学位論文要旨



No 126090
著者(漢字) 鳥,翔
著者(英字)
著者(カナ) タカトリ,ショウ
標題(和) 抗ニカストリン抗体を用いたγセクレターゼ相互作用分子の網羅的同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 126090
報告番号 甲26090
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1355号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

γセクレターゼはβ-amyloid precursor protein(APP)の膜内配列を切断し、アルツハイマー病(AD)の発症に関わるAβの産生を担うことから、ADの創薬標的分子の一つとして重要なプロテアーゼである。一方、γセクレターゼはAPP以外に種々の1型膜蛋白質を基質とし、特に発生・分化に関わるNotchの切断はそのシグナル伝達に必須の役割を果たしている。従ってγセクレターゼの単純な阻害は、Notchシグナリングの阻害による重篤な副作用をもたらすという問題があり、AD治療薬の開発においては基質特異的な切断活性の制御の実現が課題となっている。

γセクレターゼはプレセニリン(presenilin;PS)、ニカストリン(nicastrin;NCT)、APH-1、PEN-2の4者を基本構成因子とする膜蛋白質複合体である。しかし種々の生化学的解析から、これら4者の分子量合計を上回る2~4MDaの巨大複合体を形成することが明らかとなっており、基本因子以外に付加的な因子がその活性を制御している可能性が示唆されている。特に、γセクレターゼ活性は細胞表面膜から内膜系にかけて広く分布しているが、その局在を規定する因子は明らかでない。近年、γセクレターゼの細胞内局在の違いが、切断される基質の特異性を規定することが報告され、γセクレターゼの活性を空間的に制御する分子の存在が想定される。そこで本研究において私は、ショットガンプロテオミクスによるγセクレターゼ構成因子の網羅的解析を行い、特に細胞内局在と活性との関連を解明することを目的として研究を進めた。

【結果】

1.活性型γセクレターゼを認識する抗NCTモノクローナル抗体の性状解析

γセクレターゼを構成する4者のうちNCTは、複合体形成の進展に伴って糖鎖および構造の成熟化を受け、ERにおける未成熟型(imNCT)から活性型複合体中の成熟型(MNCT)へと変化する。またimNCTの状態ではAPH-1とサブコンプレックスを形成しているが、4者が結合して初めてmNCTとなることが知られている。当研究室において作出された抗NCTモノクローナル抗体(A5201A、A5226A)は、ヒトNCTに極めて特異的であり、γセクレターゼの会合状態を維持したCHAPSO可溶化条件において、前者はimNCTのみ、後者はmNCT/imNCT双方を認識するという選択性を有している(図1A)。免疫染色においてA5201Aは、ERに存在するimNCTを強く認識し(図1B)、この結果は生化学的解析と合致していた。一方、A5226AはmNCTをより特異的に認識し、細胞表面膜、特にGM1のリガンドであるコレラトキシン(CTXB)陽性のマイクロドメイン近傍がラベルされた。また細胞内ではLysoTrackerに陽性の酸性コンパートメントとの共局在が認められた(図1C)。

2.活性型γセクレターゼ相互作用分子の網羅的同定

これらモノクローナル抗体の反応性の差異から、A5226Aの免疫沈降画分をA5201Aと比較した差分にMNCTに特異的な相互作用分子が濃縮されると考えられた(図2)。そこでNCTノックアウトマウス由来線維芽細胞(NKO)にヒトNCTもしくはベクターのみを遺伝子導入し、それぞれCHAPSO可溶化条件でIgG、A5201A、A5226Aによる免疫沈降を行い、LC-MS/MS解析に供した。N=4の独立なサンプルのうち、少なくとも1回同定され、かつNKO/NCT×A5226A群以外の5群からは全く同定されないか、A5201A群より多く同定された分子を「mNCT特異的結合分子」として選択した(表1)。γセクレターゼの構成因子であるPen-2Msenen、既知の結合分子であるcatenin類及びTmp21/Tmed10が同定され、本プロテオームが活性型γセクレターゼの相互作用分子として妥当であることが支持された。また細胞表面膜やエンドソーム、リソソーム、mUltivesicUlarbodyに局在する分子が多く同定されたが、ERに局在する分子はBcap31など少数であり、この結果はNCT抗体による免疫染色の結果と一致するものと考えられた。

同定した分子群がAβ産生に与える影響を評価するため、内因性にAβを分泌するNeur()-2a細胞に対し各遺伝子3配列ずつのsiRNAを用いたノックダウン実験を行った(図3)。ノックダウン効率が低い、もしくは細胞生存に影響を与える配列が多く存在するなかで、CD81のノックダウンによりAβ産生の顕著な減少が観察された。

3.γセクレターゼとテトラスパニン

CD81をはじめ、CD9、TSPAN31、TSPAN8はテトラスパニンファミリーに属する4回膜貫通蛋白質であり、脂質ラフトに類似したマイクロドメイン(Tetraspanin enriched microdomain;TEM)を構成することが知られている。またこれまでの生化学的解析から、γセクレターゼ活性は脂質ラフト画分に濃縮されることが示されている。本プロテオミクス解析において複数のテトラスパニン分子が同定されたことから注目し、さらに解析を進めた。免疫染色の結果、内因性CD9はA5226A陽性の酸性コンパートメントに局在していた(図4)。また免疫共沈降実験によりCD9とmNCTを含む活性型γセクレターゼの特異的な結合が観察され、一部の活性型γセクレターゼはTEMに存在することが明らかになった。

【まとめ】

本研究において私は、反応性の異なる2種の抗NCT抗体を用いて、活性型γセクレターゼに特異的な相互作用分子を複数同定することに成功した。さらに、γセクレターゼが細胞表面膜のマイクロドメインや酸性コンパートメントに局在し、特にテトラスパニンファミリー分子と共局在することを見出した。CD81のノックダウンによりAβ産生が顕著に低下したが、CD9、TSPAN31、TSPAN8のノックダウンでは大きな変化は見られなかった。TEMは複数のテトラスパニン分子によって構成されることが知られており、γセクレターゼ活性が発揮される場はTEMのなかでもさらに特殊な環境である可能性がある。本研究におけるプロテオミクス解析では複数の膜輸送関連分子が同定されたこと図4.抗CD9抗体による免疫染色から、輸送分子機能とTEMの関連についてさらに解析を進めている。また本研究で用いたA5201A、A5226Aはそれぞれ不活性型、活性型γセクレターゼの局在を区別して解析できる分子プローブとして有用である。今後は同定した分子がγセクレターゼの局在に与える影響を解析することにより、「局在による活性制御」の可能性を検証していきたい。

図1.(A)抗NCT抗体による免疫沈降実験(B)A5201A.(C)A5226Aによる免疫染色

図2.抗体反応性の違いを利用したmNCT相互作用分子の同定

表1.mNCT特異的結合分子

図3.Neuro-2a細の分泌A量に対するノックダウンの効果

図4.抗CD9抗体による免疫染色

審査要旨 要旨を表示する

γセクレターゼはβ-amyioid precursor protein(APP)の膜内配列を切断し、アルツハイマー病(AD)の発症に関わるAβの産生を担うことから、ADの創薬標的分子の一つとして重要なプロテアーゼである。一方、γセクレターゼほAPP以外に種々の1型膜蛋白質を基質とし、特に発生・分化に関わるNotchの切断はそのシグナル伝達に必須の役割を果たしている。従ってγセクレターゼの単純な阻害は、Notchシグナリングの阻害による重篤な副作用をもたらすという問題があり、AD治療薬の開発においては基質特異的な切断活性の制御の実現が課題となっている。

γセクレターゼはプレセニリン(presenilin;PS)、ニカストリン(nicastrin;NCT)、APH-1、PEN-2の4者を基本構成因子とする膜蛋白質複合体である。しかし種々の生化学的解析から、これら4者の分子量合計を上回る2~4MDaの巨大複合体を形成することが明らかとなっており、基本因子以外に付加的な因子がその活性を制御している可能性が示唆されている。特に、γセクレターゼ活性は細胞表面膜から内膜系にかけて広く分布しているが、その局在を規定する因子は明らかでない。近年、γセクレターゼの細胞内局在の違いが、切断される基質の特異性を規定することが報告され、γセクレターゼの活性を空間的に制御する分子の存在が想定される。そこで本研究において申請者は、ショットガンプロテオミクスによるyセクレターゼ構成因子の網羅的解析を行い、特に細胞内局在と活性との関連を解明することを目的として研究を進めた。

1.活性型γセクレーゼを認識する抗NCTモノクローナル抗体の性状解析

γセクレターゼを構成する4者のうちNCTは、複合体形成の進展に伴って糖鎖および構造の成熟化を受け、ERにおける未成熟型(imNCT)から活性型複合体中の成熟型(mNCT)へと変化する。またimNCTの状態ではAPH-1とサブコンプレックスを形成しているが、4者が結合して初めてmNCTとなることが知られている。当研究室において作出きれた抗NCTモノクローナル抗体(A5201A、A5226A)は、ヒトNCTに極めて特異的であり、γセクレターゼの会合状態を維持したCHAPSO可溶化条件において、前者はimNCTのみ、後者はmNCT/imNCT双方を認識するという選択性を有している。免疫染色においてA5201Aは、ERに存在するimNCTを強く認識し、この結果は生化学的解析と合致していた。一方、A5226AはmNCTをより特異的に認識し、細胞表面膜、特にGM1のリガンドであるコレラトキシン(CTxB)陽性のマイクロドメイン近傍がラベルされた。また細胞内ではLysoTrackerに陽性の酸性コンパートメントとの共局在が認められた。

2.活性型γセクレターゼ相互作用分子の網羅の同定

これらモノクローナル抗体の反応性の差異から、A5226Aの免疫沈降画分をA5201Aと比較した差分にmNCTに特異的な相互作用分子が濃縮されると考えられた。そこでNCTノックアウトマウス由来線維芽細胞(NKO)にヒトNCTもしくはベクターのみを遺伝子導入し、それぞれCHAPSO可溶化条件でIgG、A5201A、A5226Aによる免疫沈降を行い、LC-MSIMS解析に供した。N=4の独立なサンプルのうち、少なくとも1回同定され、かつNKO/NCT×A5226A群以外の5群からは全く同定されないか、A5201A群より多く同定された分子をrmNCT特異的結合分子」として選択した。γセクレターゼの構成因子であるPen-2/Psenen、既知の結合分子であるcatenin類及びTmp21/Tmed10が同定され、本プロテオームが活性型γセクレターゼの相互作用分子として妥当であることが支持された。また細胞表面膜やエンドソーム、リソソーム、multivesicularbodyに局在する分子が多く同定されたが、ERに局在する分子はBcap31など少数であり、この結果はNCT抗体による免疫染色の結果と一致するものと考えられた。

同定した分子群がAβ産生に与える影響を評価するため、内因性にAβを分泌するNeuro-2a細胞に対し各遺伝子3配列ずつのsiRNAを用いたノックダウン実験を行った。ノックダウン効率が低い、もしくは細胞生存に影響を与える配列が多く存在するなかで、CD81のノックダウンによりAβ産生の顕著な減少が観察された。

3.γセクレターゼとテトラスバニン

CD81をはじめ、CD9、TSPAN31、TSPAN8はテトラスパニンファミリーに属する4回膜貫通蛋白質であり、脂質ラフトに類似したマイクロドメイン(Tetraspanin enriched microdomain;TEM)を構成することが知られている。またこれまでの生化学的解析から、γセクレターゼ活性は脂質ラフト画分に濃縮されることが示されている。本プロテオミクス解析において複数のテトラスパニン分子が同定されたことから注目し、さらに解析を進めた。免疫染色の結果、内因性CD9はA5226A陽性の酸性コンパートメントに局在していた。また免疫共沈降実験によりCD9とmNCTを含む活性型γセクレターゼの特異的な結合が観察され、一部の活性型γセクレターゼはTEMに存在することが明らかになった。

本研究において申請者は、反応性の異なる2種の抗NCT抗体を用いて、活性型γセクレターゼに特異的な相互作用分子を複数同定することに成功した。さらに、γセクレターゼが細胞表面膜のマイクロドメインや酸性コンパートメントに局在し、特にテトラスパニンファミリー分子と共局在することを見出した。CD81のノックダウンによりAβ産生が顕著に低下したが、CD9、TSPAN31、TSPAN8のノックダウンでは大きな変化は見られなかった。TEMは複数のテトラスパニン分子によって構成されることが知られており、γセクレターゼ活性が発揮される場はTEMのなかでもさらに特殊な環境である可能性がある。本研究におけるプロテオミクス解析では複数の膜輸送関連分子が同定されたことから、輸送分子機能とTEMの関連についてさらに解析を進めている。また本研究で用いたA5201A、A5226Aはそれぞれ不活性型、活性型γセクレターゼの局在を区別して解析できる分子プローブとして有用である。今後の課題は、同定した分子がγセクレターゼの局在に与える影響を解析することにより、「局在による活性制御」を行っているか否かの検証にあるものと考えられる。

以上のごとく、本研究はγセクレターゼ制御因子に関して、抗体を用いたユニークなプロテオミクス解析から新知見をもたらしたものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定する。

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