学位論文要旨



No 126113
著者(漢字) 服部,広大
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,コウタ
標題(和) A∞型超ケーラー多様体について
標題(洋) On hyperkahler manifolds of type A∞
報告番号 126113
報告番号 甲26113
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第355号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 今野,宏
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 吉川,謙一
 東京大学 准教授 高山,茂晴
内容要旨 要旨を表示する

実4n 次元リーマン多様体(X; g) とその上の3つの複素構造I1; I2; I3 が、I21 = I22 = I23 = I1I2I3 = i1 を満たし、各(g; Ii) がケーラー多様体となるとき、これを超ケーラー多様体と呼ぶ。このときg のホロノミー群はSp(n) の部分群と同型であり、さらにg はリッチ平坦計量となる。複素構造I1; I2; I3が上記の条件を満たしているならば、任意のy = (y1; y2; y3) 2 S2 1/2 R3 に対しIy := y1I1 + y2I2 + y3I3 もまた複素構造であり(g; Iy) はケーラー多様体であるので、超ケーラー多様体上にはS2 によってパラメトライズされた複素構造の族が存在する。

超ケーラー多様体の系統的な構成法はいくつか知られているが、そのひとつにGibbons-Hawking ansatz [4] がある。これは、R3 の有限部分集合から4 次元の超ケーラー計量を構成する方法である。この手法によって、4 次元のAk 型のALE 空間と呼ばれる非コンパクト完備超ケーラー多様体の全てを構成することができる。さらにAnderson-Kronheimer-LeBrun は、R3 の可算無限部分集合から出発し同様の手法を使うことによって、A1 型の超ケーラー多様体を構成した[1]。これは無限大の位相的タイプをもつ4 次元非コンパクト完備超ケーラー計量で、Ak 型のALE 空間と多くの共通点を持つ。ここで無限大の位相タイプをもつ多様体とは、ホモロジー群が無限生成となるような多様体をいう。また、この超ケーラー計量は超ケーラー商としても構成できることが[5] で示されている。

本論文では、A1 型超ケーラー多様体の、主に微分幾何学的な側面について研究する。そこで、まずはA1 型超ケーラー多様体の周期写像を計算する。[1] ではA1 型超ケーラー多様体の2 次元のホモロジー群が可算無限個の基底をもつことを示しているが、本論文ではさらに踏み込んで、その基底をなす各ホモロジー類が、ある複素構造に関する正則曲線によって代表され、さらにその体積は同じホモロジー類の中で最小値を与えていることを示す。また、これらの正則曲線上でケーラー形式を積分することによって、超ケーラー構造の周期写像を計算する。その手法として、トーリック超ケーラー多様体のトポロジーと周期写像に関する研究[2][8] を参考にする。

A∞ 型超ケーラー多様体のリーマン多様体としての局所的な性質は、同じような構成法で作られるAk 型のALE 空間との違いが見えづらい。実際、A1型超ケーラー計量は、局所的にはAk 型のALE 空間(Xk; gk) の列f(Xk; gk)gkによって近似できることが証明される。

そこで本論文では、超ケーラー計量の漸近挙動によって両者の違いを捉えるために体積増大度を調べる。ここで体積増大度とは, リーマン多様体(X; g)に対して次のように定義されるものである. 点p0 2 X を中心とする半径r の球Bg(p0; r) 1/2 X の体積をVg(p0; r) と書くものとする。このとき、ある関数f(r) に対して

(〓)

が成り立つならば、g の体積増大度はf(r) であるという。ただしg のリッチ曲率が非負ならば、上記の条件は点p0 2 X の取り方に依存しないことがBishop-Gromov の比較定理より従う。

実4 次元を例にとると、ユークリッド空間R4 の体積増大度はr4 であり、R3×S1 上の平坦計量の体積増大度はr3 である。これらは自明な例であるが、もう少し非自明な例では体積増大度がr4 となるALE 空間[3][4][9] や、r3 となるmulti-Taub-NUT 計量[12][10][7] などがある。このように、体積増大度がr の整数乗となるようなリッチ平坦多様体はいくつか知られている。

これに対し本論文では、A∞ 型超ケーラー多様体の体積増大度がr3 とr4の中間であることを証明する。

A∞ 型超ケーラー多様体は、無限次元のパラメーターの空間

(〓)

の各元ごとに構成される。ただし、H は四元数体でありImH はその虚部からなる3 次元の部分空間である。そこで、λ= (λn)n2N 2 (ImH)N0から構成されるA1 型超ケーラー多様体と、その上の超ケーラー計量の組を(Xλ; gλ) と書くことにする。本研究の目的は、固定されたp0 2 Xλ に対してVgλ(p0; r)の漸近挙動を調べ、その挙動がパラメーターλ のとり方に対してどのように依存するかを観察することにある。このような問題意識の下で、以下のような主結果を得た。

Theorem 1. 任意のλ 2 (ImH)N0及びp0 2 Xλ に対し、関数Vgλ(p0; r) は

(〓)

を満たす。ただし、ここで関数Tλ : R_>0 → R_>0 はR _> 0 に対して

(〓)

によって定義される。さらに、

(〓)

が成立する。

さらに、パラメーターλ をうまくとってTheorem 1 を適用することにより、以下のような体積増大度をもつ超ケーラー多様体が存在することがわかった。

Theorem 2. (1) 実数α を、3 < α < 4 となるように任意にとる。このときλ ∈ (ImH)N0をうまくとることにより、

(〓)

を満たすような完備超ケーラー多様体(Xλ; gλ) が実現される。

(2) λ ∈ (ImH)N0をうまくとることにより、任意のα < 4 に対して

(〓)

を満たすような完備超ケーラー多様体(Xλ; gλ) が実現される。

次に、gλ のTaub-NUT 変形をg(s)λ とおく。ただしs > 0 は変形のパラメーターである。すると、g(s)λ の体積増大度は以下によって与えられる。

Theorem 3. 任意のλ ∈ (ImH)N0及びs > 0 に対して

(〓)

が成立する。

ここで、Theorem 2 より、パラメーターの列{λ(k)∈ (ImH)N0g}k∈Z>0 をうまくとってgλ(k) の体積増大度がr3+ 1k となるようにする。このときにk → +∞における極限を考えたい。{λ(k)}k∈Z>0 を然るべくとっておけば、その極限λ(∞) は存在する。しかし、そのような場合でも(〓)の値が無限大に発散してしまうため、λ(∞) というパラメーターから完備な超ケーラー計量を構成することはできない。そこで少し修正して、λ(∞) に収束するようなパラメーターの列f1/2(k) 2 (ImH)N0gk2Z>0 を、g1/2(k) の体積増大度がk について不変であるようにとる。このような状況でf(X1/2(k) ; g1/2(k) )gk2Z>0 という多様体の列の「極限」を考えることにより、非完備な超ケーラー計量を構成できる。さらにλ(1) をうまくとっておけば、この非完備な計量は、リーマン多様体としては[11] で構成されているOoguri-Vafa 計量の普遍被覆空間と同じものである。

本論文は、3 つの章から構成される。第I 章(第2-3 節) ではA1 型超ケーラー多様体を構成し、その上の基本的な幾何学的性質を調べ、第II 章(第4-8節) でA1 型超ケーラー多様体の体積増大度を計算し、そして第III 章(第9-12 節) では超ケーラー商の列とその極限について論じる。

第2 節では、A1 型超ケーラー多様体を構成し、体積増大度を求めるのに必要な基本性質を調べる。構成の方法にはGibbons-Hawking ansatz と超ケーラー商構成法の2 通りがあるが、我々は後者を採用し、[5] に従って構成を復習する。これは、第5 節で論じる2 点間の距離の下からの評価式を導くために、超ケーラー商による構成が必要となるからである。さらにA1 型超ケーラー多様体(Xλ; gλ) を構成したのち、Xλ 上の超ケーラー構造を保つS1 作用と、その作用に関する超ケーラー運動量写像μλ : Xλ → ImH を構成する。

第3 節では、Xλ のホモロジー群と超ケーラー構造に関する周期写像を調べる。Xλ のホモロジー群は[2][5] に沿って、変形レトラクトを構成することによって求める。また、トーリック超ケーラー多様体の周期写像は[8] において計算されているが、全く同様にしてA1 型の場合にも計算することができる。

体積増大度に関する諸結果の証明は第4 節から始める。体積増大度を求めるのに必要なことは、関数Vgλ(p0; r) の上下からの評価であるが、第4 節において上からの評価を、第5 節において下からの評価を論じる。第4 節ではまず、Xλ 上のS1 作用と超ケーラー運動量写像μλ を用いて、計量gλの情報をR3 上可算個の極をもつ正値調和関数に帰着する。すると、この調和関数を用いることによってVgλ(p0; r) の上からの評価式を具体的に求めることができる。

続いて第5 節ではVgλ(p0; r) の下からの評価を考える。基本的なアイディアは第4 節と同じだが、全く同様に評価をしていくと、どうしても我々が期待する評価よりも弱いものしか得られない。そこで第5 節では、体積の評価をするのに便利なBgλ(p0; r) の開部分集合をうまくとることによって、期待通りの評価を得ることができる。

第6 節では、第4、5 節の評価を使って主定理を証明し、第7 節で具体例を挙げて体積増大度を計算する。

第8 節では、(Xλ; gλ) のTaub-NUT 変形を定義し、第4-6 節と同様の手法によって体積増大度を計算する。

第9 節ではA1 型超ケーラー多様体がALE 空間の列によって近似できることを証明する。もう少し詳しく言うと、(Xλ; gλ) の有界な開部分集合U に対して、Ak 型のALE 超ケーラー多様体(Xk; gk) と、U に微分同相な有界な開部分集合Uk で、gkjUk がk → +1においてgλjU に収束するようなものが存在する。ただしここでの位相は、計量gλjU によって定まる(×)2 T*U 上のベクトル束の計量によるC0 ノルムを使う。また、fgkjUkg の極限を考えるために、Uk からU へのS1 同変な微分同相を構成する。

これに対し第10 節では、A1 型超ケーラー多様体の列の極限について、第9 節の手法を使って論じる。そして、列をうまくとることによって非完備な超ケーラー計量を得る。これは特殊な場合には、Ooguri-Vafa 計量の普遍被覆空間とリーマン多様体として同じものである。さらに第11 節で、この超ケーラー構造を保つ推移的なZ-作用が存在することを示し、商空間をとることでIb 型特異ファイバー(b = 1; 2; ・・・) をもつ楕円曲面の、特異ファイバーの近傍上の超ケーラー計量が構成されることを見る。

第11 節で構成した計量は、Gibbons-Hawking ansatz によっても構成できる。[11][6] では、Gibbons-Hawking ansatz によってOoguri-vafa 計量を構成しているが、この手法を適用することによってIb 型の楕円曲面上の超ケーラー計量が構成できることを第12 節で示す。

[1] T. Anderson, P. Kronheimer and C. LeBrun, Complete Ricciflat K¨ahler manifolds of infinite topological type, Commun. Math. Phys., 125, (1989) 637-642.[2] R. Bielawski and A. S. Dancer, The geometry and topology of toric hyperk¨ahler manifolds, Comm. Anal. Geom., 8 (2000) 727-760.[3] T. Eguchi and A. J. Hanson, Asymptotically flat selfdual solutions to Euclidean gravity, Phys. Lett., B74 no. 3, (1978) 249-251.[4] G. W. Gibbons, S. W. Hawking, Gravitational multi-instantons, Phys. Lett., 78B:4, (1978) 430-432.[5] R. Goto, On hyper-K¨ahler manifolds of type A1, Geom. Funct. Anal., 4, No. 4, (1994) 424-454.[6] M. Gross and P. M. H. Wilson, Large Complex Structure Limits of K3 Surfaces, Journal of Differential Geometry, 55, (2000) 475-546.[7] S. W. Hawking, Gravitational Instantons, Phys. Lett., A60, (1977) 81.
審査要旨 要旨を表示する

Berger は1950年代に対称空間でない単連結既約リーマン多様体のホロノミー群を7種類に分類した.ハイパーケーラー多様体はその中の1つのクラスで,特にリッチ平坦となる.代表的な例として,K3曲面上のCalabi-Yau 計量,2次元複素ベクトル空間の位数 k+1 の巡回群の作用による商空間の最小特異点解消の空間上の完備なハイパーケーラー計量などが知られているが,後者はAk 型ハイパーケーラー多様体と呼ばれている.また, k をある意味で無限大にしたA∞ 型ハイパーケーラー多様体という4次元完備ハイパーケーラー多様体がAnderson-Kronheimer-LeBrunにより構成されている.この空間は,2次ベッチ数が無限大となる等の位相的性質はよく知られているが,微分幾何的性質はほとんど何も知られていなかった.

服部広大氏は,提出論文において,A∞ 型ハイパーケーラー多様体の微分幾何的性質を研究した.A∞ 型ハイパーケーラー多様体は無限個の変形のパラメーターを持つが,服部氏はその周期を決定した.また,A∞ 型ハイパーケーラー計量をAk 型ハイパーケーラー計量のある極限として記述した.以上は,A∞ 型とAk 型の類似の性質であるが,論文の主結果は,以下のようにAk 型とは異なるA∞ 型特有の性質を発見したことである.そのために,服部氏はA∞ 型ハイパーケーラー多様体の体積の増大度を研究した.n次元ユークリッド空間の半径rの球の体積はrn に比例することは周知の通りであるが,Taub-NUT計量という完備4次元ハイパーケーラー計量で,半径rの球の体積がr を大きくしたとき漸近的にr3 に比例するものが知られている.また,4次元でr2 あるいは r といった体積の増大度を持つリッチ平坦多様体,さらに高次元での同種の例を構成する試みがさかんに研究されている.Ak 型ハイパーケーラー多様体はr4の体積の増大度を持つことが知られている.服部氏は,A∞ 型ハイパーケーラー多様体の体積の増大度を,すべての変形のパラメーターに対して決定した.その系として, 3

服部氏は修士課程から,特殊ホロノミー群に関する研究を続けている.服部氏の最初の仕事は,ホロノミー群の定める幾何構造の変形理論に関する研究であった.従来,これらの変形理論はそれぞれのホロノミー群ごとに研究されていたが,後藤竜司氏はHitchinのアイディアを深化させて幾何構造の変形複体を新たに導入し,これらを統一的に研究する枠組みを提唱した.後藤氏の仕事に触発されて,服部氏は修士論文において,後藤氏の複体とは異なる幾何構造の変形複体を新たに導入して,ホロノミー群の定める幾何構造の変形理論の統一的な枠組みの基礎を強固なものとした.さらに博士課程進学後に,その結果の応用として,四元数ケーラー計量の剛性のリーマン幾何的な証明を与えた.四元数ケーラー多様体は特殊ホロノミー群を持つ多様体のひとつのクラスであるが,その計量が変形できないこと,すなわち剛性を持つことが知られている.この剛性は,ツイスター理論,すなわち代数幾何的手法を用いて間接的に証明されていた.けれども,この剛性自身は,純粋にリーマン幾何的な性質なので,リーマン幾何による直接的な証明が望まれていた.服部氏の仕事はこの問題を解決した.この内容は参考論文として提出されたものである.

このように服部氏の特殊ホロノミーを持つ多様体に関する一連の研究は,きわめて学術的価値の高いものと考えられる.よって,論文提出者 服部広大 は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51753