学位論文要旨



No 126104
著者(漢字) 西山,了允
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,アキノブ
標題(和) 等方セルオートマトンの構成とその応用
標題(洋) CONSTRUCTION OF ISOTROPIC CELLULAR AUTOMATON AND ITS APPLICATION
報告番号 126104
報告番号 甲26104
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第346号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 准教授 WILLOX RALPH ISIDORE
 東京大学 准教授 稲葉,寿
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
 島根大学 准教授 田中,宏志
内容要旨 要旨を表示する

近年のコンピュータの進化に伴って,現象のモデル化の方法としてセル・オートマトン(CA)が用いられるようになってきている.CA は近傍間の局所的な相互作用規則から簡単に,例えば生物の体表模様に見られるような複雑なパターンを生成することが可能である.CA の典型的な応用例として,周期性を持つ酸化還元反応であるベルーソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応のモデル化に対して盛んに研究が行われており,その現象の特徴を捉えたモデルが数多く提案されている.

BZ 反応は実験室内においてその反応が空間的に展開されると螺旋波やターゲット・パターンとして観測されることが知られる.しかしながら,これまでに提案されたCA モデルから得られた時間発展パターンは,ほとんどの例において非等方性を持つことが指摘されている.CA は空間,時間,状態のすべての変数が離散的なモデルであり,セル状に分割された空間ではその格子の対称性に時間発展パターンが依存してしまうため,得られるパターンが非等方的になるというものである.

BZ 反応のモデルとして等方性を回復することに成功した例はMarkus とHess によるものが知られている[1].このモデルはある円の内側にランダムに付与された点を持つセルのみを近傍セルとして選択するという手法で等方性を回復することに成功している.

しかし,モデルの等方性に焦点を当てた研究は著者の知る限りほとんど例は無く,是非この等方性の回復という問題に取り組みたいと考えた.本論文の主題はこの非等方性の問題を如何に解消し,現象を再現するCA モデルを構築するかである.本論文ではいくつかの導出した等方CA モデルとその応用を紹介する.

最初に本論文第2章において,BZ 反応のパターンを再現するある等方CA を紹介する.モデルは2次元正方格子モデルで,用いた等方化の手法は,BZ 反応を模した時間発展規則において出現するある閾値のパラメータに空間的なランダムネスを付与してやるというものである.導出したCA より得られた時間発展パターン(図1)は格子に依存することなく伝播し,等方性を回復することに成功した[2].

本論文第3章では等方的な時間発展パターンを生成するCA のより一般的な構成手法を紹介する.第2章で述べた等方化の手法は限られた系にのみ適用できるが,本章で紹介する等方CA の構成手法は反応拡散方程式で記述されるすべての系に対して適用可能である.

中心的な部分は,拡散の効果を粒子のランダム・ウォークとして定式化し,非線形相互作用による時間発展を離散ベクトル場によって表現した点である.この手法では,拡散係数その他のパラメータが自然な形で導入される.例としてこの手法をBZ反応に応用し,等方性の実現や時間発展パターンの適切なパラメータ依存性を実現した[3].

論文第4章では第3章で導出した手法をバクテリア・コロニーの成長パターンに応用することで, Bacillus subtilis およびProteus mirabilis と呼ばれるバクテリア族が形成するコロニーの成長パターンをCA モデル化し,いくつかの実験結果との検証を試みた.Bacillus subtilis を寒天ゲル上で培養すると,培地の硬さと寒天の栄養濃度に応じてモルフォロジー・ダイアグラムと呼ばれる多様なパターン・ダイアグラムを形成することが知られている(図2).本章の目的の一つはこのモルフォロジー・ダイアグラムに見られるパターンを再現するCA モデルを構成することである.また中央大学のグループによるBacillus subtilis に対するより詳細な複数の実験が行われている[4].本章では構成したCA を用いてこの詳細な実験結果の再現も試みた.図3に構成したCA から得られた時間発展パターンの例を示す.得られたパターンはその等方性のみならず,図2のモルフォロジー・ダイアグラムに見られるものと類似のパターンを示す[5].

[1] M. Markus and B. Hess, Isotropic cellular automaton for modelling excitable media,Nature 347 (1990) 56.[2] A. Nishiyama, H. Tanaka and T. Tokihiro, An isotropic cellular automaton for excitable media, Physica A 387 (2008) 3129.[3] A. Nishiyama and T. Tokihiro, Construction of an isotropic cellular automaton for a reaction-diffusion equation by means of a random walk, submitted to Physica A.[4] H. Shimada, T. Ikeda, J. Wakita, H. Itoh, S. Kurosu, F. Hiramatsu, M. Nakat- suchi, Y. Yamazaki, T. Matsuyama, M. Matsushita, Dependence of local cell density on concentric ring colony formation by bacterial species Bacillus subtilis, J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 1082.[5] A. Nishiyama, T. Tokihiro, M. Badoual and B. Grammaticos, Modelling the morphology of migrating bacterial colonies, submitted to Physica D.

図1.得られたターゲット・パターン

図2. Bacillus subtilis のモルフォロジー・ダイアグラム.横軸が培地の硬度,縦軸が栄養濃度.

図3.得られた時間発展パターンの例.

審査要旨 要旨を表示する

セルオートマトンは,通常正方格子や立方格子上で定義された,有限個の値のみをとる離散力学系である.格子上で定義されるために,その時間発展パターンは格子の対称性を反映し,非等方的になる.したがって,等方的な,たとえばターゲットパターンと呼ばれる同心円を次々生成する時間発展パターンを生じるような現象をセルオートマトンでモデル化するには,等方性を回復するための手法が必要である.これまで提案された方法は,近傍セルとして多くのセルを利用した複雑なものが多く,実用上,偏微分方程式の数値シミュレーションとあまり変わらない時間がかかっていた.論文提出者は,ムーア近傍またはノイマン近傍のみを近傍系とするセルオートマトン系で,その時間発展パターンが現象の等方性を再現するものを提案し, BZ反応やバクテリアのコロニー形成に応用しその有効性を示した.論文提出者の提案した手法は,反応の閾値に空間的なランダムネスを導入する方法と,拡散に対応させてランダムウォークを導入する方法の2種類である.

第一の手法として,論文第2章において,BZ 反応のパターンを再現するある等方CA を構成している.モデルは2次元正方格子モデルで,用いた等方化の手法は,BZ 反応を模した時間発展規則において出現するある閾値のパラメータに空間的なランダムネスを付与してやるというものである.導出したCA より得られた時間発展パターンは格子に依存することなく伝播し,等方性を回復することに成功した.

第二の手法は等方的な時間発展パターンを生成するCA のより一般的な構成手法である.第一の等方化の手法は限られた系にのみ適用できるが,この等方CA の構成手法は反応拡散方程式で記述されるすべての系に対して適用可能である.中心的なアイデアは,拡散の効果を粒子のランダム・ウォークとして定式化し,非線形相互作用による時間発展を離散ベクトル場によって表現した点である.この手法では,拡散係数その他のパラメータが自然な形で導入される.論文提出者は,ひとつの例として,この手法をBZ反応に応用し,等方性の実現や時間発展パターンの適切なパラメータ依存性を実現した.

さらに,この第二の手法をバクテリア・コロニーの成長パターンに応用することで, Bacillus subtilis およびProteus mirabilis と呼ばれるバクテリア族が形成するコロニーの成長パターンをCA モデル化し,いくつかの実験結果との検証を試みている.Bacillus subtilis を寒天ゲル上で培養すると,培地の硬さと寒天の栄養濃度に応じてモルフォロジー・ダイアグラムと呼ばれる多様なパターン・ダイアグラムを形成することが知られている.このモルフォロジー・ダイアグラムはを単一のCAモデルで説明した例はなかったが,論文提出者は,ランダムウォークを取り入れた構成法によって,すべてのパターンを等方的に再現するCA モデルを構成した.また,中央大学のグループによるBacillus subtilis に対するより詳細な複数の実験が行われているが,この構成したCA を用いて詳細な実験結果の再現も試みた.その結果,コロニーの切除や時間遅れの実験などすべての実験がこのモデルにより非常によく再現できることを示した.これはこの考案した一般的手法の有効性を示すものである.

論文提出者の新たに提案した構成法により,従来は複雑な偏微分方程式を数値的に解いて解析を行わなければならなかった系をCAにより簡易に高速に解析することが可能となり様々な数値解析への応用が期待できる.よって,論文提出者西山了允は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51744