共同研究者の五月女博士、加藤修士はLLB 触媒を用いたanti/syn 生成物を良好なジアステレオ選択性、かつ光学純度を損なうことなく得た。

4 触媒的不斉ホモアルドール反応

近年、N-heterocyclic carbenes (NHCs) は遷移金属に対する新たな配位子として活発に研究が行われており、またNHC は配位子としてだけではなく、ベンゾイン縮合やStetter 反応に対する求核的有機触媒としての役割も注目されている。さらに求核的NHC に対しα,β-不飽和アルデヒドを作用させた際に生成するホモエノラート等価体は新たな炭素求核剤として多くの興味が持たれており、精力的に研究が進められている。しかし種々の優れた反応が報告される中で、ホモエノラート等価体を用いた触媒的不斉反応に関しては限られた方法論が報告されているにとどまり、またその選択性も十分ではなかった。そこで私はNHC と不斉金属触媒を組み合わせた新規触媒系を構築し、それぞれの触媒の相乗効果をもって、この問題の解決を狙った。

標的反応にホモアルドール反応を設定し、種々の検討を行った結果、ベンズイミダゾリウム塩とLLB を組み合わせた触媒系が標的反応に有効に機能することを確認した(Scheme 6)。未だ反応性、不斉収率に関しては改善の余地を残すものの、良好なジアステレオ選択性にてγ-ラクトンが得られることを確認した。現在更なる検討を行っている。

1) (a) Handa, S.; Gnanadesikan, V.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129,4900. (b) Handa, S.; Gnanadesikan, V.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. submitted.2) (a) Handa, S.; Nagawa, K.; Sohtome, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed.2008, 47, 3230. (b) Sohtome, Y.; Kato, Y.; Handa, S.; Aoyama, N.; Nagawa, K.; Matsunaga,S.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2008, 10, 2231.3) For recent reviews on homoenolate chemistry; (a) Zeitler, K. Angew. Chem., Int. Ed. 2005, 44,7506. (b) Marion, N.; Diez-Gonzalez, S.; Nolan, S. P. Angew. Chem., Int. Ed. 2007, 46, 2988.(c) Nair, V.; Beneesh, V.; Babu, P. Chem. Soc. Rev. 2008, 37, 2691.

Figure 1 Concept of Dual Activation

Figure 2 Image of the Heterobimetallic Schiff Base Complex

Scheme 1 Proposed structure of Cu-Sm-Schiff base complex

Scheme 2 syn-Selective catalytic asymmetric nitro-Mannich reactions

Scheme 3 The synthesis of nemonapride

Scheme 4 anti-Selective direct catalytic asymmetric nitroaldol reaction

Scheme 5 Stereodivergent synthesis of nitroalcohol

Scheme 6 Catalytic asymmetric homoaldol reactions

審査要旨 要旨を表示する

有機合成において効率的医薬品合成、機能性分子合成の開発は最重要課題の一つである。半田晋也は博士課程において高立体選択的反応の開発を目指し、反応基質の双方を同時に活性化するDual Substrate Activationのコンセプトのもとに協同的触媒系(Cooperative Catalyst)の研究を行った(Figure1)。

1 新規複核Schiff塩基錯体の設計

半田晋也は求核剤、求電子剤の活性化においてそれぞれの基質に適.した複数の金属を適用し反応基質のより高度な活性化、高立体選択的反応の実現を目指し新規金属触媒開発を行った。半田晋也はサレン配位子に着目し、従来型配位子に既に存在する窒素親和性高い配位場を活かし、さらに芳香環上にフェノール性水酸基を導入することで新たな金属配位場を産生した(Figure2)。この新規Schiff塩基錯体はN2O2、O2O2それぞれの配位場に異種金属を組み合わせた錯体が形成可能であり、多種多様な金属錯体が合成可能である。類似の錯体は無機化学の分野において構造解析がなされていたが、半田晋也は不斉塩基として新規金属錯体を初めて適用し、触媒的不斉炭素骨格構築反応の開発を行った。

2 syn選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応

半田晋也はCu/Sm/Schiff塩基錯体をニトロマンニッヒ反応に適用したところ、未だ選択的合成法のなかsyn生成物を選択的(>20:1=syn/anti)かっ80%の不斉収率にて得た。さらに種々の添加剤効果を検討したところ触媒量の4-tBu-フェノールを加えることで96%の化学収率、94%の不斉収率にてsyn選択的に生成物が得られた。

次に半田晋也は、不斉収率向上に重要な役割を果たす添加剤フェノール類に着目し、開発したSchiff塩基錯体の錯体構造解析を行った。ESI-MSなどの種々の機器分析および反応速度論解析の結果、本Schiff塩基錯体は銅、サマリウムを加えた際に(μ-oxo)(μ-OR)錯体を含む種々の高次のオリゴメリックな錯体種を生成しており、フェノール類を添加することでより高い不斉収率にて反応を触媒する(μ-oxo)(μ-OR)三量体または六量体が生じることが示唆された(Scheme1)。

そこで得られた知見を活かし更なる反応条件検討を行った結果、Sm5O(OilPr)13を適用することで触媒の反応性、立体選択性を向上させることに成功した。最適化された触媒系は電子供与性、吸引性置換基を含む芳香族イミンや複素環イミン、脂肪族イミンなど種々の基質に適用可能であり、高収率(最高99%)、不斉収率(最高99%)にてsyn生成物を与えた。また、種々のニトロアルカンについても反応は良好な立体選択性にて進行し、触媒量を1mol%まで減じた際にも反応は問題なく進行した(Scheme2)。さらに半田晋也は開発したsyn選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応を用い、医薬品ネモナプリド合成を行った(Scheme3)。

3 anti選択的直接的触媒的不斉ニトロアルドール反応

次に複核Schiff塩基触媒を用いたニトロアルドール反応の開発を検討したところ、Pd-La-Schiff塩基および・プロモフェノール触媒系において不斉収率向上には必要不可欠であり、望むanti-ニトロアルコールが高立体選択的(最高92%ee,22:1=anti/syn)、高化学収率(最高97%)にて生成した。半田晋也は本反応を用いた医薬品合成を検討し、リトドリンとその類縁体の短工程合成を達成した(Scheme4)。

さらに同触媒系はα位に不斉点を持つ光学活性なアルデヒドを基質とした際の連続する3つの不斉点構築ニトロアルドール反応においても有効に機能した。すなわち想定される8種類の立体異性体のうち、半田晋也は良好なジアステレオ選択性、かつ光学純度を損なうことなく得た。

4 触媒的不斉ホモアルドール反応

半田晋也は新たな協同的触媒系開発にあたり、NHCと不斉金属触媒を組み合わせた新規触媒系を構築し、立体選択的ホモアルドール反応の開発に着手した。種々の検討を行った結果、ベンズイミダゾリウム塩とLLBを組み合わせた触媒系が標的反応に有効に機能することを確認した(Scbeme5)。未だ改善の余地を残すものの、良好なジアステレオ選択性にてγ-ラクトンが得られることを確認した。

以上の結果は創薬化学研究及び有機合成化学に対し重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

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