学位論文要旨



No 126107
著者(漢字) 久野,雄介
著者(英字)
著者(カナ) クノ,ユウスケ
標題(和) 射影多様体に対するMeyer函数と、その局所符号数への応用
標題(洋) The Meyer functions for projective varieties and their applications to local signatures for fibered 4-manifolds
報告番号 126107
報告番号 甲26107
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第349号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 河澄,響矢
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 吉川,謙一
 東北学院大学 教授 足利,正
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は, Meyer 函数と呼ばれる二次不変量の新しい例を与え, ある構造を持つ4 次元多様体の符号数への応用について論じることである. 特に, Meyer 函数を用いた, 局所符号数へのアプローチを高種数化する, 一つの方向を提示する.

まず研究の背景について述べる. 種数g の向き付けられた閉曲面の写像類群をTg とする. W. Meyer [9]は, 曲面上の曲面束の符号数を用いて, Tg の整係数2 次元コサイクルτg を導入し, 次のことを示した: g _ 3の場合, コホモロジー類[τg] は有理係数上非自明であり, 一方, g = 1, 2 の場合にはτg は一意的に定まる有理係数1-コチェインのコバウンダリとなる. この1-コチェインをφg とかき, Meyer 函数と呼ぶ. Atiyah[2] は,φ1 の, SL(2;Z)_=T1 の双曲元における値が清水L 函数の特殊値, 写像トーラスのη-不変量などの種々の不変量に一致することを示し, Meyer 函数の函数としての興味深い側面を明らかにした. η-不変量との関係は,森藤孝之[10], 飯田修一[4] らにより, 高種数化, 高次元化が研究されている.

Meyer 函数は, 符号数の局所化に応用される. M を向き付けられた閉4 次元多様体, B を向き付けられた閉曲面とし, f : M ! B をB の有限個の点を除いたところでは曲面束となっている様な滑らかな固有写像とする. 楕円曲面や, Lefschetz ファイバー空間などが主な例である. この設定でM の符号数Sign(M) が局所化されているとは, 各b 2 B に対して, f のb の周りでの写像芽Fb のみに依る有理数σ(Fb) 2 Q が定義できて, σ はB の有限集合に台を持ち, 等式

Sign(M) =ΣbEBσ(Fb)

が成立することである. σ を局所符号数と呼ぶ.

この様な現象は, 位相幾何学だけでなく, 代数幾何学においても, 代数曲線族の構造を持つ一般型曲面の研究から発見されており, 現在は局所符号数の定義も様々なものがある. 位相幾何学からのアプローチの一つとして, 松本幸夫[7, 8] により与えられた, Meyer 函数を用いた局所符号数の定義式がある. その式は,

σ(Fb) = φg(xb) + Sign(N(f-1(b))) (1)

である. ここで, xb はb 2 B の周りの曲面束の局所位相的モノドロミー, N(f-1(b)) はf-1(b) のファイバー近傍. この式による局所符号数の定義は, 遠藤久顕[3] により, モノドロミーが超楕円的と呼ばれるものの場合に高種数化されている. これらの状況では, 位相的なデータから局所符号数の値が決まるのである. しかし, 高種数では位相的に非特異であるが, 局所符号数の観点から特異ファイバーと見做した方が良い(すなわち,非零な局所符号数を持つ) ファイバー芽の存在が一般型曲面の研究から知られており, その場合には位相的データしか含まれていない, 上の定義式を改変する必要が生じる.

本論文では, 局所符号数の観点から, 高種数化, 高次元化の方向でMeyer 函数の新しい例を探し, 研究を行った. 具体的には, 射影空間に埋め込まれた非特異射影多様体から出発して, ある擬射影的多様体の基本群の上の函数としてMeyer 函数を得た.

以下, 本論文の内容について説明する. X _ PN を複素射影空間に埋め込まれた, n 次元の非特異射影多様体とする. k := N - n + 1 とおく. Gk(PN) で, PN のk 次元部分射影空間のなすGrassmann 多様体を表し,

DX := {W∈E Gk(PN);WはXと横断的に交わらない}

とおく. DX は高次双対多様体と呼ばれる. UX := Gk(PN) DX とする. {X := f(x,W) ∈ X ×UX; x ∈ W}とおくと, 第二成分への射影pX : FX ! UX はRiemann 面の族となる. pX のファイバーの種数をg とし,

ρX : π1(UX) → Tg

をその位相的モノドロミーとする. 次が本論文の主定理である.

定理(=Theorem 3.1.1). 引き戻しρ*Xτg はπ1(UX) 上の一意的に定まる有理係数1-コチェインφX : π1(UX) →Q のコバウンダリとしてかける.

DX が超曲面となる場合には, π1(UX) の典型的な元である, なげなわと呼ばれる元の上でのφX の値をXの種々の不変量から計算する公式が得られる(Proposition 3.5.2). 副産物として, X がある緩い条件を満たせば, π1(UX) の2 次元有界コホモロジーが非自明であることが得られる(Proposition 3.6.1). 定理の, φX の存在部分に関しては, DX が超曲面のときUX がアファイン多様体であることと, 類3[τg] が第1 森田-Mumford類e1 に等しいことと, Grothendieck-Riemann-Roch の公式を用いれば証明することができる. しかし, 本論文ではそうはせず, 位相幾何的な証明を与えた. 論文第2 節, および第3 節の後半では, 定理の証明, および, なげなわ上でのφX の値の公式を得るために, 古典的な双対多様体の場合の, Lefschetz ペンシルの理論を位相幾何的に記述したLamtoke [6] の議論を高次双対多様体の場合へ拡張している(Theorem 2.3.4, およびTheorem 3.4.2). なお, 参考論文1([5]) では, X がP2 のd 次Veronese 写像による像の場合が扱われている.

局所符号数の公式(1) を高種数化するためには, [τg] が非自明であるという障害を克服しなければならない.本論文では, 冒頭のf : M ! B のファイバーに, パラメータに関して連続な複素構造が与えられている状況を扱う. Riemann 面のモジュライ空間の部分集合A を固定し, f の一般ファイバーの複素構造がA に入るとき, f をA-ファイブレーションと呼ぶことにする. A は何でも良いが, 応用上はモジュライ空間のZariski 開集合であることが望ましい.

本論文で与える, 局所符号数の高種数化に対する一つの解答は, A に対する"普遍族"が存在し, かつその普遍族の底空間の基本群上にMeyer 函数が存在すれば, A-ファイブレーションに対する局所符号数が定義できるというものである(Proposition 4.1.7). その局所符号数は, 公式(1) の第一項における位相的モノドロミーを, 普遍族への分類写像からできる"持ち上げられたモノドロミー"(De_nition 4.1.8) に置き換えることでなされる. この新しい公式により, 位相的に非特異なファイバー芽が非自明な局所符号数をとることが, 持ち上げられたモノドロミーの複雑さとして説明される.

ある場合には, X を適当なものにとり, pX から出発して, A に対する普遍族を実際に構成できる. この場合, φX の存在から, 普遍族に対するMeyer 函数の存在が容易に従う. 本論文ではこのアプローチに沿って,種数4, 5 の場合にA を一般の非超楕円的な曲線から成る, あるZariski 開集合にとり, 対応するA-ファイブレーションの局所符号数を定義した(Theorem 4.2.1, およびTheorem 4.4.1). 本論文で扱ったA は足利正,吉川謙一による[1] で扱われているものに一致する. また, 種数4 の場合には, 局所符合数の計算をいくつかの具体的なファイバー芽に対して実行し, [1] で計算されているものとの一致を観察した(Proposition 4.3.3-6).

謝辞. 指導教員である河澄響矢先生には, 修士課程の頃から温かい励ましと適切なアドバイスを常に頂いてきました. ここに, 感謝致します. また, 本論文を書くにあたって, 東北学院大学の足利正先生はMeyer 函数に関する私の研究に興味を持って下さり, 具体例の構成法など, 数多くの貴重なアドバイスをして下さいました. ここに, 感謝致します.

[1] T. Ashikaga and K. Yoshikawa, A divisor on the moduli space of curves associated to the signature of fibered surfaces, Adv. St. Pure Math. 56, 2009, 1-34.[2] M. F. Atiyah, The logarithm of the Dedekind η-function, Math. Ann. 278 (1987), 335-380.[3] H. Endo, Meyer's signature cocycle and hyperelliptic fibrations, Math. Ann. 316, 2000, 237-257.[4] S. Iida, Adiabatic limits of η-invariants and the Meyer functions, to appear in Math. Ann. DOI: 10.1007/s00208-009-0412-y[5] Y. Kuno, The mapping class group and the Meyer function for plane curves, Math. Ann. 342, 2008,923-949.[6] K. Lamotke, The topology of complex projective varieties after S.Lefschetz, Topology, Vol. 20, 1981,[6] K. Lamotke, The topology of complex projective varieties after S.Lefschetz, Topology, Vol. 20, 1981,[7] Y. Matsumoto, On 4-manifolds fibered by tori, I, Proc. Japan Acad. 58 (1982), 298-301; II, ibid. 59 (1983), 100-103.[8] Y. Matsumoto, Lefschetz brations of genus two -a topological approach, In: Proceedings of the 37th Taniguchi Symposium on "Topology and Teichmuller Spaces", World Scientific, Singapore, 1996, 123-148.[9] W. Meyer, Die Signatur von Flachenbundeln, Math. Ann. 201, 1973, 239-264.[10] T.Morifuji, On Meyer's function of hyperelliptic mapping class groups, J.Math.Soc.Japan 55 (2003),117-129.
審査要旨 要旨を表示する

リーマン面のモジュライ空間および写像類群の幾何学的研究は現在岐路に差し掛かっており、一般理論と具体例のせめぎあう場所でのより深い研究が必要となりつつある。W. Meyerが発見した符号数コサイクルは、一般理論の出発点に位置すると言える。符号数コサイクルはリーマン面の族を特定したとき、つまり、ある群に引き戻したときに、コバウンダリになることがあり、コバウンドする函数はマイヤー函数と呼ばれる。とくに種数1 および2 の場合には符号数コサイクルはコバウンダリとなることがMeyer 自身によって示されており、種数1のマイヤー函数はMeyer 自身やM. Atiyah らによって明らかにされたように数論や数理物理とも深く関係する。このようにマイヤー函数は一般理論と具体例の相互作用するより深い研究への手がかりとなっている。本論文および参考論文は、そのような深い研究の独創的かつ斬新な一例を与えたと言うことができる。

マイヤー函数が存在するリーマン面の族に対してはファイバー構造をもつ4 次元多様体の符号数が特異ファイバーに局所化する。なお、マイヤー函数を用いた局所符号数の定式化は松本幸夫にはじまる。特異ファイバーの局所符号数を計算することは実4 次元多様体および代数曲面の研究において基本的な問題である。generic なリーマン面の族にマイヤー函数を構成する研究については足利正、今野一宏および吉川謙一の代数幾何学的または複素幾何学的アプローチはあったが、久野の研究以前には、位相的には種数3 非超楕円的曲線(平面4 次曲線)に限っても手がつけられていなかった。久野の研究以前でのマイヤー函数への位相的なアプローチは(generic ではない)超楕円的写像類群の遠藤久顕および森藤孝之による研究や球面上の分岐被覆の写像類群についての古田幹雄の結果などにとどまる。種数3 の非超楕円的曲線についてマイヤー函数を位相幾何学的に構成することが、当時の課題であった。

論文提出者久野雄介は、まず第一参考論文において、平面曲線の写像類群というものを定義し、そこへの符号数コサイクルの引き戻しがコバウンダリとなることを証明した。その証明は、符号数コサイクルの定義に立返ることで純粋に位相的にマイヤー函数を構成するという斬新かつ簡明なものである。さらに、I 型特異ファイバーの符号数を位相的に計算した。くわえて、曲線の次数が4 のとき、つまり種数3 の非超楕円的曲線の場合に、典型的な特異ファイバーの局所符号数を計算した。ただし、I 型特異ファイバー以外の特異ファイバーの具体的な計算においては代数幾何学の手法が用いられる。

本論文は、第一参考論文の着想を推し進め、より広いクラスのリーマン面の族に拡張したものである。複素射影空間に埋め込まれた余次元n の非特異部分多様体X とn + 1 次元射影部分空間との交叉は代数曲線であるから、すべての部分空間を走らせることによってグラスマン多様体の上に代数曲線の族が得られる。UX をその代数曲線が非特異である射影部分空間のなすグラスマン多様体の開集合とする。久野は本論文において、UX の基本群への符号数コサイクルの引き戻しがコバウンダリであることを純粋に位相的に証明した。その際、K. Lamotke のレフシェッツ・ペンシルの理論の一般化が必要になる。またI 型特異ファイバーの局所符号数を位相的に決定した。副産物として広いクラスのX についてUX の基本群がamenable でないことが示される。

本論文は第一参考論文の大幅な拡張となっているが、実質的な進歩を含んでいる。いずれもgeneric な条件である階数4 という性質をもつ種数4 リーマン面の族と、非三角的種数5リーマン面の族についてのマイヤー函数の存在が位相的に証明されたことになる。くわえて本論文は種数4 の典型的な特異ファイバーについて局所符号数を計算した。ここでも具体的な計算においては代数幾何学の手法が用いられる。いずれにせよ久野の研究以前には予想すら出来なかった大きな進歩が、リーマン面のモジュライ空間および写像類群の位相幾何学的研究に齎されたことになる。

論文提出者久野雄介は三つの参考論文を提出している。第一参考論文については既に述べた。第二参考論文は、複素解析的に与えられた写像類群のねじれ係数コサイクルであるEarleのコサイクルの組合せ群論的計算公式を与えたものである。複素解析と組合せ群論を直接つなぐ興味深い結果である。第三参考論文は射影直線上のある平面4 次曲線の族の大域的モノドロミーを、膨大な計算のもとで具体的に決定したものである。

以上のように本論文および第一参考論文は、一般理論と具体例の相互作用する深い研究であり、論文提出者の研究以前には予想すらできなかった大きな進歩をリーマン面のモジュライ空間および写像類群の位相幾何学的研究に齎した。他の参考論文も今後の当該分野の研究に多大の示唆を与えるものである。これらの論文の数理科学の発展に寄与するところは大きい。

よって、論文提出者 久野雄介 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51747