学位論文要旨



No 126079
著者(漢字) 陳,志華
著者(英字)
著者(カナ) チン,シカ
標題(和) 新規ホモ二核シッフ塩基触媒の開発と四置換不斉炭素中心を有する非天然アミノ酸の触媒的不斉合成への応用
標題(洋) Catalytic Asymmetric Synthesis of Non-natural Amino Acids Using Homodinuclear Schiff Base Catalyst
報告番号 126079
報告番号 甲26079
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1344号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

【目的】非天然型アミノ酸は医薬品や生理活性化合物の設計のために有用な合成素子である。しかし、四置換不斉炭素中心を有するアミノ酸の触媒的不斉合成法は限られている。博士課程では、私は独自の手法による非天然アミノ酸(四置換不斉炭素中心を有するα-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、α,β-ジアミノ酸)の合成法の確立と応用に取り込んできた。

【触媒設計】触媒中に2 つの金属を組み込むことで、2 点相互作用によって求核剤と求電子剤との位置関係を精密に制御するというコンセプトに基づき、独自触媒の設計と開発に着手した1)。そして、触媒のジアミン部の配座や両金属間の位置関係を分子モデルにより検討し、選択性や反応性との相関関係を実験により検証した結果:ビナフチルジアミン型シッフ塩基二核配位子が有効であることを見いだした。最終的に空気中でも安定な新規ホモ二核Ni2 触媒1 とCo2 触媒2 を開発した(Fig 1)。触媒の構造はESI-MS 実験と元素分析で確認した。種々の検討で、市販の化合物から二工程で、カラム、結晶化などの精製を必要としない触媒調製法を確立した。またホモ二核シッフ塩基触媒は従来型のサレン触媒と異なる性質をもち、様々な反応で高い有用性を示したため、Ni2 触媒は2009 年夏から和光純薬より市販化された。

【結果1】ホモ二核Ni2-Schiff 塩基触媒を用いた4 置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸前駆体及びβ-アミノ酸前駆体の合成

四置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸に関しては、研究開始当時、唯一Jorgensen らにより報告例があるものの、一般性の高い手法とは言えなかった。私はホモ二核Ni2 触媒を用いることで、α-置換ニトロ酢酸エステルを求核剤とする不斉マンニッヒ型反応によるα位に4 置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸の合成法を確立した2)(Scheme 1)。Ni を一つだけ含む従来型のサレン触媒では低い選択性と反応性しか得られず、新規ホモ二核Ni シッフ塩基触媒における、配位環境の異なるNi 同士の特異的な協奏効果が重要であることが示唆された。推定している触媒サイクルをFig 2 で示した:まず、ニッケル触媒によって、ニトロ酢酸エステルが脱プロトン化される。そして、もう一つのニッケルがイミンを活性化し、anti-periplanar のような遷移状態から反応が進行することで、anti 体の生成物を与え、プロトン化を経て触媒が再生されると考えている。また、Ni2 触媒はβ-ケトエステル、β-ケトホスホネート、マロネートにも適用可能で、対応する四置換不斉炭素中心を有するβ-アミノ酸の前駆体を与えた3) (Scheme 2)。

【結果2】ホモ二核Co2-Schiff 塩基触媒を用いた4 置換不斉炭素中心を有するγ-アミノ酸前駆体の合成及びβ-ケトエステルのアルキノンへの不斉1,4 付加

次に、私は他の金属や他の反応へと私のコンセプトを拡大することを目指した。種々条件検討の結果:ホモ二核Co2 触媒を用いることで、従来にない温和な条件下(室温、solvent-free、空気存在下)、β-ケトエステルのニトロアルケンへの不斉1,4 付加に成功し、四置換不斉炭素中心を有するγ-アミノ酸前駆体の合成を達成した(Scheme 3)。本反応において、Co 触媒は再利用が可能で、触媒量は0.1 mol %まで低減できる。また、アトムエコノミーは98%に達し、非常に実用性の高い反応と言える4)。単核のCo Schiff 塩基触媒では選択性が低いことから二核Co の重要性が同様に示唆された。また触媒の速度論実験と線形効果実験から、ホモ二核シッフ塩基触媒は従来型のサレン触媒と異なる性質を示した。

さらに、私は次の基質としてアルキノンに注目した。アルキノンの反応性は高く、強い求核剤を用いた場合は生成物の制御が困難である。私はCo エノラートの温和な求核力を活かし、極めて温和な条件下下β-ケトエステルのアルキノンへの1,4 付加にも成功した4() Scheme4)。

【結果3】ホモ二核Ni2-Schiff 塩基触媒を用いた変換可能なα,α-二置換アミノ酸前駆体の合成

α,α-二置換アミノ酸は(-)-sphingofungin F、kaitocephalin、(-)-manzacidin c など様々な生理活性物質に多く存在する骨格である。例えば、(-)-sphingofungin F に見られるユニットの合成に有効と考えられる化合物4 は、ニトロ酢酸エステルの1,4 付加反応によって合成可能ではないかと考え検討に着手した(Fig 3)。

私はまずホモ二核Ni 触媒を用いることで、極めて温和な条件下でα-置換ニトロ酢酸エステルとアルキノンへの1,4 付加に成功した(Scheme 5)。しかし、様々なホモ二核触媒を用いても、α-置換ニトロ酢酸エステルのpropiolate への付加は反応が進行しなかった。これはpropiolate がアルキノンに比べて求電子性が低いことに問題があると考え、そこでより反応性の高いalkynoate 等価体でこの問題を解決できないと考えた。種々条件検討の結果、ホモ二核Ni 触媒を用いることで、室温条件下でα-置換ニトロ酢酸エステルとpropynoylbenzimidazoleの1,4 付加を達成し、変換可能な官能基をもったα,α二置換アミノ酸前駆体が得られた(Scheme 6)。また得られた変換可能なα,α-二置換アミノ酸前駆体のイミダゾル部位はエステル等価体として、温和な条件下でエステル、アミドへと変換が可能である(Scheme 7)。

【まとめ】私は空気中安定で、調製容易な新規ホモ二核Schiff塩基触媒を開発した。そして、ホモ二核Schiff 塩基触媒の特徴を活かして、一般性が広く、実用的な四置換不斉炭素中心を有するα-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、α,β-ジアミノ酸の前駆体の構築法を確立した。本触媒は従来型のサレン触媒と異なり、非天然アミノ酸の合成にのみならず、様々な反応での高い有用性を示した。現在本触媒系を用いて、生理活性物質合成への応用を検討している。

(1) Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2008, 81, 60-75.(2) a) Chen, Z.; Morimoto, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130,2170. b) Patent Number: WO2009075291-A1, Inventors: Shibasaki, M; Matsunaga,S.; Chen, Z.(3) Chen, Z.; Yakura, K.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2008, 10, 3239.(4) Chen, Z.; Furutachi, M.; Kato, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed.2009, 48, 2218.

Fig 1 Structures of bimetallic Schiff base complexes

Scheme 1 Asymmetric synthesis of α-tetrasubstituted anti-α,β-diamino acid surrogates

Scheme 2 Mannich-type reactions of other donors

Fig 2 Postulated Catalytic Cycle

Scheme 3 Asymmetric synthesis of α-tetrasubstituted γ-amino acid surrogates

Scheme 4 Asymmetric 1,4-addition of β-keto esters to alkynones

Fig 3 Structure of (-)-sphingofungin F and synthetic plan of α,α-disubstitued amino ester precursor with functional groups

Scheme 5 Asymmetric conjugate addition of α-methyl nitroacetate to alkynone

Scheme 6 Asymmetric synthesis of convertible α,α-disubstituted amino acid surrogates

Scheme 7 Transformation of imidazole moiety

審査要旨 要旨を表示する

非天然型アミノ酸は医薬品や生理活性化合物の設計のために有用な合成素子である。しかし、四置換不斉炭素中心を有するアミノ酸の触媒的不斉合成法は限られている。陳志華は博士課程では、独自の手法による非天然アミノ酸(四置換不斉炭素中心を有するα-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、α,β-ジアミノ酸)の合成法の確立と応用に取り込んできた。陳志華の研究を以下にまとめる:

【触媒設計】陳志華は触媒中に2つの金属を組み込むことで、2点相互作用によって求核剤と求電子剤との位置関係を精密に制御するというコンセプトに基づき、独自触媒の設計と開発に着手した。そして、触媒のジアミン部の配座や両金属間の位置関係を分子モデルにより検討し、選択性や反応性との相関関係を実験により検証した結果:ビナフチルジアミン型シップ塩基二核配位子が有効であることを見いだした。最終的に空気中でも安定な新規ホモ二核Ni2触媒1とCo2触媒2を開発した(Fig1)。種々の検討で、陳志華は市販の化合物から二工程で、カラム、結晶化などの精製を必要としない触媒調製法を確立した。またホモ二核シップ塩基触媒は従来型のサレン触媒と異なる性質をもち、様々な反応で高い有用性を示したため、Ni2触媒は2009年夏から和光純薬より市販化された。

【結果1】ホモ二核Ni2-Schiff塩基触媒を用いた4置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸前駆体及びβ-アミノ酸前駆体の合成

四置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸に関しては、陳志華が研究開始当時、唯一Jergensenらにより報告例があるものの、一般性の高い手法とは言えなかった。陳志華はホモニ核Ni2触媒を用いることで、α-置換ニトロ酢酸エステルを求核剤とする不斉マンニッヒ型反応によるα位に4置換不斉炭素中心を有するα,β-ジアミノ酸の合成法を確立した(Scheme1)。Niを一つだけ含む従来型のサレン触媒では低い選択性と反応性しか得られず、新規ホモ二核Niシップ塩基触媒における、配位環境の異なるNi同士の特異的な協奏効果が重要であることが示唆された。また、Ni2触媒はβ-ケトエステル、β-ケトボスホネート、マロネートにも適用可能で、対応する四置換不斉炭素中心を有するβ一アミノ酸の前駆体を与えた(Scheme2)。

【結果2】ホモ二核Co2-Schiff塩基触媒を用いた4置換不斉炭素中心を有するγ-アミノ酸前駆体の合成及びβ-ケトエステルのアルキノンへの不斉1,4付加

次に、陳志華は他の金属や他の反応へと私のコンセプトを拡大することを目指した。種々条件検討の結果:ホモ二核Co2触媒を用いることで、従来にない温和な条件下(室温、solvent-free、空気存在下)、β-ケトエステルのニトロアルケンへの不斉1,4付加に成功し、四置換不斉炭素中心を有するy-アミノ酸前駆体の合成を達成した(Scheme3)。この反応において、Co触媒は再利用が可能で、触媒量は0.1mol%まで低減できる。また、アトムエコノミーは98%に達し、非常に実用性の高い反応と言える。単核のCoSchiff塩基触媒では選択性が低いことから二核Coの重要性が同様に示唆された。また触媒の速度論実験と線形効果実験から、ホモ二核シッフ塩基触媒は従来型のサレン触媒と異なる性質を示した。

さらに、陳志華は次の基質としてアルキノンに注目した。アルキノンの反応性は高く、強い求核剤を用いた場合は生成物の制御が困難である。陳志華はCoエノラートの温和な求核力を活かし、極めて温和な条件下下β-ケトエステルのアルキノンへの1,4付加にも成功した(Scheme4)。

【結果3】ホモ二核Ni,-Schiff塩基触媒を用いた変換可能なα,α-二置換アミノ酸前駆体の合成

α,α-二置換アミノ酸は(-)-sphingofungin F、kaitocephalin、(-)-manzacidin cなど様々な生理活性物質に多く存在する骨格である。陳志華はまずホモ二核Ni触媒を用いることで、極めて温和な条件下でα-置換ニトロ酢酸エステルとアルキノンへの1,4付加に成功した(Scheme5)。また、ホモ二核Ni触媒を用いることで、室温条件下でα-置換ニトロ酢酸エステルとpropynoylbenzimidazoleの1,4付加を達成し、変換可能な官能基をもったα,α-二置換アミノ酸前駆体が得られた(Seheme6)。さらに得られた変換可能なα,α-二置換アミノ酸前駆体のイミダゾル部位はエステル等価体として、温和な条件下でエステル、アミドへの変換に成功した(Scheme7)。

以上の結果は創薬化学研究及び有機合成化学に対し重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

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