学位論文要旨



No 126114
著者(漢字) 長谷川,泰子
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,ヤスコ
標題(和) 実二次シンプレクティック群上の主系列表現及び一般主系列表現の周辺的K-typeを持つWhittaker関数
標題(洋) Principal series and generalized principal series Whittaker functions with peripheral K-types on the real symplectic group of rank 2
報告番号 126114
報告番号 甲26114
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第356号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 准教授 関口,英子
内容要旨 要旨を表示する

一般に保型形式の,あるいは特にLanglands 型のEisenstein 級数の,Fourier 展開を考える時に,実リー群上の大域的なWhittaker 関数は重要な役割を果たす.p 進体上の不分岐主系列表現のWhittaker 関数の明示公式はCasselman-Shalika によって与えられている.一方で実数体上のWhittaker 関数については,存在と一意性は分裂する群に対してはShalika によって示されている.Whittaker 関数の明示的な公式はGL(n;R) 以外は階数の低い群に対していくつかの結果がある.ここでは実2 次シンプレクティック群上のWhittaker 関数について考える.

これまで,実二次シンプレクティック群G = Sp(2;R) の極小K-type を持つWhittaker関数の明示公式は極小放物形部分群に付随する主系列表現(Pmin-series) のときは石井卓によって,Jacobi 極大放物型部分群から誘導された一般型主系列表現(PJseries)は宮崎琢也・織田孝幸によって,離散系列表現は織田によって得られている.すなわち標準表現の中では唯一Siegel 極大放物型部分群PS から誘導された一般主系列表現(PS-series) のWhittaker 関数の明示公式だけ得られていない.そこで本稿ではPS-series のWhittaker 関数の明示公式を得ることを目的とする.

第一節では主定理の一つであるPmin-series に属する第二種のWhittaker 関数で任意の1 次元K-type に属するものの明示公式を得た.これは石井によって得られている極小K-type における明示公式を用い,それにシフト作用素を施すことによって得られる.より詳しく言えば,元々,Pmin-series Whittaker 関数の動径成分の満たすholonomic 系はは宮崎・織田によって与えられている.すなわち普遍包絡環U(g) の中心Z(g) (g = Lie G) を生成する二次と四次の作用素をWhittaker 関数に作用させることで,二つの微分方程式が与えられている.しかしこれを直接解くことは困難である.そこで我々の場合,1 次元K-type(特に最高重さ(0,0))における石井の明示公式を用いて,それにK-type の間のClebsh-Gordan 分解のinjector やprojectorを合わせることで(つまりDirac-Schmid 作用素の合成で)微分方程式系を満たす解を求めた.

群G の分裂カルタン部分群の連結成分を(〓)とするとき,Pmin-series Whittaker 関数はy1 = a1=a2 = 0, y2 = a22= 0 の周りで確定特異点型である.すなわちy1 = 0, y2 = 0 で正規交叉する二つのdivisor がある.よって,(y1; y2) = (0; 0) の周りでWhittaker 関数はべき級数展開できる:

Theorem. 全ての1 次元K-type τ(l;l) を持つWhittaker 関数を(〓)とする.この時,係数a(l;l)m;n は一般超幾何関数3F2 の1 での値を用いて明示できる.

第二節ではまず,SL_(2;R) の離散系列表現Dk から誘導される一般化主系列表現_ = _(e_SDk1NS ) を定義した.ここで冪単部分群NS がアーベル群となる極大放物型部分群PS に対し,PS = NSMSAS をLanglands 分解とすると,MS = SL_(2;R)であることに注意する.そして,我々がperipheral K-type と呼ぶ,次元が最小の特別なK-type (特にこのK-type は重複度が1である)の周辺の(g;K)-加群の構造を詳しく計算した.G の表現_ のperipheral K-type を(_; V_ ) とすると,そのdominantweight はl = (l + k; l) (l 2 Z) の形である.本稿の二つ目の主結果はPS-series のK-type _(l+k;l)(l 2 Z)を持つベクトル値のWhittaker 関数が満たす3種類の微分方程式系を明示的に求めたことである.微分方程式の一つはCasimir 方程式で,残りの二つはDirac-Schmid 作用素から得られる.得られた偏微分方程式系はWeyl 群の位数と同じ8 次の解空間を持つholonomic 系であると予想している.

この予想を第三節の特別な場合,すなわちk = 2, l = -1 の場合に正当化する.

第三節では,k = 2, l = -1 における偏微分方程式の解の例を与えた.本節ではPS-series はSL±(2,R) の離散系列表現D2 から誘導されている(つまりk = 2).まず表現の埋め込みΠ→πを考える.

πの1 次元K-type に属するWhittaker 関数(石井の結果)をS(p±) (→U(g))の元でΠの中へ移して,Πの中に生じるperipheral K-type を持つWhittaker 関数を得た.今の場合はK-type τ(1,-1) に属するもので,8 次元分一次独立なものが得られた.

以上より,8 つの非緩増加Whittaker 関数の明示公式を得られたが,保型形式においては緩増加Whittaker 関数が重要な役割を果たす.例えばEisenstein cohomologyやHodge 構造といった数論的対象物に応用することはこれが必要となる.石井による極小K-type における緩増加Whittaker 関数と非緩増加Whittaker 関数との関係式(展開定理)を拡張することは今後の課題である.

審査要旨 要旨を表示する

一般に実リー群上G の保型形式の,あるいは特にLanglands 型のEisen-stein 級数の,Fourier 展開を考える時に,G 上のWhittaker 関数は基本的な役割を果たす.実数体上のWhittaker 関数については,その存在と一意性は、分裂する群に対してはShalika によって示されている.Whittaker関数の明示的な公式はGL(n,R) 以外は、階数の低い群に対していくつかの結果がある.ここでは実2 次シンプレクティック群上のWhittaker 関数について考える.

これまで,実二次シンプレクティック群G = Sp(2,R) の極小K-type を持つWhittaker 関数の明示公式は極小放物形部分群に付随する主系列表現(Pmin-series) のときは石井卓によって,Jacobi 極大放物型部分群から誘導された一般主系列表現(PJ-series) は宮崎琢也・織田孝幸によって,離散系列表現は織田によって得られている.標準表現の中では、唯一Siegel 極大放物型部分群PS から誘導された一般主系列表現(PS-series) のWhittaker 関数の明示公式だけ得られていない.そこで本論文ではPS-series のWhittaker関数の明示公式を得ることを目標にして研究している.

本論文で得られた結果は三つある.

一つ目は、主系列表現Pmin-series に属する第二種のWhittaker 関数で任意の1 次元K-type に属するものの明示公式を得た.

これは石井によって得られている極小K-type における明示公式を用い,それにシフト作用素(Dirac-Schmid 作用素) を適用することによって得られる.

より詳しく言うと、群G の分裂カルタン部分群の連結成分をA ={diag(a1, a2, a1(-1) , a2(-1) | a1, a2 ∈ R>0}とするとき,Pmin-series Whittaker 関数はy1 = a1/a2 = 0, y2 = a22 = 0の近傍で確定特異点型である.すなわちy1 = 0, y2 = 0 は原点で正規交叉する二つのdivisor で、原点(y1, y2) = (0, 0) の周りでWhittaker 関数は収束べき級数展開できる:

Theorem 1 全ての1 次元K-type τ(l;l) を持つWhittaker 関数を(〓)とする.この時,係数a(l;l)m;n は一般超幾何関数3F2 の1 での値を用いて明示できる.

二つ目の結果は、以下の通りである.まず群SL_(2,R) の離散系列表現Dk から誘導される一般化主系列表現_ = _(e_SDk1NS) を定義する.ここでべき単部分群NS がアーベル群となる極大放物型部分群PS に対し,PS = NSMSAS をLanglands 分解とするとき,MS = SL_(2,R) であることに注意する.この_ に対して、著者はperipheral K-type と呼ぶ,次元が最小の特別なK-type(特にこのK-type は重複度が1である)の周辺の(g,K)-加群の構造を詳しく調べた.

G の表現_ のperipheral K-type を(τ, V_ ) とすると,そのdominant weight はl = (l + k, l) (l 2 Z) の形である.本稿の二つ目の主結果はPS-series のK-type τ(l+k;l)(l 2 Z)を持つベクトル値のWhittaker 関数が満たす3種類の微分方程式系を明示的に求めたことである.

微分方程式の一つはCasimir 方程式で,残りの二つはDirac-Schmid 作用素から得られる.得られた偏微分方程式系はWeyl 群の位数と同じ8 次の解空間を持つholonomic 系であると予想している.

三つ目の結果は、この予想を特別な場合,すなわちk = 2, l = -1 の場合に、二つ目の主結果である偏微分方程式の解の例を与え、予想を正当化した.

ここで考えるPS-series はSL±(2,R) の離散系列表現D2 から誘導されている(つまりk = 2).著者は、まず表現の埋め込みII → π を考え、π の1 次元K-type に属するWhittaker 関数(石井の結果)をS(p±)(→ U(g)) の元でII の中へ移して,II の中に生じるperipheral K-type を持つWhittaker 関数を得た.今の場合はK-type τ(1;-1) に属するもので,8 次元分一次独立なものを得ている.

高階のLie 群上のベクトル値のWhittaker 関数の明示公式を得た例は、これまで殆どない.それゆえ、ここに展開された計算過程は新しい成果である.著者は、あまり例のない困難な計算をやり遂げ、今後応用上重要な緩増加Whittaker 関数を調べる第一段階を完了した.特にここで得られた結果から、より一般の場合のありうる結果に大きな示唆を得ることができる.

このような理由から、論文提出者長谷川泰子は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51754