学位論文要旨



No 126074
著者(漢字) 古山,渓行
著者(英字)
著者(カナ) フルヤマ,タニユキ
標題(和) 新規亜鉛アート錯体の開発とその医薬化学的応用
標題(洋)
報告番号 126074
報告番号 甲26074
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1339号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【序】多様化する傾向にある医薬品の要請に応えていくためには、1.リード化合物の設計と2.その多様な構造展開に基づく活性増強、3.適切な体内動態特性の付与、の3点全てを効率的に行うことが重要な要因である。これらの課題を達成するためには、ものつくりの化学だけではなく、その先の機能を見据えた概念の導入とその応用が必要不可欠と考えた。そこで研究目標として、1.合成の短工程化を可能とする新規合成反応の開発、2.機能性高分子への応用を目指した新規反応デザイン、3.生理活性物質の迅速探索、4.ケミカルツールとして利用可能な新機能性分子骨格の創製、の4点を設定した。具体的には、1の達成として嵩高い配位子を有する亜鉛アート錯体を用いた化学選択的金属化反応、2の達成として制御された重縮合反応解析の計算化学によるアプローチと弱い相互作用を鍵とする新規アニオン重合反応の開発、3の達成として、マルチテンプレート法と新規金属化反応を組み合わせた新規細胞増殖抑制剤の迅速探索、4の達成として、ヘテロ原子を含む7員環縮環化合物の系統的合成とその機能評価を行なった。以下にその詳細を述べる。

【化学選択性に優れた新しい金属化反応の開発】1-3

ハロゲン-メタル交換反応は芳香環上に種々の置換基を導入するための強力な手段として、天然物ならびに医薬品をはじめとした機能性分子の合成において幅広い応用研究がなされてきた。しかし、これらの試薬は一般に高い塩基性を有することから酸性度の高いプロトンを保護しておく必要があり、亜鉛アート錯体の化学においても例外ではなかった。これは、ハロゲン-メタル交換後の中間体が不安定であることに起因すると考え、当該中間体を安定化しうる錯体のデザインを行った。すなわちジアニオン型アート錯体について、配位子として嵩高いtBu基を導入したtBu4ZnLi2を合成して適用したところ、塩基性とハロゲン-メタル交換活性の分離がはじめて可能となることを見出した。本反応により生成する亜鉛中間体と各種求電子剤との反応においても、酸性度の高いプロトン部位を保護することなく炭素一炭素結合形成反応を達成できた。

本反応の適用範囲を検討した結果、当該錯体はプロトンならびに各種極性官能基と共存可能であり、求核性・塩基性ともに低く抑えた化学選択的交換反応となる一方で、より反応性の低い臭素体に対しても化学選択的亜鉛化を進行させるに十分なハロゲンー亜鉛交換活性を有することを明らかとした。

また、本錯体の構造を分光学/計算化学の両面より解析4したところ、溶液中でtBu基が亜鉛に4つ配位した構造を取ること、錯体自身が嵩高い配位子に覆われる構造をより好むこと、という性質を明らかにすることができた。

【計算化学を用いた制御された高分子合成反応の解析】5,6

縮合反応の連続によりポリマーを作る重縮合は、一般的にモノマー同士の自己縮合が制御できず、望みの分子量を得ることが困難とされている。近年ポリアミド合成において、置換基の共鳴効果を生かすことで、分子量分布を精密に制御した連鎖重縮合が達成された(1AC5.2000,122,8313.)。この系を更に拡張し、共鳴効果が望めないメタ置換ポリアミドにおいても誘起効果による連鎖重縮合が可能か、計算化学7・8を用いて検証を行った。その結果、誘起効果により生長反応と自己縮合反応を速度論的に制御できることが分かり、前者の方が約一万倍速く進行すると見積もることができた。実際の検討においても良く制御されたメタ置換ポリアミドが得られることが分かり、弱い誘起効果でも合成制御が可能であることを示した。更に、多置換モノマーを用いたハイパーブランチ型重合についても同様の検討を行い、誘起効果により制御されたハイパーブランチポリマーが得られることを理論的、実験的に明らかとした。

【異なる物性を有するビニルモノマー類の同時重合系の開発】

温度応答性や特定の組織に凝集・集積するといった環境応答性に代表される、高分子ならではの性質を直接活かした新しい機能性分子が近年注目を集めている。これらの高分子に共通する特徴として、「側鎖に極性官能基を有している」「異なる機能を持つ高分子が連結している」という点が挙げられる。自在にこれらを合成するにあたっては、モノマーが持つ種々の反応性を分離させることが必要である。そこで、先に得た知見を元に、新規高分子合成反応の開発に着手した。

現在、バイオマテリアル分野において基本単位として汎用されているスチレン、MMA、イソプレンの3種をモデルモノマーとして検討を行った。適度な嵩高さと反応性を有することを期待して炭素で二座に配位する配位子を設定し、かつヘテロ原子の中心金属への弱い配位により錯体の安定化が見込めるような配位子をデザインした。このような配位子を有する亜鉛錯体を用いることで、アクリルアミド系の重合に有効であった錯体(Macromolecules 2004,37,4339.)で問題であった基質一般性を克服し、性質の異なるモノマーが同じ条件で重合できることがわかった。そこで続いて異なるモノマーを連続して重合させる、いわゆるブロック重合の検討を行った。検討の結果、温和な条件下で反応は良好に進行し、性質の異なる2つのポリマーを連結させることを可能にした。

【細胞増殖抑制活性を有する新規ベンズヒドロール誘導体群の創製】9

近年、当研究室ではジフェニルメタン骨格を基盤とした構造展開により、様々な生理活性物質の創製に成功している。この事実を踏まえ、本骨格のマルチテンプレートとしての有用性を確立すべく、合成法の確立と新たな生理活性物質の創製を計画した。

リード化合物として、NF-κB経路を阻害し、ヒト骨髄腫細胞の細胞成長を強力に抑制する1'-acetoxychavicol acetate(ACA)を設定し、その効率的な構造展開を計画した。はじめに、構造展開において障害となっていたビニル部位を他の共役系に変える検討を行ったところ、フェニル基に置換したベンズヒドロール型の化合物で活性が保持されることを明らかにした。本化合物群は、先に開発したtBu4ZnLi2を用いる新規金属化反応を応用することで、各種誘導体の系統的な合成について保護基を用いることなく2工程で達成することが可能である。

活性評価の結果、置換基の電子的な効果は活性発現に重要ではなく、立体的要因および共役系の拡大が重要であることを示した。この知見を元に、最終的にACAの約20倍の活性を有する新規化合物の創製に成功した。

【7員環複素環を含む多環縮環化合物の合成・物性評価】

近年、ペンタセンに代表されるベンゼン環が多数縮合した多環縮環化合物が、蛍光材料、電子輸送材料などの分野で注目を集めている。その一方で、これらの化合物自体は低溶解性にともなう合成、ハンドリングの困難さに代表される問題点も多い。そこで、新しい複素環としてヘテロ原子を含む7員環を持った多環縮環化合物をデザインした。はじめに、導入ヘテロ原子、縮環様式を系統的に変更可能な合成系の確立を行い、各種分光学的測定、理論化学計算10を用いてその物性を明らかとした。その結果、分子全体の性質がヘテロ原子の種類により大きく変化する、7員環特有と考えられる性質を見いだした。更に、トロピリウムカチオンの中性アナログであるホウ素を有する7員環においては剛直な平面構造を取り、π共役系が7員環を介して分子全体に拡張することが分かった。ホウ素上に適切な立体保護基を導入することで、これらの化合物は空気/水/熱に対して安定な固体として単離することができ、溶液および固体状態において可視領域の発光を有した。

【まとめ】

以上、創薬化学の基礎を占める低分子変換、高分子変換反応の双方について、基礎的、応用的な研究を行った。低分子変換法として芳香環の新規変換法を開発し、それを用いて多様なジフェニルメタン誘導体の合成を可能とした。これとマルチテンプレート法を組み合わせることで、更なる生理活性化合物の創製が期待できる。高分子変換法として、計算化学を用いた高分子合成反応の解析法を確立すると同時に、亜鉛アート錯体を用いる新規重合系を具体的に提案することができた。これらを基盤として、官能基を有するモノマーとの混合系やポリマー末端の修飾を行うことで、新たな生体材料の創製が期待できると考えている。最後に、これらの研究で用いた合成化学・分光学・理論化学を結集し、近年幅広い分野で注目を集める多環縮環化合物を新しい観点からデザインし、その可能性を示すことでトライ&エラーが主であった新規骨格を有する機能性分子の探索において、新たな指針を確立することができた。

1) J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 8404.2) Chem. Fur. J. 2008, 14, 10348.3) J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 472.4) J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 8748.5) J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 10172.6) Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 5942.7) j. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 13360.8) Chem. Eur. J. 2010, EARLYVIEW.9) Chem. Pharm. Bull. 2008, 56, 1490.10) Chem. Eur. J. 2009, 15, 3744.
審査要旨 要旨を表示する

多様化する傾向にある医薬品の要請に応えていくためには、低分子合成反応の開発とそれに基づく新規生理活性物質の探索、体内動態の付与を可能とする高分子の創製、新規創薬ターゲット探索のためのケミカルツールの創製、のいずれもが欠けても困難とされる。

古山渓行は、これらの問題の達成を目指し、安価で広範に存在する元素である亜鉛、ホウ素を用いた新規反応の開発およびそれを用いた機能性分子の合成を行った。

【1. 化学選択性に優れた新しい金属化反応の開発】

ハロゲン-メタル交換反応は芳香環上に種々の置換基を導入するための強力な手段であるが、通常これらの試薬は高い塩基性を有することから酸性度の高いプロトンの保護が必須であった。古山はこの問題を解決し、保護基を用いないハロゲン-メタル交換反応を開発すべく、新規錯体のデザインを行った。高い反応性・化学選択性を有することが知られている亜鉛アート錯体に着目し、反応中間体の安定化を期待して嵩高い配位子を導入したtBu4ZnLi2 を合成した。当該錯体は酸性度の高いプロトンを有する基質に対しても、これを損なうことなく亜鉛化が可能であり、求電子試薬の導入により保護基を用いることなく目的の部位が修飾できることを見いだした。また、溶液中における錯体の構造解析を平行して行い、tBu 基が亜鉛に4 つ配位した構造を取ること、錯体自身が嵩高い配位子に覆われる構造をより好むこと、という性質を明らかにした。

【2. 異なる物性を有するビニルモノマー類の同時重合系の開発】

続いて古山はtBu4ZnLi2 の反応性・選択性を利用すれば、官能基を有する高分子の精密合成を達成できると考えた。各種条件検討および理論計算の結果、適度な嵩高さと反応性を有する新たな配位子の導入が反応制御に有効であるとの指針を得た。それを踏まえ炭素で二座に配位し、かつヘテロ原子の中心金属への弱い配位により錯体の安定化が見込めるような新たな配位子をデザインした。これを反応に用いたところ、バイオマテリアル分野において基本単位として汎用されているスチレン、MMA、イソプレンの3種をそれぞれ良好に重合することに成功した。この結果を踏まえ、性質の異なるモノマー由来の高分子をone pot で連結するブロック重合を行い、機能性高分子にしばしば見られるブロック高分子を温和な条件下合成できることを明らかとした。

【3. 細胞増殖抑制活性を有する新規ベンズヒドロール誘導体群の創製】

これまでに開発した新規反応を用い、古山は新たな生理活性物質の探索を検討した。NF-κB 経路を阻害し、ヒト骨髄腫細胞の細胞成長を強力に抑制する1'-acetoxychavicol acetate (ACA) に着目し、ビニル基をフェニル基へ置換したベンズヒドロール骨格においても活性が保持されるとの仮説に基づき、構造展開を行った。合成ターゲットである非対称ベンズヒドロール骨格の効率的な構築では化学選択的に芳香族アニオンを発生させる必要がある。この点について古山は先に開発したtBu4ZnLi2 を用いることで、フェノール性水酸基を保護せずに各種ベンズヒドロール骨格を構築可能であることを示し、最短2 工程で合成可能な化合物ライブラリーを構築した。活性評価の結果、置換基の電子的な効果は活性発現に重要ではなく、立体的要因および共役系の拡大が重要であることを示した。以上の知見を元に、最終的にACA の約20 倍の活性を有する新規化合物の創製に成功した。

【4. 7 員環複素環を含む多環縮環化合物の合成・物性評価】

最後に古山はケミカルツールへの応用可能な新規機能性骨格の探索を行った。蛍光材料、電子輸送材料などの分野で注目を集める多環縮環化合物に着目し、これまでに報告例のない、7 員環複素環を有する分子骨格をデザインした。はじめに、入手容易な化合物から導入ヘテロ原子、縮環様式を系統的に変更可能な合成系の確立を行い、安価なナフトール類を原料とする合成系を確立した。更に、通常不安定とされる炭素-ホウ素結合に対し、立体保護基を導入することで空気/水/熱に対して安定な新規縮環化合物を得ることに成功した。

合成した化合物のうち、特に4 縮環以上の化合物については可視領域に吸収・発光を示し、新規蛍光材料としての可能性を示した。更に、結晶状態においても発光し、各種機能材料としての可能性も期待できる化合物である。また、古山は化合物のX線結晶構造解析、分子軌道計算を行うことで、ホウ素を含む7 員環が芳香族性を有し、π電子が分子全体に共役することが機能発現に重要であることを併せて明らかにしている。

以上古山は、創薬化学の基礎を占める低分子変換、高分子変換反応の双方について、基礎的、応用的な研究を行った。低分子変換法として芳香環の新規変換法を開発し、それを用いて多様なジフェニルメタン誘導体の合成を達成、新規生理活性物質の合成に成功した。更にその知見を生かし、亜鉛アート錯体を用いる新規重合系を提案した。また、これらの研究で用いた合成化学・分光学・理論化学を結集し、独自の観点より新規機能性分子骨格を見いだすことに成功した。これらの研究結果はリード化合物の効率的創出、高分子化合物を用いた生理活性物質への機能付与、各種ケミカルツールを用いた機能解析といった、医薬化学における諸問題を解決する手段として、大きく貢献するものである。以上のことから、博士(薬学)の学位論文として十分値すると判断した。

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